今回紹介する劇場アニメ『ベルサイユのばら』は、これまでTVアニメシリーズや舞台など多くの作品が展開されている池田理代子氏原作の漫画『ベルサイユのばら』の初劇場アニメ化作品だ。今回は2回にわたり、3DCGによるベルサイユ宮殿などの制作、そして、原作漫画さながらの繊細でロマンチックな撮影について解説していく。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 321(2025年5月号)に一部、加筆修正を加えた転載となります。
多数の人気作品を手掛けてきたMAPPAによる渾身の劇場化
劇場アニメ『ベルサイユのばら』のアニメ制作はMAPPAが担当しており、3Dレイアウト、ベルサイユ宮殿などの外観や内観の一部、群衆表現などに3DCGが活用されている。また、貴族が身につけている衣装やレースの模様など、細かいディテールは、デザインワークスで作成したものを撮影で処理し、原作漫画を彷彿とさせるキラキラとした美しいエフェクトも施されている。
2025年1月31日(金)公開、Netflixにて独占配信中
原作:池田理代子/監督:吉村 愛/脚本:金春智子/アニメーション制作:MAPPA/製作:劇場アニメベルサイユのばら製作委員会/ 配給:TOHO NEXT、エイベックス・ピクチャーズ
verbara-movie.jp
©池田理代子プロダクション/ベルサイユのばら製作委員会
「制作が始まった段階で吉村 愛監督から、18世紀当時のフランスの世界観を再現するために貴族の衣装などディテールが細かいデザインがたくさん登場するが、それら全てを作画だけで対応するのは難しいため、3DCGで何かしらフォローできないかという要望があり、そこから3DCGでどのようなことができるか検討を始めました。最終的に全体で400カット近くを3DLOからアニメーションまで3DCGでフィニッシュさせています」と、3Dアニメーションディレクターの野本郁紀氏は話す。
2022年からアセット制作やR&Dが始まり、アニメーション作業は2023年4月からスタート。3D作業には約2年間もの時間を費やしているという。また、作画ガイド用にモーションキャプチャ収録し、3Dレイアウトを経て動きの参考を出力している。
「3DCGがメインの作品ではありませんが、背景や群衆表現など作品の世界観に係わる部分を担当させていただき、とても嬉しく思っています。誰もが知る有名作品だったので大変なこともありましたが、フランス革命当時の世界を3DCGで再現することに注力できたことは非常に良い経験になりました」と野本氏。
それでは劇場アニメ『ベルサイユのばら』の華麗な世界がどのようにつくられたのかメイキングを紹介しよう。
絢爛豪華なベルサイユ宮殿をはじめとする18世紀後半のフランスを再現
本作は作画中心の作品だが、多くのカットで3Dレイアウトや3Dモデルをベースとした背景原図が使用されている。特にベルサイユ宮殿の外観や「鏡の間」などは、実物や絵画などで目にしている人も多いため、当時の資料をリファレンスとしながら、18世紀の建築物の雰囲気が3DCGをベースとした背景美術で再現された。
モデリングされた背景データはテクスチャが貼り込まれた状態でレンダリングされ、背景原図として美術側に提供。さらに、一部のカットでは美術スタッフがレタッチをした画像をカメラマップで投影し、撮影で加工処理が施されている。

そのほか、民衆や貴族たちのモブキャラクターも3DCGでモデリングされており、作画参考やCGキャラクターとして活用されている。モデルの作成は基本的に3ds Maxが使用され、一部素材の作成にBlenderも採用。モブキャラクターのモーションはMVN Animateを使用し、社内でモーションキャプチャ収録が行われた。
舞踏会のダンスシーンは専門のダンサーの動きをキャプチャしているが、群衆などの市民の動きは社内スタッフが担当し、モーションキャプチャ収録されているという。
多くの貴族がダンスをする仮面舞踏会のシーン制作
仮面舞踏会が開かれるオペラ座のシーン。この建物は実在のものではないため、ベルサイユ宮殿を中心とした当時の建築様式やデザインを参考にしながら作成された。

