2015年11月22日(日)、文京学院大学 本郷キャンパスにて催された「CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス」。その1コマ目にはPixarやデジタル・フロンティアら強力なセッションが並んでいたのだが、筆者はテクニカル方面の実践的な内容に興味を惹かれ、伊藤達弘氏のセッション「それはお前の仕事だっ!」を聴講。その模様をお届けする。

<1>アーティストとしての、プログラミングとの付き合い方

CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス:伊藤達弘

フリーランスのゼネラリストとして活躍する伊藤達弘氏はプログラミングなどテクニカル方面にも造詣が深く、2012年頃に発表されたMaya用ツールセット「Guren」※現在は「Amaterasu」と名を改めて、ボーンデジタルが取り扱いを行なっている)の制作者としても知られている。

本講演でも伊藤氏の活動内容と同様、テクニカルに軸足を置いたものではなくアーティストとしてより快適な制作環境を得るためにツールづくり(プログラミング)とどう付き合ってゆくかといった内容となっていた。
そのため、すでにしっかりツールづくりに取り組んでいる方で伊藤氏の秘伝のワザを一目見ようと訪れた方もいたかもしれないが、そういう方には少々肩透かしだったかもしれない。ただ、現在デジタルアーティストとして活動していて、よりクリエイティブな作業に集中できる環境を求めつつもテクニカル方面にはどう踏み込んでいいか分からない、といった方には丁度いい内容の講演だったのではないだろうか。
そこで本リポートも、テクニカル専門の方よりはデジタルアーティスト業に軸足のある方に向けた内容としたい。

CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス:伊藤達弘

「がんばらなくていいことを効率化して、早く帰ろう!」

「快適な作業環境を得るにはプログラミングは不可欠」と語る伊藤氏。
「コンピュータは言われたことしかできません。ソフト側で用意されている以外にやってほしいこと、やりたいことがあるなら伝えてあげる必要があります。このやってほしいことを書いて伝える作業が『プログラミング』で、伝える際に用いるのが『プログラミング言語』ということになると思います」。
プログラミング言語には非常に多くの種類があり、MayaならばMEL、Pythonの他、プラグインづくりのためにC++と複数の選択肢が用意されている。

  • CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス:伊藤達弘
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アート作業の中にテクニカルなアプローチを織り込むにあたり、伊藤氏はいくつかのメリット・デメリットを挙げた。
まずはデメリット。「ツールを整備して、環境が整ってくると、仕方ないことですが単純なオペレーション力は低下する傾向にあります。ひとから受け取ったツールでは、実際何が行われているか意識しなくても使えてしまいます。理解して使わないとちょっとした魔法、ブラックボックスと化してしまいます」。

身に覚えがあるという方も多いのではないだろうか。ツールが悪いというわけではないが頻繁に見かけるという状況ではあるので、確かに意識して気をつける必要がありそうだ。
このほか「外部協力を依頼しにくくなる(場合によっては秘密保持契約を結ぶなど、面倒を要する)」、「メンテナンスが必要で、その労力は意外に高い」などのデメリットが挙がった。どちらも『言われてみれば』気づくことではあるが、メリットに注目してテクニカルに踏み込んだ向きには「想像外のコスト」と見えるかもしれない。注意したい。
「ツールをつくったひとが不在になってしまったのでツールの更新を手伝ってほしいという依頼を受けたことがありますが、どこに問題があるのか、どこを修正するべきか把握するという作業から。他人のツールを読み込むのは非常に骨が折れます」と、実体験を語る伊藤氏。

逆にメリットとしては「手順のかさむ作業がワンクリック化されるとやっぱり便利」、「ヒューマンエラーを回避・削減できる」「ツールをつくるひとは、Mayaのことを調べるのでMaya自体に詳しくなる」などが挙げられた。

CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス:伊藤達弘

ツールによりもたらされるメリット、デメリット。特にデメリット部分は「サポート業務」といえる内容が並ぶ

▶次ページ:<2>ツールづくり、どう手を付けたらいいの? 全体のながれを解説

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<2>ツールづくり、どう手を付けたらいいの? 全体のながれを解説

次に語られたのは『ツール解体新書』と銘打たれたツール制作のながれ。大きなながれとしては、<1>「ヒアリング」<2>「企画・設計」<3>「試作」<4>「完成」<5>「アフターケア」が並んだ。

CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス:伊藤達弘

<1>ヒアリングとは、取材のことです。Amaterasuに含まれているツールのほとんどはヒアリングから着想を得たものです。使う側が何を求めているかを把握するのはとても大事で、作ったものの誰も使わないなんていうことがあったら悲しいですよね。使用者側の『なんか求めてるものとちがうなー』を、ある程度積極的に察知しにいく必要があります。自分の需要でスタートしたものは、ヒアリングをすっ飛ばして企画・設計からスタートしますが」。

プログラマー職など普段Mayaを使った制作をしていない方がつくったツールは、やはり使いにくいことが多いと明かす伊藤氏。全てのツール/ツール開発者がそうであるとは言えないが、確かにそのような傾向を感じることは多い。
「実作業をしていると、ツールがどうなっていれば効率的かイメージしやすいと思います。自分が普段あまり担当することのない作業領域でも、とりあえず実作業してみて『なるほどねー』となってからの方が、良いツールになりやすいと思います。そういうイメージがちゃんと固まっていないと、ツールが空中分解して明後日の方向に進んでいったりします。要望を聞くことは大事ですが、実は、いろいろな意見を詰め込み過ぎてもよくないと言えます」。

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このあたりから、ヒアリングと企画の部分がオーバーラップしてくると言えるだろう。次の工程、<2>『企画・設計』がツールづくりのメインとなるパート。ここではまず、必要な機能をまとめたり、UIをどのようにするか考えるところからはじまるが、これはデッサンでいうアタリをつけていく感覚に近いという。この段階で、自身のプログラミング能力と内容を照らし合わせて、実装できるかどうかを考えていく。

CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス:伊藤達弘

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UIを検討している様子。Photoshopでざっくり形を取り求められる機能をメモしていく(スライドは、実例で取り上げられたMayaのレンダーレイヤーをブラウズするツールのもの)

このアタリをつける感覚は実際にツールづくりに取りかかっても同様で、"アニメーション作業もレイアウトから順に詰めていく"様子に喩えつつ、ざっくりとしたところから<3>試作していく。そうしてひとまずツールが完成したら、まずは「<4>完成を喜ぶことが大事」だという。
「アートに軸足を置きつつスクリプトをいじる、ツールをつくるというのは、決して楽ではありませんし、そんなにべったり時間をかけられるわけでもありません。完成したら、まずは『こんなに良いツールができた! どうだ!』と満足してみるのも、ツールづくりやその勉強のためのモチベーションを保つには大事なことかなと思います」。
なるほどツールづくりは常に時間に余裕がある状況で行われるわけではない、むしろ立て込んだ状況であることの方が多いかもしれない。そんなときに「ツールづくりしんどい、いやだ」にならないための処方のひとつだと言える。

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一方でこの段階での要件として『使ってもらってこそ意味がある』、『使ってもらえてないなら、どこに問題があるのかを洗う』の2点も挙げられた。
ひとまず機能をそろえ、ツールとして形にしたものの、なんだか使ってもらえない、というケースは意外に多い。まずはその後の使用状況をトラックすること、またその結果が芳しくなければどこにどういう問題があるのか考えること。重要だがなかなかに根気のいる作業ではある。
使ってもらえない場合の理由としてはいくつか考えられますが、やはり『UI』が一番多いでしょう。ほかに、ドキュメントがなかったからというのも考えられます。『なんだか使いづらい』の主な理由がどこなのか突き詰めていく必要があります」。

そして最後の工程、<5>「アフターケア」。アプリケーションやシステムの更新などによる実行環境の変化、あるいはテスト環境では動いたのに使用者の環境では動かない、などなどの理由で、完成したと思ったツールは随時更新する必要にせまられる。
「シンプルなシーンでは大丈夫でも、実践的なシーンでは思わぬノード構成になっていたりして動かない、などということはよくあります」。

CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス:伊藤達弘

また実行環境の変化については、アプリケーションのバージョンやシステムの言語設定など、さらにMayaならPyMELのバージョンちがいによって正常だったものが意図しない挙動になることもある。こうしたメンテナンスも、ツールづくりの一環として考えに入れておくことは大切だろう。
実例では「標準のエクストラクトが思ったのとちがう!」、「レンダーレイヤーの中身をわかりやすく閲覧したい!」というテーマのほか、伊藤氏が開発しているMaya用ツールセット「Amaterasu」に内包されているツール群の紹介が行われた。

実演しながら「あ、ここはこうなってた方がもっと使いやすそうですね」などライブにアイデアを出していく場面も何度かあり、ツールづくり自体を楽しんでいる様子も伺えた。
「ツールをつくれるようになると、今度はどんどん楽しくなっちゃって、ツールツールツール......ってなっていっちゃうこともあると思います。でもそんな時は、あくまでも"プログラミングもひとつの道具"だっていうことを思い出しましょう。(アーティストは)画を出すのが仕事、アウトプットするのが本分なので、それを忘れずに制作環境を整えていきたいですね」。

講演の最後には、この会場が初告知だという執筆中の書籍『たっきゅんのガチンコかいはつぶ』の紹介があった。アーティスト職向けのテクニカルな内容で、価格、発売日などは未定。読み進めていくと楽しんでツールづくりを体験できる、というものを目指しているとのことで、リリースされるのを楽しみに待ちたい。

CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス:伊藤達弘

現在執筆中という書籍。どのような本になるのか非常に楽しみ

TEXT_岸本ひろゆき / Kishimoto Hiroyuki
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota