原作漫画から実写映画へ、実在しない赫子(カグネ)やクインケを見事に現実世界へ落とし込んだビジュアルマントウキョーによるVFXワークの真髄を解く。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 229(2017年9月号)からの転載となります
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EDIT_斉藤美絵/ Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
information
『東京喰種 トーキョーグール』
原作:石田スイ『東京喰種 トーキョーグール』
(集英社『週刊ヤングジャンプ』連載)
監督:萩原健太郎
出演:窪田正孝、清水富美加、鈴木伸之、桜田ひより、蒼井 優、大泉 洋ほか
VFXスーパーバイザー:桑原雅志
配給:松竹
公式サイト:tokyoghoul.jp
公式Twitter:@tkg_movie
©2017「東京喰種」製作委員会 ©石田スイ/集英社
本作のVFX主幹スタジオを務めたのが、シネグリーオ・リンダ(現・グリオグルーヴ)出身の桑原氏率いるビジュアルマントウキョーだ。2013年設立と若いスタジオながら、経験豊富な精鋭が揃う。各協力会社の作業を取りまとめつつ、社内ではリゼ(神代利世)、カネキとニシキ戦などのVFXを担当し、ロケハンや撮影では各部署との間に発生する多様な業務も一手に担っている。例えば"赫子が実在したら"というイメージを固めるために、撮影開始前にCG部・撮影部・アクション部とアクションパートを想定したテスト撮影が実施された。「アクション部さんに格闘の演技を行なってもらい、そこに仮のCGを付けて赫子の"リアルな"動きを探りました」(桑原氏)。このテスト撮影に限らず、本作では多部署が絡むパートでは部署の枠に囚われず相互提案が密に行われたという。
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左から、VFXアーティスト・郭 磊氏、リードコンポジター・宮城雄太氏、CGスーパーバイザー・大熊一弘氏、VFXアーティスト・Anthony Juno Han氏、ルックデヴスーパーバイザー・柳谷真宏氏(kazagulma inc.)、VFXアーティスト・李 金迪氏、VFXアーティスト・仲吉脩一郎氏
visualman.tokyo
構図決定時やCG作業時の参考となる「赫子ガイド」に関しては「赫子はキャラクターごとに出てくる部位や形状が異なります。都度細かく指示するくらいなら、実際に"モノ"があった方が良いんじゃないかとつくりました」と桑原氏。懇意にしている造形スタジオと共に、形状・素材・脱着方法が検討された。このガイドは撮影中常時所持し、必要時には通称"赫子隊"が素早く展開・回収を行なったという。「撮影当初はよく使いましたが、役者さんも撮影部も徐々に感覚をつかんでいき、後半は要所要所で用いる程度に落ち着きました」(桑原氏)。
同社担当パートの中で特筆すべきは、デジタルダブル(以下、DD)をフル活用したトーカと亜門鋼太郎戦だ。瞬発型のトーカの"羽赫"の特性を短い尺ながらも端的に表したこのシーンは、高速移動をくり返すトーカを実写とDDとを適宜入れ替えながら表現している。このパートは3Dモデルの管理からコンポジットまでをCGスーパーバイザーの大熊一弘氏が全てひとりで担当した。「エラーつぶしには苦労しましたが、役者さんと厳密にサイズを合わせてモデリングする手間を省くことができました」(大熊氏)。他にも、当初予定のなかった亜門のクインケを関係者試写会後にCG化するなど、4月半ばまで作業が行われたという。
POINT 001 アクションテスト
アクション部・撮影部と協力し、1日に集中して行われたアクションテスト。赫子が出てくるアクションパートを中心に、アクション部のスタッフが実際に格闘を行い、その様子を収録した映像に仮のCGアニメーションを付け、実写としての赫子のリアルさを模索した
このテストにより、接近戦【画像左】ではシルエットがゴチャゴチャしてしまい好ましくないため、ある程度距離をおいて格闘すること【画像右】や、ニュージーランドのTOYBOXが作成したアニメーションへの手応えなどが確認でき、実際の撮影への礎となったとのこと
POINT 002 クインケのサイズ感を探る
トーカと真戸戦で、真戸が展開する両手のクインケのサイズ検討用素材。実在しないクインケというものをどれくらいのサイズで映すべきか模索するために、大・中・小とサイズを変え、ポーズも付けたサンプル動画が作成された。人間が保持するものとしての重量感の確認や、大サイズでは役者を遮蔽するため会話が困難ではないかといった考証もされている
POINT 003 赫子マーカー
赫子マーカーは、役者への着脱の便、大きなアクションがあることを考慮して硬質素材は使わないなど、各種の要件を勘案しつつ作成された。それぞれの赫子に合ったサイズや形状のバリエーションがある。役者はサポーターやコルセットを装着し、その上に赫子部分に穴が開いた衣装を身に付け、超強力なマジックテープで着脱するしくみだ
POINT 004 撮影シート
撮影時に書き込まれる撮影シート。シーン・カット番号・概要のほか、カメラ・レンズの詳細も記載されている。カメラはARRI ALEXA(2,880×1,620)を基本に、2D PANやトリミングが想定されるカットではRED EPIC(4,096×2,160)で撮影された。左下にはグレーボール・カラーチャート・HDRIなどの撮影を確認する項目や赫子・クインケが登場するかどうかなどのチェック項目も設けられている
POINT 005 撮影素材とVFX制作
カネキとニシキ戦の撮影時には、カラーチャート【画像上左】・グレーボール【画像上右】・HDRI【画像下左】のほか、赫子がどのように振る舞うかを確認するための赫子ガイド【画像下右】も撮影している。赫子ガイドは約10mの緑色のロール紙に支持棒を付けたもので、6本作成された。ときには2本を継いで20mにして使用されることもあったという
CGレイアウト【画像左】は【赫子ガイド】を参考にカネキの赫子がニシキの赫子を両断する瞬間の演技がつけられている。完成画が【画像右】だ。「ニシキ戦はスケジュール的に最初の頃に撮影されたこともあり、フォグが多めに炊かれていたため馴染ませに苦労しました。この一連の仕上がりを基にコンセンサスがとれ、その後は合成を考慮してフォグの量を抑えていただいています」(桑原氏)
[[SplitPage]]POINT 006 リグ
リギングはTOYBOXが担当し、ビジュアルマントウキョーが取りまとめ、アニメーション担当者の負担を軽減するために、オブジェクトやコントローラが追加された。作業では役者の赫子マーカーをMayaでマッチムーブし、ロケータを配置してそこにリグをコンストレインして使用する。またコンストレイン後に位置・回転をオフセットできる予備のコントローラも1~2個追加された
カネキ・リゼの赫子のリグ。大量の可動式鱗が付属しているため非常に重い。アニメーション開始後もTOYBOXへ何度も修正を依頼し、そのたびにビジュアルマントウキョー側でも作業が発生したが、開いてコントローラを追加するだけでも時間のロスが大きいため、その作業をスクリプトにまとめ、Backburner経由でサーバに処理させることで効率化が図られた
トーカの赫子はTOYBOXによるリグ【画像上左】から、ポジション調整【画像上右】、赫子の向きを示すオブジェクト【画像下左】などが加えられている。複雑に枝分かれした構造が特徴的だ。サイズが変わる演出があるのだが、スケールをかけすぎると形状が破綻してしまうため限界値の目安となるスケールコントローラ【画像下右】も追加されている
真戸のクインケが閉じた状態【画像左】と開いた状態【画像右】。硬質な殻が裂けてフォルムが変わるという表現をするため、全体に細かなコントローラが多数置かれた
POINT 007 赫子の表現
アニメーションに関しては、TOYBOXによるアニメーションテストが行われた。アクションテスト撮影の素材に重ねるかたちで方向性が確認されたもので、"観たことのない映像"という方針の下、日本とはバックグラウンドの異なる海外のアーティストによる表現が期待されたという。赫子を覆うおびただしい数の鱗が、感情の昂りに呼応して脈動するように逆立つという演技は好評を博し、劇中の演出として採り入れらている
POINT 008 デジタルダブル~3Dモデルの作成~
ラビットの面を被ったトーカと真戸のアクションシーンは、DDを活用して人間の身体能力を超えた喰種の高速移動が表現された。「スキャンモデルのデータを受け取ったときは、ものすごいポリゴン数に愕然としましたが、モデルのサイズ感は実際の役者をスキャンしたため正確でしたね」(大熊氏)。3Dモデルは暗いシーンかつ、キャラクターの高速移動を表現するためのモデルであることを念頭に、使い勝手を考えて現実的な範囲までポリゴン数を削減している。実際に使用してみて、スカートがはためく等の細かい表現にはまだ不向きで、明るいシーンでは問題が残りそうだが、役者のサイズにピッタリ合わせたモデリングをすることを考えると有効だったという。ただ、スキャンしたままのモデルデータになってしまうため、ポリゴン数が多く形状修正は不向きなこと、そして可動域を考慮してTポーズやAポーズでスキャンしておくと良いことがわかったそうだ
3Dスキャンの様子
役者をスキャンした際に自動で生成されるテクスチャデータの一部。デジタルダブルを用いることで、ゼロからテクスチャ作成をする手間を省くことができた
生成されたトーカの3Dモデル。なお、リグはスキャンデータに合わせて用意されている
スキャンコーディネート:ACW_DEEP
スキャンスタジオ:ピクチャーエレメント
POINT 009 デジタルダブル~シーン制作~
3Dモデルの足の裏はメッシュがなく、テクスチャのつなぎ目が不自然な箇所も存在していたため、その箇所が見えないようにアングルやアニメーションを工夫する必要があった。それでも隠しきれない場合はモーションブラー等で馴染ませるなど、コンポジットで調整している。そのほか、関節の曲がり方などのエラーの解消も行われた。トーカが真戸のクインケに追いかけられるシーンは全てDDで描写され、モーションキャプチャデータが用いられている。実写素材とDDとのつなぎ目となる数フレームはどうしてもズレが生じるため、手付けでアニメーションを付けて補完し、それでも違和感がある場合はコンポジットでタイミングが調整された。「萩原監督にも、DDを用いる利点と欠点を認識してもらい、チェック時には"細かなエラーはいったん置いておいて"、全体の動きやタイミング等の演出方法を優先して固め てもらいました」(桑原氏)
アニメーションの作業画面
完成画の連番
[[SplitPage]]POINT 010 Rc細胞のパーティクル
リアリテイを追求する観点から、本作ではファンタジックな印象を与えるCG的な煙・発光物といったエフェクトは控えられている。しかしカネキとトーカの赫子が発現した際は、VFX的な演出として周囲にRc細胞が散布された。「Rc細胞のエフェクトは様々な状況のシーンに入ることが想定されたため、NUKEXの3Dパーティクルを用いて複数のパターンのベース素材を作成しましたが、NUKEXを所持していない協力会社さんにはそのままシーンを渡すことができませんでした。そこで距離・速度によって被写界深度やモーションブラーを手軽に付けられるようにDepthパス・Motionパスを格納し、カメラから見て手前・前・中間・奥の4レイヤーに分けて、Rc細胞の連番素材(4K)として配布しました」(桑原氏)。Mayaなどの3DツールではなくNUKE内での対応としたことで、修正時に発生する再レンダリングやツールの行き来といった手間が軽減されている。「複雑な表現を追求するには別のソフトを使用するなどの選択肢もありますが、ポストエフェクトを含めNUKE内で同時に調整・確認でき、ルックデヴも並行して進めることができました」(柳谷氏)
NUKEでのRc細胞追加ノードツリー。奥行き方向に4階層重ねたものをひとつの単位として使用している
トーカと真戸戦の実写プレート
別のカットのパーティクルがない状態【画像左】とある状態【画像右】
別のカットのパーティクルがない状態【画像左】とある状態【画像右】
余談だが、真戸とトーカ戦のロケ地となった水無川は本来水が流れていない川だが、偶然にも撮影直前に雨が降ったため、撮影時は水が流れていたという。そこでスタッフ総出で上流に簡易ダムを作って水をせき止め、ロケ場所には盛土してアクションシーンを撮影する舞台を築いて撮影に挑んだとのこと。当初は水のない舞台であったが、結果として水が画面に映り込むことで画に艶が出ている
POINT 011 亜門のクインケ
亜門のクインケが回転した状態はCGで表現された
CGコンセプト
当初からCG化を予定していたカットの実写プレートとCG素材に置き換えた状態だ。その仕上がりが関係者試写会で好評を博し、実写で収録していた10カットほどある平常時のクインケも全てCG化されることになったという。マスク切りや質感を詰める作業は4月半ばまで行われ、ギリギリまで画づくりが極められた
追加でCG化されたカットの基の素材と完成画
POINT 012 赫眼の表現
赫眼の表現は、眼にこだわりたいという萩原監督の意向を踏まえて様々な試行錯誤が行われた
【画像上左】は実写プレートで【画像上右】は瞳を赤くした初期の赫眼バージョン。どこを見ているかわからないというフィードバックを得て、瞳孔を追加することになったが、形状を細長くするなど様々な案があったという。そして【画像下】が完成した赫眼だ