コンピュータグラフィックスとインタラクティブ技術に関する世界最大の学会・展示会である「SIGGRAPH 2019」が、7月28日から8月1日の5日間、米国ロサンジェルスコンベンションセンターで開催された。46回目となる今年のテーマは「thrive」。日本語に訳すと「繁栄する、よく成長する、すくすく育つ、生きがいとする、うまくやる」といった意味があり、CG産業もビジネスも研究も、それぞれ一緒に成長していこうという想いがこめられている。今年は世界30ヵ国から385本の論文の投稿があり、そのうち111本が採択され、それに加えて年次の論文集(Transactions on Graphics)から31本、合計142本の論文が発表された。その中から発表会場で話題になったものや注目の論文を、何本か紹介しよう。

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※本記事は2019年7月28日に開催されたSIGGRAPH2019/Papers Fast Forwardでの取材内容に基づきます。

TEXT & PHOTO_安藤幸央(エクサ)/ Yukio Ando(EXA CORPORATION)
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

<1>今年の全論文をダイジェストで知る「Papers Fast Forward」

「Papers Fast Forward」の様子

「Weaving Geodesic Foliations」の発表に使われたリボン状の物体モデル

SIGGRAPHの論文の概要を知るのに欠かせないイベントが、初日に開催される「Papers Fast Forward」という全論文のダイジェスト発表だ。この発表では、全ての論文を1本あたり20秒という超短時間で紹介する。真面目なものから、趣向を凝らした発表まであり、会場の笑いを誘う場面もあった。SIGGRAPHで「Papers Fast Forward」がはじまった当初は1論文あたり60秒のもち時間で、途中一回の休憩をはさみ2時間以上ぶっ続けで発表されていた。しかし最近はだんだんと発表時間が短くなり、昨年は1論文あたり30秒、今年は1論文あたりなんと20秒で紹介するというめまぐるしい発表となった。

SIGGRAPHで発表されるCG関連、CG周辺の研究は、研究成果が発表されてから業界での実用化が早いことが知られている。またCG映像制作の現場で培われた工夫が後から論文としてまとめられることも多く、研究と現場のニーズが近しいことも他の基礎研究分野とは大きく異なる点だ。

映画制作のために最先端のCG/VFXを活用するCGプロダクションにおいても、映画制作の際の試行錯誤の結果を論文として発表したり、SIGGRAPHの論文で発表されていたばかりの新技術が次の映画制作に活用されていたりと、現場のニーズと研究がとても合致した形で進められている。もちろん基礎研究など、すぐにはお金にはならないが大切な研究もあるが、CG研究の分野においては、実用と研究の距離がとても近く、相互の協力が得られているのが特徴だ。

また大学や研究機関などのアカデミックな人材とグローバルな先進企業との間、GoogleFacebookAdobeAutodeskUnityEPICなどのツールベンダーとの間で、人材の交流や人材の行き来が多く、大学に所属する研究者が企業の研究所に異動していたり、SIGGRAPHで研究発表していた大学院生が翌年には企業の人として市販ツールに機能実装されたり、新しくリリースされたアプリやスマートフォンに機能が載った話も聞く。SIGGRAPHの論文は、大学と企業との共同研究も多く、企業の潤沢な資金を得つつ、大学の優秀な研究室が研究を進め、その実用化には企業が貢献するという、研究のエコシステムとも言えるポジティブなループが回っている。

CG/VFXの祭典とも言えるSIGGRAPHだが、本分は学会であり、トップカンファレンスと呼ばれる世界最高峰の学会で、今年の論文採択率も3割弱という狭き門。今年は世界30ヵ国から385本の投稿があり、そのうち111本が採択され、それに加えて年次の論文集から31本、合計142本の論文が発表された。

論文は32のカテゴリに分かれ、それぞれ3本から4本の論文が発表される。論文の内容も、王道のCG描画、レンダリング技術のみならず、3Dプリンタの応用技術、画像処理や動画処理、VRやARの研究、人の動きや顔の動きを取得するキャプチャ技術など、CG/VFXを取り巻くさまざまな分野に広がっている。10年前は24のカテゴリに分かれていたが毎年少しづつカテゴリ変更や追加・廃止が行われており、最近ではVR/AR、音に関するカテゴリ、機械学習を活用した研究のカテゴリなどが増えている。

■参考リンク集

SIGGRAPH 2019 発表論文リンク集(非公式版)動画やサンプルプログラムへのリンクもあり
http://kesen.realtimerendering.com/sig2019.html
SIGGRAPH 2019 論文集(公式版)
http://www.siggraph.org/learn/conference-content
Technical Papers First Pages(全論文の最初の1ページだけを抜き出してまとめたPDFファイル)
https://s2019.siggraph.org/wp-content/uploads/2019/firstpages.pdf

Technical Papers Preview: SIGGRAPH 2019 今年の目玉論文の映像ダイジェスト(約3分)

Technical Papers Fast Forward(収録された全編。20分20秒頃から本編が開始)

次ページ:
<2>多方面にわたる今年の注目論文(順不同)

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<2>多方面にわたる今年の注目論文(順不同)

■Local Light Field Fusion: Practical View Synthesis with Prescriptive Sampling Guidelines
https://people.eecs.berkeley.edu/~bmild/llff/

スマートフォンに表示されたガイドにしたがって格子状に撮影した複数の写真から、3Dシーンを再構成する技術。従来方法よりも少ない撮影枚数で実現可能

■Wallpaper Pattern Alignment along Garment Seams
https://igl.ethz.ch/projects/aligned-seams/

繰り返し模様をもった布地でつくった衣服において、縫製の仕方や型紙の形によって、絵柄のパターンがズレたり、模様が合わなくなる課題を解決。高級なアロハシャツのように折り返しやつなぎ目においても模様が繋がるような布地の切り方を自動提案してくれる手法。CG技術というよりもCGで当たり前の技術を実世界で応用した事例

■Knittable Stitch Meshes
http://www.cs.utah.edu/~kwu/stitchmodeling#knittable

複雑な形状でも編み物で制作できる手順を導き出す手法。つなぎ目や編み順などを考慮したうえで、どんな3D形状でも編み物化できてしまう手法

■Visual Knitting Machine Programming
https://textiles-lab.github.io/publications/2019-visualknit/

工業用の織り機を活用する際、熟練の経験則や、試行錯誤が必要なるところを、デジタル織り機専用のビジュアル言語を利用することによってより平易に複雑な仕上げやパターン、色糸の編み分けなどの織物を制作する方法

■Surface2Volume: Surface Segmentation Conforming Assemblable Volumetric Partition
http://www.cs.ubc.ca/labs/imager/tr/2019/Surface2Volume/

3Dプリンタで複数の色や複数の素材を組み合わせて、ひとつのカラフルなオブジェクトを制作する際の分割方法を導き出すための手法

■CurviSlicer: Slightly curved slicing for 3-axis printers
https://hal.archives-ouvertes.fr/hal-02120033

安価な積層型の3Dプリンターで出力すると、出力解像度が低いためどうしても表面がガタガタになってしまう。この研究では、それらの積層されている状況を考慮し、目的の形状にあうよう少しづつずらしてプリント出力することで、最終的に表面の段差が少ない3Dプリント出力を得る手法

■Multi-Robot Collaborative Dense Scene Reconstruction
https://kevinkaixu.net/projects/multirobot.html

建物内、室内の3Dスキャンをする際、全ての方向、全ての箇所を網羅的に抜け漏れなく3Dスキャンするために複数のお掃除ロボットルンバを改造したロボットにノートパソコンと3Dスキャナを搭載し、室内を網羅的に無駄なく全てスキャンする技術

■GRAINS: Generative Recursive Autoencoders for Indoor Scenes
https://manyili12345.github.io/Publication/2018/GRAINS/index.html

よくありがちな室内の様子を何パターンも自動生成する方法。キッチンやオフィス、リビングルームなどに家具を配置し、それっぽい室内の様子を自動生成することができる。室内に単純にプログラムとしてランダムに配置すると、実際の生活や人間にとってあり得ない家具の配置になってしまうのを避け、ソファの配置やテーブルや椅子の配置など、実際にありそうな部屋の配置を生成してくれる

■iMapper: Interaction-guided Scene Mapping from Monocular Videos
https://eng.uber.com/research/imapper-interaction-guided-scene-mapping-from-monocular-videos/

1台のある特定方向から撮影しているだけの動画データから、その映像に写っている人物のモーションキャプチャデータを正確に取得するのは難しい課題。一般的に正確なモーションキャプチャデータ取得には赤外線反射マーカーや、モーションキャプチャ専用のスーツ、複数方向から撮影したハイスピードカメラの動画データが必要になる。本研究は、1台のカメラからの映像だけでも、部屋に配置してある家具や人間がとりうる行動などを考慮したうえで、ありうる動き、よく人間がするであろう動きをもとに正確なモーションデータを映像から抽出する技術

■SurfaceBrush: From Virtual Reality Drawings to Manifold Surfaces
https://www.cs.ubc.ca/labs/imager/tr/2019/SurfaceBrush/

3D空間内にサッと描いたモデルを形状的に実現可能な3Dモデルとして再構成する手法。VR空間では隙間が繋がっていなくても形状として浮かんでいることができるが、形状的な無理や不具合を補正して、形状として破綻しない表面形状を整えた3Dサーフェイスモデルとして導き出すためのツール

■Luminance-Contrast-Aware Foveated Rendering」
https://www.pdf.inf.usi.ch/projects/AdaptiveFoveation/

VR空間の描画において、アイトラッキング技術と組み合わせ視線方向のみ高解像度で描画することで、描画全体の負荷を下げたり、トータルの描画スピードを上げたり、それほど高機能なハードウェアでなくとも比較的高解像度に見えるアプローチが使われる。その際、単純に目が向いている方向だけを高解像度にするのではなく、そこに表示されている物体や、注目されやすい箇所などを加味した上で、的確に高解像度描画する手法

■Computational design of fabric formwork
https://shape.bu.edu/fabric

布で袋をつくって、石膏型をつくる方法。重力で引っ張られる要素や、布が変形する要素も含めて完成したときの形状が目的の形状と一致するよう、各種パラメータを調整した型紙を生成してくれる

■Geometry-Aware Scattering Compensation for 3D Printing
https://www.pdf.inf.usi.ch/projects/GeometryAwareColorPrinting/index.html

3Dプリンタで複数色を混ぜてつくるときに有効な方法の提案。ぼやけたり、にじんだりしてしまうのを改善する手法。つなぎ目部分だけでなく、内部で拡散する光によって影響される外部の色なども考慮して色再現性を高めている

■Synthetic Silviculture: Multi-scale Modeling of Plant Ecosystems
http://www.pirk.info/projects/synthetic_silviculture/index.html

樹木が育っていく様子を加味した上で、自動生成した樹木をモデリングする手法。陽の当たり具合、栄養を奪い合って、枯れてしまう様子、砂漠化する様子や密林化する様子などをパラメータを調整してシミュレーションすることができる。自然と成長したかのような森林をつくることができる

■Content-aware Generative Modeling of Graphic Design Layouts」
http://www.cs.cityu.edu.hk/~rynson/projects/layout/GraphicsLayout.html

グラフィックデザインにおけるレイアウトを大量のサンプルから機械学習し、雑誌などの紙面のコンテンツの種別に応じて写真・画像と文章を自動的にレイアウトする技術

<3>SIGGRAPHアワード受賞式と、次回の開催について

The Steven Anson Coons Award / Michael F. Cohen

SIGGRAPHでは毎年CG研究の貢献者、新進気鋭の若手を表彰するアワードが行われる。その中でもCG業界のノーベル賞と言われるクーンズ賞に、今年は様々なレンダリング技術の基礎を築いたCG研究の第一人者Michael F. Cohen氏が受賞した。最近は写真や画像の加工技術の研究に特化し、2015年よりFacebookのコンピュータ技術を使った画像加工を研究・推進するコンピュテーショナルフォトグラフィチームに所属している。

The Significant New Researcher Award / Wenzel Jakob

若手の研究者で成果を上げつつ将来に期待を寄せる人物を表彰するThe Significant New Researcher Award(重要若手研究者賞)には、物理レンダリングのオープンソース実装、ミツバレンダラー(http://www.mitsuba-renderer.org/)で知られる親日家のWenzel Jakob氏(スイス連邦工科大学ローザンヌ校)が表彰された。

SIGGRAPH ASIA 2019は、夏気候の南半球オーストラリアのブリスベンで11月17日~20日の4日間開催されることが決まっている。また、来年のSIGGRAPH 2020は、SIGGRAPHの長い歴史の中でも初の開催地となる米国の首都ワシントンD.C.で、7月19日から23日の5日間開催されることが決まっている。