7月7日(土)、DNPプラザにおいて、アニメーション制作ソフト「CACANi(カカーニ)」を活用したデジタルアニメーションの制作セミナーが行われた。
CACANiは、自動中割生成機能、自動彩色システムなど多彩な機能を備えた2Dアニメーション制作ソフトであり、制作支援ツールとして期待を集めている。現在CACANiを導入しているサンライズ オリジンスタジオ、デイヴィッドプロダクションのスタッフが登壇し、メイキング画像や実演を交え、その可能性が語られた。
TEXT & PHOTO_横小路祥仁(いちひ) / Yoshihito Yokokouji(ICHIHI)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
<1>『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』におけるCACANiの試験導入
CACANiはシンガポールの南洋理工大学で開発されたソフトだ。その名称は「Computer Assisted Cel Animaion」の略称であり、コンピュータの技術でセルアニメーターをサポート、支援するというコンセプトが込められている。現在は画像工学の研究からスピンアウトし、CACANi Private Ltd.(以下、CACANi社)として開発・販売を行なっている。
日本では2015年のACTF(アニメーション・クリエイティブ・テクノロジー・フォーラム)で紹介され、今夏よりクリーク・アンド・リバー社が日本総代理店として販売を手がけている。現在CACANi社は、サンライズ オリジンスタジオ、デイヴィッドプロダクションにCACANiを提供し、フィードバックを受けつつ、さらなる機能改善を進めているという。
セミナーでは、まずサンライズ オリジンスタジオのスタッフが登場した。オリジンスタジオは、現状ではCACANiを全面的に導入しているわけではないが、劇場版『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の制作中、3DCGとして作成する予定だったシーンで、スケジュール上モデリングの時間がなくなったため、試験的にCACANiを使用したという。
劇中、コンテナが運搬されるシーンにて、中割りの14枚の画像をCACANiで作成し、撮影工程でテクスチャを貼るという手順を踏んだ。こうしたシーンも手で中割りを描くことは可能だが、どうしても多少のズレが生じてしまう。実際CACANiを使用したところ、そうしたズレはなく正確に動画を作成できた。基の原画の精度が十分に高ければ、CACANiで高い水準の動画を作成できる手応えを得たという。
ただ、画面の外から入ってくる動きに対しては、自動生成の土台となるべき線が原画に描かれていないため、データ上で擬似的にコンテナをフレームの外に置き、その動きを埋めるように中割りを生成させるという対応が必要になった。CACANiはあくまで原画に描かれた線に対応するかたちで中割りを自動生成するソフトであり、現れる線、消えていく線まで自動で描画してくれるわけではない。そのためこれ以降の作業でCACANiを使用するときは、そうした動きを計算に入れ、フレームから外れる線についても準備する必要があったという。
コクピットに座るシャア・アズナブルのシーンでは、コクピットそのものは3Dでモデリングし、シャアとシャアの座るシートは手描きで、それぞれ別のセルに作画されている。ヘルメットの横の留め具がずれている、シートの形状が若干おかしい、などよくみると気になる部分があるが、これは原画修正が甘かったためとのこと。CACANiは原画を正確にトレースし、中割りを生成する。それだけに、原画に高い精度が要求されるのだ。
かつては全てが手描きで作画されていたため、手作業ゆえの線のブレに違和感を覚えることはなかったが、背景などに3Dが導入されるようになると、手描き部分が全体の仕上がりのネックとなりうる。その意味でも正確な原画を作成し、CACANiで高精度の動画をつくるという工程は有効といえるだろう。
左:メカなどのない日常シーンでも、試験的にCACANiを使用した/右:キャラクターの繊細な動きもなめらかに動かせる。背景モブもCACANiで作成 ©創通・サンライズ
オリジンスタジオでは、現在のところCACANi専門の作業者は置いていない。制作進行の福嶋大策氏は、「上手く使えば精度の高い中割りがそれほど手間をかけずに作成できる。動画マンを単純な中割りでは対応できないシーンに振り分けるなど、人的リソースを上手く使えるのでは」と語る。CACANiは、カット内容によっては強力なツールになるという確信を得られたという。
ズームイン、ズームアウト、メカや各種エフェクトなど、それほど大きな形状の変化がなく、一方で多数の中割りを必要とする、そうしたシーンには特に威力を発揮しそうだ。動画検査を担当した杉浦雄高氏も「使いようによってはすごく優秀なソフト。どうしても紙でやらないといけない、アナログ的な手法でなければ描けないシーンはまだあるが、ものによっては便利で融通が利く。作業日数の計算も立ち、完成図が予測できる」と評価する。
CACANiは仕上げ作業にも対応可能な機能を備えるが、現状オリジンスタジオでは動画工程のみの導入にとどまっている。『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の4章から6章、10〜20シーンほどで使用したほか、リテイク作業で、動画をイチから作り直す余裕もないというような場合にも重宝したとのこと。
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<2>TVアニメ『キャプテン翼』を例としたCACANi実演
<2>TVアニメ『キャプテン翼』を例としたCACANi実演
次に、デイヴィッドプロダクションのデジタル作画室長・宇治部正人氏、アニメーターの玉栄 翔氏が登壇し、実演を交えながらCACANiの制作現場での活用状況を紹介した。デイヴィッドプロダクションのCACANi導入は早く、2015年5月に初めて使用して以来、ノウハウを蓄積してきている。現在、CACANiチームとして10名のスタッフを置き、月産4~5,000枚を制作しているという。まずは、デイヴィッドプロダクションで制作しているTVアニメ『キャプテン翼』のCACANiでの制作風景の動画が上映された。
まずは原画のトレスから入る。作業には1枚あたり30分弱を要し、これは、入社1~2年目の動画スタッフと同じトレススピードだが、この段階では速さよりも後の作業を踏まえた仕込みの充実が優先される。仕込みの1つとして、サンライズのスタッフも触れていた、画面の外にある線の処理がある。ただ、枠外の見えない部分のトレスは、あまり正確にしっかり描き込む必要はなく、あくまで中割りに不都合が出ないようにするためのものだという。トレスは補助パネルに表示される矢印・番号を目安に、描き順に注意しながら行われる。ここで追加される線情報を基に自動中割りが生成されるのだ。
フラフラ歩くロベルト。見え隠れする部分が多い厄介なシーン ©高橋陽一/集英社・2018キャプテン翼製作委員会
キャラクターが振り向くシーンでは、原画に顔や身体の正面は描かれていないため、新たに補填しなければならない。CACANiはこの追加した線を見えない線として設定できる。この必要な線の追加は動画マンが担当するが、あくまで中割りのための補助線であり、極端な精度は求められず、問題はないとのこと。
また、CACANiの特徴として、線がベクターで描画される点があり、左目しか描かれていないキャラクターの原画からその左目をグループ化してコピー、反転させ、微調整しながら右目を作ってしまうことも可能だ。
原画では描かれていない隠れている右目をその場で作り出す ©高橋陽一/集英社・2018キャプテン翼製作委員会
最初のトレスの段階で必要と思われる線を用意しておくことで、中割りの生成が可能になるだけでなく、後々の補正作業も減らすことができる。ただ、シーンによっては、あえて大まかな中割りを作成して補正作業に重点を置いた方が良い場合もあるという。
続いて、例として四角い箱を描き、回転させるアニメーションの動画が提示された。これはCACANiの特徴である"描き順"を使ったもので、1枚目とまったく同じものを2枚目に描くいわゆる「同トレス」をつくる際、1枚目と2枚目で描き順をずらすことでCACANiが線を自動中割りして箱が回転して見えるというもの。手描き作業だとパースが崩れたり、形が歪んだりしてなかなか上手くいかず、ある程度の修練を要する。しかし、CACANiの作業要領を教えると、新人でもぱっと処理してしまうという。また、CACANiは中割りの動きに軌道線を設定し、動きにカーブを付けるといったことも可能とのこと。
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<3>CACANiとアニメーションの未来
最後に、サンライズ オリジンスタジオ、デイヴィッドプロダクションの各氏によるパネルトークが行われた。 CACANiの第一印象について、サンライズの杉浦氏は「現場でガンガン使われたら自分の仕事がなくなると危機感をもった」と率直に語った。CACANiは動画作成の支援ソフトだが、一方で、動画マンがいらなくなるのでは、という見方もある。デイヴィッドプロダクションの宇治部氏は、動画工程は人材が定着しない傾向があるが、それを変える可能性があるソフトがついに出たと思い、感動したという。
動画は新人が行い、その後技量に応じて原画へステップアップしていくもの、という業界の通念がある現状では、単価制とも相まって、一生動画をやるというのは難しい。CACANiで動画工程の生産性が上がれば、十分な報酬を得る専門職として確立しうるのだ。CACANiが動画工程に与える影響には期待が高い。作業量で報酬が決まり、同時に人海戦術で人手を要する結果、1人1人への報酬が抑えられてしまう状況から、CACANiオペレーターとしての少人数での作業が定着すれば、報酬制度の改編や、動画は原画の下職、といったありがちなイメージが一新される可能性もあるだろう。
サンライズの西村博之氏は、「動画の割り方には大きく2通り、画をつくりながら中割りを描いていくパターンと、原画と原画の間を機械的に埋めていく機械割りとがあって、機械割りなら自動化は難しくない。実際に導入してみたところ、相当な効率化が進むのではないか」と期待する。また、自動化により中割りの枚数を20枚、30枚と増やすことも可能となり、シーンの密度を上げることで、演出的な幅も広がる。
福嶋氏は、動画において紙とペンでやるラインと自動化されるラインとで複線化し、管理が複雑化する懸念を挙げた。しかしながら全体の作業スピードは向上するはずなので、制作進行などの面でも仕事量は結果的に軽減されるのではないか、との予測も語った。
制作スタッフの育成という面では、現在、アニメ業界では、動画から原画にステップアップする、月に一定枚数描けるようになったら原画マンとしての試験を受ける、といったながれが一般的とされ、サンライズも同様のシステムがあるというが、CACANiで自動化された場合、この基準も変化していくだろう。もっとも、デイヴィッドプロダクションでは、そのようなステップアップは設定しておらず、当人の適性を見ながら、様々な作業を経験する中で担当が定まっていくという考えだという。
また、西村氏は、動画と原画はそもそも似て非なる職業であって、動画が上手くても原画マンに向いていない人もいるという。30年の経験をもつ西村氏によれば、新人は基本的に20代でそれぞれにある程度絵の経験は積んできているはずで、入社の時点で原画になれるどうかは大体わかるものとのこと。
このほか、宇治部氏は、CACANiがベクターベースの技術であることから、正確性、精密性が期待できると同時に修正が容易なため、動画の修正作業を別工程として独立させ効率化するという手法も出てくるかもしれないと予想した。
さらにCACANiに期待することとして、杉浦氏は、現状での満足度がすでに十分高いため、UI部分であまり詰め込まないほうがいいのでは、との意見を述べた。宇治部氏は、CACANiは人力の部分で自動化できるところはないかということを考えながら開発されてきており、今後も人が苦労するところにスポットを当てていってもらいたいと期待する。
最後に、今後アニメーターとして業界に入りたい人へのメッセージが語られた。福嶋氏は「仕事としては大変な部分もあるが、完成したときはすごく嬉しい。大変さも含めて楽しめる人に来てほしい」と語る。杉浦氏は、「過酷で薄給などいろいろと言われるがこんなに面白い仕事はない。楽しくなければやっていられない、そういう楽しさを早く感じ取ってほしい。抜け出せない底なし沼のようなこの業界に入っていただきたい」と笑う。
西村氏は、CACANiの「作画の良さをできるだけ残す」というコンセプトは良いとして、そもそも手描きのアニメーションがこの先どういうかたちで残っていくのかわからない、と広い視点を提示。その上で、アニメーションというより映像制作と柔軟に捉え、進路を考えるべきという。
玉栄氏は興味をもって取り組み、続けてほしいと語る。自身も入社後にCACANiに出会い、取り組むうちに周囲から一定の評価を得られるようになったという。宇治部氏は、表現者として何がしたいのかが重要とする。そして、常に比較され、淘汰される業界でもあり、ネットをはじめあらゆるメディアに目を配り、外の世界に自分をアピールする力を身に着けるべきと語った。
■イベント概要
「デジタルアニメーション制作セミナー CACANiの活用と未来」
日時:2018年7月7日(土)
場所:DNPプラザ
共催:株式会社ワコム
FUN'S PROJECT
大日本印刷
クリーク・アンド・リバー社