まさかの実写映画化に、発表直後から大きな話題となった映画『珍遊記』。アクの強い漫☆画太郎氏原作コミックの笑いを実写で表現するために、VFXにも様々な工夫が凝らされた。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 212(2016年4月号)からの転載となります

TEXT_峯沢★琢也 / Takuya★Minezawa
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充/ Mitsuru Hirota



映画『珍遊記』予告編
©漫☆画太郎/集英社・「珍遊記」製作委員会


制約を逆手に取って"バカバカしい面白さ"を演出

本作の監督を務める山口雄大氏とVFXを担当したスタジオ・バックホーンは、過去にも何度かギャグテイストの作品でタッグを組んでおり、本作でも監督直々の指名により、同社の参加が決まったという。

  • 映画『珍遊記』中核スタッフ
    写真右から、鹿角 剛 VFXスーパーバイザー、北守正樹 CGディレクター(以上スタジオ・バックホーン)

「本作のテーマはズバリ"バカバカしい面白さ"。原作の漫☆画太郎さんは実は山口監督と当社が初めて一緒に仕事をした映画『ユメ十夜(第十夜)』(2007)に脚色で参加されていまして、そのドタバタのセンスがお互い近いんでしょうね。幸いにもセンス勝負で笑いが重要な作品だったので、レンダリングやシミュレーションに時間を割くよりも限られたリソースを逆手に取ってあえてチープにつくったりと、とにかく笑えるように面白さの部分で勝負できました」とVFXスーパーバイザーを務めた鹿角 剛氏は語る。
全1,000カット強の本編のうち、何らかの合成や3DCGが使用されているカットは300カットほど。正味2ヶ月の作業期間に対し、作業後半にヘルプが入ったものの、CGのメインスタッフはわずか2名。スケジュールやバジェット的にも決して潤沢とは言えない環境で、時には一眼レフ、時にはアナログ的な手法等、「使えるものは何でも使う」精神の下、蓄積してきたノウハウや資産を駆使してVFXの制作は進められた。
また、本作は一風変わった東洋的な雰囲気を出すために、街中の風景は数々の韓国歴史ドラマのロケにも使用された韓国・龍仁大長今パーク(旧・龍仁MBCドラミア)で撮影を行なっている。他のシーンでは国内での中華料理店内等の室内ロケとグリーンバック、洞窟のシーンでは夜の外ロケ、一部はマットペイントの背景を合成することでまかなっているが、筆者の印象ではバラバラなロケーションを1本にまとめることで原作のロードムービーとしての雰囲気が強まり、面白さが増していると感じた。原作ファンもそうでない人も、ぜひ劇場で笑いながら観てほしい。

<Topic1>限られた予算内での工夫

アイデアと臨機応変な対応で制約を乗り越える

本作は制作期間やバジェットが限られていたことに加え、豪華なキャスティングの影響で演者に確保されているスケジュールも短期間という条件が重なったために、VFXの現場でも実写や合成、CGを織り交ぜて「使えるものは何でも使う」といったハングリーな精神と工夫でカバーしなくてはいけない状況となっていた。シーンによっては撮影時期に雨天が続いてしまい、近所の倉庫を急遽レンタルしてそこに即席のグリーンバックを張り、悪天候で撮れない合成カットのスタジオとして稼働させた、といった臨機応変な対応が必要とされた。
また、プロップの撮影に関しては実写素材を多くストックすることで後々2D合成で処理をしている部分も多い。一見フル3DCGの素材と思いきや、創意工夫と良い意味でのアナログな力技によって制作されていることは驚きだ。もちろん、パートによって実写合成が絡むような場面や処理が複雑になりそうな部 分に関しては、監督に事前に絵コンテを切ってもらうと同時にスタッフ間の打ち合わせも綿密に行なっており、多くのスタッフとイメージの共有をして撮影に臨んでいる。シカのような登場カットの少ない造形物はできるだけ既存のものを活用する一方で、序盤のメインとなる日本家屋は特殊造型アーティストの百武 朋氏にミニチュア制作を依頼する、といったように、適材適所に実物や合成を計算しての素材の使い分けを細かく行うことで難題を解決していった。さらに巨大な太郎と外のキャラクターの遠近法のスケール感を出すためにカメラに対する奥行きの前後を入れ替えて撮影、あえてパース感を狂わせてメリハリをつけた素材を合成する、といったアナログ的なトリック撮影の要素も採り入れており、まさに旧来の特撮的な撮影技法と現代の合成ワークを駆使していると言えよう。

ミニマルなグリーンバック撮影





中華料理屋にてラーメンが一瞬で完成するショット。実写素材はグリーンバックを張って具材ごとに撮影をしている。<A>ナルトなどはテグスで吊った状態で回転させてCGで飛び出させているが、モヤシはCGのシミュレーションではなく下から手で叩いて跳ねさせた映像を収録<B><C> 、その映像を逆再生して合成することでどんぶりに食材が飛び込むような映像に仕上げている<D>~<F>。アナログ的ではあるが、まさに逆転の発想である

既存の造形物の活用




太郎が捕まえてきた設定の動物は既存の造形物を流用している<A>。微妙に揺れている部分などはAEのワーピング機能を使って動かしており、必要十分の機能で「らしく見せる」ことで効率的にショットを仕上げている。また手前のじじいとばばあナメの太郎のショット<B>も実際の撮影は太郎の方がカメラ手前に<C>、じじいとばばあの方がカメラの奥に<D>、と遠近感を逆転させて合成することでトリックアートのように見た目を騙している。<E>はグリーンバック撮影の前にスタッフが撮影したガイド画像

ミニチュアの活用



セットかCGかと思われそうなじじいとばばあの家屋は実は精巧なミニチュア<A>にマットペイントなどの背景を合成したもの<B> 。ほかにも屋外のシーンでは人間はほぼ合成にしてしまったりと、CGだけにこだわらず様々な手段を用いることで臨機応変に対応している。これは監督とも阿吽の呼吸で歩んできたスタジオ・バックホーンならではと言えよう

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Topic2:使いどころを厳選して笑いを生む3DCG

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<Topic2>使いどころを厳選して笑いを生む3DCG

正統派のCG表現でオチとのギャップを強調

本作は合成ワークもさることながら、3DCGの使いどころを絞って笑いの演出に活かしているのが特徴的だ。「劇場でご覧いただければわかりますが、普通のシーンではあえてチープ感を出し、バカバカしいシーンほどガチに3DCGで挑むことで、ギャップをつけてギャグの面白さを演出しているんです。それが結果的には全体のVFXの作業量を抑える効果にもなっていますね」とCGディレクター北守正樹氏は語る。
3DCGの制作にはMaya 2015、トラッキングにはシーンによってはboujou、合成全般にはAfter Effects CS6を使用。爆発やエネルギー波の放出エフェクトにはFumeFXを採用し、なるべく正統派とも言えるCG表現に力を割いて仕上げている。例えば本編に登場する魔法使いが操るエネルギー弾「メラメ~ラ」や見えない壁を作る魔法「ベルリ~ノ」などは、共に1カットだけの登場シーンをつくり込むことでその次のカットのオチとの落差をあえて強調して笑いに昇華している。また、少年漫画的な"気"の表現では、太郎の場合は正統派のCGで地面の小石などを浮かせている反面、敵キャラクターの同様のシーンではCGはCGでもあえて「テグスで吊られたオブジェクト」を浮かしており、わざわざチープに見えるように物理シミュレーションもかけるというネタも仕込んでいる。作品全体ではリアリティの追求よりもインパクトとセンス勝負で一貫したVFX制作を行なっている。

チープさを際立たせる魔法のシーン







炎の魔術「メラメ~ラ」<上段3画像>はFumeFXを使った派手でリッチな炎に仕上がっている。このショットに関しては2D合成などの手法ではなく真面目にVFXとして見映えのあるショットなっているが、この後明らかになるメラメ~ラの本当の姿はぜひ劇場でご覧いただきたい。また最強の壁を作り上げる魔法「ベルリ~ノ」<下段3画像>に関しても無数の壁の素材を組み合わせているが、あとは本編にてその笑いを確認してほしい

Hairシミュレーションによるテグス表現



少年向けバトル漫画でお馴染みの「エネルギーが溜まって地面が割れ、破片が空中に浮かび上がる」という表現。太郎の方は本物として真面目にVFXショットに仕上げている<A>が、敵役が同じことをしようとするショットに関しては、「エネルギーが溜まっている風に見えるがよく見ると糸で吊っているだけ」というギャグをあえて真面目に表現しており、テグスのCGモデルにHairシミュレーションもかけて笑いのリアリティを上げている。<B> はテグスの付いたオブジェクト、<C><D>は合成前、<E><F>はCG素材、<G><H>は合成後

太郎と玄奘のバトルシーン

前半部分の太郎と玄奘のバトルシーンのCG。このようないわゆるCG映えするような派手なカットは直球勝負の3DCGで表現しているものの、全体を通して良い意味で力を抜くCG表現と労力のかけ具合にメリハリをつけることで、作品全体を通したある種の面白さを生み出すように心がけたとのこと

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Topic3:酒場でのバトルシーン

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<Topic3>酒場でのバトルシーン

本作の工夫の粋と言えるキラーショット

酒場でのバトルシーンは本作でも一番の見どころになっているが、実はこの酒場、外観に関しては韓国ロケで撮影した東洋風の門にCGで看板などを作り足している。また、スケジュールの都合で韓国ロケに同行できなかった演者に関しては後からグリーンバックで撮影された素材を合成することで対処している。酒場の内部は日本のとある旅館の一室を借りて撮影が行われているが、撮影日をまたいでの演者の着替えやメイクの手間を減らすため、グリーンバックも持参してその場で合成カットの素材も収録したという。キーイングにはAfter Effectsのロトブラシツールも使用しており、人の髪など通常のキーイングでは抜けない部分の最終的な調整では重宝したとのこと。
太郎の上からゴロツキたちがスローモーションで飛びかかってくる印象的なカットは、服をなびかせた上で逆さまにした状態でグリーンバック撮影した演者を、天地を逆にしてAE合成することであたかも上から落ちてきているように見せている。そのゴロツキたちが太郎と戦うと次々と服が破れて飛び散っていくのだが、この表現は服を破くのではなくすでに破いてある服の破片を吊るしてグリーンバック撮影、その破片をMaya上のパーティクルインスタンスで散らしている。また、ゴロツキが着た服が破れる瞬間は、AE上で演者のポーズに合わせた服を合成してシャターエフェクトで弾けさせるという逆転的発想で表現しており、ここでも制限があるからこその発想の工夫が窺える。反面、殴られ飛んでいく裸のゴロツキに関してはAEの2D合成でパースを無視して回転・スライドさせているが、ここでも「簡単に合成とバレるねらったチープさ」を演出することで笑える映像に仕上がっている。

酒場外観の制作



架空の世界でのロケーションは当初悩みどころではあったが、鹿角氏の知人のコーディネーターの勧めもあって原作の雰囲気に合った東洋風の街並みは全て韓国の映画セットにて撮影。ロケハン時にはすでに写真があったので、その時点でCGの使いどころを想定して臨んだ。もともと門だった建物<A>にCGで加工、追加を施して酒場に仕上げている<B>

ロトブラシによるごろつきの合成

酒場に来た太郎がゴロツキから一斉に襲われるショット。監督から「100人くらいから襲われるようなキラーショットをつくりたい」とオーダーされて実現したカットだ。エキストラの演者に20名ほど集まってもらい、通常の酒場のロケと同じ場所<A>にグリーンバックを張りその場で合成素材も一緒に撮影<B><C>。ゴロツキはミニジブとミニクレーンを使って1人ずつ赤いライトを当てながら、逆さの状態をスローで回り込むような動きで撮影D(服のなびきを表現するためにスタッフが服の裾を広げている)、それをロトブラシツールでキーイングし<E>、逆さまにして合成しながらレイヤーを重ねて人数を増やしていく<F>

飛散する衣服の表現





服が破れていくシーンではまず裸の状態のゴロツキの演者と太郎を撮影<A>、そこにまずは破れる前の服を変形させて「着せた状態」まで2Dで合わせそのレイヤーをAEのシャッターで数フレームだけ「散らせる」ことで服の破ける瞬間までを表現<B>。その後に破けた破片が舞い落ちる部分は一部手付けだが、大半をMayaのパーティクルインスタンスを使って動かしている<C>。瞬間的にハイブリッドに素材を入れ替えることで「らしく見える」ようにゴールから逆算して作り上げたショットになった<D>

パース感を無視した演出


太郎に殴られて飛んでいく裸のゴロツキたち。基本的には屋内ロケ時に用意されたグリーンバックの上で演者をひとりずつ撮影していくA 。ここでは「いかにも合成しました」という感じの笑いをねらっているので背景<B>に合わせたパース感や動き等はあえてリアルにせずに、スライドや回転とビデオ合成の時代の単純なクロマキー合成のような手法で合成している<C>~<B>。漫画的な記号を用いることで表現方法そのものでも笑えるように仕上げている

  • 映画『珍遊記』
    新宿バルト9ほかにて大ヒット公開中!!
    監督・編集:山口雄大/制作プロダクション:DLE
    配給:東映 chinyuuki.com
    ©漫☆画太郎/集英社・「珍遊記」製作委員会