独創的なルックとアニメーション表現で世界中に大きな影響を与えた『スパイダーマン:スパイダーバース』。その続編となる『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』が6/16(金)に日本でも公開を迎え、前作以上の盛り上がりを見せている。ここでは、ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスで制作に携わった日本人アーティストの皆さんに、本作の見どころを聞いた。
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Information
6月16日(金)全国の映画館で大ヒット公開中
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『アクロス・ザ・スパイダーバース』をより楽しむための注目ポイント
――はじめに皆さんのプロフィールと、本作に参加された時期を教えてください。
若杉 遼(以下、若杉):私は2021年の5月からレイアウトアーティストとして参加してきました。現在はウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオに所属しています。
大竹惇也(以下、大竹):僕は『The Sea Beast(邦題:ジェイコブと海の怪物)』というプロジェクトが終わった後、2021年の12月からアニメーターとして参加して、今年の3月末まで携わってきました。
園田大也(以下、園田大):自分も2021年12月からアニメーターとして参加し始めました。現在はウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオに所属しています。
園田優花(以下、園田優):私も2021年12月からアニメーターとして参加して、約1年間ほど携わってきました。同じく、私も現在はウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオに所属しています。
古屋隆介(以下、古屋):皆さんと同じく2021年12月からアニメーターとして参加して、公開直前の2023年5月まで携わっていました。
Interviewee
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若杉 遼/Ryo Wakasugi
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大竹惇也/Junya Otake
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園田大也/Hiroya Sonoda
twitter.com/Mike_sonohilo
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園田優花/Yuka Sonoda
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古屋隆介/Ryusuke Furuya
twitter.com/oldspear
――まずは、ここに注目すると、より『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』が楽しめるというポイントを教えてください。
園田優:やっぱりキャラクターの多さだと思います。メインキャラだけでも非常に多くの数がいて、しかもそれぞれ個性的で使う能力もちがったりしています。アニメーションとしてもいろいろとキャラの個性を出していくのが面白かったですね。
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――予告編でも様々なスパイダーマンが登場しましたが、あそこに映っていたのが全てではないということでしょうか?
大竹:あれでもごく一部ですね。予告編を見たときは「予告で出しすぎじゃない?」と思ったんですが(笑)、実際に本編を見たら驚きの連続でした。キャラクターだけでなく、アニメーションのスタイルやアートのスタイルとしても目新しいものばかりです。
――それだけたくさんのキャラクターが出てくるとなると、統一感をとるのに大変ではなかったですか?
大竹:統一感はあえてとらないことの方が多かったです。例えばスパイダーパンクというキャラクターはアニメーションのスタイルが他のスパイダーマンと大きく異なり、ペーパーアニメーションのような表現がされているんです。コンポジット処理でそう見せているというより、アニメーションの段階からフレームレートをズラして構築していっていたりしています。
どこを切り取ってもアート。キャラごとに異なるルック
――あえて統一感をとらずに、それぞれのキャラクターの個性を際立たせたということですね。そんな多彩なキャラクターを見どころのひとつとして挙げていただきましたが、それ以外の点では、どういったところに注目すればいいでしょうか?
園田大:やはりルックに注目してほしいですね。例えばグウェンというキャラクターの世界があるんですが、背景や色遣いが、キャラクターの心情を反映したイメージになっているんですね。ビルの背景だから完全にリアルなビルを再現、みたいな感じではなくて、部屋の中でもキャラが不安だったら不安なイメージで描かれたりとか。キャラの心情によって背景のルックが変化していくのは、コンセプトとしてすごいなと。最終的なルックもすごくリッチになっていました。
園田優:確かにルックはすごくゴージャスになっています。最初に映画の完成形を見たときに「物量エグ!」ってなりました(笑)。いろいろなバースが出てくるんですが、バースによって水彩画っぽくなったりパステルっぽくなったり、セピアの世界から来たキャラはセピアのまま別のバースにいたりとか、それぞれルックがちがうんです。
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大竹:全てが見どころという感じですね。3Dアニメーターとして自分たちが担当したところをいざ本編で見ると、3Dとかアニメーションとかどうでもよくなるくらい、キャラごとの世界観の表現の幅が凄かったです。
園田大:前作以上に、どのフレームを切り取って見てもアート感がありましたね。
古屋:本当にこのフレーム手で描いたのかな、と思えるくらいの仕上がりになっていますね。実際に描いたのかもしれませんけど(笑)
――前作もルックが大きな話題になっていましたが、それがさらに進化しているんですね。では前作と比べて、今作で新たに追加された表現というのはありますか?
園田優:やっぱり、キャラごとにルックがちがうというのは大きいかなと。さっきも話に挙がったスパイダーパンクはペーパーアニメーションっぽい表現をされていたり、ヴァルチャーというキャラは、上から鉛筆で描いたようなアートが追加されていたり。1キャラごとに新しいものが追加されているようなチャレンジングな作品になっています。
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――映画の尺もかなり長いですよね。
大竹:アニメ映画史上最長(編注:140分)になったとか……。
園田大:だけど、全然長い感じがしなかったですね。
古屋:休まるフレームがないというか。
園田優:アートの物量で殴ってくる感じですね(笑)。
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絶対に前作を超える! クオリティに妥協のない制作現場
――制作陣の共通認識としてのコンセプトや目標などはありましたか?
大竹:具体的に掲げられていたわけではないのですが、前作を超える作品にしようという強い意志を肌で感じました。予算やスケジュールの都合で落としどころを見つけるようなつくり方ではなく、世界で一番良い映画をつくろうとか、絶対に前作を超えようというのは、言われずとも感じていました。
若杉:他のプロジェクトより変更や修正が多かったというのはどこの部門でも同じですね。誰かが言ったわけじゃないんですけど、作品全体としてクオリティに対して妥協がないということを感じました。
古屋:配属された最初の日に、監督から「この映画はスパイダーマンの映画だからアクションはもちろん大事にしたいけど、ドラマも重視したいから、アクティングに力を入れたい」という話をされたんです。僕はアクションがやりたかったので、「ドラマ重視か〜」と思ったんですが、完成作品を観ると「この演技めっちゃいいな~!」という感想になりました(笑)。個人的にはアクションより演技のほうが心に残ったので、きちんと監督の志の通りにつくって、しっかり形になっているっていうのが凄いなと思いました。
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園田大:前作にはなかったんですが、スーパーバイザーやリードがレクチャーするクラスがあったのも良かったです。「マイルスの眼の表現のレクチャークラス」みたいなものがあって、個々のアーティストがそれぞれ試行錯誤するんじゃなくて、全体的にレベルを押し上げるというか、スタイルを統一する試みがあったのが良かったですね。
――レイアウトについては、何か変わったことや新しくなったことはありますか?
若杉:今回、アニメーション映画ではあまり見られないショットがいくつかあるんです。「エンプティフレーム」という呼び方をするんですが、例えばキャラクターが左下に小さくいて、右側の空間が空いてるというようなショットですね。あとは会話シーンでキャラクターを小さく映すというレイアウトも、他のアニメーション映画ではあまり見たことがないです。動きや色遣いの新しい表現もあるんですが、映画としてあまりアニメーション映画で見たことのないレイアウトというのは、大きなスクリーンで観たときに「いいな、カッコいいな」って思いましたね。
あと、監督やプロデューサーごとに好みが結構ちがったんですが、その好みの差が良い感じにミックスされたというか、TVシリーズの実写ドラマと、手描きのカートゥーンアニメが混ざったような映画になっていて、そこが表現として新しく感じます。
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海外でもBlenderの活用が広がっている
――それでは次に、具体的なワークフローや制作ツールについてお聞かせください。
園田優:初期の頃は、最終的にこういう画ができますと監督に説明するために、Kritaというペイントツールで毎フレーム描いて提出していました。
――ペイントツールのお話が出ましたが、ほかにはどのようなツールを使用されていたのでしょうか。本作のアニメーションや独特な表現のために使用されたツールなどはありますか?
園田大:Blenderをインクライン(アメコミ的な、ペンで描いたようなライン表現)用に使っていました。前作の『スパイダーマン:スパイダーバース』では手作業の力技でやっていたんですが、Blenderのグリースペンシルを使うと、インクラインが直感的に早く描けるんです。
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大竹:それと、アイデアを監督にアピールするとき、スパイダーマンの動きって実際の人間には不可能なものが多いので絵で描いて見せたりするんですが、人によってはそれをBlenderでやっている人がいましたね。
古屋:僕は一部、仮オブジェクトを用意するときにBlenderを使いました。ビルが崩れてその瓦礫をスパイダーマンたちが避けていくアニメーションをつくるときに、瓦礫のオブジェクトが用意されていなかったんです。Blenderに破片を手軽に作成できるCell Fractureツールというツールがあったので、それでつくった瓦礫のオブジェクトをMayaに読み込ませて配置していきました。
――日本のアニメ業界だと最近Blenderの普及率が上がってきているんですが、海外でもそうなんですね。そのほかツール関係で、前作とのちがいなどはありますか?
