スペースシャワーTVで放送中の『イナズマデリバリー』。『ウサビッチ』や『やんやんマチコ』で知られるカナバングラフィックスの新作だ。定評ある独創的なアニメーションを、より多くの人が楽しめるエンターテインメントに仕上げるべく、スタッフの意識改革にも取り組んだという意欲作の舞台裏にせまる。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 224(2017年4月号)からの一部転載(後半4ページ分)となります。
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カナバングラフィックス最新作『イナズマデリバリー』にみる、愛されるキャラクターの作り方。
TEXT_村上 浩(夢幻PICTURES)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田充 / Mitsuru Hirota
information
『イナズマデリバリー』
スペースシャワーTV音楽情報番組『チュートリアルの徳ダネ福キタル♪』内にて隔週放送中。
監督・脚本:富岡 聡/キャラクターデザイン・アートディレクション:宮崎あぐり/ビジュアルデザイン:関 厚人/モデリングリード:古部満敬/リギング:宮田眞規/アニメーションリード:阿部圭造/コンポジットリード:太田洋康/アニメーション制作:カナバングラフィックス/製作:イナズマデリバリー製作委員会
www.inazma-delivery.com
©INAZMA Project
Topic 1 背景セット&プロップ
レトロサイエンス調にモダンなテイストを
本作の舞台となる「バビ電市」は多種多様な文化が混じり合う街で、あらゆる物が電気で稼働している。この街を具現化するために宮崎氏がモチーフにしたのがレトロフィーチャーかつ陰影の少ないフラットなイメージで、ディテールを減らしても見映えのするビジュアルを目指したという。宮崎氏がデザインを行う際はまず浮かんだイメージをザックリと紙に描き、このアイデア出し以降は全てデジタルで描いているため、本作では宮崎氏のデザイン画はそのままテクスチャとして利用することでコストや制作期間の短縮につなげたという。「スケジュールがタイトだったこともあり、イメージボードをそのまま本編の背景として利用できるよう描きました。ハイウェイの看板やビルなどはテクスチャとして利用できるよう個別に作成しています」(宮崎氏)。
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左から、占部満敬リードモデラー、宮田眞規リギングアーティスト、宮崎あぐりアートディレクター、阿部圭造デジタルアーティスト、関 厚人ビジュアルアーティスト。以上、カナバングラフィックス
wwww.kanaban.com
ハイウェイは、アニメーションチームによって少ない工数で自由な軌道が描けるアセットが制作された。4つの区画で構成された道路が一定の速度で流れてループするようエクスプレッションが組まれており、さらにデフォームを用いてカーブや坂など高低差をつけることでループ感を軽減させている。遠景のビルは板ポリにテクスチャを貼るというシンプルな構造となっている。イナズマデリバリーの店内は、絵コンテの段階で見える範囲を限定することで背景にかかるコストを大幅に削減している。店内のラフデザインを基にブロックモデルを作成してサイズ感やパースを確認し、それらのモデルデータを参考に最終的なデザイン画兼テクスチャが作成される。基本的に店内も板ポリにテクスチャを貼り付けた構造になっているためカメラワークには制限があり、3Dでカメラワークを付けた際に板ポリ感が目立たないようMayaの2D Pan/Zoomを使用したカメラリグを作成し、パースの固定されたカメラワークを付けている。また背景にレタッチが必要な場合は、MayaのカメラデータをAfter EffectsのNullにベイクするかたちでコンバートしている。
プロップのデザインについても基本的に宮崎氏が担当しているが、ライトニングイナズマ号は宮崎氏のコンセプトを受け継ぎリードモデラー/ビジュアルアーティストの関 厚人氏が担当することになった。「アニメーションによっては車体の下部など普段見慣れないパーツもあるので、まずはクルマの構造やしくみを理解することから始めました。車内の装飾なども含めるとデザイン量が多く、思っていたよりも時間がかかりました」。関氏のようにモデラーの中には絵を描くことを得意とするスタッフも多く、モデラーがデザインなどアートワークを兼任することもあるのだという。関氏はライトニングイナズマ号と並行してタイトルロゴのデザインも担当しており、当初は「イナズマ=光速」ということからスピード感を意識したロゴをデザインしたが、最終的には「バビ電市」という世界観を象徴するデザインに決定した。「商品展開を考えるとロゴの視認性が重要になるので、情報量のバランスをとるのに苦労しました」(宮崎氏)。映像を制作するだけでなく、作品全体の印象操作を行うのもデザイナーの役割なのだ。
屋内セット
イナズマデリバリー店内の背景セット
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背景のラフデザインを基にブロックモデルを作成し、サイズ感やパースを確認後、デザインの仕上げに入る
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正面から見た店内。光や影は全てテクスチャで描き込んでいるため、ビューポート上でほぼ最終的な画が確認可能だ
店内セットの構造を図示したもの。キャラが接触するオブジェクトのみモデルを作成し、それ以外は基本的には板ポリにテクスチャを貼り付けている。「3Dでカメラを動かした際に板ポリが目立たないよう、Mayaの2D PanやZoomを使用したカメラリグを作成し、パースの固定されたカメラワークを付けています。また、カメラの動きはAfter EffectsのNullにベイクが可能で、背景をレタッチする際などはMaya上で付けたカメラワークをAEにコンバートしています」(阿部氏)
プロップ:ライトニングイナズマ号
ライトニングイナズマ号の完成モデル(レンダリングイメージ)
パースビューのメッシュ表示
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ライトニングイナズマ号のリグ(全体のコントローラ)
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前輪にはオートバイのようなサスペンションが仕込まれている。「設置面をしっかり捉えられるようにIKを組み込み、リミットの長さを超えると地面から離れるようにしています」(宮田氏)
屋外セット
実際の背景の例(レンダリングイメージ)。実際に本編を観ると、走行シーンはバラエティに富んでいて驚かされる
ハイウェイの背景セット(シーンファイル)。道路は3Dモデル、建物や遠景は2Dアートを板ポリに貼っている
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道路の構造を図示したもの。「テクスチャのみ差異をつけた4区画で構成しています(画像の色分けされた箇所)。道路は指定した速度で自動で流れ、エクスプレッションでループするよう設定。デフォームをかけることでカーブや坂を表現しています」(阿部氏)
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交通標識等のサイネージ素材
タイトルロゴ
関氏がデザインを担当したタイトルロゴの制作過程をまとめたもの
初期ラフ案。「どんな方向性のロゴになるのかわからなかったため、自由に様々なパターンを出しました。運送屋ぽいものやスピード感を感じるもの等、また、電池がキーアイテムになりそうだったので、電池をモチーフにしたロゴ等も考えました」(関氏)
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街全体をロゴにするという方向性に決まった後に描かれたバリエーション
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最終的な微調整。左画像のC案が採用された。「よく見ると後ろのビルの中にエイリアンがいたりします。本編中のタイトルアニメーションでも細かく動いているので、そうしたところも観てもらえると嬉しいです」
Topic 2 レイアウト&ルックデヴ
ポイントをしぼったメリハリのある動き
アニメーションチームも他のセクションと同様にコストを意識した制作が求められており、以前は遠景のモブキャラも丁寧にアニメーション付けを行なっていたが、本作では注力すべき箇所を絞ってメリハリの利いたアニメーションを心がけたという。「カナバンのインハウスツールを最大限活用してアニメーションを再利用したり、耳などの揺れものに初めてシミュレーションを使用するなど、クオリティを維持しながら工数の削減につながるフローを構築しました。ただ、コストばかりに意識が向いてしまうと制作意欲が失せてしまうので、アニメーターの裁量に委ねることも時には必要だと思います」とは、本作のアニメーションリードを務める阿部圭造氏。絵コンテの段階でキャラクターの足元が見えないレイアウトで構成してもらうなど、初期段階から計画的に作業が進められた。また、本作の見せ場のひとつがハイウェイでのカーチェイスシーンで、イナズマデリバリー号はシンプルなリグで構成されているが稼働箇所が多いため、ダイナミックでありながらキャラクターのような柔らかな挙動が生み出されており、第2の主人公とも言うべき仕上がりとなっている。もちろん、タイヤの回転など自動化できる箇所は全てスクリプトでコントロールされている。
レンダリングされた各素材はコンポジットリードを務める太田洋康氏に渡り、ルックの調整が行われる。太田氏はデザイン画の段階でコンポジットのベースを作成して宮崎氏と方向性の確認を重ね、3Dによるライティングはないもののコンポジットによる擬似ライティングによって立体的に表現しており、2Dと3Dの中間的な絶妙な仕上がりとなっている。「基本的にモデルはライティングの影響を受けないので、コンポジットでどの程度調整を加えるべきか模索しました。本作は店内(屋内)とハイウェイ(屋外)の2つのシチュエーションだけなので、それぞれ代表的なルックを完成させて屋内と屋外でデータのもち方に大きな差が出ないようにしつつ、全てのカットに波及させていきました」(太田氏)。そして本プロジェクトでは、プロフェッショナルとしてより高いレベルの画づくりを実践していこうと、制作効率の向上にも力を注いでいる。そうした取り組みの一環として、レンダリングコストを削減すべくレンダーエレメントの見直しを行い、さらにアニメーションなど各工程のデータ出荷やレンダリングシーンの構築を自動化するためのツールなどが開発された。
レイアウト
絵コンテならびにそれを基に作成したレイアウトの例。「基本的な演出さえ押さえてあれば、細かい動きやタイミングについてはある程度アニメーターの裁量に委ねられています。また、エフェクトについても流体系の表現以外はジオメトリで作成されているので、レイアウトの段階からタイミングや最終イメージを確認することができるようになっています」(阿部氏)
キャラクターのルックデヴ
バイザウェイのルックデヴ
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テクスチャ完成形。『ウサビッチ』シリーズなどと同様に、陰影をテクスチャに描き込むことで立体感を表現しつつ、レンダリング負荷を軽減させている
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マテリアル設定。Ambient Colorは「255.255.255」、Diffuseは「0」に設定することでシーンライティングの影響を受けないように設定されている
完成ルック(レンダリングイメージ)
ショット構成
完成ショットとレンダーパスの構成を図示したもの
【A】第1話より。ヘミングウェイとバイザウェイが横並びで全身を映したカット/ 【B】前項でふれたとおり背景美術はマットペイントが多用されている/バイザウェイのレンダーパス。基本的にはカラー【C】とシャドウ【D】のみとなっている
バイザウェイのコンポジット作業を図解したもの。【A】カラーパスを加工してシルエットに対する疑似ライティング素材を作成/【B】シャドウパスの映り具合をチャンネルシフトと色相彩度で調整する/【C】カラーパスと【A】を合成した状態/【D】さらに背景素材、シャドウを合成した状態。ここからさらにコンポジット作業による微調整が施される(下図を参照)
主なインハウスツール
カナバンではRedmineのデータベースを活用し、アセットやショットの情報を各ツール間で共有している。『IDL』制作にあたり、従来以上に生産性を高めるべく、エンジニアの服部 剛氏(フリーランス)にパイプラインを構築してもらったという
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「ShotFlow」UI。ビデオコンテを作成した編集ソフトから書き出したXMLデータを基に各カットの尺の割り出しと香盤表が作成される。レンダリング担当者は、各ショットのアニメーションの進捗と使用アセットの閲覧、各カットごとのレンダリング設定までをこちらで行う
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「ShotManager」UI。ショット管理ツール。レイアウト以降の担当者は本ツールにてファイル管理を行う。プレイブラストやアニメーションシーンのパブリッシュにもこのツールを使用し、ツール側が仕様に沿って出力することでヒューマンエラーを回避している。「カットに使用しているアセットを登録することで、そのカットに必要なアセットを特定し、後の工程で活用しています」(太田氏)
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「PublishManager」UI。各セクションから出荷したデータはこのツールを介して次のセクションへ引き継がれる。各ショットの進行状態やRedmineに書かれている注釈の確認、ファイルのDLのほか書き出されたアニメーションデータでカットの再構築、さらに上述した「RenderUtlTool」で設定されたレンダーレイヤーの生成などにも対応
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「BackBurnerJob」UI。効率的にAutodesk Backburner へジョブを投げるためのツール。レンダーレイヤーごとにジョブの 設定が行えるほか、スタンドアロンで起動しジョブの履歴から再設 定して投げることも可能