KONAMIとCygamesという異色のタッグが大きな話題を呼んだ本作。PS2時代の原作を違和感なく4K化し、かつVR対応させた舞台裏には開発陣によるリマスター作品ならではの試行錯誤が隠されていた。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 241(2018年9月号)からの転載となります。
TEXT_神山大輝(NINE GATES STUDIO)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
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『ANUBIS ZONE OF THE ENDERS : M∀RS』
発売:コナミデジタルエンタテインメント
開発:コナミデジタルエンタテインメント・Cygames
発売日:PS4版9/6(木)、PC(Steam)版9/5(水)
価格:4,980円+税
Platform:PS4/PS VR/PC(Steam)
ジャンル:ハイスピードロボットアクション
www.konami.com/games/zoe_mars
© Konami Digital Entertainment
4K対応とVR化で生まれ変わった『ANUBIS Z.O.E. M∀RS』
KONAMIの誇る人気ロボットアクションゲーム『ZONE OF THE ENDERS』シリーズの最新作『ANUBIS ZONE OF THE ENDERS: M∀RS』。4K対応リマスターとフルVR対応を追加した同作は、2003年に発売されたシリーズ2作目『ANUBIS ZONE OF THE ENDERS』のリマスター版という位置づけで、KONAMIとCygamesの共同体制で開発が進められている。
「もともと弊社に『ZONE OF THE ENDERS』シリーズのファンが多くおり、Cygames側からANUBISのリマスターを制作したい旨を打診しました」と語るCygames 堀端 彰氏は、原作となるPS2版の熱烈なファンでもある。サンプルとなる作品のクオリティの高さと、何よりも作品に対する愛情の深さを感じたKONAMI側はこの申し出を承諾し、共同開発がスタートする運びとなった。プロデューサーとして監修およびKONAMI側のデータの受け渡し等を一手に引き受けたコナミデジタルエンタテインメントの岡村憲明氏も「作品を心から愛している人たちがつくるリメイクは、必ず良いものが出来上がります。私自身も実際に"ジェフティ"に乗りたいと考えていましたが、これがVRという要素になりました」と説明する。
開発初期から携わっているメンバーは10名程度、開発期間はリマスター作品としては比較的長期間のプロジェクトとなった同作だが、VR技術周りはCygames東京本社が担当し、4K対応などグラフィックス面は主に大阪Cygamesが担当するかたちとなった。目指す方向性は、原作の忠実な再現にハードの進化に合わせたリッチテイストを加えたもの。「4Kということで表現できるものは増えますが、原作とあまりにちがうと違和感が出てしまう。爆発のエフェクトの出方からメッセージウインドウの開閉の挙動まで、こと細かにジャッジを行いました」(堀端氏)。以降では、原作とのグラフィックのちがいやその実装手法、VR特有のデザインなどを紹介していく。
Topic01
ANUBIS×VRで表現されたジェフティの実在感
VR特有のUIデザインと緻密に積み上げられた酔い対策
『ANUBIS ZONE OF THE ENDERS』は従来サードパーソン視点のゲームで、高機動人型ロボットのジェフティを操って縦横無尽に3D空間を飛び回り、辺りに散開する無数の敵ないし同型の敵対ロボットを倒していくというプレイ内容だった。しかし、今回は全面的なVR対応が行われ、視点もファーストパーソンとなることに伴い、ゲーム中の画面には大幅な変更がなされている。大きな変化は、「自分自身がジェフティに乗っている」ということがわかるような機体フレームの表示だ。
ハイスピードアクションが特徴的な同作は、そのまま画面を平行移動させるとVR酔いが発生してしまうが、これを緩和するためにワンクッションとしてコックピット内の空間を詳細に描いている。コックピット内はオールクリアではなくドーム状に流動ラインが流れるような仕様にしており、あえて空間を意識させるようになっているほか、エフェクトもソフトパーティクルを用いて内部には入ってこないようになっている。また、ジェフティのホログラムが常時出現しており、ファーストパーソン視点ながら機体の位置や状況を客観的に把握することができるようになっている。
さらに、VRでは酔いの一因となるコントローラによる上下の視点変更は標準の設定ではできないようになっており、上下は自分が首を動かして確認するようにした。この仕様変更を踏まえ、ステージに中間ポイントを設けて、そこを辿っていくようなゲームデザインに変更されている。ほかにも、酔い対策として画面全体をビネッティングする、視点変更を最小限にとどめるため字幕の位置を変更するなどレイアウト上の工夫が施されており、これらによって快適なプレイ感を実現している。