園田大:ツールは前作と比べて、かなりアップデートされた印象があります。前作は2's(トゥーズ。2コマ打ちのアニメーション)にするところもMaya上でベイクしてから2'sにしていたんですが、今回はベイクせずに2'sだったり1'sだったりが選べるようにツール化されていました。今回は前作以上にキャラごとの個性が強いので、キャラごとに専用のツールがあったりもして、テクニカルチームがそのあたりをきちんとサポートしてくれました。
それから、ドキュメントもキャラごとにまとめられていました。Mayaのシェルフにアイコンがあって、そこをクリックすると、そのキャラクターがどういうキャラクターなのか、制作する上でどういうことを気にしなければいけないのか、といったことがまとめられていて、前作に参加していないアーティストでもそれぞれのキャラクター性や特徴が把握できるようになっていました。
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参加アーティストたちのイチオシショット
――本作で皆さんが担当されたイチオシのショットを挙げてください。
大竹:映画の後半になるので細かくは言えないんですが、緑がかった背景の中で、マイルスがビルの間をスイングしながら進んでいくショットです。そこは尺も長めだし、スパイダーマンらしいアニメのショットをやらせてもらえたので、担当できて嬉しかったですね。
つくっているうちに途中から「こういうのを追加したらどうだろう」とどんどん新しい要素が追加されていって、結果的に最初のレイアウトやストーリーボードとはまったく別の仕上がりになったんですが、最終的にコンプまでされたカットを観たらめちゃくちゃカッコ良かったです。
園田大:僕も「尺は変えずに演出は変えてほしい」と言われることがよくありました。その中でもグウェンとマイルスが街の中をスイングするショットは、レイアウトがなくてイチからアイデアを考えなければいけなかったし、他のシーンと内容がかぶってはいけないので大変でしたね。リファレンスとしてまるごと用意されていたブルックリンの都市アセットの中をいろいろと見て回って、どの部分を使おうか考えながらつくっていきました。
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古屋:私の担当ショットは、詳しくは言えないんですが、スパイダーマンたちが崖から飛び降りるところですね。カメラとキャラが一緒に落下していくショットで、しかも巨大なビルをいい感じにカメラに入れながらみたいな……。制作途中で「このショットは3つにカットを割ります」と言われて、それに合わせてつくり直して良いショットに仕上がりそうだと思ったら「やっぱり1カットにします」と言われたこともありました(笑)。
ただ、そのときの上長の「ここをオミットしたらいい感じになるんじゃない」というような指示がとても的確で、改めて彼に対して尊敬の念を抱きました。
園田優:私のイチオシは、屋上でマイルスが落ちこむシーンですね。本作の前に参加していた作品ではアクション系のシーンを多く担当していたので、今回はスパイダーマンというアクションが多い作品だけどアクティングの方をやりたいと思っていたんです。実写のようなアクティングとアニメーションの要素の両方をいい塩梅でやれたと思っています。
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若杉:僕は今回、かなり大きめのアクションシーンをやらせてもらったんですが、毎週50ショットのレイアウトをやるみたいな感じで、物量がめちゃくちゃ大変でした。でも、ストーリーボードを描いたり、新しいショットを追加したり、音声を変えたり、いろいろなプロップや小物を監督に提案したりと、自分たちにアイデアが任されている感じがあって楽しかったですね。そういった理由でアクションシーンには全体的に思い入れがあります。
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ものづくりをしている人にこそ観てほしい
――制作時の印象的なエピソードはありますか?
大竹:プロデューサーが「この映画は千人以上のクリエイターのアイデアの集大成です」と言っていたんですが、それは本当にその通りだなと思いました。例えば、マイルスがスパイダーマンだということを両親には言えなくて、葛藤して指をトントンしているところを、モールス信号で「アイムスパイダーマン」と打っていることにしたのは、とあるアニメーターのアイデアでした。そういうひとりひとりのアイデアの集大成としての映画になっていると思います。
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――最後に、改めて『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』についての感想をお聞かせください。
園田大:全ての部門がすごく苦労してつくり上げたものなので、それだけに全部がよくできています。瞬き厳禁で観てほしいですね。
園田優:1フレームごとに、全ての工程でアーティストがこだわりをもってつくったんだなということがわかる映画になっています。エンドクレジットまでカッコいいので、最後まで席を立たずに観てください。
古屋:僕は単純に、関わることができて楽しかったプロジェクトですね。そもそも1作目を日本で観て衝撃を受けて、『スパイダーバース』がやりたくてバンクーバーに来たようなものだったので、やりたいことをやれてよかったです。
若杉:本作のようなアニメーション業界を変えるような作品に関われたというのはラッキーだし、本当に嬉しかったです。みんなのものづくりに対するプライドも感じました。作り手が楽しんでいるというのが、観ていても伝わる作品だと思うんですね。だからこそ、クリエイターとかアーティストに、「これはやばい! カッコイイ! こんなのやりたい! バンクーバーに行かないと!」と思わせられる作品になっていると思います。ものづくりをしている人はぜひ観てほしいですね。
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TEXT_オムライス駆
EDIT_藤井紀明(CGWORLD)