2024年10月22日(火)、東京国際フォーラムにおいてKeyShotユーザーおよび導入検討者を対象とした「KeyShot Designer’s LIVE 2024」(主催:スリー・ディー・エス)が開催された。本稿ではサントリーホールディングス フェロー CDO(チーフデザインオフィサー)の水口洋二氏と、同社の新領域カテゴリー チームリーダーの藤田淑子氏による基調講演をレポートする。基調講演の前半は水口氏によるサントリーのデザイン戦略、後半は藤田氏によるKeyShotの活用事例が紹介された。
「オモロイ」デザインを真面目に考える
水口氏はサントリー入社後、プロダクトデザイン、コーポレートデザインを担当し、現在は会社全体のデザインを統括している。
冒頭に「悠々として急げ」というローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの言葉が紹介された。サントリーOBである作家の開高 健氏が好んだ言葉で、今でも社内で使われているという。文化創造活動においてはあくせくせず「悠々」としていながら、経済活動においては急がなければならない──普通に考えたらトレードオフの関係にある2つの言葉だが、今でもサントリーのデザインのコアにはこの考えがあり、文化性と経済性を両立しているのだと語る。
サントリーの製品に、「山崎55年」というウイスキーがある。2020年に100本限定、1本300万円で発売されたこの高級ウイスキーは香港のオークションでは620万香港ドル(約8,515万円)の値段が付けられた。100円の安価な飲み物から「山崎55年」のような高額な商品まで幅広く手がけるサントリーが目指すデザインは、創業の地・大阪に根ざす「面白い」「オモロイ」という言葉に集約される。関西の企業らしく「おもろくてなんぼ」ということだ。
戦略のコアになっている「面白い」という言葉は、「目の前がぱっとひらけて晴ればれした状態」だと『万葉集』に書かれている。「面白い」を、暗い部分と明るい部分の2つからできていると考えるとわかりやすい。例えば「いないいないばぁ」は目の前を手で隠して(暗い部分)、その手をぱっと外す(明るい部分)。つまり、「いないいないばぁ」をどのように組織で行うか、真面目に考えているのがサントリーなのだと水口氏は話す。
「いないいない」の状態で緊張感を作り出し、「ばぁ」で緊張を緩和して笑いを誘う。これが「面白い」という言葉だ。緊張と緩和の2つの概念が、お笑いで言うところの「フリ」が「当たり前の話」という合理的な話をしているのに対し、「オチ」は非合理的な話になるので笑える。この2つが同時に発生してこそ、「面白い」が成立する。
世の中を見渡すと合理だけで出来上がっている商品が多い。しかし、そこに非合理を組み合わせることで、ようやく「面白い(オモロイ)」商品が出来上がる。非合理は合理に合っていないというだけで悪い言葉ではないのだ。
デザイナーが全ての工程に関わり、論理と直感のバランスを取る
ビジネスの世界では前提→推論→結論という論理思考がもてはやされ、これができる人が優秀とされている。
思考にはもうひとつ直感思考があるが、ビジネスは1人で行うものでないために、「直感は信用できない」という意見で論理思考に偏り、新しいものをつくりにくい。お笑いにたとえると、論理的思考は延々とフリだけを聞いているようなものだ。フリとオチを計画的につくることによって面白い商品ができる。ここが重要で、サントリーが「オモロイ」を目指している意味はここにある、と水口氏は語る。
「オモロイ」というのは合理と非合理、論理と直感のバランスが取れたところにできる。これが世の中で「イノベーション」と呼ばれるものだ。このバランスをとるために、サントリーではデザイナーが常にチームの中に入って発言し続けているのだという。
しかし、「デザイナーはどの会社でもプロジェクトに入っている。デザイナーが入るだけで解決するのか?」という疑問が出るかもしれない。この問いに対する水口氏の回答は「論理と直感のバランスをとるためにデザインを活用するポイントは分業しないこと」であるという。
通常、流れ作業の一部にデザイナーが入るが、この方法ではどうしても論理が勝ってしまう。では、サントリーはどのような方法を採ったのだろうか?
