マーザ・アニメーションプラネット(以下、マーザ)が手がける初音ミクのライブ衣装は、静止画のデザイン再現に留まらず、歌って踊るステージ上で“破綻しない”ことが絶対条件となる。抜き襟ジャケットの可動域、素体とボーンの選択、歴代最多のパーツ数、見映えと負荷のせめぎ合いの中で、どんな設計が選ばれてきたのか。

第2回の初音ミク編[2]では、『ラストラス』衣装をはじめとする事例を通して、可動性と多層構造を両立するための具体的な工夫を追う。

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    ※本記事は月刊 『CGWORLD + digital video』vol.331(2026年3月号)掲載の特集「デジタルファッション制作ハンドブック2026」(全56ページ)から、一部を抜粋・再編集したものです。

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    ▲左から、リグスーパーバイザー・田中雄大氏、モデリングスーパーバイザー・馬杉 明日美氏、Virtual Live映像事業課 課長/CGディレクター・木下秀幸氏(以上、マーザ・アニメーションプラネット)

    マーザ・アニメーションプラネット Virtual Live映像事業課

    マーザは設立以来、フルCG映画制作のためのノウハウと堅牢なパイプラインを磨き上げてきた。その資産をバーチャルライブ制作にも展開し、内製ツール群とCG映像の専門家の知見を組み合わせることで、キャラクターモデリングからアニメーション、コンポジットまで精緻に統合。ライブならではの存在感を支える総合的な技術基盤を整えている。
    www.marza.com

    初音ミク「マジカルミライ 2025」/デザイン再現と可動性を両立する、『ラストラス』衣装の"抜き襟ジャケット"設計

    本衣装は、ジャケットを抜き襟で着こなしている点が特徴で、その再現と可動性の両立が大きな課題となった。

    ▲ジャケットの襟が肘関節を超えると腕の動きで破綻しやすくなるため、デザイン画の印象を崩さない範囲で、襟が肘関節にギリギリかからないように調整した

    近年増えている"抜き襟の衣装"は、襟やフリル、リボンなどの装飾が肘の可動域を塞ぎやすく、構造面での工夫が欠かせない。

    また、初音ミクの素体は靴のヒールの有無によって「つま先立ち素体」と「フラット素体」が用意されており、本衣装の靴は厚底だがつま先立ちではないため、構造としては「つま先立ち素体」、ボーンは「フラット素体」のものを使用するハイブリッド仕様を採用した。

    • ▲「まつ毛なし素体」を用いた、初音ミク
    • ▲「まつ毛あり素体」を用いた、『ラストラス』衣装の初音ミク

    初音ミクには「まつ毛なし素体」とは別に、「まつ毛あり素体」も用意されており、本衣装では後者を採用。前髪の毛量が過去衣装の中でも特に少なく、まつ毛がないと目元が寂しく見えてしまうためだ。髪を結い上げるデザインのため、従来はつくり込んでいなかった側面の生え際まで丁寧に造形している。

    本衣装は、初音ミクのライブにおける歴代衣装の中で最多のパーツ数を誇る。大きな袖のフリルをはじめ、デザインちがいの両耳ピアス、複数のヘアピン、三つ編み、後頭部の髪留め、腰のポーチ、リボン、チェーンなど装飾点数が非常に多い。

    これらには、可能な限り個別に揺れもの用のシミュレーションが設定された。とりわけ袖のフリルは衣装の印象を大きく左右する重要な要素であり、その挙動についてはリガーとアニメーターが連携しながら綿密に調整が行われた。

    ▲初音ミクのターンに合わせて、フリルが破綻なく、かつ美しい軌道を描くよう、動きの方向性や揺れ幅が細かく検討されている

    髪についても、きつく結んでいる部分、垂れている部分、跳ねている部分で挙動を分け、動きにメリハリをつけている。

    ▲初音ミク「マジカルミライ 2025」ライブダイジェスト

    HATSUNE MIKU EXPO 2024 North America/『M@GICAL☆CURE! LOVE ♥ SHOT!』衣装のバランス調整

    本衣装はデザイン画のデフォルメが強く、初音ミクの素体にそのまま当てはめると大人びた印象になった。そこで馬杉氏は、素体画像の上にデザイン画の衣装を重ねたコラージュ画像を制作し、調整の方向性を確認した。

    ▲デザイン画(左)と、方向性確認用のコラージュ画像(右)

    その上で、素体自体は変更せず、スカート丈をやや長く、靴を大きめに、ジャケットをルーズにすることで全体バランスを再構成している。

    ▲『ラストラス』衣装と同じ素体でありながら、丈感と着こなしの工夫によって、より少女らしい印象へと導いた
    ▲靴は、シミュレーションで揺らすリボン部分のみをモデルで制作し、編み込み部分はテクスチャで表現
    • ▲靴のベースカラー
    • ▲靴のノーマルマップ

    凹凸はノーマルマップで与え、見た目と負荷のバランスを両立した。初音ミクはひとつのシェーダで扱うテクスチャの種類が多く、1体あたりのテクスチャ総数は60〜80枚におよぶ。解像度は一辺2,048pixelを基本としつつ、必要に応じて4,096pixelも使用している。

    ▲本衣装には、両手でツインテールを弾く振付があり、シミュレーションと手付けを併用することで、手の動きに合わせて髪が"ふぁさっ"と翻る表現を実現

    シミュレーションだけに任せるのではなく、要所で手付けを加えることで、振付との同期感を高めた。髪は短めの設計とし、動きが過剰にならないよう制御している。

    英語曲である『M@GICAL☆CURE! LOVE ♥ SHOT!』はアメリカで披露され、チア風衣装の明るい印象も相まって高い人気を獲得した。

    ▲[HATSUNE MIKU EXPO 2024 North America]『M@GICAL☆CURE! LOVE ♥ SHOT!』ライブ映像

    初音ミク「マジカルミライ 2023」/歴代の初音ミク要素を総結集した、『ブループラネット』衣装

    本衣装は、初音ミクの歴代ソフトウェアパッケージに描かれてきた衣装のデザイン要素を結集するかたちで設計されていたため、馬杉氏はそれらを可能な限り参照しながら、差異が生じないよう慎重に造形した。

    ▲ネクタイの形状はもちろん、服表面のナンバリング表示まで忠実に再現。幾重にも重なった腰のフリルは、シルエットを崩さないよう特に配慮した
    ▲ネクタイは歴代パッケージに描かれた4本を重ねた構造のため、個別にコリジョンを設定した上でシミュレーションを適用し、めり込みを避けつつ自然な揺れを成立させた

    なお、本衣装の揺れもの設定はXSI上で行われており、現在の運用と比べるとボーン数は少ないが、揺れにある程度のダイナミックさを与えることで華やかさを強調した。

    ▲初音ミク「マジカルミライ 2023」ライブダイジェスト。『ブループラネット』衣装は6:26以降で確認できる

    初音ミク JAPAN LIVE TOUR 2025 ~BLOOMING~/めり込みを許さない、『Over Flow(er)』衣装の多層スカート設計

    本衣装のスカートは、「上3層+立体モデルの青い花+テクスチャ表現の黄色い花+下2層+黒いパンツ」という多層構造を採用しており、担当モデラーが「一番苦労した」と語るほど複雑な設計となった。

    ▲3層目には透け感のある素材が使われているため、布越しに花の茎が見える前提でディテールを追加

    フリルと花の位置関係を細かく調整し、めり込みを徹底的に回避している。髪は前後に波打つ"トルネード"状の構造で、花飾りも含めた整合性の確保に苦心した。

    ▲アニメーターからは「どの動きでも、どこかが必ずめり込む」と悲鳴が上がるほどで、造形と動きの両面からチェックと修正がくり返された
    ©CFM/©SEGA
    【全4回連載・第3回】マーザが挑むライブ衣装制作/スタライ編[1]は9日(月)公開です。

    INFORMATION

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.331(2026年3月号)

    特集:デジタルファッション制作ハンドブック2026
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2026年2月10日

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    TEXT&EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    文字起こし_大上陽一郎/Yoichiro Oue
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota