シンプルな配信システムと、バーチャルキャラクターごとにカスタマイズする丁寧さ、バーチャルギフティング対応などの特徴をもつ「AniCast®」。ここでは、ふたりのバーチャルキャラクターを例に解説する。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 241(2018年9月号)からの一部転載となります
構成&TEXT_ks
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
各社の連携により誕生した魅力的なバーチャルキャラクター
豊かなキャラクター表現で注目されるAniCast®は、XVIが制作したVRアニメ制作ツールだ。XVI・SHOWROOM・Gugenka®の提携からなる「バーチャルSHOWROOMER 東雲めぐ」プロジェクトの中で開発された。「僕個人の自作ツールPlayAniMakerをGugenka®の三上昌史プロデューサーに見せる機会があったことをキッカケに、三社で連携してプロジェクトが動きはじめました」(室橋雅人ディレクター・XVI)。めぐさんがデビューした3月までの準備期間は3ヶ月、実質の作業期間はひと月程度だという。「基となるプログラムがあったので、それほど難しい作業ではありませんでした。キャラクター制御も難易度の高いことはしていません」(狩野成太メインプログラマー・XVI)。「もともと東雲めぐちゃんというキャラクターの準備を進めていたのですが、決め手に欠けていたところ、XVIさんと出会って華々しくデビューさせていただきました」(鈴木沙恵CGアーティスト・Gugenka®)。AniCastの原型となったPlayAniMakerは、その名の通りアニメなどの映像制作機能を主軸としていた。そこにSHOWROOMのギフティングシステムと連動した「バーチャルギフティング」を搭載することで、視聴者から贈られたギフトが生放送中のVR空間に出現し、視聴者が配信者や番組へアクセスする身近な手段として親しまれることになる。また、SHOWROOMがXVIをジャストプロへ紹介したことにより、バーチャルSHOWROOMER がんばるぅ子が誕生した。「機材構成がシンプルなAniCastは配信場所を問いません。個人が扱えることで活動の幅を広げられます。るぅ子は歌を含め、様々な展開をしていきたいですし、二次元と三次元の中間の存在なので、本人のタレント性と共にキャラクターの良さもフルに使いたいと思います」(福原慶匡プロデューサー・ヤオヨロズ)。
左から、福原慶匡氏(プロデューサー/ヤオヨロズ)、室橋雅人氏(ディレクター/XVI Inc.)、鈴木沙恵氏(CGアーティスト/Gugenka®)、狩野成太氏(メインプログラマー/XVI Inc.)
www.xvi.co.jp
www.just-pro.jp
gugenka.jp
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VRアニメ制作ツール[AniCast®]
www.xvi.co.jp/news
シンプルな機材構成で最大限のキャラクター表現を目指す
AniCastは個人で手軽にセッティングできる機材構成、セミオート化による表現により、使用者がコンテンツ制作に集中できる設計を目指している。「つまらなさは作品に出てしまいますので、操作する人が好きなように、楽しみながらできることが重要です。そこでUIに気を遣ったり、設計を考えたりして進めました」(室橋氏)。キャラクターごとのチューニングも行なっており、最短でも「3Dモデルがある状態からひと月少々」はかかるとのこと。こうしたフルカスタムチューンのF1的なAniCastに対し、より汎用的に内容を整理したプロダクトを一般向けにリリースする計画もあるそうだ。
徹底したチューニングも一例だが、バーチャルキャラクターへ向ける関係者の眼差しからは、誠実さや実直さ、あるいは愛のようなものが垣間見えた。「バーチャルキャラクターは、いずれ淘汰されていく段階に入っていくと思います。消費されるものではなく、ブームが過ぎて終わるのでもなく、長く残るものをつくりたいという想いがありました」(室橋氏)。「今は"VTuber"という呼び方が主流ですが、そうした肩書きではなく、ただの"パーソナル"として受け容れられる日が来るでしょう。年齢・性別を問わず、なりたいパーソナルを身につけられる......ひと昔前と異なり、最近はふんわり受け容れられる状況になってきました」(狩野氏)。「モデラーとしては、演者さんが魂を吹き込みたくなるような容れ物をつくっていきたいですね。産みの責任というか、ただのコンテンツではなく、生きた存在として扱われる重みを感じています」(鈴木氏)。「昨今のIPで大事なことに"ファンに対して終わらないことを約束する"ことがあります。生放送を前提とするSHOWROOMでは濃いファンをつくりやすい一方、コンテンツとしての拡がりをどう維持するか考える必要があるでしょう。るぅ子と関連企画はそのあたりも工夫していきます」(福原氏)。
個人制作のMakeItFilm
室橋氏が個人で制作しているPlayAniMakerは、AniCastの原型と言えるツールだ。「自分はプログラマーではないので、遊びでつくっていたものからAniCastへ一新するにあたり、メインプログラマーとして狩野に立ってもらい、ふたり体制でスタートしました」(室橋氏)。その際は開発がふたりだったことと、PlayAniMakerはプロトタイプとして機能し、仕様書もつくらず動かせたこともあり、アジャイル的にフィードバックをくり返すかたちで開発が進められたという。画像は、構想上は連携予定だという室橋氏のもうひとつの個人制作ツール「MakeItFilm」の画面。VR空間内で自分がカメラマンとして映像を撮影するというツールで、左右の画面に分かれており、左がカメラから見た映像、右がその撮影風景となる。今後の連携に期待したい
Oculus RiftとノートPCのシンプルな機材構成
コンテンツ制作の手軽さはAniCastの強みのひとつだ。「Oculusは正面に赤外線センサーを置けば環境が整い、ベースステーションを部屋の対角に設置する必要のあるHTC VIVEより手軽という判断で選択しました。Oculus Touchの操作感も、手の表現・ニュアンスを大事にしたいAniCastと相性が良かったです」(室橋氏)
PC(Oculusが動作するスペックがあれば十分)とOculusから成る最低限のAniCast配信セット。ほかにオーディオ入出力デバイスとマイクが加わる
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未来の日本政府のエージェント「がんばるぅ子」
「がんばるぅ子の政見放送!」
AniCast® XVI Inc./©SHOWROOM ©JustPro
www.showroom-live.com/ganbaruuko
キャラクターデザイン
のぶし氏によるキャラクターデザイン画・表情集。ビジュアル原案は福原氏によるもので、SHOWROOMのギフトの中にあったタコをモチーフとして組み込んでいる。「SHOWROOMの配信は上半身にアテンションが多くなることを意識してデザインしてもらいました。また、視聴者にリラックスして観てもらえるような包容力のあるコンテンツを意識して、色味はパステルカラーで統一しています」(福原氏)。タコ以外には星のモチーフも瞳・襟に添えられている。表情の中では、喜怒哀楽を中心とした一般性の高いラインナップのほか、モチーフを反映した「タコ唇」が特徴的だ。また背面腰部にもタコ足のモチーフが配されている。SHOWROOMの配信では背面が映る機会はなかなかない中での、こだわりが感じられるアクセントだ
3Dモデル