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▲美術に提供するための背景原図。シャンデリアからの光など照明効果も付加した状態でレンダリンされ、背景原図として出力される -
▲背景原図を基に美術チームによってレタッチされた背景の完成画像。この画像を3Dモデルに対してカメラマップしてカット作成が進んでいく
MAPPA社内で行われたモーションキャプチャ収録
舞踏会で踊っている貴族たちのモーションは、MVN Animateを使って社内でモーションキャプチャが行われた。これまでMAPPAではキャプチャスタジオで光学式のモーションキャプチャを使ったモーション作成は経験しているが、モーションキャプチャの収録を自社で完結させているプロジェクトは本作が初だという。
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▲社内でのモーションキャプチャの様子。専門のダンサーが衣装の下にMVN Animateを着込んで収録が行われた。なお、写真左より、バロックダンサー・内藤早苗氏、岩佐樹里氏 -
▲キャプチャしたデータを作画ガイド用の3Dモデルにながし込んだ状態
光の表現が美しいベルサイユ宮殿「鏡の間」
ベルサイユ宮殿内、鏡の間の背景制作。鏡の間は実在する場所なので、多くの参考資料を調査しながらリアルサイズでモデリングが行われている。入射光処理が非常に美しい印象的なシーンのひとつだ。
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▲3Dレイアウトを兼ねた原図データ。この状態で美術と作画の作業へ提供される。なお、美術から光源の美しさを追求したいという要望があり、同時にライティング素材もガイドとして出力されている -
▲3Dから出力した背景原図を基に美術レタッチが加えられた背景に、作画素材を合成した撮影前のCG撮データ。美術によって入射光が描かれており、全体的に明るさが増すように加筆されている
「鏡の間」の映り込みの表現
鏡の間はその名前の通り、鏡の映り込みが発生する箇所が多く、モブの映り込みの位置関係がとても難しいカットだったという。
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▲原図用に出力された3D素材は、最初はこのように鏡が曇った表現になっていた -
▲鏡の中の映り込みは、美術のレタッチで細かく描き込むのは手間がかかりすぎるため、3D側で鮮明な映り込み素材を用意することにした。そこで、3D側で図のような鏡の映り込み用素材を出力し、撮影で鏡の反射を鮮明に調整していく作業を撮影チームと協力しながら進めた

カメラマップによるベルサイユ宮殿の外観の制作
本作冒頭のマリー・アントワネット輿入れパレードの場面に登場するベルサイユ宮殿の俯瞰ショットも、3D原図を基に作成した背景美術をカメラマップし作成されている。
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▲作成された3D原図の一例 -
▲同じく、3D原図の一例。原図はカメラ位置に応じたものが合計4枚作成され、美術チームに提供されている。PSDデータ上では合計100を超えるレイヤー分けが施されており、非常に緻密な作業になったという
華麗なオープニングカット
登場人物たちを額縁に入れつつ紹介する華麗なオープニングカットは、2Dワークス、3DCG、作画、撮影のスタッフが連携しながら仕上げられた。まさにMAPPA渾身のオープニングと言えよう。背景に飛んでいる花びらは、2Dの花びらの作画素材を平面ポリゴンに貼り込み、3D側でパーティクルのインスタンスにして飛ばしている。
吉村監督からは作中に登場する様々なモチーフを飛ばしてほしいという要望があり、パレードのなどのシーンで使用されている馬車の車輪などの3Dアセットも利用されている。なお、登場人物を飾る額縁は、多くは2Dの素材を平面ポリゴンに貼ってモーションを付けているが、中盤に登場する厚みのついた額縁は3Dアセットではなく、作画で回転する額縁が描かれ、合成されている。

パレードに集まる群衆たちの表現
パレードに集まる群衆や、中央の騎馬隊、馬車など画面に登場するものはほぼ3DCGで制作されている。このようなカメラワークを伴った群衆表現は、作画での対応が難しいこともあり、最初から3DCGで作成できないか相談を受けていた。群衆のモブキャラクターは、約800人が配置されており、配置をランダマイズするスクリプトや、衣装の色替えを自動的に行うシステムを開発して対応している。
リアルなグラスの表現
オペラ座で行われた仮面舞踏会の1カット。回転するグラスのショットは、リアル系のレンダリングで仕上げられており、非常に印象的な仕上がりになっている。吉村監督からグラスを3Dでアニメ-ションしたいとオファーがあり、この1カットのためだけにグラスのモデルが作成された。モデルの作成とカット制作が同時進行で行われたため、初期のプライマリ時にはグラス内の泡などが設定されておらず、モデルのみの状態でカット作業が行われていたという。

混乱の中逃げ惑う民衆の動き
この内乱の中逃げ惑う民衆の俯瞰ショットはフルCGで作成された。民衆のモブキャラクターの動きは社内で収録したモーションキャプチャデータを使用して、少しずつ動きのタイミングがちがうモーションデータを作成し、ループ感が出ないように工夫されている。モブのモデルは男女で5パターンほどを用意し、服や髪の毛の色替えを自動的にランダムに設定するマテリアルを用意して、自然な群衆として仕上げられている。
また、吉村監督から建物の出入り口で人が詰まっている感じがほしいという指示があり、入り口付近にキャラクターを多数配置して群衆のながれが調整されている。最初のテイクで完成カットに近い状態のショットが上がったが、内乱で一刻を争う混乱した状態を表現したいということから、歩いているモブキャラクターなどはリテイクで削除された。
バスティーユ襲撃シーンの無数の群衆の動き
群衆表現の中でも目を見張るのが、このバスティーユ襲撃のシーンだ。「群衆の配置や動きは自動的に設定されている部分もありますが、群衆の動きを自動だけにしてしまうと交錯してしまうこともあるため、手作業で修正しながら動きを付けています。プライマリの段階で逃げ惑う人々がほしいという指示を受けていたので、完成カットに近いイメージで最初から作成しています。ただ、大砲の着弾痕がある部分は避けて動いてほしいという要望も上がってきたため、リテイク対応しています」(3DCGサブディレクター・前田彩花氏)。
(2)に続く。

CGWORLD 2025年5月号 vol.321
特集:セガのゲームで学ぶ3DCGの基礎
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2025年4月10日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_大河原浩一 / Hirokazu Okawara
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada