安野モヨコ氏の漫画『オチビサン』のアニメ化作品である本作。鎌倉のどこかにある豆粒町で暮らすオチビサンが、移りゆく季節の中で過ごす日常が描かれている。制作にあたったのはスタジオカラーで、メインツールにはBlenderを採用。新版画風の画づくりがなされている。

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BlenderとPSOFT Pencil+ 4によるオチビサンたちのキャラクター表現

本作の制作にはカラーが得意とするBlenderとPSOFT Pencil+ 4を採用。キャラクターにも紙の質感を載せ、さらに手描き風のテクスチャを動かすことで、版画のようなイメージを表現している。

Information

アニメ『オチビサン』
NHK総合 土曜深夜に随時放送中、各種配信サービスにて配信中
原作:安野モヨコ/監督:鬼塚大輔、釣井省吾/シリーズ構成・脚本・アニメーション制作:スタジオカラー/制作・著作:NHK、豆粒町内会
sh-anime.shochiku.co.jp/ochibisan
©Moyoco Anno / NHK・豆粒町内会

手作業によるこだわりと ツール開発による効率化を両立

どんなマンガでも連載を続ける中で絵柄の変遷がある。それは本作のようなシンプルなキャラクターであっても同様だ。モデリングの際にどの時期の絵柄を基準とするかは制作当初、スタッフの間でも議論があったという。

スタジオカラーでは2021年6月『オチビサン』原作単行本第10巻発売のタイミングで、30秒ほどのショートムービーを制作したことがあったが、このときつくられたモデルは、連載の前期に近く、やや丸っこい印象。本作の制作にあたり、改めて原作者からの意見や他のキャラクターとのバランスを考慮した結果、後期の頭身が高めの絵柄を参照することになった。

左より、CGIルックデブディレクター・齋藤弘光氏、監督・鬼塚大輔氏、監督・釣井省吾氏、CGIテクニカルディレクター・山内研氏、CGIモデリングディレクター・若月薪太郎氏(以上、スタジオカラー)
www.khara.co.jp

オチビサンはその方針でスムーズにことが進んだが、パンくいにはテイクを重ねたという。「立体としてカチッと完成しているよりも、目の位置や耳の見え方がカット上で原作と雰囲気が近くなるかどうかを最重要視しました」(CGIモデリングディレクター・若月薪太郎氏)。

本作のモデルは目や口のパーツを顔から浮かせているため、位置の調整もカットごとに行うことができる。こうした調整をする際にBlenderのプレビュー機能がおおいに役立ったという。若月氏は「Pencil+のラインも出て、完成形に近い見た目でチェックと作業を同時にできるのがとても便利でした」と話す。

当初は撮影に入れる素材を極力少なくするため、コンポジットもBlender上で行うプランが進んだが、エフェクトなどの取り回しの難しさから、従来的なAfter Effects(以下、AE)での処理となった。

「画が合成された状態で撮影に入れていたら、こうした作業でクオリティを上げることはできなかったので、結果的にセル塗りで良かったです」と鬼塚氏は話す。本作はキャラクターの影をなしにして、マスクワークもシンプルにしている。

釣井氏は「落ち影は最終的にAE上でマスクとシェイプレイヤーを使って描き直すので、そのために最適なキャラコンポを撮影のMADBOXさんに組んでもらいました」と話す。

個性的なオチビサンたちのキャラクターモデル

  • オチビサン
  • オチビサンのワイヤーフレーム表示。「原作後半の絵柄に寄せるかたちで頭身を高めに調整し、手足のフォルムも原作のタッチを意識してメリハリをつけています」(若月氏)
  • ナゼニ
  • ナゼニのワイヤーフレーム表示
  • パンくい
  • パンくいのワイヤーフレーム表示。基本形状はナゼニと同一。パンくいを先に作成し、そこから改変してナゼニのモデルを作成した。胴回りのみパンくいの方がやや太め
  • おじい
  • おじいのワイヤーフレーム表示。「指が分かれていたり、髪やヒゲがあったり、衣装が着物であったりと情報量が多く、モデルとしての落とし込みの塩梅に一番苦心したキャラクターです。線が閉じていない、柔らかい髪の質感表現のために、ライン描画にもかなり注意を払って調整しています」(若月氏)

原作のイメージを崩すことなくモデリングされたアカメちゃんとシロッポイ

  • アカメちゃん
  • アカメちゃんのワイヤーフレーム表示。「顔の立体的なウソの度合いが一番強いキャラクターなので、当初目のパーツを顔の中に埋め込む処理も構想していましたが、割り切ってカットごとに都合のいい位置にパーツを移動する方式を取っています」(若月氏)
  • シロッポイ
  • シロッポイのワイヤーフレーム表示。お団子のような形でモデリングされている。目の位置は原作者の安野モヨコ氏が特にこだわったポイントだ。「単純な造形ですが、メリハリの利いた原作の画のイメージを再現するため、段ごとの大きさのバランスやカーブの具合にひとつひとつ意識を払って調整しています。額にある◎の印は、原作でも画によって位置を変えているため、立体上に貼りつけるのではなく空中に浮いたかたちで置いておき、カットごとに都合のいい位置に動かせるようにしています」(若月氏)

モコモコとしたパンくいたちの表現

  • パンくいのキャラクターモデルは表面がモコモコしている。そのままではフォルムの調整が難しいため、いったんモコモコをなくし、シンプルなトポロジーでフォルムをつくり込んだ
  • フォルムが固まったところで、ポリゴンを細分化し、モコモコを追加
  • モコモコ形状に対してそのまま陰影を描画してしまうと、図のように影が細かく正確に出すぎてしまう。そのため、法線の操作によって調整が行われている
  • 「データ転送」モディファイヤを用いて、モコモコがない状態のモデルから法線を転送した結果
  • なお、顔オブジェクトに対する法線の転送は他のキャラクターモデルでも同様に行われている
手足にモコモコがついた状態だとボーンに対するウェイト調整が難しいため、スキニング用のシンプルなトポロジーのオブジェクトをレンダリング用のものとは別に用意し、「メッシュ変形」モディファイヤを用いてそのオブジェクトの変形に追従させるかたちでレンダリングオブジェクトを変形させている

リグツールを活用したセットアップ

本作ではキャラクターのアセット数が膨大だった。そこで、どの作業者でも均一的な品質に仕上げられるよう、半自動でリグを設定できるツール(khオートリグ)を協力会社に制作してもらい、作業に当たった。

  • オチビサンのリグ。体のボーン以外にも帽子のポンポンや頬にもコントローラが付いている。カット内容に応じて手動でこの部分を膨らませたり凹ませたりする
  • IK表示画面
  • FK表示画面
  • ピッカーはアドオン「X-Pose Picker」で作成。小物のリギングを担当した3人の若手アニメーターが制作した
ポーズをとらせた一例。オチビサンは分割数が少なく、腕のスイングをすると丸まってしまうため、補正するコントローラーを入れてある

「福笑い」でつくるフェイシャル

キャラクターの表情づくりは「福笑い」の形式で行われた。目や口のパーツは顔のモデルから浮いており、レンダリング結果から逆算してそれぞれを置いていった。眉毛はパスで作成されており、変形させてそのカットで最適な表情がつくられている。アニメーターにとって解釈力と表現力が求められる作業だ。いわゆる「画力」に差が出やすいため、慣れない人でも対応できるよう表情見本も作成された。

  • 釣井氏が作成し、演出家の修正を加えた表情見本①
  • 表情見本②
顔の各パーツを置いて表情を制作している画面

和紙のような質感のキャラクタールック

“新版画”調であったことに合わせ、「キャラクターの方も毎フレーム版画を刷って、アニメーションさせているかのように見えるルック」(釣井氏)に仕上げられている。アウトラインが揺れて見えるのも版画1枚ごとのズレを表したものだ。

  • べース色
  • 影色
  • 影マスク
  • 色の境界とフチ素材
  • ノイズ素材
  • ぐるぐるテクスチャ素材
  • ライン素材
  • 合成後(影なし)
合成後(影あり)
上記のノイズの素材は和紙を取り込むことで表現した。それぞれ数パターンのテクスチャをつくり、それをAEで合成している

レイアウトを重視したカット制作のフロー

「『オチビサン』という作品は世界観がまず大事なので、作品の質はレイアウトで担保されると考えました。アニメーションのテイク数が少なく済んだのは、レイアウトをそれだけ入念にきっているからだと思います」と話す鬼塚監督。レイアウトに修正がある場合は監督が自らキャラクターを動かして仕上げた。止め絵でも画面が保つ水準にまでレイアウトの完成度を高めることで、この後のアニメーションが付けやすくなっている。

  • 絵コンテ。本作はビデオコンテのため、この画像は動画からの切り出し。なお、この絵コンテ作業の前に、監督陣が原作を切り貼りしておおよその尺まで決めた「仮Vコン」を制作し、各話の絵コンテ担当に渡す手順で進められた
  • レイアウト。上述のように監督が3Dモデルを置いて修正したもの
  • 演出修正。第1話の演出家・吉邉尚希氏によるもの。オチビサンやパンくいのアニメーションはトレースするだけで仕上げられるほど細かく付けられている
  • アニメーション。シロッポイの位置はアニメーションで動かしたことによるもの
完成映像

自社開発のツールによる効率化

カラーの自社開発ツール「assetmanager」。「アニメーションモデルをセルごとにレンダリングモデルに変更し、さらにシーンの固有色に一括で変更するアプリです」(CGIテクニカルディレクター・山内 研氏)。先述の通り、本作では季節やシーンごとに色の変更が多い。それを、ひとつずつ色変更をしていると色の変更ミスが生じやすいが、このように自動で、一括で色を変更できるツールがあることで、エラーを減らすことができる。「アニメーションが変わっても、レンダリングの状態は残っているので、次にレンダリングするときに同じ状態でレンダリングできるのがメリットです」(鬼塚氏)。

ビューレイヤー上でアニメーションモデルのセルを選択した状態
シーン色に変更した状態

アニメーターの手描きよるラインの修正

本作ではモデルを軽くするためにフェイシャルリグは少なめで、その結果として調整が難しい部分が発生した場合はアニメーターがAE上でラインを加筆修正した。また、レンダリングをした結果、ねらい通りのラインが出なかった場合も同様に修正が行われた。「アップのカットのほとんどはこの修正を行ないました。1コマずつ(注:本作は3コマ打ち)追っていく地味な作業で、なかなか大変でした」(CGIルックデブディレクター・齋藤弘光氏)。

  • ライン調整前。生え際や頭頂部のラインが意図通りに出ていない
  • ラフでアタリを取ったあと、手書き(青)でラインを加筆
調整後のセル

(3)に続く。

CGWORLD 2024年2月号 vol.306

特集:アニメCG最新トレンド調査
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2024年1月10日
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TEXT _日詰明嘉Akiyoshi Hizume
EDIT_海老原朱里Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子/Momoko Yamada