2017年2月に開催された「ワンダーフェスティバル 2017[冬]」のコトブキヤブースにて、新プラモデルシリーズ「HEXA GEAR(ヘキサギア)」のプロモーション映像『MASTER BOOT RECORD』が上映された。玩具のPR映像、Unreal Engine 4の採用、小規模制作という3つのトピックから本作のメイキングを紹介していこう。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 225(2017年5月号)からの転載となります
TEXT_永岡 聡(lunaworks)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
ヘキサギア プロモーションムービー『MASTER BOOT RECORD 破壊篇』コトブキヤ
© KOTOBUKIYA HEXA GEAR&GOVERNOR MAIN MECHANIC DESIGN by MORUGA
Unreal Engine 4で実現する"カロリー"を考えた映像制作
上映された映像は『破壊篇』と『創造篇』の2篇。『破壊篇』は薄暗い街で行われる激しい戦闘が一人称視点によるワンカットで最後まで追いかけられ、まるでFPSゲームのような迫力ある映像に仕上げられている。一方の『創造編』は物語の設定内容をグラフィカルに演出した内容だ。「HEXA GEAR」の壮大な物語の始まりを予感させる、エピソード0とも言える内容となっている。本記事では『破壊篇』のメイキングについて紹介する。
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前列左から CGデザイナー:緑川 武氏/ディレクター:高野怜大氏/CGディレクター:のざわあつこ氏
後列左から CGデザイナー:山下潤一氏/CGデザイナー:舟橋明宏氏/ラインプロデューサー:米山和利氏/CGデザイナー:神谷拡希氏
以上、株式会社コラット
korat-inc.com
『破壊篇』の制作を担当したのは『ファンタシースターオンライン2 ジ アニメーション』などを手がけてきたコラット。在籍スタッフ15名ほどの小規模プロダクションだ。ディレクターを務めたのは、ゲームのCG制作や講師など多彩な経歴をもつ高野怜大氏。今作はプリレンダーの映像だが、制作にはUnreal Engine 4(以下、UE)を採用している。「コトブキヤさんから、初めての試みとして新作商品のプロモーション映像をつくりたいと話があり、多くの設定資料を紐解きながらイチからプランを練りました。スタジオとして制作にかかる"カロリー"の配分を意識しつつ品質の高い作品にどう対応していくか、企業努力という観点からもUEの選択につながっています」(高野氏)。『破壊篇』に参加したメンバーは7名。高野氏と米山氏、プリレンダー映像の制作に長く携わってきたCGディレクターののざわあつこ氏に若手スタッフも加えたチームだ。UEやSubstance Painterなど、同社にとって初めて本格的に導入するツールが多かったが、スタッフ間で知恵を出し合いより良い手法を模索していった。UEを使用したレンダリングは速く、4Kの素材を1分間に約5f程度書き出すことができたという。これにより作業時間の確保を可能とし、GPUも1台で済むため、コスト面にも大きな利点となった。ラインプロデューサーを務めた代表取締役の米山和利氏は制作をふり返り、「以前よりUEを使用して何かつくりたいとは考えていたので、今作は良い機会でした。ゲームエンジン特有の現象も、技術検証として非常に役立っています。ここまで自由にハンドリングさせていただいた作品は貴重でした」と語る。
様々なキャリアを経験してきたスタッフがコラットに集結したことで完成した今作は、小規模制作におけるUEの有用性を実証し、これからの映像制作に一石を投じた作品と言えるだろう。
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ヘキサギア レイブレード・インパルス/ヘキサギア ボルトレックス
価格:4,800円+税
リリース:2017年8月発売予定
発売・販売元:コトブキヤ
hexa-gear.com
Topic 1 実際の商品をベースとしたモデル制作
玩具感と実在感のバランスを探る
今作では、「レイブレード・インパルス」、「ボルトレックス」という2体のメカが登場する。2体のモデルについては、コトブキヤから玩具のCADデータの提供を受け、Autodesk Showcaseを用いて映像用データへコンバートしたものが使用された。Autodesk Showcaseでは、コンバートの際ポリゴンが全て三角ポリゴンに変換されてしまうが、今作では四角ポリゴンにはあえて直さずにそのまま使われている。その理由について、「劇場用作品などのリッチなつくり方であればリモデリングした方がよいと思いますが、今回当社が目指したのはあくまで商業ベースでPVに乗せることでした。カロリーを下げつつ見映えするつくり方を選択した結果です」と高野氏は語る。
モデリングとテクスチャの実作業を担当したのは山下潤一氏だ。「テクスチャ作成にはSubstance Painterを使用しました。今までSubstance Painterを使用したことはありませんでしたが、1日もあれば使用方法が十分理解できるほどわかりやすいものとなっています。今回はモデルが三角ポリゴンでしたが、UVの展開も特に気にすることはなく、時間をかけずにブラッシュアップすることができました」(山下氏)。
また、今作では映像の設定上メカに汚しを入れているが、商品のPR映像であるため汚しすぎず、ユーザーが世界観を理解した上で実際の商品の塗装に反映できるようなウェザリングが目指された。Substance Painterにはモデルの角を認識してその部分に汚し効果が自動で入るという、メカモデリングにおいて非常に便利な機能も搭載されている。兵器の場合、ミリタリー色が強くなり、色も暗くなりがちであるが、あまり暗くなりすぎないよう配慮し、玩具を意識してポイントに赤などの目立つ色も入れるようにしたという。
また提供されたCADデータは、角が全て繋がっていない状態のものであったが、ひとつひとつポリゴンを繋げると時間とコストに影響が出るため、この部分もそのまま使用することとなった。おおもとがCADデータであるためそもそもUV情報もない状態であるが、その点も気にせずに直接描き込むことができるSubstance Painterは今作の制作において非常に有用だったようだ。
玩具感をなくすためのモデル調整
それぞれAutodesk Showcaseを用いてMayaモデルに変換する
実際の商品では玩具の仕様上、パーツを繋ぎ合わせるための穴や、プラスチックの素材軽量化とヒケ防止のために、肉抜きと呼ばれる穴が多数ある。映像となった際の見映えを考慮して、データ変換後にその穴を埋める作業を行なっている
これは今作の世界観の中に登場メカを溶け込ませるため、玩具感をなくすというねらいによるもの。また映像上でより可動範囲が広がるよう、必要に応じて新しくパーツの分割なども追加で行なっている
Substance Painterを活用した質感設定
テクスチャは全てSubstance Painterのみで作成されている
レイブレード・インパルスの作業画面とUVの展開図。今作ではUV展開などは意識せず、直接本体に描き込みを行なったため、工数の削減にも大きく役立った。UV展開図では各面がバラバラの状態になっているが、この状態でも作業にはまったく問題なかったという。1体に使用したテクスチャは4Kサイズのものが10枚程度。同じ色味を1マテリアルとし、1枚のテクスチャを使用している。レイブレード・インパルスはまだ新品の機体であるため傷や汚れを少なく、一方でボルテックスは長く実戦に配備されていた機体として、かなり汚れが目立つように作成された。UEでのマテリアル設定とシェーダ調整は、一貫して山下氏が担当
アセットのトップ画面
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マテリアルインスタンスの画面
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マテリアルインスタンスのベースとなるマテリアル画面。「Substance Painterから出した質感をUEで再現するにはただ読み込んだだけでは難しかったので、金属の質感などを近づけるために、色味やコントラストなどシェーダパラメータで微調整しています」(山下氏)
各キャラクターの質感を昼夜とライティングを分け、360度確認ができるチェックムービー素材も作成された。この状態まで10日ほどという速さでクライアントチェックを可能としている
兵士と背景のモデリング
劇中に登場する兵士と彼らが手にする武器に関しては、商品自体が手原型で作られたものであったため、メカのようなCADデータが存在しない。そこでこちらは用意されたデザイン画と実際の原型写真を参考に、イチからのモデリングとなった
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「デザイン画はもっとがっしりした感じでしたが、フィギュアを売るための映像ですので、モデルはフィギュアに寄せて少しスリムな感じにしています」とのざわ氏。また、廃墟と化した街並みの質感にもSubstance Painterが使われている
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ワンフェスの展示ブースにて、【画像左】や完成映像を参考に制作されたジオラマ。映像では一瞬となるシーンが立体的に表現されており玩具と映像を融合した見応えのあるプロモーション展示となった
Topic 2 リギング&アニメーション
MotionBuilderとUEで完結するアニメーションフロー
リギングとアニメーションを担当したのは舟橋明宏氏と緑川 武氏。制作工程としては通常の映像制作同様MotionBuilderでアニメーションを付け、UEにジョイント情報を受け渡すという一般的なつくり方であった。作業はキャラクターごとに担当を分けていたが、その中でも舟橋氏がリギングに重点を置き、アニメーション作業は緑川氏が中心となって進められた。全てのアニメーションは手付けによって作成されている。「人物も全て手付けとなったので、その点では苦労しました。重さの表現や、カメラの視線などはこだわった点です」(緑川氏)。通常の映像制作であれば、アニメーションにおいてもMayaがメインツールとなるケースが多いが、今回はUEで出力することが前提としてあるため、Mayaはあくまでもサブツールとして使用することとしてMotionBuilderの方に作業の重点を置き、そこからUEに渡して完結できるワークフローを組んだとのこと。
また、今作の制作において、コラット社内では若手育成という目的も含まれていたため、アニメーションに関する演技指導も力を入れたポイントになったという。困惑や恐怖といったキャラクターの感情表現に加え、主観で見ていることを意識したカメラワークなど、細かくチームでコミュニケーションをとりながら進められた。「ワンカメということでリテイク工数が非常に多くなることがあらかじめ予想されていたので、とにかくスピード感を重視したかった。しかしスピード感をもってやろうと思うと通常のやり方ではクライアントの意向を最後まで汲んであげられない。しかしUEを選択したことで、監督やクライアントの意向によるカメラ調整なども割と早いタイミングでレスポンス良く出すことが可能となりました。さらに、常にファイナルに近い質感で見ることが可能になります。この成果は大きかったと感じています」(米山氏)。
メカのリギング&アニメーション
レイブレード・インパルスとボルトレックスのジョイント構造
コントロールリグ
今作に登場するメカは人物とは異なる4足歩行の上、逆関節の部分がある。その部分はMotionBuilderに関する著書をもつ高野氏にアドバイスを受けながら試行錯誤し、最終的にFBIKを選択したとのこと。UEがスケルタルメッシュをサポートしていることにより、アニメートされたメッシュの取り込みは容易であったようだ。商品カットとしての決めポーズを要所要所に入れながら、一枚画としてどこを切り取ってもかたちになるよう、レイアウトやポージングにはアニメーションチーム一丸となって力を注いだとのこと
Houdiniによるキャタピラのアニメーション
戦車のキャタピラのリギングにはHoudiniが活用された
セッティングはエフェクト担当の神谷拡希氏によるものだ。「Houdiniではノードを繋げてキャタピラを回すことは比較的容易にできます。最初はAlembicキャッシュで読み込ませてみましたが、なぜかアニメーションが遅れ、他のアニメーションとズレが生じるなど問題が発生したため、最終的にはジョイントのアニメーションに変換しました【画像上】。リアルタイムエンジンで映像を出すには、それに適したつくり方をしていかなければいけないというのが今後の課題となりました」(神谷氏)
カメラワーク
「ストーリーの基になる絵コンテは、最初にポイントとなる3枚ほどのラフイメージを描き、街の俯瞰図を基にカメラ位置を描いて、それぞれのポイントを繋いだ指示を出しアニマティクスをつくってもらいました。見慣れている商業アニメのレイアウト感に近づけるよう意識しています。紙に描くような感覚で、レンダリングはトリミングエリアを大きめに出し、フレーミングの整理を行なっています」(高野氏)。最初に作成したアニマティクスは山下氏によるものだ。ここで背景とキャラクターの見え方の面積比を整え、レイアウトを確認し、キャラクターのポージングを決めて、アニメーションの詰め作業へ進んだ
アニマティクスの一場面
上の2つの画像は完成後の画面となるが、ファイナルでは作品の世界観がより伝わるよう、レイアウトのブラッシュアップが行われていることがわかる
次ページ:
Topic 3 エフェクトから完成までの画づくり
Topic 3 エフェクトから完成までの画づくり
少人数制作とUEのスピード感が生んだ相乗効果
エフェクト制作は神谷氏が担当した。「レンダリングがUEということだったので、エフェクトもUEで、と最初は考えていましたが、経験値の問題もあり、使い慣れたHoudiniを選択しました」(神谷氏)。『破壊篇』はワンカメであるため全ての尺のデータを1つのプロジェクトファイルに収めなければならず、少しでもデータを軽量化するためにエフェクトの発生領域を限定するなどの工夫が凝らされている。
コンポジットとライティングはのざわ氏が担当。ライティングは建築系の書籍などを参考に、GIを使ってライトをベイクするなど試していたが、それにはベイク用のUVが必要となり、解像度も満足するものとならず、その上結果を出すのに時間がかかるなど問題が多かった。その試行錯誤の途中で、高野氏からのアドバイスを受けて動的ライティングへと変更することで解決をみたという。そうしてUEから書き出した素材をNUKEでおおまかに合成し、After Effectsで微調整を加えファイナルとなった。「オブジェクトにIDが設定できるので、それぞれに色を付け、マスク素材として使用しています。グローはそれのみの素材が出せないため、街灯など光る部分にはマテリアルにサブサーフェスのカラー設定をして書き出しています。UEで直接マスク素材は出せないため基本的に全て色情報で出しましたが、そのあたりが新しいというか、慣れないところでした」(のざわ氏)。
このようにゲーム開発やアニメーション、プリレンダームービー制作など様々な経験をもったスタッフが集まり知恵を出し合うことで様々な問題の解決を図り、プロジェクトが進められた。コミュニケーションがとりやすく試行錯誤がしやすい少人数での制作と、UEによるスピーディなトライ&エラーが非常に上手くかみ合った結果と言えるだろう。「UEは最初の準備には結構時間がかかりますが、ある瞬間からファイナルに近い画がすぐ出てくる。レンダリング速度が速いことも大きな魅力です。プリレンダーで4Kとなると、その時点で尻込みしてしまいますが、もう少しUEに慣れてきちんと扱い方がわかれば8Kへの可能性もあると感じています。ゲームエンジン自体で全てが幸せになれるわけではないですし、まだ使える要素は限られていると思いますが、これからの映像制作は、このように目的に応じて多様化されていくのではないかと思います」(米山氏)。
エフェクト
レイブレード・インパルスのブレードとパーティクルのエフェクト【画像左】と、地面から発生する砂煙【画像右】
「エフェクト用にデータを整備することはせず、基本的にMayaとMotionBuilderからHoudiniに素材を読み込んでメカが接地する部分の地面のみを自動で抽出し、そこからパーティクルを発生させています」(神谷氏)。また、今作ではキャラクターの脚切りはせず、演出上接地面まで見せるレイアウトを多く採用しており、足元への馴染みや荒廃した戦場を表現するために、地面に発生させるグラウンドフォグが効果を発揮した
山下氏が担当したこのエフェクトは、テクスチャを描いた板ポリを多数複製し、UEで動きを付けている
潤沢に配置されたライティング
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夜暗い設定ではGIが効きづらい。そこでGI用の天球以外に街灯用のスポットライトなどを多く配置し、効果的に陰影を演出している
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街灯のスポットライトに加え、さらにポイントライトを追加することで、そこから派生するふわっとした光を表現
ライトを多数置いた環境でも作業的な重さはほぼ感じることなく快適であったようだ。爆発等のエフェクトにも専用ライトが用意されている
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ライトアニメーションはUEのシーケンサの中で設定可能で、再生速度を落とすことでハイスピード表現もできる
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マークひとつひとつがシーンの中に配置したデカールと呼ばれる機能を使用した箇所となる。ボックスはその適用エリアを表示したもの。これによりプロジェクションマップのようにメッシュにマテリアルを自由に投影でき、壁にできたヒビなどを必要に応じその場ですぐに反映させ、映像としての情報量を増やすことができる。デカールにはブレンドモードなどもあり様々な表現がリアルタイムに表示可能となっている
NUKEとAEを併用したコンポジット
UEから書き出したレンダリング素材
壁や街灯用にIDを分けたマスク素材C。UEからは直接アルファチャンネルをもった素材は書き出せないため、このように色分けをしたものをマスクとして使用している
UEやHoudiniから出された各素材をNUKEでコンポジットし【画像上】 、さらにAfter Effectsに渡す
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ベース素材。NUKEから出したフレームは4Kのオーバーサイズとなっている
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素材をAEに読み込み、ブレードエフェクトや画ブレなどを乗せ、さらにヘッドアップディスプレイなどの演出を追加し2Kの最終サイズに縮めて切り出す
完成画像。最初にオーバーサイズとしている理由は、UEからのレンダリング画像はアンチエイリアスの利きが良くないことと、後から画角調整を行えるようするためだ