ここでは8Kかつ、HDRで制作されたフルCG作品について紹介しよう。制作にあたったのはROBOTで、作品は東京の夜空に花火が打ち上がる美しい映像に仕上げられている。今回は同社にプロジェクトのねらいを含め、制作について取材した。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 218(2016年10月号)からの転載となります

TEXT_須知信行(寿像)
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

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8Kでの本格放送を見据えた挑戦的なフルCG作品

本作は"8K"かつ"HDR"によるフルCG映像で、東京の夜空に花火が打ち上がる様子が描かれた約1分間の作品。制作にあたったのはROBOTのプロデューサー・諸石治之氏とCGプロデューサー・谷内正樹氏を中心とするチームだ。

  • 左より、プロデューサー・諸石治之氏、テクニカルディレクター・西井育生氏、プランナー・宮本 諒氏、アートディレクター・古谷憲史氏、CGプロデューサー・谷内正樹氏。写真なし、クリエイティブディレクター・福崎隆之氏(以上、ROBOT)
    www.robot.co.jp

  • CGディレクター・
    千葉 真氏(マジックピクチャーズ)
    www.magicpics.com

「8K、そしてHDRのポテンシャルを最大限発揮したクオリティの高い表現を目指しました。また、短い尺の中でインパクトのある映像作品をつくりたいと考え、その中に、新しいメディアの幕開けというメッセージを込めた企画を考えました」と語る諸石氏。すでに今年8月から、NHKにより8K試験放送が始まっているが、NHKが最終的に目指しているのは解像度7,680×4,320に加え、HDR、BT.2020規格による広色域、そしてフレームレート120fpsを含めた、いわゆる"フルスペック8K"で、本作はそれを見越したプロジェクトでもある。今回は短い尺の中でインパクトのある映像に仕上げることを目指し、さらに先駆的なチャレンジをしたいという思いもあったことから、フルCGで制作することが決まった。「8KでHDRのCG作品はこれまで制作したことがなかったのですが、挑戦しなければ何が失敗で何が 成功かもわからないと、目標を高く挑みました」と谷内氏は語る。

しかしながら制作を国内のプロダクション数社に打診したところ、「8Kには対応できない」と断られてしまう。さらに、ゲームエンジンを使ったリアルタイム出力も検証したが、いくつか問題があることがわかった。そこでレンダリングパフォーマンスに優れたプロダクションに頼むしかないと、谷内氏と10年以上にわたり何度も一緒に仕事をしてきたマジックピクチャーズの千葉真氏に制作を依頼する。「4Kは経験がありますが、8Kは初めて。最初は何とかなると思っていたのですが、想定外の問題も起きて、その都度対応に追われました」と制作をふり返る千葉氏。現在、千葉氏はLAを拠点に活動しているが、時差があることで逆に時間のロスなく作業を行うことができ、制作は比較的スムーズに進められた。

Topic 1 プロジェクトの検討と花火の作成

HDRの表力を活かす美しい花火の演出

本作はROBOTのアートディレクター、古谷憲史氏によって「Fireworks Tree 光の世界樹」というテーマで絵コンテが作成された。8Kという高解像度、HDRという広い光の階調を活かすのに花火はうってつけの表現だったという。絵コンテ制作と併行するかたちで、マジックピクチャーズの千葉氏によって花火の表現のテストが進められた。制作期間は約2ヶ月半というタイトなものだった。

各所のチェック用モニタ環境については、3DCGの実制作を行う千葉氏はPC用4Kモニタを2台使用。ROBOT側では75インチ、4K・HDRのSony製のモニタを使用した。さらに、最終チェックは85インチ、8K・HDRのシャープ製のモニタで行なっている。大きな問題はなかったものの、やはり4Kモニタでのチェックでは限界があり、煙の濃さやディテールの細かさなど、実際の8Kモニタに映してみて初めて確認できることもあったという。「全カット揃わなくても新しく出来上がったカットや更新があったカットのみのチェックを行うかたちで進行して、無事に完成させることができました」と谷内氏。

花火は3ds MaxthinkingParticlesで作成された。当初はKrakatoaをレンダリングに利用しようと想定していたのだが、カメラが花火の隙間を通り抜けていくような演出の際、花火の粒の物理的サイズが必要になるため、粒をポリゴン化し、レンダリングにはアンチエイリアスの綺麗な3ds Maxの標準スキャンラインでレンダリングしたという。花火の量が一番多いカットでは1フレームあたりのデータ量が煙も含め、数GBにも達した。ネットワークレンダリング時にレンダーマシン全台がキャッシュデータを同時にロードしはじめると社内のネットワークがストップしてしまうため、レンダリングマネジメントシステムDeadlineにより、10台のマシンを1台ごとに順番にロードさせることでスムーズに作業が進むようにしたという。花火の明るさも実際のエネルギー量を考慮して、マジックピクチャーズで制作している実世界のライトの明るさに対するマテリアルの数値を基に作成するなど、リアルさが追及されている。

絵コンテとキーデザイン


絵コンテ
アートディレクターの古谷氏によって描かれた絵コンテ。「あえてドローンでも撮影可能なカメラワークによって、リアリティのある世界を描く」との記載もあり、リアルな表現をつくろうとしているのがわかる


キーデザイン
同じくキーデザイン。「Fireworks Tree 光の世界樹」というテーマの通り、たくさんの花火が集まり世界樹が形成されている

花火の作成



  • thinkingParticles
    thinkingParticlesのノードの一例。花火の発射筒から上方向にパーティクル(打ち上げ時の花火)を発生させ、そのパーティクルが一定の高さに達した際に、別のパーティクル(開花時の花火)に変化するというしくみが組まれている。5種類の花火をつくりそれを組み合わせていったのだが、thinkingParticlesで作成しているため、大きさや速度、色の変更もプロシージャルにコントロールできたのでとてもつくりやすかったという



  • 3ds Max 作業画面
    3ds Maxの花火の作成画面


完成カット
完成カットの一例。カメラが花火の中に突入するカットではカメラの動きと花火の粒の動きが同期してしまい、花火の粒が静止して見えるなどの問題も起きた。そうした修正などを含め、何度も微妙な調整がくり返された

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Topic 2 3DCGによる煙や背景の街並み

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Topic 2 3DCGによる煙や背景の街並み

花火以外の要素でもリアルさや迫力を追求

リアルな花火の表現に加え、カメラワークで奥行きを出すために3DCGによる煙も作成されている。こちらはFumeFXとマジックピクチャーズがインハウスで開発しているAquariusという流体シミュレーションソフトを用いて作成された。Aquariusはノードベースの流体シミュレータで、FumeFXとは異なる流体の計算方式を採用している。状況によって得意不得意があるため、2つのソフトを使い分けて使用したとのことだ。「インハウスツールは何か不都合が起きた場合に自分たちで改変やカスタマイズができるので、そのあたりも強みになっています」と千葉氏。8Kともなると、煙にもディテールを出すために詳細な計算が必要になり、煙のシミュレーションだけで1カットあたり2日間ほどかかったという。

一方、背景の街並みについては谷内氏のオーダーで、1枚の画像ではなく3Dのモデルとしてディテールが見えるように作成されている。地図や空撮映像をリファレンスに東京の街並みをモデリングして、一度レンダリングした画像に対してマットペインティングを施し、再度3ds Maxにてカメラマッピングを行なった。マットペイントのサイズについて、マジックピクチャーズでは通常、最終解像度の倍のサイズで描くようにしているため、今回は8Kの倍である16Kで描かれた。カメラが360度回転しているカットでは横のサイズが64Kにもなったという。街の中の光も各々ちがったタイミングで明滅し、なおかつ暗部の階調も表現できており、8Kならではの高密度な画面づくりを実現している。

煙の作成


FumeFX 作業画面
FumeFXによる煙の作成画面。8K作品のためディテールには苦労したというが、もうひとつ大変だったのが作成されているという点だ。1フレームの1エレメントごとのレンダリング時間は平均4~5時間にもなり、「8K 60fpsという点に苦労しました」と千葉氏。「マジックピクチャーズさんは同規模の他社さんに比べてもレンダ非常に多く用意されており、そのあたりも今回のプロジェクトをお願いした要因のひとつでした」(谷内氏)

3Dモデルとペイントによる背景

3Dモデル
東京の街並みのモデル。このモデルにマット画をカメラマップで貼っている。カメラマップした際に 裏側のモデルに手前のテクスチャが投影されて二重になってしまう部分も出たが、8Kの場合はHDと比 べて細かいエラーもはっきり見えてしまうため、綿密な修正が施された。※右図は、左図内の囲み部分の拡大

完成背景
完成した背景。通常どおり3Dモデルに対してテクスチャを貼って並べるだけだと、どうしてもタイリングしたパターンが見えてしまうのだが、一度マットペイントでレタッチすることにより、ランダム感が出て自然な印象になるという。※右図は、左図内の囲み部分の拡大

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Topic 3 コンポジットやHLG形式の出力

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Topic 3 コンポジットやHLG形式の出力

HDRで上映するためHLG形式に変換して完成

コンポジットは千葉氏が普段から愛用しているBlackmagic DesignFUSIONで行われた。3DCGによる素材は必要最低限に抑えられ、OpenEXRでビューティ、デプス、ベロシティ、マスク素材×2がレンダリングされている。初期のチェック時には花火に対してコンポジットでクロスフィルタをかけていたのだが、4KのPCモニタではキラキラして綺麗に見えていたのが、いざ8Kモニタでチェックしてみると非常にファンタジックな画になってしまい、コンセプトでもあったリアルな花火という表現から離れてしまった。結果的にコンポジット時にフィルタはほとんど使わず、カラコレ程度に抑えたという。

本作はHDRで上映するため、HLG(Hybrid Log-Gamma)というNHKとBBCが開発、推進しているHDR規格で出力する必要があった。様々なソフトウェアを調べた結果、こちらもBlackmagic DesignのDaVinci Resolveが対応していたため採用。FUSIONからリニアのOpenEXRで書き出された画像をDaVinci ResolveでHLG形式のTIFFに変換したという。なお、DaVinci Resolveでの作業では、当初はHDDから8Kシークエンスをロードしていたのだが、それだとコマ落ちのエラーが出てしまって上手くいかなかった。SSDのRAIDドライブに変更したらエラーなく使用できたという。

「8K、そしてHDRのフルCG作品というとてもカロリーの高い企画で、演出内容の決定や作業、チェックなどの様々な制作プロセスが、トライ&エラーのくり返しでした。だた、その経験がノウハウにつながり、8K、 HDRという魅力的な映像メディアの新領域を目指すことができたと思います。作品も実際の花火大会の映像と見紛うレベルになり、CGなのか実写なのかわからないクオリティに仕上げることができました。8月から8Kの試験放送も始まり、これから8KやHDR、広色域など映像メディアが劇的に進化する中、その映像表現や新しいメディア体験の可能性がとても楽しみです」と語る諸石氏。ROBOTでは8K、HDRで超高精細エンターテインメントコンテンツを新たに制作しているとのことで、同社の今後の作品も非常に楽しみだ。

FUSIONによるコンポジット






  • 海と街






  • 煙RGBライティング



  • 花火



  • 完成カット


FUSION作業画面

コンポジットはFUSIONを使用し、リニアワークフローで行われた。レンダリングエレメントもごく少数に抑えられ、簡単なカラコレを行なった程度だという。もちろん、BT.2020規格でつくられている。画像はコンポジット作業の一例。「FUSIONはレンダリングが速いので普段から好んで使用しています。通常のプロジェクトであればおおよそ1フレーム数十秒でレンダリングが終わるのですが、今回は8Kということで1フレーム15分くらいかかりました」(千葉氏)

HLG形式での出力

DaVinci Resolve作業画面
本作ではHLG形式で出力するためにBlackmagic DesignのDaVinci Resolveが採用された。現状ではHLG形式で書き出すことができるアプリケーションは非常に少ないという。しかし、問題点もあってHDRデータをDaVinci Resolveでカット繋ぎなどでオーバーラップさせると、透明度を0%に設定しても完全な透明に消えなくなる現象が起きてしまった。これについては一度各カットをHLG形式で書き出した後、再度オーバーラップさせることで対応したという。なお、現在のバージョンではこの問題は解決されている。※右図は、左図内の囲み部分の拡大



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.218(2016年10月号)
    第1特集 映画『君の名は。』
    第2特集 3Dペイントのススメ

    定価:1,512円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:152
    発売日:2016年9月10日
    ASIN:B01IW56U7G