去る10月1日(土)、本年も恒例の「UNREAL FEST 2016 YOKOHAMA」がパシフィコ横浜で開催された。エピック・ゲームズ・ジャパンによる本イベントは、同社の3Dゲームエンジン「Unreal Engine 4」(以下、UE4)の大型勉強会で、首都圏でこの時期に横浜で開催されているほか、関西圏では春に大阪で開催されている。本稿では、タムソフトによるセッション「UE4でつくる『四女神オンライン』開発事例」をふりかえる。

TEXT&PHOTO_谷川ハジメ(トリニティゲームスタジオ
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)



はじめに

本年はVR元年ということで、やはりVR関連のセッションが比較的多かったように感じる。先週発売された新HMD「PlayStation VR」や、先行しているOculus Rift向けの、設計上の開発テクニックを小技を交えつつ解説したセッションを始め、バンダイナムコのVR体験アトラクション『脱出病棟Ω』『Max Voltage』のセッション、カプコンのアーケード向けVR『特撮体感VR 大怪獣カプドン』のセッションといったVRゲームに対するUE4の活用をテーマにしたセッションが目を引いた。また同じくカプコンからは『Street Fighter V』といったAAAタイトルを解説する目玉セッションも用意されていた。

『四女神オンライン』イメージムービー

順当に考えれば、これら大手パブリッシャー/ディベロッパーのセッションから紹介すべきところだが、今回の「UNREAL FEST 2016 YOKOHAMA」では、最後の最後に非常に興味深いセッションに巡り合うことができた。本稿では、「UE4でつくる『四女神オンライン』開発事例」と題して、いわゆる「和ゲー」の開発について、『四女神オンライン CYBER DIMENSION NEPTUNE』(以下、四女神オンライン)の事例を通じて紹介した、タムソフトのセッション内容をお伝えしたい。実際のところ、ゲーム開発プロジェクトに参画するアーティストの多くは、こういったテイストの作業を担っている人も少なくないだろう。その中には、フォトリアルなビジュアル表現を得意とするUE4に対して大きな関心はあっても、自己のプロジェクトには必要ない、合わないと敬遠する向きも多いのではないだろうか。

UNREAL FEST 2016「UE4でつくる『四女神オンライン』開発事例」"

登壇者の3名。向かって右から、タムソフト企画開発部企画課のチーフで本作ディレクターの中尾裕治氏、デザインセクション統括で本作のアートディレクターを務める手塚俊介氏、同じくデザインセクションのチーフで本作のテクニカルアーティスト栗原和典氏

事実UE4は、ファーストパーソンシューターやアクションアドベンチャーといったジャンルのゲーム開発に最もフィットする。さほどリアルタイム性を必要とせず、ゲームロジックはシンプルながら、多くのテキストの取り回しや物語の分岐を制御しなければならない古典的なRPGにとっては、必ずしも使い勝手の良いものではないかもしれない。初めての開発者にとっては、UE4固有のお作法に則ってゲームを開発していくというプロセスに対して、一定の学習も必要だ。

そういったプロジェクト、特にアーティストにとって、本セッションは示唆に富んでいる。タムソフトのアーティスト陣のやっていることは、非常にシンプルながら、本作を望むユーザーに対してど真ん中のストレートを投げることに成功していると言える。彼らは決して気どらず、自分たちのやれることをやれるようにやっている。ただそれだけだ。本プロジェクトのアーティストによるUE4の活用を、次項より具体的にレポートしていく。

<1>即ゲーム開発可能なUE4導入とコンセプト

そもそもUEは、3Dグラフィクス描画エンジンとして秀逸だ。フォトリアルなゲームエンジンとして、古くから他のゲームエンジンをリードしてきた。UE4は、GIを採用したモダンなゲームエンジンであると共に、2015年のGDC以降、UE4を使うこと自体は完全に無料化されている。そればかりか、特に複雑な手続きをとらなくても、完全なソースコードを入手できるようになっており、プロジェクトの事情に応じて、適宜カスタマイズすることも可能だ。タムソフトのアーティストが、まず最初に魅力を感じたのは、この「優秀な3D描画エンジン」という部分だろう。

昨今は、バンダイナムコゲームズやスクウェア・エニックスといった、自社に多くの優秀な開発者を擁するチームを持ち、大ヒットを狙って潤沢な資金を投下できる大手パブリッシャー/ディベロッパーの中でさえUE4を採用するチームが出てきている。とりわけ新プラットフォームへの移行期においては、多大なコストと時間をかけて自社の内製ゲームエンジンを対応させていると、ビジネスチャンスを失うことにもなりかねない。また、技術志向の強い開発者にとっても、他社のノウハウを吸収するチャンスを得ることは、自社の次期ゲームエンジン開発に有用だ。こうした外的環境の変化も、本作へのUE4導入の意思決定に強く影響したと考えられる。

タムソフトにおいても、会社のスケールがちがっても基本的には大手と変わらない。そればかりか、中小のゲーム開発社は、より一層シビアだと言える。大手と比較して予算規模が大きくないことから、ゲームの基盤となるエンジン部分の開発に工期を費やして、挙げ句の果てに実用に足るゲームエンジンが完成しないというリスクをとることはできない。そこで登場するのがUE4だ。積極的にUE4を活用することで、大手と遜色のないゲームをリリースできるチャンスが得られると言える。

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『四女神オンライン』のコンセプトと具現化されたデモ画像。本作はコンパイルハートの人気作『超次元ゲイム ネプテューヌ』シリーズの最新作であり、タムソフトが開発を手がけるアクションRPGだ

そこでタムソフトでは、UE4を基本的にそのまま手を加えずに使用する方針が採られている。プログラマの手を介さずに、アーティストの手によって変更可能な項目に限定することで、納期と予算遵守を担保している。自社プログラマの技術的成熟にプロジェクトの進行が影響されないことを優先した結果だ。

本作の画づくりのポイントは、イラストの再現性の重視、既存のセルルックを超えたリッチなビジュアル、ダイナミックで躍動感のある背景の3点で、何れもUE4の描画パラメータの変更や、ブループリントスクリプトによる描画のカスタマイズのみにとどめている。

UNREAL FEST 2016「UE4でつくる『四女神オンライン』開発事例」"

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ファーストプレイアブル、アルファ、ベータと開発フェイズが進むにつれてキャラクター背景ともにリッチに。エフェクトも追加されていった。開発は現在も進行中で、まだまだクオリティアップに期待が持てそうだ

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<2>イラストの再現が重視されたキャラクター

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<2>イラストの再現が重視されたキャラクター

キャラクターの3Dモデルに対しては、最もプライオリティが高いイラストの再現を実現するために、シェーディングについては、ポリゴンの法線を整えた上でノーマルにベイクし、キャラクターだけに適用されるライトを用意して、常に一定方向に陰が出るようにしている。シェーディング階調は、対象部位に応じたカラーが与えられたグラデーションテクスチャを参照して、滑らかで柔らかい陰階調を持たせている。アウトラインは、データ持ちで、スケーリングしたポリゴンモデルを反転表示する背面法が描かれている。ただし、アウトラインカラーは、一律で黒一色ということはなく、近年のアニメ同様にカラー調整がなされている。

加えて、キャラクターのシルエットの強調には、キャラのキワを立たせるリム効果を持たせている。リム効果について特段の言及はなかったが、UEマテリアルのフレネルマテリアルを活用して実現していると思われる。さらに本作のキャラクターを、よりアニメ調イラストらしく装うだめに、作画アニメと同様に眉毛をヘアの手前に来るように描画している。常にZ軸の手前に描けば良いというわけにはいかないため、透過設定の眉毛部分を描くために、他の不透明オブジェクトとの前後関係を比較するようにしたり、髪の毛の外側に描画されないためにヘアにカスタム深度を設定して、適切に表示されるようしている。加えて、キャラクターがZ軸奥向きの場合に備えて、眉毛ポリゴンはバックフェイスカリングしている。

既存のセル調を超えたリッチなビジュアルという意味では、キャラクターが完全に浮いてしまって違和感が生じなないように、GIの間接光キャッシュから環境の色味を拾って、キャラクターに対してほのかに環境からの照り返りが乗るようにして背景と馴染ませていることを挙げていた。アニメにおける間接光の表現は、例えば、メカに対する爆発光の照り返りのように、主光源とは別に強い光源が一時的に発生して、その光源の影響を受けるといった表現が典型的だろう。こういった記号化された光源変化を強調するために、反射してやってくる間接光は平時には描かない(反射光の計算をしない)ことも多い。アニメ調のゲームにおいても、これは同様で、計算コストを低減するにも都合が良い。ここにさりげなくUE4が得意とするGIを効かせて、従来のシリーズ作品からの進化としている。

その一方で、キャラクターに対して、過度にランドスケープからの色の照り返りが乗ったり、背景環境ごとの差異が出ないように、背景モデルのテクスチャ輝度差を10%未満に抑えていたり、あらかじめ計算されたキャラクターに対する間接光源からの光源影響を格納するPLVに対して、適切なカラーや光量が格納されるように細心の注意を払っていることが明かされていた。

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キャラクターについては、手塚氏より丁寧に解説が行われた。上記資料スライドでは少し見づらいが、間接光キャッシュを使用して、背景からキャラクターの脚部にほんのりと照り返りの光が乗っているのが確認できた

総じて目新しい技法はないが、UE4の描画エンジンが有する機能を変化させるパラメータをコントロールして、丁寧にキャラクターを表現している。アーティストの作業量的には、意図した画になるように法線そのものやポリゴンを綺麗に調整する作業は手間がかかり、必ずしも安くないと思われるが、タムソフトでは、UE4の基本機能を最大限活用して、プログラマの技能に頼ることなくアーティストだけで画づくりを実現するということを、予算と納期を守るために重視しているということだろう。

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<3>キャラクターに躍動感を与えるモーションと背景

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<3>キャラクターに躍動感を与えるモーションと背景

こうしてルックが決まったイラスト再現性の高いモデルに対して、生き生きとした躍動感を与えるために、モーションは揺れものに至るまで、全て手づけで製作されている。いわゆる「リミテッドアニメ」のルックを再現することを目指しており、アニメにおける原画にあたる部分のポーズを、しっかり画面に残している。秒間のフレーム数不定が標準のPCの流儀を持つUE4では、フレーム数ベースのアニメーションが行えず、秒単位のアニメーション制御を行わなくてはならないため、意図したポーズを画面に残すことができず、モーションアニメーションの調整には非常に苦労したという。

キャラクターにモーションアニメーションを与える方法論としては、当然モーションキャプチャによることも考えられる。ただし、モーションキャプチャの場合、リアリティ重視のキャラクターならともかく、「リミテッドアニメ」を目指す場合、アクターの姿勢や位置の揺らぎがかえって邪魔になり、その揺らぎを消すために余計な作業が発生してしまうことも多い。また、イラストやアニメ調キャラクターと実際の人体との体格差異が顕著だということもあって、キャプチャしたモーションでは、そもそも違和感が生じてしまうこともある。

こういった問題点があることと、ゲーム特有のループやアクションのツナギを考慮すれば、タムソフトが採用したように、モーションアニメーションは総じて手づけの方が優位だと言えるだろう。

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モーションアニメーションは、揺れものも含めて全て手づけによる。UEの物理演算によるリアルタイムアニメやモーションキャプチャは使用されていない。意図したキャラクターのポーズを見せることを優先しており、揺れものも含めたポージングを重視

ダイナミックで躍動感のある背景にするために、本作ならではの明度が高くコントラストの低いパステル調のルックが求められた。またダイナミックなものとするために、キャラクターに追従するパーティクルや軌跡エフェクトが採用されている。また、攻撃などによって、塵や火の粉といった要素で、背景に対してエフェクトで動的に変化が生じるようにしている。

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上段・左図は戦闘中にカットイン演出で表示されるエフェクト、右図は通常攻撃時のスラッシングエフェクト。下段・左図は移動中エフェクトで移動方向や速度に応じてパーティクルや土煙の尾引きの向きや長さが変化する。右図は2D画面でのパーティクルエフェクト

背景のルックを決定づけるライティングは、光源からの光が当たっている部分には暖かい色味がしっかりと乗りつつも、影の部分が暗く沈んでしまわないように試行錯誤を繰り返している。直接光源からの照度が強すぎるあまり、影の色が黒くなってしまわないように、最終的なライティングとしては、イメージ・ベースト・ライティング(IBL)のスカイライトに加えて、直接光源の色温度を4500Kに調整することによって、本作に似つかわしい明るいものに仕上げている。ただし、本作では、スカイライトのデフォルトの振る舞いであるスカイボックスのマップからカラーを拾う設定ではなく、別途指定できるキューブマップテクスチャに単色カラーのテクスチャを与え、全体的な背景のトーンを、それぞれの環境ごとの変化を反映させたものとはせず、常に明るく柔らかいものになるようにしている。

IBLの正攻法からは離れてしまっており、物理的に正しいか正しくないかで言えば、まったく物理的に正しくないアーティスティックなアプローチだと言えるが、本作の場合、複雑で多様な色味が乗るようなライティングは求められていない。物理ベースが基本のUE4においては、イメージした色味を直接的にアーティスティックに与えるのはむしろ困難だと思われる。それでも、こういった、いわば邪道なアプローチでも、相応の試行錯誤は必要なものの、UE4は依然として柔軟に対応できる懐の深さを持ち合わせているということが確認できた。

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ライティングのパラメータやテクスチャからも本作の背景の画づくりの方向性が見てとれる。間接ライトキャッシュの角ポイントに極端な色が格納されてしまうと、キャラクターのが極端に塗り分けられてしまう。予期せぬ色が乗りすぎてしまわないように反射する間接光の調整が必要

もう一点、興味深い話題があった。広大なランドスケープはどうしても散漫になってしまい、情報密度が上げられないにもかかわらず、本作のようなテイストの背景でも、より重要度の高いキャラクターより計算コストがかかってしまうとのことだった。ミップマップの使用、モデルのLOD、オクルージョンカリング、アニメーションのLOD、ファーのクリッピング等の対策を行えば、ある程度パフォーマンス向上は望めるように思うが、このあたりの最適化は、いくつか行われているようで、これ以上はプロファイリングを行なった方が効率が良いだろう。

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本作がカスタマイズしているポストプロセス項目。カメラはDOFが効いて画面が眠くならないように、パンフォーカスといって良い設定値。またアウトラインが見えやすいようにアンチエイリアスはFAAA。極端に輝度が変化してしまわないようオートエクスポージャーやSSAOといった項目はカットされている

本セッションを通じて、ノンフォトリアルな画づくりを目指すプロジェクトであったとしても、短納期、省コストでありながらエンドユーザーが望むクオリティを出すだめにUE4を活用することがプラスに作用することが確認できた。ただし、そのためには大胆な取捨選択が必要だ。プロジェクトの技術的志向が強すぎると、どうしても従来のハードやゲームエンジンで実現できなかった魅力的な機能の誘惑に駆られ、ついつい野心的に様々な技法を採り入れたくなるものだが、本プロジェクトからはそういった野心が感じられない。UE4を導入したからといって、何もAAAタイトルと同じことをしなければならないわけではなく、またゲームエンジンに全てを合わせる必要もない。プロジェクトメンバーにとって使いこなせない、作品にとって使っても合わない機能を無理して使う必要はないのだ。

実用的なUE4の機能は積極的に活用するが、そうではない機能は使わないというのが本作におけるタムソフトのアーティストのスタンスだ。中小開発プロジェクトにとって、本セッションの内容は大いに参考になるだろう。

info.

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  • UNREAL FEST 2016 YOKOHAMA
    会期:2016年10月1日(土)
    場所:パシフィコ横浜 会議センター 3F(横浜市西区みなとみらい1-1-1)
    主催:EPIC GAMES JAPAN

    atnd.org/events/81132