ゲームやライブ公演では市場が確立されている、女性をターゲットとする"男性アイドル"。しかし、アニメ作品では目新しく、未知なる可能性を秘めている。セル調のキャラクターに対して、フェイシャルキャプチャをはじめとする3DCG本来の優位性を積極的に採り入れることで新たな表現を追求した本作にせまる。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 219(2016年11月号)からの転載となります
TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©TSUKIANI.
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新たなジャンルだからこそ新たな技法を実践していく
『ツキウタ。THE ANIMATION』(以下、ツキアニ。)は、"2.5次元"をコンセプトに生身の声優と彼らが演じるキャラクターを巧みに融合させた『ツキウタ。』プロジェクト初のTVシリーズである。『ツキアニ。』の本編自体はドラマ中心の作品となっているが、奇数話と偶数話のそれぞれ異なったオープニングアニメ(以下、OP)と、最終13話で描かれるグランフィナーレという3つのライブパフォーマンスでは、セルシェーディングを使った3DCGによって制作されている。セル調のCGキャラクターとモーション/フェイシャルキャプチャによるアニメーションを融合させた、これまでのアニメCGにはない新たな表現に挑戦しているのは、ダンデライオンアニメーションスタジオ(以下、DLAS)だ。
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前列左から、松井一樹リードアニメーター、西田映美子CGディレクター、川崎逸朗監督(フリーランス)、木下 紘フェイシャルキャプチャスペシャリスト(ツークン研究所)/後列左から、富岡孝輔テクニカルディレクター、金谷翔子リードモデラー、川口紗希リードコンポジター、酒井俊治シニアプロデューサー、吉良愛実CGデザイナー(ツークン研究所)、佐藤裕記リードモデラー、高橋沙和実プロデューサー(ツークン研究所)
www.dlas.jp www.zukun-lab.com
DLASの酒井俊治シニアプロデューサーによれば、本プロジェクトの相談を受けたのは昨年の秋。スケジュール的に難しいという判断で一度は断ろうとしたそうだが、この案件の存在を知った社内のアーティストから熱望され、逆にDLASから本作への参加を志願したという。「男性アイドルというアニメCGとしては新しいモチーフであることと、それに伴って制作手法として新たな技術に挑戦できる絶好の機会だと思いました」と西田映美子CGディレクターはふり返る。だが期待と同時に女性メインの市場ターゲットの作品であるため、3DCGへの拒否反応を懸念する意見もあったというが、実際に放送がスタートする とCGアニメーションの評判も良くそれらは杞憂に終わって安心したという。「女性アイドルのダンスCGはこれまで多くやってきていますが、それを男性にした場合どのように表現が変わってくるのか。そこに表現としての新しいチャレンジがあったのですが、本作で一定の成果を得ることができたと思います。それを認めてくれたクライアントや監督、期待に応えてくれたスタッフに感謝しています」と西田氏は総括してくれた。
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『ツキウタ。 THE ANIMATION』
原作:ふじわら(ムービック)/キャラクター原案:じく/監督:川崎逸朗/脚本:ハラダサヤカ/キャラクターデザイン:番 由紀子/アニメーション制作:studio ぴえろ/制作協力:studio ぴえろ+/3DCG:ダンデライオンアニメーションスタジオ
www.tsukiani.com
Topic 1 ワークフロー
コストを下げることを前提としつつクオリティアップを最大限追求する
ライブシーンに3DCGアニメーションを採用したことについて、川崎逸朗監督は「本作のアニメ化にあたって、本編では男性アイドルの日常を中心に描いているため、ライブシーンでは3DCGを使った迫力のあるカメラワークとアニメーションで表現したかった」と語る。この演出戦略を実現すべく、そして"2.5次元"というコンセプトをCGアニメーションとして成立させるためのワークフローと技法が模索された。「男性アイドルものは、アニメ作品においてはまだ新しいジャンルです。それゆえに難色を示すスタッフもいたのですが、『新ジャンルだからこそ技術的なチャレンジも積極的にできるんだよ』と、最初に提示することでスタッフのモチベーションを高めることに努めました」(西田氏)。最終的には男性スタッフも推しメンをもつほどに作品への愛着を抱くようになったそうだ。制作におけるテーマとなったのが、12キャラクターのCGアニメーションという物量に対していかに効率の良いワークフローを構築できるのかであった。そのキーファクターがフェイシャルキャプチャであると西田氏は考え、東映ツークン研究所に協力を打診したという。ツークン研究所は、フェイシャルキャプチャ(以下、FCAP)に加え、グランドフィナーレ用のモーションキャプチャ(以下、MOCAP)、さらに一部のアニメーション作業までを手がけており、DLASとは"縦ではなく横(対等なパートナー)"の関係でプリプロから深くプロジェクトに携わることになった。
こうしてキャプチャベースでアニメーションを制作する方針が定められたが、それでも中核スタッフは10名程度という組織規模としては膨大な作業コストが見込まれた。そこで、DLAS内でもワークフローの見直しや職種ごとのタスクの見直しが行われることに。まずは各職種のリーダーを早めに選出し、ディレクターとリーダーとの間でテクニカル定例会議を行うなど現場でのブレストが積極的に実施。また、モデラーの作業の一部をコンポジターに振り替えたり、アニメーターの手間のかかる作業をテクニカル班がツールを開発して負担軽減させるなどの工夫が行われた。中でもテクニカル班の積極的な現場への提案やスケジュール管理、レンダリング結果に近いかたちでプレビューできるシェーダの開発などは、制作効率アップへ大きな貢献を果たしたそうだ。
3DCGワークフロー
『ツキアニ。』3DCGアニメーション(ライブシーン)のスタッフ編成とワークフローの相関を図示したもの(DLAS作成)。プリプロ段階で監督や作画監督、振付師、モーションアクター、そして原作者らキーマンとの綿密な打ち合わせを重ね、目指す表現とそれを実現するために導き出されたのが、このワークフローであった。また、DLAS内部としては、男性アイドルものという新しいジャンルであるからこその新たな技法を実践する場として、なおかつ全体としてはコストの削減を前提とした各スタッフの業務内容や作業手法の見直しが図られた
プレビュー精度を向上させる
Maya 2016から実装されたShaderFXを用いることで、セルシェーディングのプレビュー精度を改善。具体的には、セルシェーダのランプ幅や複数のライティングの状況をプレビューでも再現することが可能になった
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Topic 2 アセット制作&フェイシャルキャプチャ
Topic 2 アセット制作&フェイシャルキャプチャ
セル調CGキャラに適したフェイシャルキャプチャとは
本作では、2組のアイドルユニット Six GravityとProcellarumの各6キャラクター、全12体が作成された。キャラクターのモデリングに際して西田氏は、「作成されたモデルは、最終的な画づくりに直結するアセットなので、コンポジターがその構造を理解できるようなモデリングに注力してほしいとモデラーたちにお願いしていました」と、ふり返る。コンポジットとモデリングは通常のワークフローではあまり結びつかない作業だが、本作では、コンポジット時に必要なモデルや足りないモデルをコンポジターが自らモデリングして補足できるようにとの配慮だという。こうして一部の作業工程をコンポジターに託すことでモデラーの負担を軽減し、短期間で12体というモデリングを可能にした。また、セルシェーディング用のモデルを作成する場合は、2次元のアニメキャラクターのデザインを完全再現できるようにモデリングしていくため、モデラーにとっては非常に手間がかかりスケジュール的にも負担となることが多いが、その手間をシェーダを独自に開発することでモデラーの負担を軽減する工夫も行われている。テクスチャに関しても、マルチUVマップを使用し、シェーダとキャラクターで1対1にまとめるといった具合に管理のしやすさが重視された。各キャラクターはボディと頭部を作成し、FCAP用の表情ターゲットを用意し、最後に衣装を作成するながれとなっている。衣装のモデルはひと通り仕上がったボディのモデルに仮のMOCAPデータを流し込んで、Clothシミュレーションを行いながら詰められている。「制作当初は12キャラとは物量が多いなあと心配していたのですが、終わってみるとそれぞれに個性やこだわりができてきて満足いく仕上がりになりました」とは、金谷翔子リードモデラー。また、背景アセットについては佐藤裕記リードモデラーが一手に担当しており、特にグランドフィナーレで使用されるステージは、実際の東京ドームにおけるライブ公演等をリファレンスとして、DLAS側でイメージボードを描くところから一括して手がけたという力作だ。
アセットが完成したところで、FCAPを実施。ツークンでは、キャプチャデータの解析にイメージベースのシステムであるDynamixyzの「Performer」を利用しているが、その際にDLASから提供されたフェイシャルリグをツークン研究所側でPerformer用に微調整を施した。トライアルでは、童謡『きらきらぼし』を歌うスタッフのFCAPを収録して、設定されたキャラクターの母音の発音の精度や、そもそもアニメキャラクターが歌っているように見えるのかが検証された。口の形状は、このトライアルの結果をフィードバックをくり返してブラッシュアップ。「12人キャラ分のFCAPを3人のアクターさんに分担してもらいました。各キャラの歌い方をジャンル分けし、同じパートやカット内での重複が生じないよう配慮しました」(ツークン研究所の木下 紘FCAPスペシャリスト)。
フェイシャルキャプチャ〈1〉事前の検証
DLASから提供された仮モデル&リグを用いた事前検証。ツークン研究所のスタッフが童謡『きらきらぼし』を歌い、フェイシャルキャプチャの精度や特性、どのような歌い方が適しているかなどが検証された。ちなみに、『きらきらぼし』が選ばれたのは母音がはっきりしているからとのこと
フェイシャルキャプチャ〈2〉本番収録
グランドフィナーレ用のFCAP収録の様子。「事前検証とOP1、2の制作を経ていたので、アクターさんにお願いする演技が事前に定まっていました。ねらったフェイシャルを確実に収録するためにボディモーションとの同時収録ではなく、個別にキャプチャを行いました」(西田氏)
実際に収録された動画キャプチャの例。用いられたHMC(ヘッドマウントカメラ)はツークン研究所が自社製作したものであり、アクターへの負荷を少しでも抑えるため、無駄を極限まで省き軽量化が図られている。携帯性にも優れており、外部スタジオ等への出張収録も行なっているそうだ
ツークン研究所では、キャプチャデータの解析にDynamixyz「Performer2 SV」を用いてる。今回はアクター3名で12キャラ分のフェイシャルがキャプチャされたが、歌のパートごとでアクターの重複が生じないように振り分け、1体のキャラモデルに対してリターゲットを行うように配慮された
キャラクターモデル
Six Gravityのリーダー「睦月 始(むつきはじめ)」の完成モデル。(左)メッシュ表示/(右)レンダリングイメージ。セル調キャラの場合、髪の毛の表現が難しくなりがちだが、毛束の本数など細かなルールを定めることでクオリティの統一が図られた
本プロジェクトでは、シェーダ管理の効率化の一環としてマルチUVマップを採用。1キャラ1シェーダに定められた
ラインの見え方を制御するためのグラデーションマップ/各UVのライングラデーションマップ
フェイシャルリグと調整用インハウスツール
「アングルターゲット」と名付けらたDLASが独自に開発したコントローラ。「左右横顔や俯瞰、アオリ、斜め等の各アングルの全てのターゲットを矢印型のコントローラ1つに集約して、矢印リグの回転値を変化させることで全方向のターゲットを一度に制御しています」(富岡孝輔TD)。矢印リグをカメラ方向にエイムさせることで、アングルターゲットの変化をモデルに自動反映させることが可能となっている
アングルターゲット適用前と後の比較。事前に用意された作画資料を参考に造形が丁寧に調整された
新開発された「AnimShape」UI(左)と作業例(右)。このツールでは、ショット内にてフレーム単位でキャラクターモデルの頂点編集を行い、アニメーションさせることができる。単体オブジェクトだけでなく、複数のモデルやグループも1つのシェイプとして扱えるほか、編集したシェイプのインポート&エクスポートも可能。「AnimShapeを導入したことことで、リグの変形に依存しない大胆な変形を気軽に行えるようになりました。ブレンドシェイプをベースとしているので、変形アニメーションを管理しやすく動作も軽快です」(松井氏)。表情やポーズの最終仕上げで多用したそうだが、リギング作業時からAnimShapeを用いることが決まっていたため、セットアップ工数の削減にも寄与したという
コンセプトアートも手がけた背景セット
グランドフィナーレの舞台となる美術ボード(上)と背景セット(下)。東京ドームのコンサートステージなどを参考に、DLASが美術から一括して制作している
[[SplitPage]]Topic 3 アニメーション&コンポジット
所属や業務の壁を超えて新たなワークフローを確立させる
グランドフィナーレのMOCAPでは、12キャラクター分を同時収録という日本のCG業界では類を見ない大規模な収録が実践された。当初は、通常よりも広大なスペースが必要になるのではないかという意見もあったそうだが、最終的には確かなノウハウのあるツークン内の常設キャプチャスペース(7m×10m)にて、カメラを12台追加し10×10mのエリアに増床するかたちで対応したという。DLASにおけるアニメーション制作では、"2.5次元"であって、アニメCG的なリミテッドなアニメーション表現ではないという基本方針に基づきアニメーションが作成されていった。アニメーション工程においても効率化に向けた様々な取り組みを実践。まずは、アニメーション作業の中でかなり作業の負担となる髪の毛や揺れものについては、全てジョイントを使用したダイナミクスシミュレーションで対応することに決めたほか、ShaderFXを独自にカスタマイズし、レンダリング結果と同等のプレビューを実現させた。これにより、プレイブラストでディレクターに対してチェック出しをすることができるようになり、チェックのためのレンダリングコストを大幅に減らすことができたという。さらに作画特有の手癖を含めて表情修正することができるショット内スカルプトツール「AnimShape」の開発により、正確なブラッシュアップができるようになったという。「まともにやっていたらとても終わらない物量でしたが、テクニカル班をはじめとする他部署の協力が得られたことで完遂することができました」(松井一樹リードアニメーター)。そして、富岡TDも「これまで棚上げしていた開発を進めることができました。ぜひ今後の案件にも活用していきたいですね」と、確かな手応えを感じているそうだ。
最後に、本作の3DCGによるキャラクター表現について川崎監督は、「自分はアニメ業界に身を置いているが、作画は表現手法のひとつに過ぎないので、面白い表現ができれば表現方法はなんでもかまわないと思っています。その意味では、本作のコンサートシーンを3DCGで描くことに何の迷いもなかったし、実際に完成した映像を見て自分たち作画畑の人間は遅かれ早かれ仕事がなくなるのではと思ったり(笑)。ただ、カメラワークなど『なぜその画を撮りたいのか』という映像屋としての貪欲さの面では自分たちに一日の長があるとも思いました。CG畑の人たちがそうした面をもっと貪欲に追求していけばさらに良くなると思うので、今後もチャンスがあれば3DCGを積極的に採り入れていくつもりです」と語ってくれた。これまで作画との比較でのみ語られることが多かったアニメCGの表現だが、本作のようにFCAPなどの3DCGの特性を積極的に活かした表現が確かな成果を挙げていくことで、日本のアニメーション業界にも新たな風を吹き込むのではないだろうか。
アニメーションフロー
アニメーションの制作工程を図示したもの
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プリビズ。この段階でカメラ演出の方向性を確定させる。収録したMOCAPデータを未編集のままキャラクターモデルに流し込み、Mayaのシーン上でカメラワークやアングルの検討を行なっていく
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プライマリアニメーション。フェイシャルの演技構成に関してはこの段階で決め込み、必要に応じて作監修正を入れてもらう段取りがとられた(こちらのワークフロー図を参照)。「セル調CGキャラ向けのFCAPについてもR&Dは続けていたのですが、世に出るタイトルとしては今回が初めてのプロジェクトになりました。そうした意味でも思い出深い作品になりましたね」(木下氏)
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本カットの作画監督による修正指示。これを基にさらなるブラッシュアップが施される。なお作監修正を必要としないカットは、セカンダリアニメーション(揺れもの等)を施したらコンポジット工程へ出荷される
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ターシャリ(三次)アニメーションを施した状態(アニメーションとしての最終形)
コンポジット(撮影)処理を施した完成形
12人同時収録のモーションキャプチャ
グランドフィナーレのMOCAP収録のリハーサル(左)と当該カットのアニメーション作業の例(右)。国内では類を見ない12人同時収録にあたり、Viconカメラを12台増設し、キャプチャ対象のエリアが拡大された
シミュレーションの活用
『ツキアニ。』の3DCGアニメーション制作では、揺れものについてはシミュレーションが積極的に活用された。「これにより、揺れものアニメーションの工数を減らすのと同時に、クオリティの最低ラインの確保ができました」(松井氏)。このカットの場合、揺れもの表現はほぼシミュレーションのみで完結したという(もちろんカットによっては手付けによる調整や誇張表現も併用されている)
コンポジット処理を施した状態(被写界深度とフレアなし)
揺れもの用リグを構築するにあたっては、西田CGディレクターならびに松井アニメーションリードらとの間でブレストが行われた。図は、松井氏が作成したClothシミュレーションの挙動範囲をイメージしたもの。「ブレストにて、めり込み修正をなるべく行わずに済むように、ジャケット等は布っぽい動きがほしいといった要件を洗い出し、今回は①nClothを使用したClothシミュレーション対応のスプラインIKリグ、②nHairを使用した振り子のように動くFKリグ、③インハウスのプラグインを使用した振り子のように動くFKリグという3種類のリグを開発しました」(富岡TD)。また、各リグを補助するためのツールも適宜開発された