ライブ空間で息づく初音ミクと、「あんさんぶるスターズ!!DREAM LIVE」(以下、「スタライ」)のアイドル。その“確かな存在感”は、衣装構造・シミュレーション・キャラクター性を同時に成立させる、膨大な設計判断とつくり込みに支えられている。本連載では、マーザ・アニメーションプラネット(以下、マーザ)の衣装制作の現場を、スタッフへのインタビューと事例で紐解く。
第1回は初音ミク編[1]として、長年親しまれてきたルックを守りつつアップデートするための、仕様継承と制作初期のすり合わせに迫る。
INTERVIEWEE&STUDIO
マーザ・アニメーションプラネット Virtual Live映像事業課
マーザは設立以来、フルCG映画制作のためのノウハウと堅牢なパイプラインを磨き上げてきた。その資産をバーチャルライブ制作にも展開し、内製ツール群とCG映像の専門家の知見を組み合わせることで、キャラクターモデリングからアニメーション、コンポジットまで精緻に統合。ライブならではの存在感を支える総合的な技術基盤を整えている。
www.marza.com
初期段階のすり合わせで、衣装構造と動きの最適解を探る
マーザのライブ制作には多くのスタッフが関わるが、今回はその中から、衣装制作の要となる3氏に話を聞いた。CGディレクターの木下秀幸氏はプロジェクト全体の方針決定と最終的な画づくりを統括し、モデリングスーパーバイザー(以下、SV)の馬杉 明日美氏はキャラクターや衣装の造形、質感設計を指揮する。リグSVの田中雄大氏は、「スタライ」のセットアップと揺れもの設計を統括している。
衣装制作の基本的なながれは共通だ。まずはクライアントから提供されるデザイン画を基に、社内ミーティングを行う。ここでは、衣装の中で特に破綻が起こりやすい要素、例えば、スカートや振袖のような大きな面積の揺れもの、長い紐やチェーン、腕を上げた際に相貫しやすい肩まわりのパーツなどを事前に洗い出す。馬杉氏が造形上の懸念点を提示し、田中氏がボーンやコリジョンの置き方を検討し、必要に応じて形状調整を提案する。
このミーティングにはアニメーションSVも参加しており、ダンス中の腕の振りや体のひねりなどの動作と、それによって起こり得る揺れものの破綻や修正負荷をふまえて意見を出す。こうした初期段階でのすり合わせにより、後工程で大きな手戻りが発生するのを防ぎつつ、キャラクターごとに異なる"衣装構造と動きの最適解"を早期に見極めることが可能となる。
もっとも、モデルの設計方針は、初音ミク(※)と「スタライ」では大きく異なる。前者の場合、長年ファンに親しまれてきたルックを損なわないことを最優先とし、XSI時代から受け継がれてきたシェーダ仕様を前提に、トーンマップや環境マップ、スペキュラなど約10種のテクスチャを使い分ける構成が維持されている。
一方、後者はイラスト調のルックを前提に、テクスチャ構成はベースカラー、ライン制御用マスク、ノーマルマップなどに絞られている。ただし初期はUnityレンダリングを前提としていた経緯からサブディビジョンサーフェスを用いない設計となっており、衣装の表裏を造形して厚みをもたせる仕様も相まって、ポリゴン数は初音ミクよりも多い傾向にある。
継承と更新を両立し、"違和感のない初音ミク"をつくる
マーザは2009年の「ミクFES'09(夏)」以降、様々な初音ミク関連のライブ制作に携わっており、その蓄積が制作判断の重要な拠り所となっている。新しい衣装であっても、歴代ライブの初音ミクを知るファンが見たときに違和感が生じないことが大前提となる。
制作体制自体は「スタライ」と共通する部分も多く、いずれもモデラーが造形だけでなくシェーダ設定や質感設計までを担う。ただし、初音ミクの場合は比較的リアル寄りのルックであるため、シェーダやテクスチャのわずかな差が見え方に大きく影響する。そのため、コンポジット工程とも早い段階から連携し、「どの質感をどう見せたいか」、「どこにマスクが必要か」といった点を事前に共有することが欠かせない。
一方、「スタライ」は後工程での調整の自由度が比較的高く、ルックの最終的な詰めをコンポジット側で行いやすい。このちがいが制作の進め方にも影響している。
また近年は、制作仕様そのものも整備が進んでいる。かつての初音ミク関連ライブはキャラクターモデルごとの仕様差が大きく、担当できるスタッフが限られていたが、2024年頃から首下の素体の共通化が進められた。これにより、2025年以降はより多くのスタッフが初音ミク関連の衣装制作に関われるようになっている。
デザイン画を立体化する際には、ライブ特有の判断も求められる。基本的に「見えない部分はつくらない」一方で、襟元が広めのデザインなどの場合、ライブ中の動きや揺れによって、静止状態であればつくりこまない部分が見えてしまう可能性がある。そのため、どこまでつくり込むかは衣装ごとに毎回検討が必要となる。
デフォルメの強いデザインを、ライブの初音ミクの頭身に合わせる際も、衣装の見え方やサイズ感を調整しながら、印象を崩さない落としどころを探っていく。
こうした判断を支えているのが、初音ミク専用に整備されたシェーダや、データチェックを補助する社内ツール群である。長年の蓄積をふまえた設計と、それを安定して成立させる技術基盤が、初音ミクのライブ表現を下支えしている。
初音ミク「マジカルミライ 2023」/部位ごとに最適解を選んだ、『HERO』衣装におけるモデルとテクスチャの使い分け
初音ミクのモデルはサブディビジョンサーフェスを適用するため、ポリゴン数は比較的少ない。制作時には、シルエットへの影響度やカメラに映る大きさ、揺れ具合などを基準に、モデル表現とテクスチャ表現を厳密に切り分けている。
大きく映らず、揺れない部位は軽量化のためテクスチャに任せ、カメラで大きく抜かれる顔まわりや、揺れる部位はモデルでつくり込む判断が徹底されている。
メガホンやスピーカーといった小道具も含め、動きの中でのカッコ良さを重視。パンツスタイルだからこそ床に座る演出が可能となり、巨大なツインテール(ウィッグ設定)も座り動作時には床に沿うよう調整された。ベルトには「MAGICAL MIRAI 2023」の文字が電光掲示板のようにながれる演出も仕込まれている。
INFORMATION
月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.331(2026年3月号)
特集:デジタルファッション制作ハンドブック2026
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2026年2月10日
TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota