ポリゴン・ピクチュアズ(以下、PPI)では常時複数のプロジェクトが進行しており、それらの生産プロセスを管理するパイプラインシステムは、10年以上の期間をかけて改善され続けてきた。その変遷とクラウド化に向けた取り組みを、Amazon Web Services(以下、AWS)の菊地 蓮氏に深掘りしてもらった。なお、本記事は全3回に分けてお届けする。

記事の目次
    ※本記事の初出は月刊 『CGWORLD + digital video』vol.302(2023年10月号)掲載の「特集:ポリゴン・ピクチュアズ40周年をふり返る[PART 05]改善を続けるパイプラインシステム&ツール」のため、記事内の情報は掲載時点のものです。

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    3.0からはGitHubを導入し、Houdiniのバージョンやパッケージを管理

    秋山:3.0からはR&Dのエンジニアがパイプライン APIを提供してくれるようになったので、パベルのようなTDもパイプラインに密着したツールを開発できる体制になりました。現在は主にエフェクト工程で活用しているHoudiniを今後はほかの工程にも拡張し、パイプラインのユーザーも独自ツールをつくれる体制を構築していきます。


    パベル:3.0からはGitHubを導入し、そこでHoudiniのバージョンやパッケージを管理するようになりました。Deadline、マルチショットのシーンビルド、PDG、PPixel(Non-Photorealistic Renderingに特化した自作レンダラ)などのツールごとにパッケージを分けてHSITEに登録し、バージョン管理やデプロイを行なっています。各ツールは別個のバージョンをもっており、並行して開発を進めているのですが、GitHubを使うことで管理が煩雑になるのを防いでいます。Houdiniに関してはプロジェクトごとにPPIランチャーでHSITEのバージョンを設定し、登録されたパッケージを全て読み込むというながれになっています。Mayaの場合は、全ての環境変数を設定ファイルに書き込んであります。

    GitHubでのリポジトリブランチの運用

    ▲GitHubのリポジトリブランチの管理画面。左上のプルダウンメニューでHoudiniのバージョンを切り替えられる。この画面では最新バージョンの19.5が[main]に設定されており、19.0、18.5、18.0、17.5まで選択できる。Houdiniの新バージョンがリリースされる度に各リポジトリで前のバージョンのブランチを制作し、[main]は最新バージョンにマッチさせている

    「新バージョンに乗り換えた後は古いバージョンを使わないこと、古い方法と新しい方法がある場合は後者に乗り換えることが、Houdiniを効率良く使うためのポイントです」(パベル氏)。

    CI/CDのリリースワークフロー

    ▲CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)のリリース画面。各バージョンのブランチは別々にリリースできるため、進行中のプロジェクトで使われている古いバージョンのメンテナンスやサポートも可能
    ▲CI/CDのリリースワークフロー。協力会社とPPI社内とでは提供内容が変わるため、分けてビルドしている

    HSITEリポジトリ

    ▲Houdini環境をコントロールするHSITEリポジトリの管理画面
    ▲Houdiniパッケージ(HOUDINI_PATHなどの環境変数を設定できるJSONファイル)の登録画面。機能の異なるツールごとにリポジトリを分け、GitHub Actionによって別々のパッケージとしてHSITEに登録し、バージョン管理やデプロイを行う

    PPIランチャーによる設定

    ▲PPIランチャーの設定画面。テクノロジー&ショット部が自作している。PPIで進行中のプロジェクトに携わるアーティストは、必ずランチャー経由でMayaやHoudiniなどのツールを起動するため、自動的に適切なバージョンや環境変数が読み込まれるようになっている

    3.0からはオブジェクトベースのマルチショットワークフローも導入

    菊地:エフェクト工程以外では、Houdiniをどのように活用していますか?


    パベル:キャラクターのヘアやクロスのシミュレーションではVellumを多用しています。ヘアのグルーミングはMayaで行い、Alembic経由でガイドをHoudiniに出力し、Vellumでシミュレーションした後にガイドをMayaに戻しています。ヘアやクロスのシミュレーションは反復作業が多いので、自動化のためのPDGノードを大量に用意してあり、修正が必要な部分だけアーティストが手を入れるワークフローにしています。パイプライン 3.0からはオブジェクトベースのマルチショットワークフローも導入しており、PDGで各ショットのメタデータを管理しています。ショットの尺、カメラのパス、Alembicファイルのパスといったショット依存の全てのメタデータをPDGで管理し、タスクに関連する全てのアセットをひとつのシーンデータにまとめて作業するので、手続きやデータの管理にかかる時間を大幅に短縮できます。


    菊地:例えば複数のショットで似たようなエフェクトをつくる場合に、ひとつのシーンデータの中で作業をしたら、同じ作業が自動的に全てのショットへ反映されるしくみをPDGでつくったということですね?


