本作は現実のコンサートでは味わえない、VRならではの演出がふんだんに盛り込まれており、初音ミクというキャラクターの魅力をこれまで以上に味わえる意欲的な作品だ。それらを実現するにあたっては、従来のゲーム開発を超えた様々な工夫が凝らされている。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 220(2016年12月号)からの転載となります

TEXT_大河原浩一(ビットプランクス
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

VRコンテンツとしてのゲーム開発における苦労

本作は初音ミクのライブコンサートをVR空間のもつ臨場感で体験することができる、VR専用に開発されたタイトルだ。パフォーマンス中は座席位置を変更しながら好きな場所でライブを楽しめる。またライブを鑑賞するだけではなく、声を出してコールしたり、コントローラをペンライトに見立てて振ることでミクがリアクションを返してくれるというコール&レスポンスが可能で、現実のライブさながらの一体感を感じられるようになっている。また、それらのシンクロ率が高ければ初音ミクと二人っきりの空間でアンコールステージを味わうことができるなど、VRならではのお楽しみ要素も満載だ。


  • 左から、ディレクター・大坪鉄弥氏、映像統括デザイナー・安部道郎氏、テクニカルディレクター兼メインプログラマー・松田一裕氏、リードデザイナー・深澤 準氏、プロデューサー・林 誠司氏

本作の開発は単体で行われたものではなく、PS Vita版の『初音ミク -Project DIVA- X』とPS4版『初音ミク -Project DIVA- X HD』と同時並行で開発されており、本作リリースまでの開発期間は足かけ約2年3ヶ月になるという。本作の制作背景についてディレクターの大坪鉄弥氏は、「VRの開発初期段階で、まずはミクさんを動かしてみようと、『初音ミク -Project DIVA- F 2nd』をVRに載せてどう見えるのか試してみました。実際やってみると空間内での距離感やステージのつくり込み、キャラクターの見せ方などの課題が多く、全方位で手が抜けないということがわかりましたね」とふり返る。

VRコンテンツは当然のことながら立体視である上にプレイヤーが自由に視点を変えることができるため、ユーザーインターフェイスのデザインから演出まで、これまでのゲーム制作とは異なる考え方が求められる。フレームレートなどの満たすべき基準や快適な視聴への配慮など、考えなければならないことはこれまでと比較して非常に多い。本作ではそれらをどのようにクリアしていったのか、詳しく紹介していこう。

TOPIC 01
キャラクターモデルのVR版に向けたアップデート

本作のミクの3DモデルはシリーズのVita版のものがベースとなっているが、 PS4版や本作用に細かいアップデートが施されている。ここではVRコンテンツならではのキャラクターモデル制作について紹介しよう。

キャラクターモデルの進化

本作で使用されているミクやルカといったキャラクターモデルは Vita版で使用したモデルをベースとしているが、PS VRで立体視になることや、あらゆる方向からキャラクターが見られる可能性があるため様々な修正が加えられた。なおPS4版と本作は基本的に同じ仕様のモデルが利用されている。リソースボリュームなどの観点から、キャラクターのボディの部分のポリゴン数やボーン構成はVita版とほぼ同じだが、 PS4版と本作ではポリゴンにマッピングしたテクスチャで表現していたアクセサリなどをポリゴン化し、厚みをつけることで立体視したときのボリューム感を表現している。また、衣服の質感や目のグロス感、スカートのセルフシャドウなどが付加され、Vita版よりもリッチな表現になっている

Vita版のキャラクターモデル

本作のキャラクターモデル。ちなみにキャラクターのモデリングに関しては従来どおりSoftimageが使用されている

PBRシェーダによるキャラクター表現

キャラクターの表現でVita版と大きく変わっているのが、レンダリングにPBR(物理ベースレンダリング)シェーダが使われていることだろう。PBRシェーダはPS4版から使用されているが、本作でも同様に利用されている。テクスチャは1,024×1,024サイズのものを各2枚ずつ使用



  • ディフューズ



  • ノーマル



  • ラフネス



  • フレネル



  • エミッション



  • アンビエントオクルージョン


スペキュラマスク

本作ではトゥーン調で描かれているミクの絵のイメージを壊さずにPBRでルックを表現することがポイントとなったため、トゥーン調の要素をアルベドとみなして処理を施すことで、トゥーン+PBRという独自の表現を実現している。またミクらしさを表現する上では鼻の影の出方などが非常に大事になってくるため、法線の向きを個別に調整するなどして対応している


ミクの完成ビジュアル

物理シミュレーションとモーションのブレンド

VRならではのキャラクターモデル制作の例としては、髪の毛の動きの一部に物理シミュレーションを採用したことが挙げられる。Vita版、PS4版では、共通のリグを使用し髪の毛の動きには全て手付けのモーションデータが使用されていたが、本作ではプレイヤーの視点に応じてミクが視線を向けたり、シーンに応じた髪の毛の揺れが必要な箇所があるため、用意されたモーションだけを使用することが難しい。そこで左画像のような物理シミュレーション用のボーンを仕込み、シミュレーションによるミクの動きに応じた自動的な揺れと、あらかじめ用意されたモーションの挙動を上手くブレンドすることで、シーンに応じた髪の毛の揺れを実現した(右画像

POINT
VR用コリジョン設定

本作ではコリジョンの設定もVita版、PS4版とは異なっている。VR空間では下から見上げたり後ろから見るなど視点の角度等を任意に変更できるため、髪の毛や装飾品のめり込みがあらゆる方向から見ても発生しないようにコリジョンが追加された。このコリジョンはキャラクターにカメラが近づいたときに自然に目の前のポリゴン描画を消すという、プレイヤーの視認性確保のためにも使用されている。

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Topic 02
VRならではのステージ制作

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Topic 02
VRならではのステージ制作

PS4版から大きく変わったのがステージを含む背景の表現方法だ。 これまでは遠景や見えない部分を簡略化する方針だったものを、本作では自由な視点移動や視差に対応するため全て立体化されたステージとなっている。

ステージモデルと視点の切り替え

ミクが歌うステージ背景は Vita版やPS4版から大きくデザインや構造が変更されている。Vita版とPS4版では書き割りなどの表現を使ってステージを表現してきたが、本作ではVR空間としての見せ方を試行錯誤し、スタッフがHMDを被って実際に作成した空間を体験しながら空間設計が行われた。本作ではプレイヤーの操作に応じてアッパーフロアー・アリーナ・オンステージなど、カメラ位置(=座席位置)を変更することができるため、ステージ全体を細かくポリゴン化したディテールのある立体構造となっている。ステージの大きさも視点の移動に応じてどのように見えるか実際にHMDで確認しながら、スケール感や距離感を細かく調整していったという



  • Mayaで作成されたステージモデルのワイヤーフレーム



  • ステージのみの全体を実機で表示したもの



  • 2階席から見た状態



  • アリーナから見た状態


ステージ上から見た状態

VR空間特有の演出ギミック


ステージ空間には、VR特有の演出ギミックが仕込まれている。本作ではプレイヤーが視点を切り替えたときに、遠景になってしまうとステージ上のミクが見にくくなってしまうこともあるため、上段画像のようにステージ上のミクをステージ後方の大型モニタに表示する工夫などが施されている。また、巨大なミクのホログラフィを会場に浮かび上がらせたり(下段左画像) 、空中に漂うステージにミクを乗せて歌わせたりと(下段右画像) 、VRライブならではの演出が施されている

ライブ感を盛り上げるモブ表現



VRライブを盛り上げるための表現として、ペンライトを持った観客のモブが会場全体に配置されている。モブは「盛り上がり」のパラメータをもっており、ライブの展開に応じてアクションの強度やペンライトの光が変化する。また、モブ全体の動きが一定だと不自然になってしまうため、5グループに素材を分けてプログラム制御で上手くブレンドしながら、動きにバラつきが出るように調整されている[A]。配置されているモブのデータはカメラからの距離に応じて近景用[B]・中景用[C]・遠景用[D]の3種類用意されており、遠景のモブは近景のモブをキャプチャしてテクスチャとして使用している。またVRならではの施策として、視点の高さを調整できる機能を実装。空間やモブに対して自身の身長からの見え方に合わせることで、VR酔いを軽減している。[E]デフォルトの高さ/ [F]視点を高くした状態

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Topic 03
内製ツールを使ったエフェクト制作

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Topic 03
内製ツールを使ったエフェクト制作

視差のあるVRコンテンツではエフェクト表現が非常に難しい。セガゲームスでは内製ツールを使って効果的なエフェクトを作り出しているが、Zソート処理や処理落ちへの対処など、リリースまでに様々な苦労があった。

内製エフェクトツール「Glitter」


ライブ中に発生するエフェクトは、セガ内製のエフェクトツール「Glitter」が使用されている


Vita版とPS4版では一部に2Dベースのエフェクトが使用されていたが、本作ではVR空間での見映えを考慮して3Dで作成されている。主なエフェクトには歌詞に合わせて空間に立体的な文字が表示されるようなものや、幾何学的な模様が空間に表示されたりとバリエーションも多い

制作する際には、プレイヤーの視点移動に応じて効果的にエフェクトが見えないといけないため、空間全体がエフェクトで埋まるように大量に配置し、360度どこからでも同じような密度で見えるように調整しているという。しかし大量に表示するあまり、見る角度によって処理落ちが発生してしまうため、カメラ操作を自動的にテストするプログラムを作成し、何度もテストしながらエフェクトの調整が行われた。手作業による処理落ち対策のほかにも、カメラからの距離に応じて半透明描画を自動的にOFFにするなど、プログラム的な処理と手作業の合わせ技で対応している。VRコンテンツでは、ちょっとした処理落ちでもVR酔いなどの原因になるため、膨大な時間をかけて対処しているという

VR空間におけるUIデザイン


操作方法などのダイアログや、アクションを促すマーカーといったユーザーインターフェイス(UI)をVR空間内にどのように表示するかは、VRコンテンツ制作の中でも表現が難しいもののひとつだ。本作にもコントローラを振るタイミングを示すマーカーなど多くのUIが使用されるため、VR空間での見せ方を試行錯誤しながら作り上げていったという。特に半透明のUIが多いため、空間内での物質感をきちんと表現した上で、視認性も確保できるデザインと配置になっている


当初は、UIは視野にベタ付けされた状態を考えていたが、空間内にUIが浮かんでいるという設定となったため、プレイヤーの視点の動きによってUIを見失わないように、プレイヤーの動きに応じてUIも移動するような仕様になっている

POINT
エフェクトとUI の視差矛盾解消

エフェクトとUIの作成で難しかった要素にソートミスの解消がある。ソートミスとは、半透明の素材などを重ねた場合に描画の前後関係が狂ってしまうことだ。特にUIとエフェクトはそれぞれ半透明の素材が多いため、干渉したときにソートミスが発生しやすく、立体視を基本とするVRコンテンツでは致命的なバグとなる。このソートミスを解消するためにデプスを先に書き出してデプステストで問題のある部分をカットしたり、エフェクト制御順をデザイナーに細かく設定してもらって解消しているという。状況によってはエミッターの場所を何層にも分けて位置調整するなど、状況に合わせた様々な手法で視差矛盾を解消している。



  • 『初音ミク VRフューチャーライブ』

    発売/開発:セガゲームス
    発売日:1st Stage&2nd Stage配信中、3rd Stage2016年12月
    価格:2,500円+税
    Platform:PS VR
    ジャンル:VRライブコンサート
    miku.sega.jp/VR

  • 月刊CGWORLD + digital video vol.220(2016年12月号)
    第1特集:VRバラエティ
    第2特集:3DCGで描くイケメンキャラクター

    定価:1,512円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:144
    発売日:2016年11月10日
    ASIN:B01LXZ3M32