2016年度のカンヌYoung Director Award金賞を受賞した気鋭の映像作家、マッケンジー・シェパード監督によるドローンが主人公の短編映画が本作だ。美しく印象的な映像は、世界各国で撮られた実写素材を活かしつつサイレントVFXとでも言うべき視覚効果が表現に彩りを添えている。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 235(2018年3月号)からの転載となります
TEXT_草皆健太郎(BOW CG)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
information
「DONNY THE DRONE」
2018年カンヌほか、様々な映画祭に出品予定
監督・脚本:マッケンジー・シェパード
制作会社:NION
本編:約15分
www.donnythedrone.com
圧倒的な映像美で描かれる人の心をもったドローンの物語
今回はマッケンジー・シェパード監督(以下、マック監督)による短編映画『DONNY THE DRONE』を取り上げ、その制作背景やVFXアプローチについて紹介していく。主人公であるDONNYはもともと単なる測量用のドローンだが、ある事故をきっかけに自我が目覚め、世界を見聞する間の人道的な活動によって、機械としては初となる「Person of the Year」を受賞する。本作は、その受賞式でのDONNYのスピーチをベースにストーリーが進行していく、近未来SF的な映像作品だ。コンセプトアートやストーリーボードなど、監督のイメージをビジュアル化したのがアートディレクターを務めたラファル・ゴシエニエツキ氏(以下、ラファル氏)。CGとVFXワークによって美しい映像に仕上げたのがミハウ・ドヴォヤック氏(以下、ミハウ氏)率いるJUICEだ。
イギリス出身のマック監督は、両親の仕事の関係で5歳から日本で暮らしている。幼少期からセルフィー中心のドキュメンタリータッチの作品や、レゴを使ったコマ撮り作品をつくっていたそうだが、その頃から「物や動物の擬人化」というテーマに非常に強く関心をもっていたという。映像制作を仕事にしてからもその思いは続く。「以前、携帯電話の中に男性が閉じ込められてしまう作品をつくったのですが、その次の段階として物を完全に生き物として描くというアイデアを発展させていくうちに、ドローンに行き着きました。ドローンは機械なので0か1かの単純な存在ですが、人間は善悪や正しいとか間違っているなどの境界が曖昧で複雑な生き物です。擬人化したドローンを通して、そういった人間の光と影が絡み合った側面を描きたいと思いました」(マック監督)。
本作は2017年1月に制作スタートし、撮影は2月から国内外のロケ地で別件の仕事の空き時間を利用しつつ、1週間分の日程を5ヶ月かけて実施。特に冒頭とラストのシーンは早めに撮影する必要があったという。その理由は、「私の主義として、最初と最後を先につくってしまって後から真ん中を展開していくという方法を採っています。最後が見えていると話を面白く展開させやすいんです」とマック監督は制作のコツについて話してくれた。マック監督をはじめ、日本人とは異なるセンスが随所に感じられる本作。その考え方や制作の裏側について詳しくみていこう。
可能な限りDONNYの航跡をなぞった撮影
ラファル氏によるコンセプトアート。自我を得たDONNYが体感している美しい世界のイメージと、本作のテーマである光と影がしっかりと表現されている
完成映像から抜き出した各シーン。印象的な画だが撮影時にねらって押さえたもので、VFXやグレーディングによる加工はほぼない。撮影場所は様々で、アリゾナやバングラディシュ、インドなど。もちろん日本でも撮影されていて、授賞式のシーンは神奈川県の藤沢子供センター、後半の砂漠のシーンは鳥取だ。基本的なマック監督のスタンスとして「少々のミスマッチがあったとしても、全体のながれでイメージと合致すれば問題ない」とのこと。むしろ意図に沿ったシーンが撮れるかどうかが重要なのだそうだ
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Topic 1 命を吹き込まれたDONNYのプロップ制作
Topic 1
命を吹き込まれたDONNYのプロップ制作
世界中を飛び回るDONNYをどうやって表現したのか?
ほとんどのシーンのDONNYは、実際のドローンに3Dプリントで作成したボディをかぶせて監督自ら操縦して飛ばしたもので、必要に応じて全体もしくは一部がCGに差し替わる。DONNYのデザインに関しては、当初ソーラーパワーで飛ぶドローンであるということ以外の多くは決まっていなかったため、まずはラファル氏によってイラストが描かれ、マック監督のリクエストを交えてイメージが固められていった。さらにそのイメージボードをラファル氏がCGで立体化し、それに対してマック監督がチェックを行なってDONNYのビジュアルを詰めていく。「ビジュアルを起こしていくにあたって、ボディの制作コストと何が可能かというところを見合わせながらつくりました。なので、撮影で使ったボディにもデザイン時の各パーツは一部再現されています」(ラファル氏)。初期のものを見るとまだ顔らしきものもなく、どちらかというとドローンそのものだが、アイデアを足していくにつれキャラクターらしくなっていったのがわかる。
その後、このデータを基に3Dプリンタで実際のボディを作成していく。3Dプリント用のデータ作成とボディへのウェザリングはプロの原型師が行なった。ボディの素材はナイロン樹脂のためかなり軽く、強度も既存のドローンよりも強い。なので「撮影中よく木にぶつかったりとトラブルはあったのですが、ボディの強度があったのでドローン自体はあまり壊れることはありませんでした」とマック監督。出力自体はアムステルダムで行なったそうだが、これは日本よりコストが大幅に安かったからだという。ただかなり遠方の海外であるため、壊れたり加工をミスしたりしたとき再度ボディを取り寄せるのに、数週間かかってしまうこともあったのだとか。
ボディが完成したところで、今度はCGに置き換えるためフォトグラメトリーを行う。やり方としてはシンプルで、回転台に乗せてDONNYを15度ずつ回転させ、1台のSONY α7Sで撮影してPhotoScanに取り込むというもの。「DONNYを回転させながら100枚くらい撮影しました。5ヶ月前に新しいオフィスに引越してきたのですが、ここの場所は自然光がソフトだったので、想定していた以上に上手く撮影できましたね」とミハウ氏。なおアップでは使用に耐えないとわかっていたため、そこまで仕上げを綺麗にはせず、プロペラ部分などは後から作り直している。またDONNYは白系の色でわりとマットな質感のせいか、かなり作業がしやすかったようだ。「DONNYは形状も含めて今回のプロジェクトに向いていたと思います。すごく上手くいきました」(ミハウ氏)。
徐々に人物感が表れてくるDONNYのデザイン
ボディの中には既存のドローンがきちんと入ることが優先なので、それを念頭にデザインが進められた
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イメージがFIXしたDONNY
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実際のドローンには脚やカメラが付いていて「見た目的に良くない」ということからなくすことにしたそうなのだが、脚にはGPSなどの機器が入っているために切り落とすことはできない。そのため、グリーンのテープを貼ってポスプロ時に消し込まれている。この消し込みだけで1ヶ月はかかったそうだ。また、後から目にLEDが仕込まれるのだが、それもマック監督のDIYで付けられている
フォトグラメトリーでVFX用モデルを作成
最終的に完成したDONNYからフォトグラメトリーによって3Dモデルとテクスチャを生成することで、実際に撮影されるDONNYとCGによるDONNYとの整合性をとっている。これは前述のように、3Dプリントした後にドローンを仕込むためにいろいろ加工したり、ボディに汚しを入れているためだ
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JUICEオフィスでの撮影の様子。オフィスの光の環境と、DONNYの色と質感が撮影時に功を奏した
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ソフトウェアはPhotoScanが用いられている
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Topic 2 VFXヘビーなシーンのメイキング
Topic 2
VFXヘビーなシーンのメイキング
必要に応じて用いられた様々なVFXのアイデア
VFXパートに関しては基本的にJUICEが担当している。ポーランドのワルシャワにあるJUICE本社に本作のチームが結成され、様々な素材作成とポストプロダクションが行われた。JUICEは総勢70人の大きな会社だが、今回のプロジェクトにはその中から10名ほどが参加している。作業はSHOTGUNでコントロールされ、各チームがMaya、3ds Max、thinkingParticles、NUKE、Houdini、MODOなど様々なソフトを使って制作が進められた。監督自身も編集はPremiere Pro、ショットによってはAfter Effectsでコンポジットも含んだ作業を行なっている。
随所にVFX処理がなされている本作においてDONNYは基本的に撮影された素材が使われているが、撮影が不可能なカットや演技的に必要なカット、破壊が絡むカットはCGのDONNYが合成されている。例えば、授賞式のシーンはDONNYを実際に飛ばして撮影されてはいたが、最終的には消し込まれてCGに差し替わっている。それ以外にも砂漠の俯瞰のカットでは、DONNYに先導される多くの人々はひとりを除いて全てHoudiniの群衆シミュレーションで再現されている。ちなみにそのひとりとは、DONNYを操作していたマック監督本人だ。
最も作業が難しかったというのが狙撃によって破壊されたDONNYがコントロールを失って落下するシーンで、「もともとの画は30秒くらいグルグル回りながら撮りました(笑)。10回くらいやって、その中から上手くいった箇所をつまんで使っています。DONNYが制御不可能な状態をしっかり見せたかったんです」(マック監督)。それに対してCGで破壊されたメカ部分を足していくのだが、「そもそもDONNYの中身って本当はどうなっているの? というところから始めなければなりませんでした。それまでは誰も中身を想像していなかったんです。また、実際に撮った画をできるだけ使いたかったので、必要な部分だけをCGでつくって入れ替えました。空舞台もほかと同様に撮影しています。このシーンはライティングが常に変化するので、コンポジットはすごく難しかったです」(ミハウ氏)。撮影された素材が、DONNYと背景の境界が曖昧なのと、レンズフレアが多く含まれていたために合成作業はかなり難航したようだ。
物語の核となる授賞式での狙撃シーン
一連のストーリーボード。ドキュメンタリータッチの本作だが、この前のカットは「善と悪」というテーマを明確に描くために、初めて人物にフォーカスされる。またマック監督によると、DONNYをより人物らしく表現するために「被弾したときに殴られたような感じを出したかったので、下から上に衝撃が感じられ、破片が血飛沫に見えるようにしました」とのことだ。ここでは人間とDONNYがはっきりと対比的に描かれ、光と影、善と悪というテーマを観る人にわかりやすく伝えるため、スローな演出になっている
DONNYが制御を失って落下する表現
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顔をCGに置き換え、飛び散った破片を作成して配置
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CG部分に質感を付け、コンポジットで被写界深度や手前のレンズフレアを足した完成形。「本作の善と悪というテーマを表現するため、わざと顔の半分にダメージを与えています。回転しながら物が散らばっていく遠心力を演出するのが難しくて、何度もやり直しました」とマック監督。ラストシーンでDONNYの生死は明確には描かれないが、今後予定されている長編で明らかになるかもしれないとのことなので、楽しみに待ちたい