るぅ子さんの3Dモデル。ポリゴン数は約7万ポリゴン。「めぐちゃんの前例がある中での作業ということで、お互いのフォーマットがわかった上でのやり取りは、非常にスピーディに進めることができました」(鈴木氏)。モデル制作期間は約ひと月半とのこと
顔付近のワイヤーフレーム表示。瞳のハイライトはオートで微動させるために独立したメッシュになっているほか、二重のラインもメッシュで表現された
袖口は肩からの補助ボーンによって、肩の可動と連動して干渉を回避している
デザイナーのフィードバック
レンダリング画像に対するデザイナーからの指示書き。「45度ずつレンダリングし、斜めから見てもかわいくなるようにチェックしてもらいました」(鈴木氏)。「配信中はよく首を振ることを見越して、可能な限り死角のない顔を目指しています」(福原氏)。頭部については、髪飾りのタコの大きさ・角度やハイライトの出方(中央が長く、左右に向けて短く)、頭頂部の分け目の有無、顎のラインの角度などが指示されている。背面については、ヒレのような後ろ髪のシルエットの修正が、ボディについては襟元の構造感や胴のくびれのライン修正が指示された
るぅ子さんを支えるディテール「フェイシャル」
完成したフェイシャルの一例。注目は髪飾りのタコで、るぅ子さんの表情・感情にリンクしてタコも変化するようになっている。「モデリング作業の中では表情に一番注力しました。AniCastは表情を重視していることもあり、どうしたらかわいくなるか、試行錯誤をくり返しています。AniCastに組み込まれると100倍くらい魅力が増幅されて、XVIさんには本当に感謝しています!」(鈴木氏)。表情のパターンは約40ほど用意されており「配信中に煩雑にならないよう、数を多数用意するのではなく、組み合わせによって表現するようにしています」(福原氏)とのこと
目
表情の一例。前髪に隠れている眉毛もレンダリング時には前面に描画されるしくみとなっている
ユニティちゃんトゥーンシェーダーによる質感表現
質感設定後のルック
Unityでの質感設定の様子。シェーダはユニティちゃんトゥーンシェーダーが用いられている。アサインされているマップもBaseMapのみとシンプルだ。AniCastはアニメをつくるためのツールとして開発されていることもあり、動きがリミテッドになる表現を入れているほか、質感も作画テイストを志向している。「作画アニメと100%同じではなくても、グラフィックとしてAAAの品質ではなくても、受け容れられる土壌があります。できる範囲の表現とCGとしての良さ、CGだからできることはグラフィックを設計する上でも常々意識しています」(室橋氏)
ギフティング
SHOWROOMでのコミュニケーションの一環として根付いているギフティング。降ってきたギフトアイテムとキャラクターがインタラクションするだけでも、ついついギフトを贈りたくなる。このギフトアイテムは、キャラクターに合わせて色味・雰囲気が変更されている
最も素敵なギフト「タワー」や、モチーフの「タコ」などを多数贈られたるぅ子さん。ギフトアイテムの中にはるぅ子さんの苦手なものも含まれているのだとか......!?
[[SplitPage]]「東雲めぐ」ができるまで
「はぴふり! 東雲めぐちゃんのお部屋」
AniCast® XVI Inc./©うたっておんぷっコ♪/©Gugenk®
www.showroom-live.com/megu
キャラクターデザインと3Dモデル
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デビュー当時からのコスチューム「冬服」。うさ耳スカーフや背面の大きなリボンのほか、ちょっと高めのヒールといったポイントが目を引く。また生地の紺がデザイン時点ではやや暖色寄りなのも特徴だ
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変身案のデザイン画。うさぎのモチーフがより前面に押し出され、また音符要素も付与されている。今後はこうした制服姿以外のコスチューム展開も見られるかも?
Maya上でリギングを施した状態。ポリゴン数は約5万5千ほど。バーチャルキャラクターの3Dモデルでは、めり込みを避ける意図もあり袖がないデザインになることが多いが、コンセプト的に露出を控えたデザインとなっている。めり込みのせいで実在感が削がれてしまわないように、ウェイトは慎重に調整したとのこと。袖口を揺らすためのボーンのほか、股関節やふくらはぎのウェイトを適切にふるために、補助ボーンが設けられている。なお、デザイン&モデリングはGugenka®の五十嵐拓也氏が担当した
補助ボーンの追加でより自然な変形を可能に
手首の形状変形を改善するための工夫として、手首と肘の間に補助ボーンが追加された。手首の捻りを表現する際、手首のボーンを直接回転させるのではなく、この補助ボーンを捻ることでより綺麗にデフォームさせられる
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補助ボーン追加前のデフォーム。前腕から手首へつながるシルエットが不自然に見える
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補助ボーン追加後。自然なシルエットになっている。手首の回転は前腕の尺骨・橈骨がねじれることで行われるという、身体の構造に沿った骨打ちと言える。「XVIさんから知見をいただくかたちで補助ボーンを入れました。とても綺麗な変形になって良かったです」(鈴木氏)
豊かなフェイシャルによってキャラクターに魂を吹き込む
モーフターゲットは顔パーツを上下に分け、それぞれ作成されている。目元とまゆげがそれぞれ12パターン、口元が24パターンだ。目元は眼球の動きに合わせて微妙にデフォームするようになっており、例えば眼球の上下動と連動して目の見開きが調整される。また表情筋が連動するようなかたちで、眉毛も若干移動する。口元はOculusの配布しているOVRLipSyncをベースに拡張(XVIからAniLipSyncとしてGitHubにてMITライセンスで公開中)。この際、ある形状から別の形状への補完をリニアで行わず、モーフ開始の早い段階で大きめに形状変形するようなカーブにすることで、アニメの口パクのような、リミテッドなリップシンクが実現された。詳しくはBOOTHで公開中のUniteの資料で確認できる
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顔付近のボーン構成。前髪にボーンは配置されておらず、髪飾りの花、横髪が物理演算で揺れるようになっている。またボリューム感のある後ろ髪は、途中までは1本のジョイントチェーンで、比較的末端近くで中・左・右に分岐して揺らしている
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表情の一例
創意工夫を加速するポテンシャル
YouTubeチャンネル「MeguRoom」には歌ってみた動画が投稿されている。いずれもめぐさんが制作したもので、ある日ふと投稿され、XVI・Gugenka®の誰もが驚いたという。「動画のことは知らず、編集から配信まで、めぐちゃん本人が4時間くらいでつくったと聞いて驚きました」(室橋氏)。「AniCastはもともと簡単に映像を制作するためのツールで、カメラアングルも動かせました。ベース機能の応用と、めぐちゃん本人の素質でびっくりするような動画がつくられていました」(狩野氏)
満点の星空の中で歌うめぐさん。全天を覆う背景は、普段の配信中にファンアートを掲示する機能を応用して、星空を貼った板を拡大し、複数敷き詰めることで再現している
同様にハートの画像をVR空間内に多数固定し、描き割りの中でポーズをとっている表現。「最近はめぐちゃんからのリクエストで、風を吹かせる"扇風機"を用意しました」(室橋氏)とのことで、髪が風になびく表現も見られるかもしれない
実在感を最大化する工夫と今後の展開
コンテンツとして、キャラクターとしての魅力など、めぐさんの放送には様々な側面がある。それらを下支えしている"安定感"や"自然さ"という雰囲気も視聴者を引き込んでいるのだろう。めぐさん本人の創意やスキルによるところも大きいが、実在感を損ねないためにAniCastに施されたチューニングの数々も忘れることはできない
「Unite Tokyo 2018でも触れたのですが、関節や目線の補正には気を遣っています。肘の角度は手にもったOculus Touchの情報のみからは正確には得られません。しかし実際の関節の可動範囲を基に、必要以上に動かないように制限し、手がこれくらいの位置にあるときに肘や肩はこれくらいになるはず、というしくみにしました」(狩野氏)。これによってOculus Touchの位置・角度によって肘が極端な向きになってしまうことを回避している。目元については、普段「考えながら動かしているわけではない」動きを手で操作してもらうのは酷だということで、諸々の制御がセミオートで行われるようになっているそうだ。「こうした制限や補正を応用し、将来的にキャプチャしたデータからキャラクターのテイストが宿ったモーションをワンタッチで得られるようにできないかと構想しています。CG映像はキャラクター崩れが起きないなど、ボトムを揃えやすいのが特徴ですが、そのボトムラインをさらに押し上げることになるでしょう。そうして良質な作品がどんどん増えていくことにつながれば良いですね」(室橋氏)
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サングラスをかけためぐさん。こうしたオブジェクトの装着を発展させ、ゲームのキャラクターメイクのような衣装の切り替えも予定されている
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7月9日(月)の生放送では夏服姿が披露された。今後の展開に期待したい