世界最大級のCG国際コンベンションSIGGRAPH 2026が、7月19日(日)〜7月23日(木)の5日間に渡り開催された。SIGGRAPHでは毎年プロダクション・セッション(Production Sessions)が開催され、ハリウッド映画を中心にプロダクションの制作事例が披露される。

その中から、1939年の映画『オズの魔法使い』をSphereの巨大スクリーンへと展開した「Research to Reality: Scaling Generative AI for The Wizard of Oz at Sphere」の内容を紹介する。

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    Sphere の「オズの魔法使い」を支えるアーティストと AI の内幕

    プロダクション・セッションは撮影禁止であり、本稿はプレゼン中の様子はなるべく文面から読み取れるように執筆した。また、YouTubeで公開されているこちらの動画をご覧いただいてからお読みいただくと、各用語とその関連性などがご理解しやすくなるので、ご参考あれ。

    <1>SIGGRAPHの研究成果を結集し、『オズの魔法使い』をSphereへ

    パネラー

    ルファン・エッサ/Irfan Essa ※司会進行
    Principal Research Scientist and Research Director at Google DeepMind
    ベン・グロスマン/Ben Grossmann
    Co-founder of Magnopus
    ワイアット・バーテル/Wyatt Bartel
    Director of Production Innovation at Sphere Studios
    スティーブン・ヒクソン/Steven Hickson
    Research Engineer at Google DeepMind
    ルディ・グロスマン/Rudy Grossman
    Director of Generative AI at Magnopus
    ケビン・マリカン/Kevin Mullican
    AI R&D Supervisor for the Wizard of Oz at Sphere

    ▲プロダクション・セッションの模様

    イルファン・エッサ(以下、イルファン)私はイルファン・エッサです。Google DeepMindでプリンシパル・リサーチ・サイエンティストを務めています。

    今日は6名のパネリストで、2025年8月28日にラスベガスSphereでオープンした『オズの魔法使い』について、技術的な詳細をご紹介します。

    まずはベンに登壇してもらいます。ベンはMagnopusのCEOであり、映画『ヒューゴの不思議な発明』のVFXでアカデミー賞を受賞した人物でもあります。

    ベン・グロスマン(以下、ベン)今回のパネルのタイトル「Research to Reality」には“リサーチ”という言葉が含まれていますが、このプロジェクトのルーツは、まさにSIGGRAPHにあります。

    25年ほど前にSIGGRAPHに参加し、素晴らしい研究論文の数々に触れて、「誰かがこれを世に出すべきだ!」と感じたことが始まりでした。当時、こうした高度な研究成果を一般の人々やアーティストの手元に届けることは、難しい課題だったのです。

    過去のSIGGRAPHの論文を読み漁り、ノートPCのコマンドラインから実際に手法を試して、何が可能なのかを探っていました。当時、AIで生成できる画像の解像度は、まだ512×512ピクセル程度でした。

    そこで私たちは、SIGGRAPHで発表された数多くの研究成果を結集し、VFXアーティストと連携して『オズの魔法使い』を題材としたAIによる映像開発に取り組むことで、これまでにないクオリティの作品を創り出そうと考えました。

    ピッチ(企画の提案)にあたっては、こんなやりとりがありました。

    「費用はいくらかかる?」「100ミリオンドルですね(日本円で157億円)」「成功の確率は?」「5割未満です」(場内爆笑)。「本気でこんなのが承認されると思っているのか?」「……でも、やらなければ、どうなるかなんて誰にもわからないままですよ」。

    こうして、1,000人以上ものスタッフを結集する一大プロジェクトが始まりました。エンドクレジットの名前は、「16K対応のSphereのスクリーンでなければ読み取れないほど」です。

    目指したのは、極めて高いハードルを設定することでした。それは、「祖父母の世代から長年愛され続けてきた“あの”映画を、絶対に台無しにしない」ということです。

    その上で、これまで誰も経験したことのない壮大な体験を創り出す。その実現に必要だったのが、AIツールでした。

    このプロジェクトに携わった方々が、尽力されました。エンドクレジットに載っているクルー全員のお名前は、16K対応のSphereのスクリーンでなければ読み取れない程、大勢の方が参加されています。

    実際、Sphereのスクリーンは、一般的な映画館で上映される映像の32倍もの大きさがあります。一方、プロジェクト開始当時、AIによる動画生成モデルはほとんど存在せず、あっても実用に耐えうるものではありませんでした。

    2023年11月にミーティングを行い、まずは調査と検討から着手しました。そしてプロジェクトに必要な研究者やチームを選定し、「どうなるかはわからないけれど、とにかく進めてみよう」と決断したのです。制作期間は、実質1年足らずでした。

    ▲Sphereの外観。夜になるとかなり明るく、遠く離れても光輝き目立つ存在である

    <2>映像だけではない、Sphereならではの没入型体験

    ワイアット・バーテルSphere Studiosのワイアット・バーテルです。まず、ラスベガスのSphereとは何かについてお話しします。

    Sphereは単なる映画館ではありません。建物の高さは約370フィート(約113m)。収容人数は座席使用時で1万8,000人、コンサートなどで立ち見を含めると2万2,000人以上になります。

    現地でSphereを体験すれば、すぐにおわかりいただけると思います。ドームスクリーンに映し出される映像だけでなく、4D効果や身体的な感覚を通じて、観客を包み込むような没入型体験を提供しています。

    『オズの魔法使い』の竜巻のシーンでは大型ファンが稼働し、客席では時速60マイル(約96km)の突風に加え、座席の振動やにおいなどの環境効果を体感できます。こうした分野をリードしていくことが、Sphereのミッションと言えるでしょう。ぜひ皆さんにも、ラスベガスのSphereで実際に体験していただきたいです。

    LAのバーバンク空港近くには、私たちの制作スタジオがあります。巨大な灰色のドームが見えたら、それが試写用施設です。ここにはラスベガスのSphereの1/4スケールのドームがあり、制作中の映像を試写できます。

    イルファンでは、スティーブンにテクニカルディテールを語っていただきます。

    スティーブン・ヒックソン(以下、スティーブン)この作品の映像制作におけるAI技術についてお話しします。必要とされたのは、以下の3つの要素です。

    ①アウトペインティング(Outpainting)
    ②スーパーレゾリューション(Super Resolution)
    ③パフォーマンス(Performance = 演技)

    2024年3月にプロジェクトをスタートさせ、当時最新のAI動画生成モデルでテストを始めました。解像度は確か256×256ピクセル程度だったと記憶していますが、非常に小さいものでした。ドロシーが走るシーンなどで実際に試してみたものの、まだ実用に耐えうるものではありませんでした。

    ここで、実際にどのように作業を組み合わせたのか、一例をご紹介します。

    ドーム映像の中央にある4:3の長方形が、映画のオリジナル映像です。まずこれを巨大スクリーンでの上映に耐えられるよう、AIでアップスケーリングして解像度を高める必要がありました。これを「スーパーレゾリューション」と呼んでいます。

    「スーパーレゾリューション」について

    スティーブンそしてもう1つの課題が、ドーム映像の中央に配置されたオリジナルの4:3画面の外側に広がる領域を、どのように埋めるかということでした。この作業を「アウトペインティング」と呼んでいます。

    例えば、オリジナル映像でドロシーの身体が画面外に見切れている場合には、画面内に映っているものとまったく同じ柄の服や同じ靴を、画面の外側に新たに構築しなければなりません。こうして各ショットで、100を超える要素を「描き足す」必要がありました。

    「アウトペイント」について

    スティーブンまた、俳優がオリジナル映像のフレームから見切れていたり、完全に画面外へ出てしまったりする場合には、その先の演技を新たに生成し、ドームスクリーン上で継続させる必要があります。これを「パフォーマンス」と呼んでいます。

    ▲「パフォーマンス」について

    <3>領域を段階的に拡張するアウトペインティング

    スティーブン幸運だったのは、私たちが最初の動画サンプルを制作した直後に、AI動画生成モデル「Google Veo」が登場したことです。以降、VeoがAIによる映像制作の基盤となりました。初期のテストから完成まで、その急速な進化を目の当たりにすることになったのです。

    ただし、今回の映像が2024年から2025年にかけて制作されたものであるという点は重要です。当時の生成技術がどのようなレベルにあったのかを踏まえて見ていただく必要があります。

    さて、「アウトペインティング」についてですが、この作品ではいくつかの異なる手法を用いました。

    例えば、オリジナル映像の中に俳優の身体のごく一部しか映っていないケースがあります。さらに、その俳優がすぐに画面の左側へ移動してしまうようなショットは非常に厄介でした。素早い動きを処理することは、AIにとっても非常に困難だったからです。この例では、わずか4フレーム分をアウトペインティングしていますが、これ以上に難しいショットも数多くありました。

    イルファンプロダクション初期の印象的な思い出があります。当時はまだ、テスト結果も芳しくありませんでした。

    あるショットのR&Dをしていたとき、オリジナル映像には斧と手など、ごく限られた部分しか映っていませんでした。そこで画面外にある身体の動きをAIで生成してみると……。その瞬間、皆が「おっ!」と声を上げたのを覚えています。「もしかしたら、本当に実現できるかもしれない」と。このプロジェクトで初めて、「いけるかもしれない」という手応えを感じた瞬間でした。

    スティーブン作業を繰り返す中で、アウトペインティングを効率的に進める方法も見つかりました。

    画面上を移動する俳優などの「ターゲット」がある場合、最初からドームスクリーン全体にわたる広範囲をアウトペインティングするのは大変です。そこで、まずオリジナル映像を高解像度化し、人物が移動する方向と範囲を絞り込んで、その領域だけをアウトペインティングします。

    それが上手くいけば、生成する領域を10%広げて再び処理し、さらに10%広げて処理するというように、段階的に領域を拡張していきました。

    ただし、常に上手くいくわけではありません。異なるアウトペインティングを10テイクほど生成してアーティストに見せ、その中から最も良いテイクを選んでもらう。この作業を繰り返しながら、結果を絞り込んでいきました。

    また、リファレンス画像も活用しています。アーティストが描いた「このキャラクターはこう見えるべき」というコンセプト画像をAIモデルに与え、それを基にキャラクターを生成する方法です。

    アーティストが描いたリファレンス画像を最初の1フレームとしてAIモデルに与え、実際の映像と組み合わせます。するとAIモデルは、その画像を基に残りの映像を生成しようとします。これによって、非常に興味深い結果が得られました。

    <4>最大8倍の高解像度化を実現したスーパーレゾリューション

    スティーブン: 次なる課題が「スーパーレゾリューション」です。Sphereの巨大スクリーンでの上映に耐えうる解像度を得る必要がありました。

    AIモデルに映画の映像を学習させ、眉毛や目、顔などのディテールを高精細化していきます。しかし、これは非常に困難な作業でした。

    映画の中では、各キャラクターの見た目が常に同じとは限りません。例えば、ブリキの木こりが持つ斧の柄は、物語の序盤では木製ですが、後には金属製になります。AIモデルだけでは、そうした細かな変化まで正確に把握することができません。このような課題が数多くありました。

    もう1つ、重要な課題となったのがデノイジングです。オリジナルの映画フィルムにはグレインが含まれています。そこで今回は、VFX業界で一般的に使われているデノイザではなく、Googleが開発したデノイザを使用しました。

    ここで鍵となったのが、前段階で処理したフレームや、アーティストが修正したフレームをAIモデルに与え、それを基にショットの残りのフレームをデノイズしていく方法です。

    こうして、オリジナル映像に対して最大8倍のスーパーレゾリューションを実現しました。8K解像度で確認すると、髪の毛の質感をはじめ、非常に細かな部分まで鮮明に表現されていることがわかります。これは素晴らしい成果でした。

    一方で、ドロシーのドレスの柄は大きな課題の1つでした。AIモデルで処理すると、予期せぬアーティファクトが生じ、市松模様のようなノイズによってディテールが失われてしまうことがあったのです。結局、ドロシーのドレスの柄のせいで、私たちは連日深夜まで作業に追われることになりました。

    ▲Sphereのシアター内部。キャパシティ1万8,000人の巨大シアターは圧巻である

    <5>画面外の「演技」を生成するパフォーマンス

    スティーブン最後は「パフォーマンス」の話です。これについても少し触れておきましょう。カメラがパンして、ヘンリー叔父さんからエム叔母さんへと視点が移る場面がありますが、レンダリングの際に問題が生じやすいショットでもありました。

    ヘンリー叔父さんがオリジナル映像のフレーム外にいる場合、その部分の「演技」そのものを新たに生成しなければなりません。

    ベンこの「パフォーマンス」でどのような演技をさせるのかを考える上では、オリジナル作品のクリエイティブ・ディレクションに立ち返る必要がありました。

    映画『オデッセイ』や『オッペンハイマー』も手がけているジェニファー・レーン氏が今作のエディター(編集)でしたので、まさに「エディターとして、演技のテイクをどのように選ぶのか」という観点から意見を聞きました。そこで、生成したパフォーマンスのバリエーションを複数用意し、その中から画面外のヘンリー叔父さんが最も「彼らしい」と思える演技を選択しました。そして、前後の演技が自然につながるよう、編集によって整合させていったのです。

    <6>生成AIと従来VFXを往復するハイブリッドな制作体制

    イルファン続いて、Magnopusのルディとケビンにお話を伺います。Magnopusは、本作において膨大なリサーチを行い、大規模な取り組みを主導しました。

    ルディ・グロスマン&ケビン・マリカンこのプロジェクトで最も刺激的だったことの1つは、まったく前例のない試みだったという点です。全てを模索する必要がありました。

    特に生成AIは、当時まだ極めて初期段階にあった技術であり、制作期間中も凄まじいスピードで進化していました。そのため、全てのショットを同じ方法で処理することはできませんでした。

    そこで構築したのが、生成AIと従来のVFX手法を統合したハイブリッドなパイプラインです。生成AIによる出力と、アーティストによるデジタルペイントや修正作業を往復しながら、最良の結果を追求しました。

    重要だったのは、単に生成AIによる試行をくり返すのではなく、必要に応じてロトスコープやデジタルペイントといった従来のVFX手法を迅速に組み合わせることでした。

    もう1つ考慮すべきだったのが、開発者やテクノロジー企業と協業する際の、専門分野ごとの「言葉の壁」です。口頭で説明するだけでは、意図が上手く伝わらない場合があります。

    そこで、各スタイルに対応した「ブループリント」と呼ばれる計画案を作成しました。これによってスーパーバイザー、プロダクション・エンジニア、VFXチームの認識を共有し、各要素をどのように統合して、目指す体験をつくり上げていくのか、その指針を明確にしました。

    制作初期には、従来のCG・VFXスキルに加え、生成AIの実践的な経験まで備えた人材は極めて貴重な存在でした。

    そこでチーム構築にあたっては、経験豊富なVFXアーティストやCGアーティストを対象に、プロフェッショナルなスタジオ環境でプロンプトの調整や生成AIモデルの制御を行うためのトレーニングを実施しました。これにより、彼らがもつ専門知識を活かして一貫性のある表現を追求しながら、AIによる生成結果を適切に導けるようにしたのです。

    また、クリエイティブ・スーパーバイザーやリード・アーティストが、AIや機械学習に関する専門知識がなくても、自身のビジョンや意図をAIに反映し、求めるビジュアルを導き出せる環境を目指しました。

    そこで重要な役割を担ったのが、クリエイティブな指示を具体的なモデルのパラメータや技術的な設定値へと変換するテクニカルアーティストです。

    さらにエンジニアにも、実際に「動き」を生み出す現場の視点に触れてもらうため、アーティストの隣で作業してもらうようにしていました。

    一方、テクノロジーの進化の速さは、制作プロセスにも大きな影響を与えました。

    例えば、1カ月半前には「これでOK」と大喜びしていたものでも、新しいAIモデルが登場すると、全てやり直す。そのくり返しだったため、まるで1年間の制作期間中に3回も映画をつくり直したような感覚がありました。

    当然、誰もがフラストレーションを募らせていました。時間が尽きるまであらゆる作業を並行して進め、やめろと言われるまで作業を続けるような状況だったのです。

    ただ、もし同じ作業をもう一度やるとしたら、もっと短時間で、はるかに高いクオリティで仕上げられるでしょう。それだけ多くのことを学び、経験を積んできたからです。

    では、最後はベンに締めてもらいましょう。

    ベン今回の『オズの魔法使い』の制作プロセスは、ある種の研究開発そのものでした。かつては年に2、3個の新しい要素が登場する程度だったものが、今では48時間ごとに2、3個の新しい要素が生まれるような状況です。

    こうした先進的な研究開発を実制作へつなげるためには、目的を共有するアーティストたちが集まり、リーダーシップやチームからの信頼と支援を得て、さらに作品への投資を惜しまない人々がいる環境が必要です。

    そして何より、その鍵を握るのは、上手くいかなくても決して諦めず、試行錯誤を続ける現場の人々です。このSIGGRAPHの会場には、まさにそうした方々が集まっています。

    本日は私たちのセッションにご参加いただき、ありがとうございました。ラスベガスのSphereで上映されている『オズの魔法使い』を、ぜひ現地で体験していただきたいと思います。そして今後も、私たちと皆さんが素晴らしい作品をつくり続けていけることを願っています。

    ▲Sphereのアトリウム。人と対話するAIロボットや、参加者のデジタルアバターを生成し携帯へ動画を送信してくれるコーナーなどがある。この後、シアターへ移動する

    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada