コンピュータグラフィックスとインタラクティブ技術に関する世界最大の学会・展示会「SIGGRAPH 2019」が、7月28日から8月1日の5日間、米国ロサンジェルスコンベンションセンターで開催された。今年は、世界79ヶ国から昨年より1割ほど多い約18,700人が参加し、180社の企業からの展示が行われた。その中でも評判の高かったAMD Radeon ProRenderと、AMD Radeon ProRendeを活用したクラウドレンダーファームBullet Render Farmを紹介する。

※本記事は2019年8月2日の取材内容に基づきます。

TEXT & PHOTO_安藤幸央(エクサ)/Yukio Ando(EXA CORPORATION)
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

<1>「AMD Radeon ProRender」とは

ProRender開発を率いる原田隆宏氏(AMD)
www.amd.com/ja/technologies/radeon-prorender

ProRenderの展示ブース

AMD Radeon ProRender(以下、ProRender)は、グラフィックスチップメーカーであるAMDが無料で提供するGPUの能力を最大限に活用した物理ベースのレンダラだ。AMDのRadeonなど、AMDのGPU環境での利用が推奨されているが限定はされておらず、業界標準のOpenCLやApple Metal 2に対応した環境であれば、Windows/Linux/masOS、CPU/GPUどの環境でも動作する。昨今はレンダーファーム上で利用するソフトウェアのライセンス費用が課題となることがあるが、ProRenderの場合は、商用利用・商用作品の制作においても、無償で利用することができる。2014年に発表されたFireRenderを前身とし、2016年6月に発表されて以来アップデートが続いている。

Radeon™ ProRender: Fast. Easy. Incredible.

ProRenderの開発を率いるAMDの原田隆宏氏によると、ProRenderはもともとはサイドプロジェクトだったのが本格化し、現在は開発の中心メンバー5名、周辺ツール、サポートも含めると20名ほどのチームで開発を続けているそう。新しいProRender 2.0もプレビュー版の登場が間近で、ProRender 2.0ではパフォーマンスの観点や新しいテクノロジーの導入を容易にするため古いバージョンからのコード負積を引きずらず、コア部分も含め全面的にコードを書き直したそうだ。

ProRenderの特長はGPUの性能や機能を最大限に活用し、どこかで頭打ちになることなくCPU・GPUの性能や数に応じて、シームレスに性能が上がっていくことだという。

現在のProRenderは、統合CGツールのCinema 4DMODO、建築CGで使われるACCAと統合され、アプリケーション内からシームレスに使うことができる。

また、3ds MaxMayaBlenderSolidWorksPTC CeroUnreal Engineに関してはプラグインという形で対応している。さらに、InstaLOD Studio XLz-emotionといったツールとの連携も2019年中に予定されている。

開発者向けの利用も手厚くサポートされており、オープンソースとして公開されているProRender USD Hydraレンダリング・デリゲート・プラグインを利用すると、例えばインハウスで開発した独自ツールや既存ワークフローで、OpenGLベースで描画しているプレビュー画面をUSD経由でデータを受け渡し、ProRenderベースのプレビュー画面に差し替えて利用するといった活用例も提示されている。

では他のツールやレンダラを利用してきたところから、ProRenderに移行する際の懸念点は何かというと、やはりデータの移行・クオリティの担保が課題となってくる。いくらProRenderそのものが無償だといっても移行にかかるコストはゼロではない。この点については、他社のレンダラV-RayArnoldRedshiftのデータが変換可能となるデータ移行用のコンバート機能が用意されている。他レンダラと全く同じ結果になるわけではなく微調整が必要になるが、移行そのものはスムーズにできるとのことだ。

ProRenderによるマテリアル表示例

ProRenderは今後、AI、機械学習を活用したデノイズ(ノイズ除去)機能の活用や、アップスケーリングイメージフィルター、パフォーマンスの向上を進めることで、プレビューからルックデブ、最終的なレンダリング工程まで、全てのワークフローで活用可能なソリューションとして提供していくとのことだ。

まだ一般にはリリースされていないプレビュー版のProRender 2.0では、AMDのもつアウトオブコア技術によりGPUメモリに載りきらないような巨大なジオメトリのサポート、CPUとGPUがより連携したレンダリングの強化、柔軟性のある新しいシェーダノードシステムの開発が進められているそうだ。

参考記事
ハードウェアメーカー発の無料レンダラ、AMD Radeon ProRenderを徹底検証 No.1 ベーシック編No.2 アドバンス編



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<2>ProRender専用クラウドレンダーファーム「Bullet Render Farm」

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<2>ProRender専用クラウドレンダーファーム「Bullet Render Farm」

Bullet Render Farm 展示ブース

Bullet Render Farmは日本のA.L.I. Technologiesが提供する、Webブラウザで利用するProRender専用のクラウドレンダーファーム。データの扱いにブロックチェーンを活用した先進的なクラウドレンダーファームだ。一般的には暗号通貨のベースとして使われるブロックチェーンの技術を、データの信頼性やセキュリティのため、改ざんを防ぐために用いている。現在はベータ版の試用ユーザーを募集中で、正式なサービスは2019年9月から開始する予定とのことだ(ベータ版の問い合わせはbrf-info@ali.jp)。

同社は数千GPU規模の巨大レンダーファームを日本国内関東圏にもち、まずは日本のユーザーを対象としているが、後々は世界的にシェアを広げていきたいそうだ。主なターゲットとしては自社内に大規模レンダーファームをもつ大手CGプロダクションではなく、中小規模のCGプロダクションを想定している。正式な料金体型は、まだベータ版の段階のため未定とのことだ。

Bullet Render Farmでは、ProRender対応のアプリケーションやツールから出力された.rprファイルを、Webブラウザを利用しクラウドにアップロードし、フレームごとに分散させて一気にレンダリング計算を行う。利用マシンの割り振りを調整する専用のディスパッチャなどは存在せず、自律的に分散させてレンダリングが行われる。分散のしくみとしては求める画像の解像度が高い場合は4分割などタイルベースで分割し、通常は複数フレームを分散させてレンダリングが行われる。

レンダリング用のファイルをドラッグ&ドロップでアップロードする様子

データをアップロードし、複数フレームを一気にクラウドで分散レンダリングしている様子

数秒後にレンダリング結果が得られた、CADデータを元につくられた車両のCG

会場で行われたデモでは数百フレームを同時並行で一気にレンダリングし、その様子は小気味良い印象であった。ただし、フレーム単位の分散のため、ある単一フレームがとても複雑なライティングや複雑な計算を要する場合は、全体の計算終了時間が、その計算時間のかかる1フレームに影響されるといった懸念は残る。また国内の小中規模のCGプロダクションの場合、ネットワーク環境がそれほど速くないことがクラウドサービス利用のボトルネックになるという懸念もある。いくらレンダリングのスピードが速かったとしてもクラウド上のレンダーファームを利用するためのデータのアップロード、レンダリング完了後の4K・8Kクラスの高解像度の連番画像をダウンロードする手間とスピードがボトルネックとなりえる。

これらの問題点についてA.L.I. Technologiesとしては、レンダーファームが日本国内関東圏にあり、海外のクラウドと異なりネットワークとして近い場所にあるメリットが享受できることと、国内のネットワークサービスが今後より安価に速くなっていくことを期待しているそうだ。

なお、ProRenderの.rprファイルは、複数フレームで効率の良いデータ形式となっており、フレーム間で共通のテクスチャデータは1ファイル分しか保持せず、フレーム間の差分データのみをデータとして保持するなど、データ量が小さくてすむよう、工夫がなされている。

クラウド上にあるレンダーファームはすでにいくつか存在しているが、Bullet Render FarmとしてはProRenderに特化した環境であることをウリとし、将来的にはCPU/GPUの空いている世界中のマシンの余剰計算力を集めてレンダーファームとして活用する壮大な構想も考えているそうだ。