商品化の上流では、研究者とマーケターとデザイナーがゼロから一緒にスタートして中身、コンセプト、営業戦略について分業せずに全員で話し合う。デザインスタートでコンセプトをつくったり、中身スタートでデザインをつくったりと、様々なパターンがある。
下流工程もデザイナーがエンジニアや製造部門と一緒になって、全てに関わる。例えば、壺をつくるときに最初に設計図があるわけではない。何となくのイメージがあって、つくりながら手の感触によって全体と細部を同時につくる。このようにすることで論理と直感のバランスがとれるのだ。
上流から下流へ仕事が流れていく中、まずマーケティングとデザインの中で、フリとオチ、合理と非合理、論理と直感をぐるぐる回す。お笑いで言えば大喜利。その場で反応して笑いを取るぐらいでなければならない。会議の席でそのままデザインする感覚だ。
デザインした後、様々な意見交換を高速に回すことで常に論理と直感、合理と非合理が平衡状態になる。どうしても下流工程になれば論理が勝ってくるが、その場で言われたことをすぐに形にすることで、エンジニアも心が動く。
どの過程においてもデザインというものが流れ続ける状態をつくる。そうしないと全ての工程において、論理的に進めるという圧がかかってくる。それを曲げないように直感、非合理をぶつけ続けて平衡を取らないとオモロイという状態にならない。お笑いで言うところのフリばかり聞いた状態になってしまうのだ。
「はやい」を追求した方が確実に「うまく」なる
これを実現するために一番必要なことは、「デザインは、はやさ」ということだ。冷めないうちに次のデザインという具合に、熱々のできたてを見せることが重要だ。ただ、こう言うと「デザインのはやさばかりを追い求めていては、デザインの上手さが向上しないのでは?」「デザインの質はどうなるのか?」「そのように夢もないようなことを言うのはいかがなものか?」という反論が出てくる。それに対する水口氏の回答は、「はやいを追求した方が確実にうまくなる」である。
なぜ、「はやい」を追い求めると確実に「うまく」なるのかは、マネジメント上の問題だ。デザインは、「うまい」に越したことはない。しかし、「うまい」デザインには2通りのアプローチがある。1つ目は運動や楽器演奏と同じように練習量を増やして「うまく」する方法。もう1つは才能があって「うまい」と言われること。
デザインを志す人は才能という悪魔にとらわれがちだが、才能とは定性的であるのに対し、量は定量的で誰にでも平等だ。才能があろうがなかろうが、量だけはこなせる。そのため量の方は再現性が高く、圧倒的な量をマネジメントする方が質の高いデザインになると水口氏は言う。
量にも「速さ」と「安さ」という要素がある。この速さと安さを比べた場合、安さは相手があっての話であり、予算の関係などで変わるので不安定だ。その点、速さは自分たちで磨けば磨くほど量を生む源泉になる。10倍、100倍の速さを目指すことで量が生まれ、そうすることで結局「うまい」が生まれてくる。
才能を否定するものではなく、圧倒的に確実に勝ち続けるためには速さが量を生んで「うまい」をつくる、という部分はマネジメントで解決できる。それを続けることで、結果として豊かなものをつくれる。冒頭で提示した「悠々として急ぐ」を実現すべく、水口氏は日々マネジメントのデザイン戦略を実行しているのだ。
既存領域におけるKeyShotの活用事例
後半は藤田氏が登壇し、サントリーにおけるKeyShotの活用事例が紹介された。サントリーの仕事は大きく2つに分けられている。1つは既存領域の仕事で、高価格商品と低価格商品に分類されるが、いずれもKeyShotの活用方法ポイントは質感の追求になる。そして、もう1つは新領域の仕事だが、まずは既存領域の話から。
既存領域の高価格商品である「vitoas(ビトアス)」というスキンケアブランドは、化粧水・乳液・美容液という本来3段階のプロセスを踏むスキンケアを1本で済ませられる商品だ。
プロダクトデザインにおいては、3ステップの丁寧さと3層のカプセル構造を伝える必要があった。これをCMF(Color、Material、Finish)で表現した最初のコンセプトデザインは、KeyShotで制作された。
