ヴィジュアル系バンド「-真天地開闢集団-ジグザグ」のボーカル、「破壊の祈祷師」こと命-mikoto-氏がMVの制作を目的として、CGや動画編集を学んでいるという。ミュージシャンの視点で考える理想的な「MV」とはどんなものなのか?どのように技術を習得しているのか? 自身もミュージシャンであり映像作家でもある涌井 嶺氏を聞き手としてインタビューを実施した。

記事の目次

    -真天地開闢集団-ジグザグ

    <3月27日 発売中>

    -真天地開闢集団-ジグザグ

    映像集(Blu-ray)「慈愚挫愚 MV集 -弐-」
    ¥6,600 (税込) / CXR-007
    https://zigzag.asia/works/cxr-007.html

    映像制作も手掛けるミュージシャン二人の出会いとは

    CGWORLD(以下、CGW):お二人の仕事の接点はジグザグの『Dazzling Secret』のMV制作を涌井さんが手がけたことがはじまりだと思うのですが、そもそもお二人の出会いはどんなものだったんでしょう?

    命-mikoto-(以下、命):自分はもともとCGを使ったMVが好きで、K-POPのMVのCGとか見ていいなーと思ってて。そんな時にTHE SIXTH LIE(涌井氏が所属するバンド)の「Everything Lost」のMVを見て、はじめ、ミュージシャンが自分で制作していたとは知らずに素晴らしい作品だなと思っていたんです。後でミュージシャンだと知って自分のやりたいことの、随分先を行ってるなと感心しました。

    ▲-真天地開闢集団- ジグザグ『Dazzling Secret』MV
    ▲THE SIXTH LIE『Everything Lost』。人物&楽器のみを実写撮影、背景を全てCGで制作したMusic Video
    ※制作の舞台裏をCGWが取材した記事はこちら

    :そこから時間が経った時に『Cheeky Cheeky』(Kawaguchi Yurina×ガンバレルーヤ)のMVをたまたま見て、これは凄いなと感心して。その時はその2つを同じ人がつくったってことに気付かなかったんだけど、あとからそれを知って「1、2年間でメチャクチャ進化してるな!」と驚いたんですよ。僕の中の合成の概念がかなりバージョンアップされた作品でした。

    ▲Kawaguchi Yurina × ガンバレルーヤ - "Cheeky Cheeky" MV

    とにかくいい意味でCGらしさがない。合成での様々な「違和感」を徹底して無くしていて、そこを突き詰めることに対するこだわりを感じましたね。特に、人物への環境光の反射の位置や具合や、後ろに光が被った時のハレーションの具合に出ています。

    合成の違和感って足元にすごい出たりするんですが、どれだけ見ても自然で粗がないんです。床から浮いた感じが全くない。トラッキングの正確さや、床の材質にあった絶妙な反射の質感や影、最後の濡れたコンクリートのシーンなんて合成感が丸出しになりそうですが、これがめっちゃ自然にできている。

    それとCG作品って最後に派手なレンズフレアとかエフェクトで「何となくカッコええ感じ」にしがちですけど、そういうので一切誤魔化さず、一つ一つの処理を丁寧に、徹底してリアリティにこだわってるなと。まだカメラワークの事など言いたい事ありますが、長くなりすぎるのでこの辺で(笑)

    【左】涌井 嶺(THE SIXTH LIE(ドラムス)、VFXアーティスト、映像作家)【右】命-mikoto-(-真天地開闢集団-ジグザグ ボーカル)

    涌井嶺氏(以下、涌井):滅茶苦茶、熱の入ったレビューありがとうございます(笑)その後、マネージャー同士が繋がりがあったので、そこからご連絡をいただいたというながれですね。「Dazzling Secret」のMVをCG作品にしようという考えはいつからあったんですか?

    :「Dazzling Secret」の前の曲の時からCGを使ったMVをつくりたいという思いはあって、実際やってみたらやっぱ合うなと。

    CGW:実際の制作にあたっては、どういうやりとりがあったんですか?

    涌井:打ち合わせで「未来っぽい都市を歩いてるMVにしたい」、「サイバーパンクな世界観のMVをやりたい」と伝えていただいたので、あとは企画コンテをつくって、詳細なイメージを共有しながら進めていきました。

    :自分は基本的な方向性だけを伝えて、あとはもうされるがままなんで(笑)ストーリーとかは必要ないんで、壮大な世界観だけ表現して、とだけ伝えましたね。

    涌井:僕もそれを聞いて、いろいろ自分で考えてるうちにやりたいことがどんどん膨らんできて、パート毎にロケーションの場所も変えたいと思ったりと、シチュエーションの数もすごいことになっていきました。やがて僕1人じゃ手が回らないなと思うようになったので、仲間にも助っ人として参加してもらったら、思ったよりみんなが頑張ってくれて。

    :凄かったっすよ、あんな豪華なものになるとは思ってなかった。予算オーバーな内容に仕上げてくれて(笑)

    ▲MV『Dazzling Secret』のブレイクダウン動画

    命-mikoto-が制作中のライブドキュメンタリーMV

    CGW:現在は、命さんご自身も映像制作をされているんですよね。

    :今はライブドキュメンタリー的なMVをつくっています。

    涌井:へ~、これはミュージシャン自身が制作しているMVならではの作品ですね。外部に依頼するとこういう空気感って出せないんですよ。

    :自分でつくってるからこそメンバーの良さを引き出せるっていうのはあるかもしれない。「これちょっと事故ってんな~」ってカットも入れられるし(笑)外注だとそういうのは絶対切られちゃう。

    涌井:眼の上を化粧水で保湿してるシーンとか(笑)これ、ソフトは何を使ってるんですか?

    :普段はPremiere、After Effectsなんだけど、これはめちゃくちゃ久々にFinal Cut Proを使ってて。

    涌井:細かいエフェクトもめちゃくちゃたくさん入ってますよね。

    :そうそう、プラグインもめっちゃたくさん入れてて。

    涌井:こだわりたいところには時間をかけてこだわれますしね。それに、最近はスマホだけでも手軽につくれちゃいますし。

    :SNSとかに上げるくらいの動画なら、スマホですぐつくれちゃう。こないだも映像から人物をボタン1タッチで切り抜いてくれるInShotっていうアプリで3分くらいでつくった動画をInstagramに上げました。ああいうのって自分でやろうと思うと凄くめんどくさいんだけど、アプリだとAIがやってくれるから。

    涌井:本格的な映像制作ソフトだとプラグインで何万もするようなものが手軽に使えたり、トレンドを取り入れるのがすごく早かったりと、アプリのほうが進んでる部分もありますよね。

    命-mikoto-が挑戦する3DCGの世界とその学び方

    涌井:そもそも命さんが自分自身で映像制作をやろうと思ったきっかけは何だったんでしょうか?

    :もともと子供の頃からCGやVFXとかが大好きで、特撮映画の技術スタッフになりたいと思ってたんですよ。ゴジラやガメラの映画も本編よりメイキングに夢中でそればっかりずっと観てたりして。PlayStation 2が出た頃なんかは「やばい時代が来た!」と思ってました。その後音楽を始めたので、VFXや3DCGでその道のプロを目指して、みたいな本格的なことはしてないですけど、ずっと興味はありましたね。

    CGW:実際に3DCG制作をした経験もあるそうですね。

    :以前エアロスミスの「I Don't Want to Miss a Thing」をカバーした時のMVに、勢いでBlenderでCGをつくったんですよ。それまでにもPhotoshopとかPremiereとかAfter Effectsとか使ってたんで、触ってたらできるだろうくらいに舐めてたんです。それは何とか形にはなったんだけど、難しすぎると思って、それ以来CGは放り投げちゃいました。

    涌井:だけど最近、Cinema 4Dを始められたと聞きましたよ。

    :涌井さんの作品とか見てるうちに、やっぱり自分でも改めてちゃんとCGをやりたいなという気持ちが出てきたんですよね。あと、新しくつくりたいと思ってるMVがアニメーションCGみたいな感じのもので、これちょっと自分でCG使えるようにならないと無理だな、と。外注するような内容でもないし…。

    涌井:トゥーン系のCGをやりたいんですね。それだと、Blenderのグリースペンシルとかを学ばないと。

    :そうなんですよ、それで改めてもう1回挑戦してみるかと。

    CGW:命さんが自分自身でMVを制作するようになったきっかけはありますか?

    :最初はシンプルに、資金的な問題です。少ない金額で外注したところで、良いものはつくれなかったりもしますし。だったらもう自分らで撮るか!と。

    涌井:僕の場合は事務所に入る前から映像制作を始めていたので、安くMVをつくれますという人が上げてる映像を見てみて、このクオリティなら自分でつくろうかなと(笑)僕が始めた当時は自分でAdobeを勉強しているようなバンドマンはいなかったんですが、今はけっこういるんです。昔より映像制作の専門性は低くはなってきていますね。

    :自分たちはそもそも、当初はバンドの情報を絞るというコンセプトで活動してたんですよ。MVを撮らない、映像を世の中に出さない、メディアが溢れてる時代だからそれに逆行して口コミだけに頼る、みたいなスタイルで。ただ、メンバーの入れ替えなんかがあって、バンドの方針を改めようってなった時に色々調べてみると、やっぱりYouTubeとSNSの映像コンテンツだなと。それで、今すぐ大量に映像を用意しないと!ってなったんですよ(笑)

    CGW:極端な方針転換ですね(笑)

    :それで、とにかくもうメンバーで映像を撮りまくるぞと。クオリティよりとにかく映像の数が大事だと。それで、当時iPhoneが凄いっていうことで、iPhoneでMVを撮りまくることからスタートしたんです。それが2018年くらいかな。そしたらやってるうちに、やっぱり創作が好きなんで、どんどんこり始めて、ドローンを入れてみようとか一眼レフのカメラや高いレンズを買ってみようとか、でっかいスモークマシンを投入してみようとかなって(笑)そうこうしているうちにバンドが勢いづいてお金が入ってきたので、じゃあ自分じゃ絶対無理なやつを外注してみたい、と。

    涌井:自分たちで映像制作をして、バンドが有名になって、それで入ったお金でまた映像制作を依頼するようになったと。全部繋がってるんですね。

    :バンドが有名になるにはいろんな要素が絡んでますけど、映像制作もその1つですね。あの時期があったから今がある。

    MVの自主制作と外注、ミュージシャンの視点から見た違いとは?

    CGW:命さんはMVを自分で制作することと外注することのどちらも経験されてきましたが、それぞれの違いはありますか?

    :一周回っていろいろやってみて、 他の人にお願いする良さと、自分たちでやるならではの良さ、両方あることに気づきました。クオリティで言ったら、やっぱりどうしてもプロにお願いした方がいいものが撮れるんですが、自主じゃないと出せない空気感みたいなものもあるんですよ。

    自分たちがちょうど勢いづいた時のタイミングが、まさに自分たちで映像を撮ってた時期なんで、バンドメンバーみんなで頑張って文化祭みたいな感じでやってるっていう、その空気感みたいのも含めてバンドの魅力だったのかなっていうのがあって。どうしてもかっこよくないと成立しない、クオリティがどうしても必要なものは外注しますが、例えば楽しきゃいいだけの曲とか、そういう曲に関してはむしろ自分たちで撮った方が、そういう楽しさだったりとかバンドの関係性の空気感みたいのが表現できるのかなと。

    涌井:外注だと、やっぱり撮られる側のモードが違ってきますもんね。

    :あとは、やっぱり予算の違いもありますから。「このアルバム、全部好きな曲だから全曲MV撮りてえんだよ!」は外注だとできないじゃないですか。でも、自分たちでやるとなったら、予算は知れてるわけですよ。それに、全部が全部クオリティ高い必要もないし。MVのクオリティが高くないといけない曲と、そうじゃなくていい曲っていうのがあって、そうじゃなくていい曲は自分たちで撮ればいいじゃんという振り分けができることも強みですね。

    CGW:外部の人に自分たちの世界観を映像にしてもらうというのは、ストレスもあったりしますか?

    :絶対じゃないですけど、そうなる可能性もありますね。ただ、うまく歯車が合えばいいし、自分にないものが相手にはあるわけで、そこの化学反応が起きれば、自分では絶対生み出せなかったようなとんでもないものが生まれる可能性は大いにあります。

    涌井:僕は自分でCGをやらずにディレクターとして仕事をする場合もあるんですが、そういう場合って相手にイメージを伝えなきゃいけないので、難しい時もありますね。外注だとどこまでもリテイクできるわけでもないですし。

    :やっぱり曲って、頑張って生み出した自分の子供じゃないですか。そのMVを外注して、出来に納得できないまま、もういいかと思って妥協して世の中に出すと一生の悔いになるんですよね。自分がつくった作品なら、出来が悪くても俺がつくったんだし、みたいに思えますし。

    ミュージシャンにとって映像制作を行う意味とは?

    CGW:ミュージシャンが映像制作を行う利点についてどうお考えでしょうか?

    涌井:僕はドラムをやってるので、カットタイミングが凄く打ちやすいですね。最近SNSで見たんですが、波形に対して2フレーム早くカットすると気持ちいいらしいんですけど、僕はそれを経験的にやってたんです。「Everything Lost」のMV制作を手伝ってくれた野上虎太郎君もBlender使いでドラマーなんですけど、彼もドラムを叩くつもりで映像編集をしてるって言ってました。

    :自分の曲、自分のバンド、自分のサウンドに対する映像を自分でつくるっていうのは、自分の好みを100パーセント反映できるんで、そこはいいですね。それが良いか悪いかをジャッジするのは自分なので、世間的にどう思われるかはともかく、自分を満足させることができる。自分でやったんだから、失敗しても、やっちまったテヘペロで済むし、他人に怒ることもないですし。怒るのはソフトのバグくらいです(笑)。

    これからCGや映像を学ぶ人へアドバイスを

    CGW:それでは最後に、これからCGや映像を学ぶ人へアドバイスをお願いします。

    入門書が大事だぞと言いたいですね。
    順を追って効率よく学べるようにできてるのが入門書なんで。自分も最初にBlenderで3DCGをやったときは、わからないことがあればYouTubeで調べればいいやと行き当たりばったりでやってたんですけど、それで結局よくわからなくて投げ出してしまったんですよ。なので最近3DCGを再開したときは、まず1ヶ月、基礎から勉強し直そうとBlenderの入門書を読み漁ったんです。涌井さんも参加してる実写合成のための Blender 3DCG制作ワークフロー」(玄光社)とかはすごく良かったですね。

    ▲実写合成のための Blender 3DCG制作ワークフロー【電子有】

    涌井:ありがとうございます(笑)、あれはとても良い本ですよね。

    :みんな教則本を舐めないほうがいいですよ(笑)。自分もYouTubeで学ぼうとしてだいぶ遠回りしましたから。YouTubeで調べればわかる、じゃなくて、ちゃんと1から入門を学ぶべきですね。そっちのほうが絶対いいです。

    CGW:今回はありがとうございました。

    TEXT_オムライス駆
    PHOTO_大沼洋平
    ヘアメイク(涌井嶺):GLEAM
    INTERVIEW_池田大樹(CGWORLD)