    パベル:そうです。先々では、同じしくみをSolarisで実現したいと思っています。


    菊地:僕もアーティスト時代にまったく同じことをHoudiniでやっていました(笑)。一番しっかりやったのはWētā FXにいたときですね。「このネーミングのアセットがあったら、このエフェクトを適用してレンダリングする」というようなバッチ処理を手持ちの100ショットくらいに適用して、大量のジョブを自動生成していたんです。PPIのワークフローほど洗練されてはいなかったですが、すごく近い考え方をしていたと思います。これをやるとファーストテイクが滅茶苦茶早いし、上手くいっていないショットのシーンデータだけを開いて直せば良いから、クオリティアップに注力できます。このやり方は、エフェクトだけじゃなく、ライティングに対しても有効ですよね。


    パベル:有効です。Solarisでの組み直しが完了したら、ライティング工程にも適用したいと思っています。

    マルチショットワークフローによる手続きの短縮

    クリエイティブワークの開始・終了時には、必ず手続きが発生する。アーティスト自身が手続きをする場合、「スプレッドシートに書かれたショット情報を確認し、キャラクターなどのアセットを手動で読み込む」といった判断を頻繁に行うため、ミスが発生する可能性があるし、時間もかかる。ファーストテイク後の修正が何回も発生する難度の高いショットでは、手続きの回数も多くなる。一方で、難度の低いショットでは、クリエイティブワークよりも手続きに要する時間の方が長くなってしまう。これらの課題を解消するため、PPIのエフェクトチームでは、手続きの自動化に加え、PDGによるマルチショットワークフローの導入も開始した。

    ▲例えば9ショットのエフェクトをスタッフA〜Cで分担する場合、【上】のような分け方ではなく、【中】のようなエレメント・タスクごとの分け方にすると、【下】作業用のシーンデータはひとつだけになり、手続きの時間を大幅に短縮できる。実際にはショットごとの微調整や、ほかのエフェクトとのバランス調整なども必要にはなるが、ファーストテイクができるまでの時間を短縮できる効果は大きい

    Houdiniを用いたマルチショットワークフローの実装

    ▲近い将来Solarisベースに変更する予定だが、現在はOBJ/PDGベースになっている

    「マルチショットには、1. 作業用のシーンデータはひとつだけなのでOpen・Saveのオペレーションが少ない、2. データの受け渡し回数が減るためクオリティアップにかけられる時間が増える、3. まとめ修正が楽、などのメリットがあります。一方で、1. ヒーローショットには不向き、2. 15〜20ショットを超えるとひとりでは対応しきれない、3. 特別なセットアップが必要、などのデメリットもあるので、両面を理解した上で運用することが望ましいです」(パベル氏)。

    Houdiniは統合開発環境でもあると認識している

    菊地:PPIのUSDインテグレーションはどこまで進んでいるんですか?


    パベル:3.0からはPDGによるキャッシュのパブリッシュサービスも始めていて、そこで生成されるマニフェストというメタデータはUSDファイルになっています。キャッシュ自体はまだAlembicやFBXです。


    菊地:シーン自体は、まだUSDに置き換わっていないわけですね?


    パベル:はい。ですからプロダクションでは使っていませんが、Solarisでマニフェストを開くと、ショットの基本設定やカメラ情報は読み込めます。


    菊地:Houdiniはエフェクトやプロシージャルモデリングのツールとして使われるケースが多いと思います。でもPPIでは、パブリッシュ時のデータ加工のバッチ処理などでも積極的に使い始めているんですね。


    パベル:私たちはHoudiniをただのCGツールだとは思っておらず、ハイレベルプログラミング言語であり、統合開発環境でもあると認識しています。3.0の開発を始めてからは、「こういう使い方もあったのか」という発見をくり返しながら進んでいる感じです。パブリッシュサービスでは、DeadlineジョブがPDGネットワークを読み込んで全ショットの差分を確認し、毎日1回、夜の時間帯に自動的にキャッシュとマニフェストをパブリッシュしています。


    菊地:PDGネットワークは、そのままDeadlineにもっていけるんですか?


    パベル:もっていけますが、Houdiniのデフォルト機能では、ひとつのDeadlineに投げると、全てのタスクがひとつのジョブとして出力されます。それだと使い勝手が悪いので、ノードごとに別々のジョブとして出力されるようにカスタマイズした上で使っています。


    菊地:キャッシュのベイクはMayaで行うのですか?


    パベル:Maya用のLGTとUnreal Engine(以下、UE)用のRTAの2種類のパブリッシュを行うので、Houdini EngineからMayaとUEを走らせて、ベイクされたキャッシュをHoudini Engineでまとめています。ただしキャッシュをPPI Malaysiaなどにクラウド経由で共有すると通信料が跳ね上がるので、マニフェストだけ共有し、キャッシュは現地で再生成します。


    菊地:キャッシュをつくるための材料だけ共有し、"調理" は現地で行えば、通信料やストレージの圧迫を防げますね。すごくスマートなやり方だと思います。様々なバッチツールがある中で、あえてPDGを使う理由は何ですか? パベルさんがHoudiniを熟知しているからという理由は当然として、PDGを使うメリットがあれば伺いたいです。


    パベル:私はHoudiniをバージョン8の時代から使っていますからね(笑)。これまでに大小様々なプロジェクトに携わり、自分でツールをつくり、 Pythonもたくさん書いてきました。PDGを使う一番大きなメリットは、Houdiniのデータも、それ以外のデータも扱えることだと思います。エフェクトアーティストたちはPDGでショットのメタデータを管理しているので、まったく同じノードで、マルチショットワークフローにも、パブリッシュサービスにも対応できるのは大きなメリットです。加えて、Houdini EngineのライセンスでPilotPDGのUIが立ち上がるので、ライセンス負担を抑えられるというメリットもあります。

    PDGパブリッシュサービス

    ▲anmCacheManifestには、ショットの基本設定やカメラ情報、AssetCacheManifestのリファレンス情報などが書き込まれており、 Solarisに直接読み込めるUSDファイルとなっている

    アニメ作品では3コマ打ちのアニメーションスタイルを基本としているため、ひとつのショットデータから、シミュレーション・エフェクト用の[Linear](コマ打ちなし)データと、ライティング・レンダリング用の[Stepped](コマ打ちあり)データがパブリッシュされる。いずれもキャッシュとマニフェストが生成されるが、現時点のクラウドベースのパイプラインでは通信料が課題になっているため、マニフェストのみ社外スタジオと共有し、キャッシュは各スタジオで改めて生成するワークフローを採用している。「パブリッシュ時のPDGネットワークや、データの依存関係を記録するしくみをつくっておけば、ほぼ同じキャッシュを再生成できます。どうしてもトラブルの起こるショットだけキャッシュを共有すれば、大抵の問題は回避できると思います」(パベル氏)。

    毎日1回、夜の時間帯にLGT(Maya用)とRTA(UE用)のパブリッシュサービス(Deadlineジョブ)が自動的に実行される。プロジェクトでのUEの使用はまだ限定的だが、様々な使い方を試しているとのことだ。

    パイプライン開発の一翼をエフェクトが担う

    菊地:PDGはプロシージャルにバッチ処理を組むためのインターフェイスのような性格が強いから、正しくPDGを使っているのだろうと思います。


    パベル:先ほど秋山が言っていたパイプラインのユーザーが独自ツールをつくれる体制も、PDGを使えば可能となります。実際のパイプライン運用では、各プロジェクトのニーズに合わせた調整の要望が頻繁に上がってくるのです。現状だと、要望を受けてからTDが対応するまでにかなり時間がかかっているのですが、PDGで簡単にノードを組めるライブラリなどを整えれば、ユーザーの方でもツールを自作できるようになると思います。そういうプロシージャルパイプラインの実現を目指しています。


    秋山:PPIのプロジェクトは多種多様でスタイルのちがいも大きいので、常に細かい調整が必要で、ツールの仕様もどんどん複雑化してきたという経緯があります。だからユーザー側でもある程度は対応できる余地をつくっておけば、現場も助かるし、開発側も助かるだろうと考えています。


    菊地:そうすることで、エンジニアはコア部分の開発に集中できますしね。


    パベル:その一環でエフェクトグループをTAグループという名前にして、ほかの工程のスタッフが必要とするツールの開発も引き受ける体制にしました。


    菊地:パイプライン 1.0の時代はリガーがツール開発を担っていた、という話に通じるものがありますね。


    秋山:確かに。時代が変わって、今はエフェクトが担うようになりました。


    菊地:プロシージャルに慣れているエフェクトが、パイプライン開発の一翼を担うという変化は時代を象徴していると思います。パイプライン APIや、PDGライブラリの提供によって、ユーザー側からのアクセスの敷居を下げ、パイプラインへの積極的なアプローチを可能にする。長い歴史を重ね、多くのエンジニアを抱えるPPIだから可能な、極めてモダンなパイプラインだと思います。


    パベル:私がHoudiniで一番気に入っている点は、無限にカスタマイズできて、容易に変更を加えられる点です。セットアップに少し多めの時間を費やし、優れたネットワークを用意すれば、非常に迅速な変更が可能になり、定時に帰宅できます。私たちの仕事において、これは非常に良いことです(笑)。今後も理想的なパイプラインとワークフローを追求していきたいです。

    INFORMATION

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.302(2023年10月号)

    特集:ポリゴン・ピクチュアズ40周年をふり返る
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2023年9月8日

    詳細・ご購入はこちら

    INTERVIEWER_菊地 蓮/Ren Kikuchi(Amazon Web Services)
    TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota