毎年恒例のオートデスクによるデザインと創造(Design & Make)のカンファレンス「Autodesk University」(以下、AU)。今年は現地時間の2023年11月13日から3日間、ラスベガスで開催され好評を博した。
そのAUの開催後、同社M&E部門のEVP(Executive Vice President)、ダイアナ・コレラ氏(Diana Colella)が急遽来日。そこでCGWORLDは、AUでのエキサイティングな週を終えたばかりのコレラ氏に、同社が開発を進めるクラウドワークフロー「Autodesk Flow」(以下、Flow)の現在の開発状況、導入後に起こることなど、広く話を伺った。
Autodesk Flowが導く新しいクラウドベースワークフロー
ダイアナ・コレラ(以下、コレラ):私は、オートデスクでM&Eの戦略推進を担当していまして、具体的にはMayaや3ds Max、Arnold、ShotGridの各製品の統括と、プラットフォーム戦略に携わっています。業界歴は28年、オートデスクには25年在籍しています。
CGW:プラットフォーム戦略とは、Flowのことですね?
コレラ:その通りです。オートデスクがクラウドベースで独自のプラットフォームをつくり、その上にM&Eの環境を整備していく、それがFlowです。すでにAEC部門(建築、土木エンジニアリング、建設)ではAutodesk Formaが、D&M部門(設計・製造)ではAutodesk Fusionがそれぞれクラウドベースのソリューションとして提供されており、M&EのソリューションがFlowとなります。
CGW:Flowは何を実現してくれるのでしょうか?
コレラ:まずひと言で言うと、Flowはクラウドをベースにしたプラットフォームで、ファイルではなく、データをコラボレーションの中心に据えることで、プロダクションのライフサイクル全体にわたってワークフローをつなげ、生産性の向上を支援します。
従来からM&E業界には新しいプロジェクトが起ち上がるたびに似たようなアセットをつくり直すなど、アセット制作に関する煩雑で無用なプロセスが存在します。Flowはそのプロセスを排除するために、Flow上でのアセットの再利用を推進します。これは、プロダクションにおけるすべてのアセット、バージョン、フィードバックのsingle source of truth(信頼できる唯一の情報源)として機能します。
一つのグループが作業を終えてから他のグループに引き継ぐのではなく、個々のアーティストから部門やスタジオ全体まで、全員が同時に作業に取り組むことができます。
また、Flowのクラウド上にデータをアップロードして、そのデータを活用して瞬時にデータを共有できる仕組みもつくっていきます。
現在、M&Eのプロダクションでは、クラウドを活用する場合でもローカルにデータを保存しています。クラウドにアップロードしたとしても、データは“仮置き”して他社スタッフと共有し、利用していることがほとんどです。Flowはデータそのものをクラウドで管理できるプラットフォームなので、従来の「クラウドを使ったワークフロー」よりも一歩進んだものになります。
もちろん、データの所有権は顧客の皆さんにあり、あくまでFlowはそのデータを協業社間で利用する環境を用意するだけです。
CGW:Flowによって具体的にスタジオの仕事がどう変化していくのでしょうか?
コレラ:Flowの基礎部分の重要な要素のひとつに、アセットマネジメントがあります。FlowはオープンプラットフォームでAPIは公開されていますから、MayaやShotGrid、3ds Maxだけでなく、サードパーティのHoudiniやAvid Media ComposerなどのデータもFlowからアクセスできるようになります。
Flowにプロジェクトの制作データを全てアップロードしてAPIで接続することで、あらゆるワークフローがFlow上のパイプラインに実装できるようになるのです。
CGW:それは大きな変化になりそうです。特に恩恵を受けそうなのはどの工程でしょうか?
コレラ:現在Moxionとして知られているFlow Captureを導入することで、撮影現場とポストプロダクションを繋ぐことができます。例えば、撮影現場では、撮影が始まる前にFlowにてプリプロダクションのデータを確認し、カメラデータをクラウドに直接ストリーミングすることができます。編集者は、撮影が終了した時点で作業に取り掛かることができます。
また、ディレクターの指示やコメントも全てFlow上に集約されるため、各スタッフからの個別の質問攻めに遭うようなこともなくなるでしょう。
現在ShotGridとして知られているFlow Production Trackingを使用することで、VFXチームはショットや最新の編集、その他すべての関連データをFlow上で確認することができます。アーティストは、日々使っているツールで、作業に必要なすべてにアクセスできるため、ファイルを探し回る必要がなくなります。
例えば、私がMayaのアーティストだとします。これまでは朝起きて仕事に向かったら、まず自分が作業するショットデータがどこにあるのかを探すところから始めなくてはなりませんでした。制作の途中では、ディレクターに「ここの色合いはどうしたらいいんですか」などと尋ねる場合もあるでしょう。
でもFlowを使えば、今日自分が何をするべきか、ショットの場所、ディレクターからの指示などがすぐにわかるようになります。無駄な時間が減って生産性が向上するのです。
CGW:なるほど。実は日本では、特に中小のプロダクションで制作進行管理の人材確保が大きな課題になっています。Flowに移行することでその課題が解決できるでしょうか?
コレラ:それはケースバイケースでしょうね。Flowが制作進行管理の仕事を全て吸収できるわけではありませんから。ただ、Flowの多大な恩恵を受けるのはやはり中小のプロダクションでしょうね。それは大手よりも所有するリソースが少なく、パイプラインの柔軟な変更にも対応しやすいからです。予算面でもFlowを活用したワークフローにメリットが出てくるはずです。
クラウドへの移行がM&E業界に“破壊的”変化をもたらす
CGW:先ほどのMoxionについてもう少し教えてください。
コレラ:Moxionは、デジタル映像制作者に強力なクラウドベースのレビューツールを提供します。今年初め、私たちはMoxion Roomsと呼ばれる新機能をリリースしました。これは、ロケで撮影した素材を即座にクラウドにアップロードし(Camera to Cloud)、関係者全員で共有することができます。
撮影素材はプロジェクトやカットごとで設定する「Room」に振り分けられ、関係者はルームに入って必要な撮影素材を全てレビューすることができます。
■ Moxion Rooms
●Introducing: Moxion Rooms(英語)
https://area.autodesk.com/inspire/articles/ZprTmtx3s
コレラ:現在では北米ハリウッドを中心に利用されていて、日本ではまだ販売していませんが、これはとても破壊的(destructive)なソリューションです。
CGW:“破壊的”と言いますと?
コレラ:M&E業界では、仕事のやり方に大規模な変化は起こっていません。「それが当たり前だ」と現場で受け入れられている部分もあるかと思います。
例えば、映画の場合、撮影素材のテープをトラックでポスプロの会社まで運ぶ工程がまだ残っていたりもします。そこに登場したMoxionのCamera to Cloudなどのクラウド技術は、業界を抜本的に変革させるパワーをもっています。ですから“破壊的”という表現を使いました。
数年前、あるスタジオのCTOとクラウドコンピューティングについて会話したことをはっきりと覚えています。当時そのCTOは「絶対にクラウドなんてあり得ない」と言っていたのですが、今はどうでしょうか? Untold Studiosのようにクラウドのみで制作を行っているスタジオも存在するくらいです。こうしたプロダクションはこれからどんどん増えてくるでしょう。
●Camera to Cloud技術がテレビと映画のリアルタイム革命である理由
https://www.autodesk.com/jp/design-make/articles/camera-to-cloud-technology-jp
コレラ:クラウドを活用すれば、アーティストがどこにいても協業できます。Moxionは完全にクラウド上にありますから、例えば私が日本にいる映画監督で、LAで撮影が行われたとしても、私はiPadを使って日本からディレクションできるのです。
CGW:Moxion Roomsの導入による生産性向上のケーススタディはありますか?
コレラ:AU 2022で講演してくれたAmazon Studiosのケースは良い例になると思います。「ロード・オブ・ザ・リング/力の指輪」では、最高水準のクリエイティビティを実現するために、クリエイティブレビューのためのMoxionやプロダクショントラッキングのためのShotGridなど、クラウド対応の制作ツールを採用しました。
Moxionは、世界中のクリエイティブチームを繋ぐのに役立っています。現在までに、4,500人のユーザー、1,300時間のコンテンツのアップロード、約1ペタバイトのストレージを含む115以上のプロダクションでMoxionを使用しています。
●AMAZON STUDIOS Bringing the next-generation studio to life with cloud-based production(英語)
https://www.autodesk.com/customer-stories/amazon-studios
Flowの土台を拡充するAIを活用した新機能や協業
CGW:AU 2023ではFlow上の新機能が発表されました。
コレラ:はい、Flowのネイティブ機能として開発を進めている「Generative Scheduling」というAI機能を搭載した新機能を発表しました。これは、制作スケジュールを自動で設計し、クリエイティブの方向性やリソース配分の変更がプロジェクトのタイムラインに及ぼす下流への影響を素早く把握できるようにするものです。
●Introducing Autodesk AI for Design and Make(英語)
https://investors.autodesk.com/news-releases/news-release-details/introducing-autodesk-ai-design-and-make
■ Introducing Autodesk AI for Design and Make
コレラ:例えば、すでにスケジュールが組まれたプロジェクトに対して、新規でショットを追加したいという場合、アクターやスタッフのスケジュールの把握と調整に何日もかかるのが通例です。しかしこの機能を使うと、AIが上手に関係者のスケジュールを調整して再設定案を提示してくれます。わずか数分で調整が実現できるのです。
CGW:SIGGRAPH 2023ではWonder Dynamics社との協業についても発表がありました。
コレラ:Wonder Dynamics社はAIを活用して3Dキャラクターから実写を合成するソリューション、Wonder Studioを提供しています。われわれはMayaとWonder Studioの間でCGキャラクターデータを共有できるプラグインを開発しました。これがコラボレーションの第1弾です。
■ Wonder Studio
●Autodesk welcomes worldbuilders and visionaries to explore the future of Design & Make at SIGGRAPH(英語)
https://adsknews.autodesk.com/ja/news/siggraph-2023/
コレラ:将来的にはFlowにWonder Studioのデータをアップして、MayaユーザーがFlow経由でデータ共有ができるようにする予定です。
CGW:今後大きな変化が起きそうですね。
コレラ:その通りです。繰り返しになりますが、重要なのはFlowがオープンプラットフォームだということ。Wonder Dynamics社を含め、様々な企業がFlow上で協業できるようになります。
2024年にはオープンデモを実施予定
CGW:日本のプロダクションはいつ頃からFlowにアクセスできるようになりますか?
コレラ:プラットフォームの構築には時間がかかります。現在、われわれは基礎づくりを進めています。AU2023で進捗状況や新機能を紹介したように、その過程でアップデートがあれば随時お知らせします。Flowへの早期アクセスにご興味のあるお客様は、弊社までご連絡ください。私たちは、プラットフォームの構築にあたり、お客様からのフィードバックを優先していきます。
CGW:最後に、日本のプロダクションやクリエイターにメッセージをお願いします。
コレラ:われわれの信条は「クリエイターファースト」。一番大切なものはクリエイターの皆さんです。Flowは、いわゆる管理的な業務から皆さんを解放して、クリエイティブな制作作業に集中できるようにするプラットフォームです。一朝一夕にはできない長期のプロジェクトですが、皆さんのワークフロー改善のため、力を入れて取り組んでいきます。
CGW:アップデート情報の発信、楽しみにしています。ありがとうございました。
CGWORLD関連情報
●Maya、3ds Maxの最新開発事情は?オートデスク バイスプレジデントに聞く、 コロナ禍で激変する世界のユーザー環境とメディア&エンターテインメント製品開発の最前線
2023年3月末に来日した、オートデスクM&E部門VP(Vice President)のモーリス・パテル氏(Maurice Patel)へのインタビュー。FlowやMoxionについても触れている。
https://cgworld.jp/article/autodesk-202304.html
TEXT__kagaya(ハリんち)
PHOTO_弘田 充
INTERVIEW_池田大樹(CGWORLD)