通常、プロダクトデザインの現場においては抽象度の高いラフスケッチで議論を始めるのが一般的だ。しかし、サントリーではCMFでコンセプトを表現しようと決めた事例においては、そもそも「細かな表現の話ができないと議論にならない」という思想に基づいて、最初から完成度の高いビジュアルづくりを心がけている。
ただし、具体的かつ完成度の高いビジュアルは、個人の好き嫌いのような本質的でない議論になりがちで、コンセプトをずらす恐れがある。そこで具象的なビジュアルには必ず抽象度の高い言葉をセットで提案しているという。
ミッション、ビジョン、コンセプトを常にチームで共有してアップデートしていき、抽象度の高い言葉と具象的なビジュアルを一緒に提示することで、初期段階から解像度の高い議論をすることができる。
既存領域の低価格商品では、従来ビールなどの商品撮影において、フォトグラファーの手配はもちろんのこと、シズル感を出すためにスタイリストやスタジオの手配などに時間もコストも非常にかかっていた。これをCG化することでクオリティアップとコスト削減を実現。写真の方が有効な場合もあるが、こと商品カットのような抽象度の高いビジュアルにおいては、CGの方が適している場合も多々あるという。
新領域におけるKeyShotの活用事例
新領域の仕事は、KeyShotの活用方法としてはユニークなものになる。活用のポイントとしてはクオリティよりスピード。「やってみなはれ精神を加速する高速ビジュアライゼーション」によって、開発メンバーをわくわくさせ、活力を与え、アイディエーションを促進している。わからないことだらけ、できないことだらけの新領域開発現場において、チームビルディングは非常に重要になるので、ビジュアライゼーションは役に立っているという。
新領域では、世の中の人にまだ「共通の認識」がない姿をつくる。そのため、ビジュアライゼーションで開発メンバーの想像力を活性化し、様々な角度から共通認識を描き続けることが重要だ。この場合のビジュアライゼーションは、クオリティよりはスピードを重視する。「かなりのスピード✕そこそこのクオリティ」で実現するビジュアライゼーションにKeyShotをフル活用しているというわけだ。
続いて、新領域の事例として、「minel(ミネル)」という商品が紹介された。「ミネラル in ウォーターキャップ、ミネル」という新しい商品は、水道水を専用のボトルに入れて専用のキャップを閉めるだけで、自分でミネラルウォーターをつくることができるプロダクトだ。サントリーの水といえば「サントリー天然水」が有名だが、同じ水でも価値がまったく異なるため、違う次元でユーザーに見せる必要があると藤田氏は考えた。
ミネルの開発では、既存のミネラルウォーターと次元の違う価値をつくるため、多くの新しい形状のプロトタイプを作成した。しかし、人はまったく新しい形状から価値をイメージすることが難しい。見たことないものからは何も想像できないのだ。たどり着いた答えは10割の新規性ではなく、9割の既視感と1割ぐらいの新規性といったバランスだった。
次に「Magic Mist(マジックミスト)」という商品の開発事例が紹介された。「一瞬で食卓を彩る香りのマジック」というコンセプトで、味やテクスチャを変えずに香りだけを加える商品だ。
ユーザーにパーセプション(認知)がない状態からのスタートだったのでまずパーセプションを定義し、様々な角度から価値を見つめてビジュアライズするプロセスが必要だった。そこでKeyShotの登場だ。開発メンバーが想像力を活性化するために、様々な角度から共通認識をビジュアライゼーションしていった。
「飲む香水」「香りのキャップ」「新しい乾杯の儀式」「選べるスイーツ」「一瞬でハイになる魔法」「美味しく仕上げる調味料」など、様々な考え方に基づいたビジュアルをKeyShotで作成した。そして最終的にたどり着いたパーセプションの答えが、「一瞬で美味しく仕上げる調味料」という考え方で、ペッパーミルのようなビジュアルに繋がった。
このようにサントリーでは、KeyShotを撮影代替として使うほかに、「そこそこのクオリティ」で「スピーディにビジュアライゼーション」するツールとしてKeyShotを活用している。それがサントリーとしてのクリエイティブの作り方であり、「やってみなはれ」を実践する開発プロセスとなっているのだ。
TEXT_園田省吾 / Shogo Sonoda(AIRE Design)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)