昨年、フォトリアルなVFX表現でも大きな話題をあつめたNHKの『生命大躍進』。同シリーズのVFXをリードしたチームが早くも新たな恐竜表現を披露、しかも2つのプロジェクトにおいてである。一連のVFXワークをリードしたNHKとNHKメディアテクノロジーに制作の舞台裏を語ってもらった。
本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 221(2017年1月号)からの転載記事になります
TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
information
NHKスペシャル 『完全解剖 ティラノサウルス 〜最強恐竜 進化の謎〜』
【総合】2016年9月18日(日) 21:00〜21:49
www6.nhk.or.jp/special
『ダーウィンが来た!生きもの新伝説』
【総合】2017年2月12日(日)0:50〜1:18(再放送)
よみがえれ!恐竜(1)『史上最強!ティラノサウルスの真実』
【総合】2017年2月12日(日)1:18〜1:46(再放送)
よみがえれ!恐竜(2)『初めて見た!日本の巨大恐竜』
www.nhk.or.jp/darwin
© NHK
最新の学説を反映させつつVFXとしても進化させる
昨年5月から全3回のシリーズで放映されたNHKスペシャル『生命大躍進』(以下、生命)は、4K時代の新しい科学ドキュメンタリーの制作手法と、古代生物たちのフォトリアルなVFXが高い評価を獲得した。そんな『生命』で得たノウハウとアセットを発展させ、NHKは新たに2本の恐竜をテーマとした番組を制作。NHKスペシャル『完全解剖 ティラノサウルス〜最強恐竜 進化の謎〜』(以下、Nスペ)と『ダーウィンが来た!生きもの新伝説 シリーズ よみがえれ恐竜1・2』(以下、ダーウィン!)の2番組である。前者は、今年9月に放送済みのため目にした読者も多いだろう。一方の後者は、来年1月に放送が予定されている(※2017年1月に放送済み)。両番組とも恐竜のアセットは『生命』のものをベースにしているが、『Nスペ』はNHKメディアテクノロジー(以下、MT)が、『ダーウィン!』はNHKがVFXワークをリードしているため、各社の特徴を活かしたかたちで新たな技法とワークフローによって制作したという。
その典型がメインレンダラ。NHKは新たにArnoldを、MTはV-Rayを採用しており、アセットは共通でありながらも、それぞれでシェーダの調整などの細かなカスタマイズが行われている。さらに科学考証の見地から恐竜のルックに対するアップデートも施された。「もともとNHKの方で進めていた『ダーウィン!』の制作はオンエアが来年1月になったのですが、『生命』からのベストメンバーで臨みたかったので今夏のうちに完成させようと年始から着手していました。その後、MTさんの方で『Nスペ』を担当されることになったので、両番組の制作が同時に進行していたことになります」とNHKの松永孝治VFXスーパーバイザー(以下、スープ)はふり返る。「当初は、両社で制作タイミングが重なってしまったので当然クオリティを比較されますし、アセットの共有など、単独プロジェクトにはない課題もありました。内心、松永さんのチームと同時期にはやりたくないなあなんて思ったことも(笑)」とは、MTの森 大樹VFXスープ。しかし、そんな森氏の危惧も制作が進むと解消され、『Nスペ』放送後の評判も上々だという。実際、アップデートされた恐竜の表現はどちらも素晴らしく、さらなる進化にも期待したい。
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前列・右から、竹本宏樹氏、加藤晴規氏、北川茂臣氏、加藤久典氏、安藤隼也氏。後列・右から、武隈善子氏、西田健一郎氏、前 和佳子氏、松永孝治VFXスープ、勝田雄貴氏、児玉礼子氏、稲垣充育氏。以上、NHK
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前列・右から、大塚悌二朗氏、朝木真優氏、森 大樹VFXスープ、木佐木なつ子氏、小柳健次郎氏、細野陽一氏。後列・右から、小杉奈雄氏、関井和成氏、菅原賢司氏、吉森元洋氏、朝木 翔氏、齋藤丈士氏、(矢野森明彦氏、坂元雄二氏 ※写真なし)。以上、NHKメディアテクノロジー
Topic 1 MT(1)プリプロダクション
詳細かつ明瞭な資料をつくりVFXへの理解と協力を求める
まずは、MTが制作した『Nスペ』から紹介したい。企画の初回打ち合わせは昨年の12月に行われ、今年1月からプリプロとして、様々なテストが行われたという。MTでのテストではまず、NHKでモデリングされたアセットの変換テストから始まった。『生命』ではレンダラに3Delightを使用していたが、今回レンダラをNHKではArnold、MTではV-Rayを使用するため、それぞれのレンダラで同等のクオリティで表現できるようにシェーダを変換した際のパラメータなどの最適値を検証する必要があったからだ。そこでまず代々木公園で撮影した4Kの実写映像に3Delightでレンダリングした恐竜のアセットを合成して、レンダリング時間やワークフローの検証が行われた。また、このとき今回の恐竜表現のポイントでもある恐竜の体表に生 えた羽毛の表現にどのプラグインを使うかも検討された。『生命』では羽毛の表現にShave and a Haircutが使用されていたので、まずはShaveand a Haircutでテストが行われたが、レンダリング時間やその他のコストから現実的ではないため、レンダラはV-Ray、羽毛表現はYetiが使われることになったという。「今回は時間も予算も限られており、4K解像度でのレンダリング時間がかなりの負担となるため、1フレーム20分を限度に様々なワークフローを検討しました。GPUを使用したリアルタイムレンダリングまで検討しましたが、アセット制作のハードルが高いため今回は断念しました」と森氏は話す。
本作はリアルな自然環境の中で恐竜たちがどのように生活していたのかという表現が主になるため、実写プレートや、IBLに使用するHDRIをどのように効率的に撮影するかというプランニングがプリプロ段階ではとても重要になったという。そのためにMTでは、プリビズを作成してカメラのデータを実写撮影に有効利用することでCGアニメーション制作やポスプロ時になるべく問題が起きないように心がけた。現場でのHDR素材の撮影も、従来のような1眼レフカメラを使った撮影方法ではカメラの設置に手間がかかったり、専門のスタッフが現地に同行することから、本作ではRICOH THETA Sを使って現場を撮影し、HDR Light Studioを用いてHDRIが作成されている。THETAを使うことで誰でも環境写真を撮影できるため、コストとスケジュールの両面で効率が図れたという。「本作に限らずCGが絡んでくる作品ではプランニングが全てで、最初の認識が演出サイドとちがってしまうと、結果もちがってきてしまいます。今回はCGスタッフが海外の撮影現場に行けないなどの事情もあったのですが、プリビズによるプランニングをきっちりすることでベターな結果が得られたと思います」と森氏はふり返る。
初期の合成テスト
今年の春先(本番アセット到着前)に作成された実写合成テストより
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MTのVFXチーム自身で4Kカメラで撮影した背景を使用。NUKEによるトラッキングデータを基に地面メッシュを生成し、恐竜の歩行アニメーションを検証
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レンダラのテスト。『生命』時のアセットによる4Kでの解像感を確認、地面への影テスト等が行われた
Hair表現の検証
VFXスープが立ち会えない撮影への対応
海外ロケなど森氏が立ち会えない背景撮影時に、各種リファレンスやレンズ等の撮影情報をできるだけ収集してもらうべく、ディレクターに極力負担がかからない方法をまとめた説明書も作成された
HDRIの作成
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THETA Sで撮影したHDR元素材。空が白飛びしてしまっている(草木の緑ももう少し強くしたい)
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調整後のHDRI。背景に馴染むHDRというよりは強調したい部分を強くした方向だが、HDR Light Studioを用いることで、単に馴染ませるだけではなく、HDRを活かした画づくりの検討も行えたという
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Topic 2 MT(2)ショットワーク
プリビズからVFX班がリードツボを押さえた巧みな画づくり
ティラノサウルスが争うシーンを中心に、本作のショットワークを紹介したい。制作されたCGが利用 されているショットは約120であり、全て4K解像度で制作されている。『生命』のアセットを利用してリモデルされた恐竜のアセットはメインで登場するものが8体、その他6体が制作された。ショット制作に携わったスタッフはメインスタッフ7名を含む約15名が参加。絵コンテを基にビデオコンテが作成され、最終的にはプリビズを作成して演出サイドとCG制作スタッフとでイメージの共有が図られている。「プリビズの制作はスピードが命なので社内で作成しています。このプリビズを制作したのは、監督がどのような映像をつくりたいのか確認するという目的に加え、アニメーションを神央薬品さんにお願いしているのでスタッフ間での情報共有ということで制作をしています。プリビズは最初に制作したら終わりではなく、どのように恐竜同士を組ませたらいいのかなど、社内で試行錯誤をくり返しながら徐々にバージョンアップさせていきました。プリビズというよりはアニメーションのタイミングをみるためのブロッキングにちかいですね」と森氏は話す。ショット制作にはアニメーションにMayaを、舞い上がる土埃などのエフェクトにはHoudniが使用されている。最終的なコンポジットにはNUKEXが使用され、チェック端末としてNUKE Studioが使われた。NUKE Studioはショット(テイク)のバージョン管理がしやすいため、デイリーのチェックなどに非常に向いているのだという。今回使用した実写プレートは、Sony α7Sで撮影されSLog2でカラーが管理されているのだが、NUKEのSLog2のLUTのカラーカーブにバグがあることがわかり、正しいSLog2用のLUTを新たに社内で作成して使用している。ショット制作の中で今回特徴的だったのが、Houdiniを使用したエフェクト制作だ。Houdiniによるエフェクト制作は同社の吉森氏が担当している。「今回難しかったのは、恐竜が争うショットで羽毛が干渉するようなアニメーションがあるのですが、MayaからHoudiniにアニメーションデータをもってくるとYetiで設定した羽毛の部分が読み込まれないので、恐竜自体のエッジが痩せてしまい、コンポジット時に問題になってしまいます。そこでデプスの情報を基にマスクを制御するためのしくみを作って使用しています。これによりコンポジット時羽毛が痩せてしまう問題が解決でき、Mayaで作成したアニメーションでも、Houdiniで問題なくエフェクトを作成してコンポジットできるようになりました」とエフェクトアーティストの吉森元洋氏は話す。
「今回のワークフロー全体をふり返ると、スケジュールやリソースが限られた状況での4K解像度での制作ということで、レンダリングコストの管理・改善やワークフローの見直し、社内Wikiの活用によるミス軽減など、効率面を意識した制作を心がけましたが、複雑なアセットを扱う中で発生する様々なエラーをつぶしていく作業など、結果的に泥臭い制作スタイルにならざるをえませんでした。今回の経験を活かし、さらにシステマティックなワークフローを構築していきたい」と森氏は総括してくれた。
独自LUTの作成
独自に開発したLUTについて
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左上が元画像で右下がNUKEのSLog2を使用して出力し再度読み込んだ画像。明らかに黒が沈み、場所によってはネガティブバリューが出てしまっているいう
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NUKE内のSLog2と修正したSLog2Fixの1D LUTの比較。LUT作成には、KojiVFX/山口幸治氏とNHK/井藤良幸氏の協力を得たそうだ
本番用アセット
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NHKから提供された本番アセットの例。NHKでは現在、Arnoldをメインレンダラに用いており(後述)、この画像もArnoldでレンダリングしたものだが、MTが採用したV-Rayでもほぼ同じルックになるよう調整された
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V-Rayによるレンダリング例。ArnoldとV-Rayでシェーダなどの各種設定は異なるが、基本パラメータとその物理現象を理解していればレンダラに左右されないワークフローが可能だという
Houdiniによる足下の土煙FX
吉森元洋エフェクトアーティストが担当した、恐竜たちの足下の土煙エフェクトの例
赤いラインがdepthでマットを作成した部分。これによりHoudini上のエフェクトが食い込むのを避けることができる
Neat Videoによるデノイズ
Neat Videoによるデノイズ作業の例
作業UI。まずノイズのサンプルを取得(サンプルは簡略化のため個体の比較的平坦な部分から取得している)
NUKE Studio ベースのショット管理
NUKE Studioをベースにしたショットの管理例
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導入前よりもバージョン管理が効率的に行えるようになった。背景素材やプリビズもなども同一タイムラインに置くこと(赤枠)で各ショットの検証も手早く行えるとのこと
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LUTレイヤーでdpxをSLog2→sRGB変換を行なっている。また、NUKE Studio内でシーン全体の色調整や画ブレ足しを施したデータを個々のコンプに戻すワークフローを採ることで(赤枠)シークエンス全体での調整が容易になったそうだ
NUKEによるリライティング
NUKEによるリライティング例
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V-RayのLightselect機能によって出された、各ライトごとのLightingとSpecularのパス
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ライト個別のLightingとSpecularをそれぞれ調整後に合成。これにより再レンダリングを行わなくても、ある程度のリライトがコンポ上で可能に。なお、LightSelectからそのままRawLightを出すと、毛込みのレンダリングの際にアーティファクトが生じたため、今回はLightingパスから抽出する方法が採られた
ブレイクダウン
ブレイクダウン例
次ページ:
Topic 3 NHK(1)アセット制作&ロケ撮影時の対応
Topic 3 NHK(1)アセット制作&ロケ撮影時の対応
実際に撮影したかのような臨場感あふれるVFXを求めて
続いては、NHKのチームがリードした『ダーウィン!』について。2話構成でティラノサウルスと日本に棲息していた丹波竜やスピノザウルスの仲間の生態が、リアルな動物紹介番組として制作されている。これまで『ダーウィン!』は現存する生物を中心に生態を紹介することが多かったが、番組ディレクターから「古代生物を扱った番組をできないだろうか」という要望があったという。松永氏は「『生命』は解説パートも多かったのでVFXやCGが中心というわけではなかったのですが、この『ダーウィン!』は動物番組なので、僕がこれまでやりたかった生物のCGやVFXをしっかりとつくり込むということにチャレンジでき、非常に興味深い企画でした」と話す。本番組は帯で放送されている一般番組なので、『生命』のような特別番組のような規模では制作できないという心配もあったが、アーティストの座組みなどをしつつ成立するであろうプランを立てて企画がスタートした。今回の制作ではコンセプトを「生きものを実際にライブで撮影しているような臨場感のある画づくり」という点におき、『ダーウィン!』の他の放送回で撮影されているような、カメラマンが動物を撮影する際の手法や表現をリアルに再現させることを目標に制作された。まず制作は登場する恐竜のモデリングからスタート。『生命』で使用されたアセットを流用するとはいえ、恐竜の身体に羽毛が生えているという科学考証のアップデートによって、多くの恐竜に手が加えられている。モデラーは『生命』からひき続き、田口工亮氏、森田悠揮氏、福田裕也氏が参加している(今回はNHK常駐ではなくフリーランスとして参加)。リギングについては『Nスペ』ではアニメーションを担当していた神央薬品が担当した。
今年4月にアメリカでの実写プレート撮影に始まり、7月に納品という約3ヶ月の制作期間のなか、2話分222ショットをつくり上げた。恐竜は当然のことながらCGだが、背景プレートは実写を使用することで制作期間の効率化、およびリアル感のあるシーンが実現された。実写プレートを使用したシーンがほとんどであるため、実写ロケには松永氏が同行しショットに応じた臨機応変な現場対応が行われている。「現場でのジャッジは『生命』での経験がとても役に立ちました。実写のカメラマンは、撮影 する対象があれば素晴らしい画を撮れるのですが、CG用の背景プレートとなると対象がないので慣れ ないと非常に難しい。やはりVFXスーパーバイザーが現場にいて、コンポジットに必要になる素材を臨機応変に指示させていただいて撮影してもらうことがとても大事になってきます」(松永氏)。ケツアルクアトルが飛び立つシーンでは、土埃を実際に立てて撮影したり、スピノザウルスが水に入るシーンではデッキブラシを湖に突き刺して水飛沫を撮影するなど、VFXの全工程が見えているスーパーバイザーが現場で撮影する素材の内容を具体的に判断して、コンポジット時に必要になるであろう素材、作業しやすい素材を撮影することで、ポスプロ作業の効率がまったくちがってくるのだとか。
毛の生えたティラノサウルスの制作
ティラノサウルス完成モデル
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MARIによるディフューズマップの作成
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完成した胴体用ディフューズマップ
その他の主な胴体用マップ
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Mudboxによる細部のスカルプト調整
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Yetiによる体毛のシミュレーション
リギングを施した完成モデル
番組ディレクターによる絵コンテ
植田和貴ディレクターが作成した絵コンテの例。こうした絵コンテをたたき台として、具体的な画づくりや演出が詰められていった
ドローンによる空撮ショット
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ケツアルコアトルスが飛行する様を描いたショットには、ドローン「DJI Inspire 1」による空撮素材が用いられた
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Mayaによるアニメーション作業例。ケツアルコアトルスについてはレンダラは3Delight、HairはShave and a Haircutが用いられた
完成ショット
実物とのインタラクション
トリケラトプスが植物を食べるショットでは、ディレクター自らデッキブラシを使って植物をゆらした状態で撮影。「単純にゆらしただけですが、CG(トリケラトプス)と植物(本物)のインタラクションが生まれたことで、さらにリアリティを高めることができました」(松永氏)
グレーディングを施した最終形
撮影小道具を兼ねたCGガイド
丹波竜の幼体が孵化するショットでは、北米でのロケ撮影時に松永氏が近くのウォルマートで購入したボールを卵に見立てて埋めた状態で撮影。これを接地のエッジに利用することで、実写素材との馴染みを大幅に高めることに成功した
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Topic 4 NHK(2)ショットワーク
恐竜のキャラクター表現に最大限リソースを集中させる
続いては『ダーウィン!』のショットワークについて。まず、MTに提供したアセットである新たに制作された恐竜の羽毛はYetiで表現されている。YetiはNHKが手がけた『精霊の守り人』での導入実績により、今回も羽毛の表現に使用された。ただし、これまでレンダラとして使用していた3Delightでは、Furのレンダリングが遅いため、今回はレンダラにArnoldが使用されている。Arnoldを使った各ショットのレンダリング時間 は平均30分、最大で約2時間だったという。4K解像度でFurのある状態でのレンダリングとしては、かなり効率良くレンダリングされているのではないだろうか。各ショットは、これらの恐竜アセットを使って松永氏がレイアウトを組み、そのレイアウトを基にアニメーションが作成されている。撮影された実写プレートに仮合成したものを作成したりもしているが、今回ディレクターに表現したい明確化なイメージがあったため、リテイクも少なく順調に制作を進めることができたそうだ。今回制作されたショットは前述した通り、フル3DCGで作成されているショットはほとんどなく、ロケ撮影された実写プレートにCGで作成した恐竜のアニメーションとエフェクトをコンポジットするという手法で制作されている。コンポジットにはNUKEを用いており、昼間のシーンを夜に変えるといったようなカラーグレーディング的な要素から、木漏れ日を恐竜に落とすといったリライティング的な表現、またNUKE 10から搭載されたSmartVector/ VectorDistortを使った水の屈折表現など、実写背景に3DCGで制作された恐竜を馴染ませるための工夫が随所に施されいる。前 和佳子コンポジットチーフによれば、ショット数も多く、各コンポジターのNUKEスキルにちがいもあったため、統一性をなるべく保つために全ショットの基本のツリーとなるコンプスクリプトを配布し、恐竜のルックの統一など初歩的な問題によるリテイクが生じないよう効率化を図ったという。「コンポジターとしては、CGにはまらない背景があっても、素材のストックを検討し直してプレートを替えるといった手法をとることもできました。松永さんが撮影現場に立ち会い、監督との信頼も厚いからこそ実現したワークフローだと思います」(前氏)。「社内でもクオリティを評価してもらっていて、今後もこのような企画をやりたいという要望もあるのですが、スケジュールや予算など現状のままでは厳しい点も多い。今後継続的にこのような企画をやっていくためには、こうした案件に対応できる体制をつくらないと思っています。今のような力技では続かない。絶滅した生きものという題材はほかにも数多く存在することから、これらを3DCGやVFXを使って表現するというのは、無限に可能性があると思うのでやり続けたいと思います。大変ですけどね(笑)」と、松永氏。松永氏を中心としたNHKのVFXチームがこれからどんな生きものたちを創り出すのか、ひき続き注目だ。
レンダリング作業の補助ツールを開発
新たにレンダリング用のシーンを作成するためのツール(画像左)を開発。手動ではあるが、アセットとアニメーションの読み込み、ロケーションごとに作成したテンプレートのライトリグ(画像右)の読み込み、共通のレンダリング設定の適用、レンダーレイヤーの構成、マッスルキャッシュの作成等を、ある程度簡単にミスなく行えるように設計された
ペースコンプの作成
3DCG素材は、ベースとなるノードツリーを作成し、そこへレンダーパスを差し込みエラーの有無の確認等を済ませればコンポジターに渡せるワークフローを構築。本プロジェクトのCGエレメントは大半が恐竜(キャラクター)に関するものであり、レンダリング設定を共通化(※エフェクトをのぞく)することができたという
CGキャラ用のレンダーパスは、AOVを書き出しコンポジター側でビューティを再構築するかたちを採用。これにより、コンポジット工程で細かな要素ごとにカラコレを施すといった対応がとれるようになり、コストパフォーマンスを高めることができたそうだ
地表の点群データを用いた足下FX
森の中をティラノサウルスの子供たちが走り抜けるショット。boujouでマッチムーブした後に、NUKEのPointCloudGeneratorを使い、地面の形状を生成。そのデータを用いて、Houdiniで地面の巻き上がる葉などのエフェクトが作成された
Goboマスクによる木漏れ日の表現
トリケラトプスが寝床を見つけて休むという夜のシーン。一連の実写撮影は日中に行われており、こうしたナイトシーンはコンポジット作業時に夜化させている。加えて、このシーンでは木漏れ日の表現もNUKEで施された
NUKE上で木漏れ日の表現を追加
グレーディングを施した最終形。「CGシーンから書き出したポイントポジションとワールドノーマルを使い、NUKEでポイントクラウドを作成、そこへ木漏れ日のGoboマスクを投影することでカラコレ用マスクにしています。3DCG側でライティングするよりも作業負荷を軽減できるだけでなく、最終的な合成結果を見ながら細かな調整が行えるメリットもありました」(前氏)
渾身の恐竜バトル
松永氏いわく、ひときわ気合いを込めて制作されたのがトリケラトプスとティラノサウルスのバトルだ。「DJIのOsmo(高精度なスタビライザに定評ある小型4Kカメラ)による手持ち撮影によるダイナミックな動きの実写を撮ってもらい、トランジスタ・スタジオさんに迫力あるアニメーションを付けてもらいました」(松永氏)
Column.
番組PRを兼ねたVRコンテンツも制作中
番組用アセットを流用するかたちでVRコンテンツ(360度動画)も開発中だ。オンエアに先立ちNHKホームページ「NHKVR NEWS」(www.nhk.or.jp/d-navi/vr)などで公開予定である。