今回紹介する劇場アニメ『ベルサイユのばら』は、これまでTVアニメシリーズや舞台など多くの作品が展開されている池田理代子氏原作の漫画『ベルサイユのばら』の初劇場アニメ化作品だ。今回は原作漫画さながらの繊細でロマンチックな2Dワークス、および撮影について解説していく。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 321(2025年5月号)に一部、加筆修正を加えた転載となります。
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劇場アニメ『ベルサイユのばら』(1)3DCG制作篇〜 華麗なベルサイユ宮殿と繊細な撮影処理を解説
Information
2025年1月31日(金)公開、Netflixにて独占配信中
原作:池田理代子/監督:吉村 愛/脚本:金春智子/アニメーション制作:MAPPA/製作:劇場アニメベルサイユのばら製作委員会/ 配給:TOHO NEXT、エイベックス・ピクチャーズ
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©池田理代子プロダクション/ベルサイユのばら製作委員会
貴族の衣装に対するテクスチャの貼り込みに原作漫画を彷彿とさせるロマンチックな撮影処理
物語を彩る華やかな画づくりも本作の魅力のひとつだ。「撮影としてチャレンジングだったのは1,800カットにおよぶ大量のショットの管理でした。というのも、様々な衣装の模様をキャラクターに合わせて撮影側で貼り込んでいくという手法を採っていたため、まずは香盤表を作成し、多数のキャラクターの整理から始めました。キャラクターごとに使用する衣装パターンの組み合わせを作成して、このシーンではこのテクスチャを使うというように、作業者が混乱しないように整理しています。普通の作品ではここまで組み合わせが複雑ではないので、この膨大な資料のコントロールが非常に大変でした」と撮影監督の柳田貴志氏は語る。

キャラクターに関しては、衣装へのテクスチャの貼り込みのほかにも主線に対してかすれなどの処理をして手描き感を出したり、髪の毛にグラデーション処理をしてボリューム感を出すなど、多くの処理が施されている。
さらに、吉村監督からは空気感のある綺麗な画にしたいという要望もあり、ライトリークなどを加えて少女漫画風の画を意識するなど、『ベルサイユのばら』の豪華絢爛な世界観にふさわしい画づくりが追求された。
撮影の基本処理
本作におけるキャラクターに対する基本的な撮影処理の例。王族や貴族たちの衣装は煌びやかな刺繍や質感などが施されているが、これらは撮影で衣装にテクスチャを貼り込むことで表現されている。
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▲素材をAfter Effects(以下、AE)で素組みした状態 -
▲キャラクターの衣装部分にテクスチャを貼り込み、グラデーションなどの質感を付けていく。また、髪の毛部分にもグラデーションを入れて立体感が強調されたルックになるように加工されている
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▲主線部分は均一な線にならないよう、かすれやムラが出るように調整 -
▲撮影処理が終わった完成カット。最終的に被写界深度を調整し、フレアやフィルタを乗せて空気感が出るように加工されている。1,800を超えるカットに対して同様の基本処理が施されている
貼り込み用の素材
デザインワークスを担当した岩淵 恵氏による衣装に貼り込むテクスチャデザイン。登場するキャラクターの衣装総数は145点あり、60パターン近いテクスチャ素材を作成し、色彩側でカラーバリエーションを増やしていったという。
「レースの模様は、時代背景や地域に考慮したデザインで作成しており、18世紀後期にフランスで流行していたヴァランシエンヌレースなど、当時の資料を参考にデザインしています。植物をモチーフにしたデザインが多いのですが、ベルサイユ宮殿の庭園に植えられていた植物などをベースにデザインしました。ただ、植物をリアルに描いてしまうとアニメとして馴染まないので、アニメらしい絵柄に落とし込むように留意しました」(岩淵氏)。
シーンごとに登場するキャラクター資料
衣装への素材の貼り込みのために、多くの設定資料が作成されている。画像はシーンごとに登場するキャラクター一覧をまとめた資料の一例だ。登場するキャラクターごとに必要なカラーモデルが提示されており、このような資料を作成することで、撮影時のエラーを極力排除できるように工夫されている。また、作業者が素材収集の手間を効率化するのにも役立っている。
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▲物語の冒頭、マリー・アントワネットが輿入れする際の馬車の内観(昼)のシーン用設定 -
▲マリー・アントワネットとハンス・アクセル・フォン・フェルゼンが運命の出会いを果たすパリのオペラ座廊下(夜)のシーン用の設定。仮面舞踏会が催されていたため、マリー・アントワネットは仮面を付けている
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▲アンドレ・グランディエがルイ15世に弾糾されるベルサイユ宮殿鏡の間(昼)のシーン用設定。落馬したマリー・アントワネットはショールを羽織った姿になっている -
▲ルイ16世の戴冠式が行われるランス大聖堂(昼)のシーン用の設定
素材貼り込みのためのキャラクターごとの資料
各キャラクターの衣装に対して貼り込むテクスチャを指定した、貼り込み見本の一例。部位ごとに使用するテクスチャの指定や色の指定のほか、貼り込み作業に使用するマスクの色などの指定も記述されている。下記はそのごく一例。




2Dワークスによる飾り枠
キャラクターの衣装の貼り込み以外に、2Dワークスが活躍したのが作中の随所にカットインされる飾り枠の制作だ。制作された飾り枠は色ちがいを含めて70数種を超えるという。
素材の貼り込みと撮影による演出
吉村監督からの画を綺麗に表現したいという要望を受けて、本作では原作の漫画を彷彿とさせる華麗な画づくりが行われている。このマリー・アントワネットとフェルゼンのカットは制作初期に作業を始めたカットで、衣装の質感の入れ方や撮影によるルックデヴが試みられている。
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▲撮影前の素組みの状態 -
▲衣装に対してテクスチャの貼り込みを行い、ディテールを付けていく。衣装の模様はキャラクター素材に対して、設定に応じた衣装のテクスチャをトラックマットとして利用し、貼り込みを行なっている

光の演出で荘厳さを表現したパレード
パレードのカットでは降り注ぐ太陽の光を上手く撮影で表現し、華やかで荘厳な雰囲気が演出されている。光の表現は本作の撮影処理の中でも力を入れた表現のひとつだという。
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▲画面にさりげなく合成されているライトリーク用の素材。このような実写的なレンズエフェクトを目だたないように入れることで、レンズを通して撮影した空気感が自然に表現されている -
▲画面に差し込む光の素材。ショットの中ではカメラの動きに合わせて明度を変化させることで、華々しい効果を出しつつ邪魔にならないエフェクトとして仕上げられている
光彩が降り注ぐ若き日のオスカル
若き日のオスカルに降り注ぐ光の効果の例。左上から虹色に輝く光彩の光束が差し込み、オスカルの凛々しさと美しさが際立つ表現となっている。

新聞記者ベルナールと民衆の熱気を表現
新聞記者のベルナール・シャトレが市民たちを鼓舞し、蜂起を呼びかけるカット。歌による演出シーンの一部でもあり、吉村監督と撮影側でイメージのすり合わせを重ねながら仕上げられていった。
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▲撮影前の素組みの状態 -
▲完成画像。背景の光を強調してハイキーにし、被写界深度を付けつつ明度の高い部分にグローをかけたり、レンズフレアを追加してベルナールの演説に共感していく群衆の熱気が伝わる画に仕上げられている

CGWORLD 2025年5月号 vol.321
特集:セガのゲームで学ぶ3DCGの基礎
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2025年4月10日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_大河原浩一 / Hirokazu Okawara
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada