9月に開催された東京ゲームショウ2016にて、DMM GAMESのブースで公開された『DMM GAMES VR × 刀剣乱舞-ONLINE- 三日月宗近Ver.』。ブラウザゲーム『刀剣乱舞-ONLINE-』に登場する三日月宗近が登場するVRデモ作品だ。女性ファンを意識したというキャラクター表現と世界観の制作を紹介しよう。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 220(2016年12月号)からの転載となります

TEXT_ 武田かおり
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©2015-2016 DMM GAMES/Nitroplus


『DMM GAMES VR × 刀剣乱舞-ONLINE- 三日月宗近Ver.』
2016年9月15~18日に開催された東京ゲームショウ2016にて、DMM GAMESのブースにてデモ展示

妥協なくつくり込まれた
優雅なキャラクターと世界観

本作は東京ゲームショウ2016(以下、TGS)にて、DMM GAMESのブースで公開されたVRデモ作品だ。女性ファンの多い『刀剣乱舞-ONLINE-』で、これまでにない女性向けのVRにチャレンジしたいという思いから、2015年の秋に企画が起ち上がったという。「『刀剣乱舞-ONLINE-』でVR作品をつくるのであれば、世界で誰も体験したことがないものを提供したいと思っていました」と、DMM.comラボのエグゼクティブプロデューサー、花澤雄太氏は当時をふり返る。「VRのアクションゲーム作品などはたくさんありますが、女性がゲームに求めるものは安らぎかもしれない。それだったら『刀剣乱舞-ONLINE-』でやる意味があります」花澤氏。議論の末、VR用に本丸(ゲーム上でのプレイヤーの本拠地)を再現して、和室で正座になり、畳のイグサの香りに包まれてVRを体験する、という方向で進むことになった。2015年11月、VR制作をエクシヴィに依頼し、次いで12月には3Dキャラクターの制作をフライトユニットに依頼。HMDはOculus Riftを採用することに決まる。


  • 右より、『刀剣乱舞-ONLINE-』エグゼクティブプロデューサー・花澤雄太氏、ビジネスデベロップメントエクゼクティブ・藤井隆之氏(以上、DMM.comラボ)、ビジュアルディレクター・室橋雅人氏、VRディレクター・古澤大輔氏(以上、株式会社エクシヴィ)、リギングアーティスト・大坪俊介氏、3Dキャラクターマネジメント・松本浩幸氏写真なし、3Dキャラクターアーティスト・宮沢悟氏(以上、株式会社フライトユニット

本作の特徴のひとつに登場するキャラクター、三日月宗近が体験者の方を向いてくれるというものがある。この機能は制作中のVRを体験した女性スタッフから「距離感は近いのにこちらを見てくれないのは寂しい」という声があがったことがきっかけで搭載された。VR内のキャラクターはプログラムによって動いていると頭ではわかっていても、体験者は三日月宗近に無視されると寂しく感じてしまう。解決策として、HMDの位置を認識して三日月宗近が視線をそちらに向けるようにした。こうした工夫もあり、TGSで公開された本作は大きな反響を呼んだ。

DMM.comラボのビジネスデベロップメントエクゼクティブ、藤井隆之氏は本作について、「今までの3D作品のつくり方とはまったく別の感覚が必要で、初心に帰って楽しくつくらせていただきました」と、ふり返る。今後のDMM GAMESのVR企画にも期待したい。

Topic 01
VRで間近に存在を感じる三日月宗近の姿

前述のように、本作はVR向けにデザインされた本丸が舞台になっている。和室の座布団の上に体験者が座っていると、三日月宗近が近くまでやってきて......、というシチュエーションだ。その三日月宗近のモデリング、およびセットアップを行なったのが松本浩幸氏率いるフライトユニット。モデリングを担当したのは同社のデジタルアーティスト、宮沢 悟氏だ。過去にイケメン男性キャラクターをつくった経験から、適性があると判断した松本氏により抜擢された。

『刀剣乱舞-ONLINE-』には大勢のキャラクターが登場するが、三日月宗近は優雅な印象のあるキャラクターだ。「イラストの三日月宗近はミステリアスに感じたので、それを再現するように3Dモデルを作りました」と、宮沢氏。モデリングは2016年3月からスタート。「作業中のモニタでは気にならないことでも、視点を自由に動かせるVRでは襟の内側など、些細な部分が非常に目についてきます。それに、VRでキャラクターを近くから見るとパースがきつくて歪んで見えてしまいました」と語る宮沢氏。さらに、三日月宗近に対しては社内のスタッフそれぞれがもっているイメージも異なる。それらひとつひとつの意見を尊重するため、モデルのブ ラッシュアップはTGS直前まで続いたという。なお、モデリングはMetasequoiaで行われている。

セットアップを担当したのはリギングアーティストの大坪俊介氏。「今までは激しい動きをするキャラクターのリグを付けることが多かったため、三日月宗近のようにゆるやかな動きをするキャラクターのリグを組むのはチャレンジでした」と言う大坪氏。セットアップは3月に仮モデルが完成してすぐに取りかかった。どんな動きにも対応できるよう、汎用性が高く実績のあるMotionBuilderを採用。何が正しいのかを探りながら、揺れものの設定なども含め、作業は7月まで続けられたという。こうしてようやく完成した三日月宗近の3Dモデルはエクシヴィに引き渡され、その後Unityによるオーサリングが進められていった。

三日月宗近の3Dモデル

本作では三日月宗近が体験者の間近に寄ってくる。そのため、フラットなモニタでは気にならなくても、実際のVRではちょっとした凹凸がないことが非常に目立ってしまう。そこで、当初はテクスチャに描き込んでいた細かな装飾などを全て立体に起こし、手直しした。完成した三日月宗近のモデルには約6万ポリゴンが費やされている。「Oculus Riftで動かすにはかなり重く、作業環境を最適化するのが大変でした」(宮沢氏)

Unity上でシェーダを適用した作業画面

Metasequoiaでのワイヤーフレーム表示

次ページ:
テクスチャ

[[SplitPage]]

テクスチャ

テクスチャについては公式のキャラクターイラストをリファレンスにしているが、基本的にはフライトユニットが普段から得意としている水彩画のようなテイストを採用している



  • ボディテクスチャの一部。解像度は4,096×4,096。細かい模様も多いため、圧縮はかけていない



  • 陰影の入り方を調整するボディマスク



  • リフレクション



  • スペキュラ。模様が綺麗に照り返すようにしている


髪の毛のハイライト部分。ループテクスチャを使用している

Substance Painterの活用

モデリングはMetasequoiaで行われたが、刀剣部分のマテリアル設定のみ、Substance Painterで仕上げられている。キャラクターにSubstance Painterを使うと、CGっぽさの残る無機質な印象になりがちなため、これまでフライトユニットではあまり使ってこなかった。しかし、「鎧や刀など、無機物をSubstance Painterでペイントすると、全体的な現実感がものすごく上がります。本作では身に付けている着物や装飾などは手描きのテクスチャを使い、キャラクターから一歩引いたところにある刀剣部分はSubstance Painterを使いました」(松本氏)


Substance Painterでの作業画面


Substance Painterで描画した刀剣のテクスチャ。解像度は2,048×1,024

モーフによるフェイシャルの設定


本作のシナリオでは繊細な表情が多かったため、フェイシャルはモーフで付けている。「カメラがあれば漫画的な表現ができますが、VRでそれをやると角度を変えたときにおかしく見えてしまいます。キャラクターを正しく丁寧に表現することで、結果的にVRで見たときの見映えが良くなるんです」(松本氏)

セットアップ

三日月宗近には髪や着物の袖、袴、装飾品など、揺れものが非常に多い。そのため、どのくらいのボーン数を入れれば布のように見えるのか、研究しながらボーンを組み込んでいった。最終的に袖には400本、シミュレーション用に200本のボーンを設定。さらに手で調整するためのボーンも入れている。「揺れものに使用しているボーンは重なり合う箇所も多く、設定にはかなり手間がかかりました」(大坪氏)



  • MotionBuilderのHumanIKリグ



  • セカンダリボーン

自動で揺れる袖


袖などの揺れものには自動で揺れる設定を加えている。「これだけの布をまとったキャラクターは珍しく、ゲームでのバトルでは求められないような精度が要求されました。動きをリアルにしすぎると三日月宗近のシルエットが崩れてしまうため、慎重に行いました」(大坪氏)。シミュレーションにはプラグインのMotionBuilder Simulation Pluginを使用。設定を組むのは大変だったというが、一度設定してしまえばモーションを再生するだけで綺麗に揺れる

固定ポイントの利用

袖に設定された固定ポイント



  • 固定ポイント未使用時の様子



  • 固定ポイントに吸着させた様子。固定ポイントの吸着度を変えることで、自動の揺れに複雑な表現をプラスすることができる

次ページ:
Topic 02
アニメーション付けとUnityによるオーサリング

[[SplitPage]]

Topic 02
アニメーション付けとUnityによるオーサリング

シナリオや背景制作のほか、アニメーション付け、Unityによるオーサリング(リアルタイムレンダリング)など、VR化全般の作業はエクシヴィが行なっている。同社の取締役でもある古澤大輔氏はディレクション、およびアニメーション付けを担当。一方、ビジュアルディレクターの室橋雅人氏はアートディレクションやUnityでのオーサリングなどを受けもった。「VR制作の考え方というのは、映画などフレームでレイアウトをきる作品の考え方とはまったく異なるもので、今までのやり方は当てはまりません。全体の制作のながれとしては、まずシナリオから絵コンテ、さらにVR化と進みますが、途中で『何かちがうね』となったらシナリオから書き直すという作業を5回ほどくり返しました」と古澤氏。

VR用の背景はコンセプトアートから作り出された。コンセプトアートから実寸の背景を設計し、室内や日本庭園を簡単なプリミティブで組み、VRでの雰囲気をつかんでいった。そして、モデルを置いてはVRで確認し、調整するという地道なブラッシュアップ作業を2ヶ月かけて続けていった。「日本庭園はプロの職人が作り上げるものですから、単純に樹木や庭石を置いていっても画にはなりません。実際に庭園を見に行き参考にして、現実としての説得力をVRに加えながら世界観を詰めていきました」と語る室橋氏。カメラでフレームが決まる作品であれば、カメラに映らない部分はつくり込まなくてもよい場合が多いが、VR作品は体験者が好きなところを好きなように見るため、どこまでもこだわってつくる必要があった。「アニメーションはもちろん、背景やVRの見え方、感じ方もDMMさんやフライトユニットさんと討論しながら制作していけたので、クオリティはかなり上げられたと思います」と、古澤氏は満足げにふり返る。原作者として3Dモデル監修や企画内容の協力を行なったニトロプラス、VRコンテンツ化を志したDMM、そして現場のアーティストたちの強い思い入れが、多くの体験者の心をつかむ作品を生み出したといえるだろう。

三日月宗近のアニメーション付け

演技のながれの確認のため、エクシヴィでは社内用に絵コンテを作成。この絵コンテをベースに、フライトユニットから受け取った三日月宗近の3DモデルにMotionBuilderで動きを付けていった。なお、動きはシミュレーションを全て焼き付けてから手作業で直している。そして、VRで見たときの印象を基に修正がくり返された。「三日月宗近は優雅な雰囲気のあるキャラクター。歩き方には日本舞踊の雅な動きを意識しつつ、速度と間にも気をつけて三日月宗近らしさを追求しました。また、三日月宗近と体験者との関係性、距離感にも考慮を重ねています」(古澤氏)



  • 制作された絵コンテの一部



  • MotionBuilderの作業画面。ゆったり、かつ堂々とした歩きのモーションが付けられている

めり込みの修正

アニメーションを付けていると着物がめり込むことが多かったため、MotionBuilder上でパラメータを調整してVRで確認する、という作業がくり返された。また、フレームレートについては、アニメーション作業時は30フレームで制作しているのだが、Oculus Rift上では90フレームで動く。その間は自動で補完されるため、どうしても予期せぬ動きやめり込みが出てしまう。そういったところも全て手作業で直していった


めり込みの修正前


修正後

猫の3Dモデル


作中に登場する三毛猫。猫好きの古澤氏がこだわりをもって制作している。「三日月宗近に動きを付けるのと同じで、猫の動きも最初からひとつに決めてしまわずに、首をかいたり身体を振ったりする動作など、数パターンの動きをつくりました」(古澤氏)。テクスチャには毛並みがわかるラインを入れ、フサフサ感は動きで表現した。なお、この猫は体験者の視線の誘導役としての重要な役割も担っている

コンセプトアート


本作の本丸のデザインはあくまでVR用につくられたもので、ゲーム本来の本丸の設定とは関連がない。そのためVR制作を前提としたコンセプトアートを最初に用意した。「室内から見た庭園は、襖を額縁としたときに雅な絵として成り立つように描きました」と室橋氏。単純に木や庭石を並べただけでは美しい日本庭園にはならないため、デザインには手間がかかったという。また、実際のVR作品ではほとんど見えないのだが日本庭園の中には道もつくられ、道に沿って木が植えられている。そのあたりのつくり込みもコンセプトアートでは意識して描かれている

背景モデルの作成

背景用に制作された3Dモデルの一例。世界観を出すために日本庭園の庭石や柱はコピー&ペーストではなく、ひとつひとつ形状の異なるものがレイアウトされている。体験者が座っている和室についても、近くで見ても問題のないように細かいところまでつくり込み、テクスチャも高解像度のものを使用。そうすることで本丸に空気感が生まれ、没入感も高められている


本丸外観。体験者はこの和室の中に座っているという設定だ



  • 障子溝。アップで見ることになるため細部までつくり込まれている



  • 本丸の天井。タイリングのループではなく、模様が全てちがう



  • 座布団の3Dモデル



  • 配置された日本庭園の庭石。全て形状が異なることがわかる



  • 日本庭園に植えられた樹木の一例、つつじ



  • 同じく、桜(近景用)。このほかにも多数の植物がつくられている。なお、樹木の作成には植物生成ソフトのSpeed Treeを使用

Unityによるオーサリング

リアルタイムレンダリングにはUnityを使用している。「本丸の実在感を出すため、制作中は何度もHMDを装着して確認と調整をくり返しました」(室橋氏)



  • Unity作業画面



  • 座布団も合わせた正面アングル

まとめ
つくり込まれたキャラクターと世界観に思わず心が動かされる作品

実は、筆者(女性)は『刀剣乱舞-ONLINE-』をプレイしたことはないのだが、本作のVR体験はとても楽しかった。青々とした日本庭園が見える純和風の室内は、とても綺麗だがどこか懐かしく、座布団をどけて横になってゴロンとしたくなる開放感がある。そして、おもむろに現れる三日月宗近はすぐ側まで歩いてきてくれるので、距離の近さに思わずドキっとしてしまう。これは平面のモニタではできない、VRならではの体験だ。女性ファンを意識したコンテンツということだが、男性が体験してもきっと気に入ってしまうにちがいない。ここにいながらにして、まほろばを旅できるのだから。


東京ゲームショウ2016のDMM GAMESブースにてVR体験中の本誌スタッフ。ブースには上記の3Dモデルとそっくりな座布団が用意され、イグサの匂いもするなど、没入感を高める工夫がされている。なお、一般来場者がVR体験をするパブリックデイでは背後の障子は閉じられている(写真はビジネスデイのもの)。すだれで仕切られた個室のようなブースが作られているほか、VR体験後、出口の前にパウダールームが設けられるなど、女性ファンに配慮された展示がなされていた



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.220(2016年12月号)
    第1特集:VRバラエティ
    第2特集:3DCGで描くイケメンキャラクター

    定価:1,512円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:144
    発売日:2016年11月10日
    ASIN:B01LXZ3M32