コックピットを表示することで実在感を強調
4K版(TPS)のゲーム画面
VR版(FPS)のゲーム画面。VR版では、現実世界での身体動作とVR空間内での視点移動が合致しないことによって発生するVR酔いの対策として、リアルなコックピット画面が実装された。サードパーソン視点ではメタ的な表示だったサブウェポンやHPゲージなどのUIも、コックピット内であれば違和感なく表示しておくことができる。自身の機体の向きや位置、状況については、右手側のホログラムで確認でき、これはコントローラによる操作と共にリアルタイムで動いていく。このように、VR空間と人間の目のあいだに空間をつくることで、酔いの軽減につながっている
ハイスピードアクションだからこそのVR酔い対策
コックピットはドーム状となっており、上から下に向かって流動ラインが流れてくることで外界との空間的な境界をつくっている。外の風景がそのまま見えてしまうと、動きに関する刺激が強くなってしまい、酔いやすい状態が生まれていたが、視覚的に境界をつくり、静的なコックピット空間を認識できるようにすることで酔いの軽減を目指したのだという。また、本作は上下の視点移動は首の動きのみとなるが、体験版をプレイした限りでは極端に上下を確認するシーンはなかった
全体的にレンズのビネッティングを行うことで、酔いを軽減しているという
至近距離でのエフェクト調整
VRの場合はこれまでのサードパーソン視点と異なり、敵機体が目の前まで近づいてくることになる。こうした至近距離において、自身の武器で斬撃などを加えた場合、その際の効果音は聴こえていても斬撃自体は見えず、眼の前のチラつきとして表示されてしまうことがある。これを避けるため、エフェクトが斬撃後も多少残るように調整が行われた
ごく至近距離まで接近した敵は、ディザ抜きによって半透明に見えるよう設定されている
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Topic 2 短期間で4K解像度テクスチャを大量生産
Topic 2
短期間で4K解像度テクスチャを大量生産
DCCツールのカスタマイズでワークフローを改善しリソースの大規模化に対応
本作の3DCGワークは、プログラム周りをCygamesシニアエンジニアの岩崎順一氏および堀端氏、4Kテクスチャを中心としたリソース制作はテクニカルアーティストの脇田 卓氏がリードした。「グラフィックス面に関しては、表現をHDR的なものに置き換えるというところが大きな変更点です。PS2時代はアドホックな表現が多かったですが、今作では敵機体の映り込みや眩しい光などの表現が豊かになっています」(岩崎氏)。
また、低解像度のテクスチャでは敵影がにじんでしまい、没入感を大きく損なうことになってしまうため、必然的に4K解像度が求められた。当初キャラクターモデルのみに適用する予定が、背景などを含めて全て4K解像度で対応するかたちとなった。「UIだけでも3,500枚程度のテクスチャが用いられています。人数が限られている中で全てを4K解像度にリファインするということで、新しい手法にチャレンジをするというよりは既存手法の効率化がメインとなりました」という脇田氏の言葉通り、同作ではDCCツールのカスタマイズを中心に既存ワークフローの改善が行われている。
KONAMI側からはPS2時代のテクスチャデータ、プログラムコードがCygames側に共有されたが、モデルデータは実機に最適化されたバイナリデータとなっており、ファイル名やテクスチャ名もハッシュID(16進数の文字列が8桁割り当てられたID)で管理されていたため、これを一度実機に読み込んでエクスポートした後にFBXに変換するコンバータを開発し、紐付けされたテクスチャもMaya上で参照できるようカスタマイズ。このしくみは、背景のリフレクションシェーダを実現するため、PS2版で欠落していた頂点法線の追加にも使用された。テクスチャ側にもハッシュIDを書き込み、映画『マトリックス』のようなビジュアルでモデルとの紐付けがリアルタイムでプレビューできるほか、リフレクションに用いるマスクもRGB情報からSubstance Designerを介して自動出力できるようなしくみを採っている。
4K解像度のテクスチャによるルック比較
PS4版(本作)のゲーム画面
いずれも色味は原作を踏襲しながら、細部の表現がアップデートされている。フォトリアルな表現というよりは、線や面がパキッと綺麗に見えるルックが目指した方向性であり、結果として原作寄りのマットな質感となっている
テクスチャ解像度については一目瞭然となるが(左側:PS4版、右側:PS3版)、陰影表現やエッジ部分まで含めて非常に精細な描画となっており、敵機が近影に見えても質感はまったく違和感のないものとなっている
Substance Designerによるマスクの自動生成
カリストの氷壁などの表現に用いられているリフレクションシェーダのためのスペキュラマスクは、Substance Automation Toolkitを使ってSubstance Designerから元のカラーテクスチャのRGB情報を基に自動生成される。画像はマスクテクスチャ出力用のグラフ
Maya上で.sbsarのパラメータを設定してテクスチャを出力できる
カラーテクスチャの修正(コミット)に合わせて、Jenkinsを用いてマスクテクスチャの一括出力を行う
内製のデバッグツール
ルックDevの一環として、Maya上で実機プレビューできるツールを開発。調整したい場合はMayaでプレビューしながらテクスチャを参照し、Photoshopでテクスチャ(PSD)を編集して保存すると即座にテクスチャが書き換わり、プレビューに反映されるようになっている
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原作再現のため、PS2版ルックで確認できるPS2モード
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マトリックスモード。モデルおよびUIパネルとテクスチャの紐付けが正しいかどうかを確認するため、ハッシュIDの情報をテクスチャ側にもたせ、ゲーム画面で数字を表示することで正誤判定を行なっている
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Topic 3 原作通りの色味と、原作を超えた表現力
Topic 3
原作通りの色味と、原作を超えた表現力
高度なポストエフェクト処理
VR化と共に本作の主軸となった4K対応に関しては、アップスケールを行うなどの擬似的ではなく2160pのネイティブ4Kでの出力となり、内部をHDRで拡張したため高輝度表現が可能となっている。また、PC版では余剰パワーを用いて、オブジェクト同士の反射などより高度な表現を行なっている。背景とキャラクターはPS4版同様の一般的な描画プロセスを経るが、PC版はそれ以外に法線と速度バッファの描画も行い、作成済みのデプス、法線バッファ、前回の結果も踏まえてSSAO成分を作成、これをゲーム画面と合成することでAOを表現。その後、前フレームで計算したSSR用のUV情報を基にSSR成分の計算とブラー処理を行なった上で差分となるSSR成分を合成し、レーザーなどのリフレクションを実装している。
また、エフェクトではPS4・PC版共に、差分法の縮小バッファが用いられていることが特徴。「本作では特殊なアルファブレンドを多用するため、一般的な乗算済みアルファでの縮小バッファコンポジットでは難しい状態でしたので、方式を変更しました。フル解像度のシーンをいったん縮小バッファにコピーしてそこに追加のレンダリングを行い、追加レンダリング前の画像との差分を取り再抽出して4Kバッファに合成しています。この方式では従来パスを変更することなく全てのブレンドモードが利用可能になります。ぼかし系のポストエフェクトごと縮小バッファに投入するなど大胆なことも可能になったので、大幅な負荷低減になりました」(岩崎氏)。なお、モーションブラーやグレアフィルタなどのポストエフェクトはシリコンスタジオの「YEBIS 3」を使用し、情報量の多さと原作のテイストをマッチさせている。
全てのエフェクトが反射の対象となるSSR
リフレクションにおいて半透明描画は反射対象外とするのがセオリーだが、本作ではエフェクトのデプス情報【A】をMRTで同時生成し、レイトレーシングの直前でシーンデプスバッファ【B】と合成して利用することで【C】、爆発系のエフェクトやレーザーなどをSSRでリフレクションしている(【D】合成前/【E】合成後)。また、PBRな照明モデルでは夕日の光が海面で縦に伸びるなど「反射した光源が法線方向に伸びる現象」が発生するが、これを表現するために異方性ブラーを導入。法線方向を考慮してブラーする方法が変化するアルゴリズムで実装を行なっている。【F】通常のSSR/【G】本作のSSR
負荷軽減とPS2版同等の描画のために採用された縮小バッファ
通常はアルファブレンド関連描画を特殊値でクリアされた縮小レンダーターゲットに描画し、縮小バッファに描画した内容を元解像度へブレンド描画するが、これでは減算半透明やアルファ値が1を超えるような特殊なブレンドではレンダーターゲット側の色がないため結果が変わってしまう。そのため、本作では元解像度の画像を縮小バッファにコピーしてレンダーターゲットとして使用、描画前後を比較した差分を元解像度へ反映する【上の4枚の画像】。差分となるため、全てのブレンド手法に対応可能なほか、不透明描画や一部のポストエフェクトにも対応可能となる
【上画像】はデバッグ表示で、緑の元と色が大きく異なる部分と、赤のエッジ部分の元解像度での色差分が大きく異なる部分が出ないよう調整された
半透明合成が重なるたびに変色する黄色シフト問題の改善
HDRシーンの高速描画のために利用される「R11G11B10_FLOAT」フォーマットで描画した際、半透明合成が折り重なると煙などが黄色みがかった色に変色する問題が発生【画像左】。これは青成分が10bitと他の成分に比べ精度が粗く、演算ごとに劣化し微量ずつ失われることが原因だったため、エフェクト描画をfp16の高精度バッファに変更して縮小バッファの併用で性能と発色を維持している【画像右】。なお、同問題はPS2版と比較した際に黄色くなっていると指摘が入ったことが原因で発覚していることから、カラーは原作に非常に近いものが実現されていることがわかる