2018年8月現在、Kaguya Luna Officialのチャンネル登録者数が80万人を超える人気バーチャルYouTuber の『輝夜 月』(かぐや るな)。その1/7スケールフィギュアが8月末から予約開始となった。本記事では、デジタル造形を手がけた榊馨氏(Wonderful Works 代表/Pixologic公認 ZBrushマスター)自らが、制作の舞台裏を徹底解説。さらにワンダーフェスティバル2018[夏]の同社ブースにて展示された『輝夜 月』等身大フィギュアのメイキングも合わせて紹介する。

TEXT_榊馨 / Kaoru Sakaki(@sakaki_kaoru
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)

ファンアートからの出発

2017年末にバーチャルYouTuberが急な盛り上がりをみせた頃、『輝夜 月』が登場し、すぐ大のファンになりました。そこで2018年のお正月休みを利用して個人的なファンアートとしてフィギュアを制作しました。と言ってもCG上の話であって、商品化はおろか3Dプリントをするつもりもなかったのですが、Twitterでの反響が大きかったので、版元様へ申請して許諾をいただき、商品化の運びとなりました。

短時間でのモデリング

本作は『輝夜 月』のキービジュアルのイラストを立体化していますが、最初にモデリングを開始した時点では上半身のポーズしかわかりませんでした。そのため脚の部分は想像で補って作成しました。


制作ソフトはZBrushを使用しています。フィギュアをつくる際は、まずZBrushに初めから用意されている[Mannequin]という棒人形を使ってポーズを検討します。上図の[Mannequin]は、頭の向きをわかりやすくするために筆者がカスタマイズしたものです。前述の通りこの時点では右脚の状態がわからなかったので、右脚で立っているものと考えました。


短時間で作成するため、過去に作成した似たポーズのフィギュアを流用しました。【上図:左】は拙著『ZBrushフィギュア制作の教科書』(2016/エムディエヌコーポレーション)用に作成した『ロゼッタ』のデータです。先ほど用意した[Mannequin]をガイドにして腕のポーズなどを変更し、『輝夜 月』のイラストに合わせていきました【上図:右】。


服のベースメッシュは、マスクを描き、[Extract]を使ってつくります【上図:左】。マスクで描きにくいところ、例えば首周りは別パーツでつくってから[DynaMesh]を一体化し【上図:中】、[ZRemesher]でリトポします【上図:右】。


スカートのような形状は[ZSphere]から作成します。[ZSphere]メッシュに対し、[ZModeler]ブラシを使ってポリゴンの削除や追加を行い、スカートの形状を作成します。肌に近い服は[Extract]と[ZRemesher]を使って作成し、スカートのような肌から離れたものは[ZSphere]を使用するというように、機能を使い分けています。


しわなどのディティールはレイヤーに分けてつくっていきます。例えばスカートの場合は、しわのみを入れたレイヤー、布の厚みの部分を丸めたフィレットのレイヤー、スジ彫りを入れたレイヤーの3つに分けています。レイヤーを分けることなく、スジ彫りを入れた上からしわをスカルプトした場合、スカルプト中にスムースを使うとスジ彫りも影響を受けてしまいます。スジ彫りレイヤーを非表示の状態で、しわレイヤーに対してのみスカルプトし、その後でスジ彫りを表示すると、スカルプト中のスムースなどの影響を受けないスジ彫りを復活させることができます。

3Dプリントをする際は、プリント後にスジ彫りが消えてしまわないよう、幅や深さを0.4mm以上にします。スカートも形状を維持できるよう、厚さを1.3mm以上とるようにします。このときは短時間で作成することを目標としていたため、スジ彫りの幅や深さ、スカートの厚さなどは特にチェックせずにつくっています。


目は[Spotlight]でイラストを転写しています。[Spotlight]は画像を転写するだけなので、目の周辺の髪の毛などの余計な部分も転写されますが、[Polypaint]を使って手作業で修正しました。


ほかのパーツにも[Polypaint]で色を付けています。UV展開をする手間が省けるので、サッと色を乗せる場合はとても早く作業が終わります。ここまででいったん完成とし、商品化の申請をしました。

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イラストに合わせたつくり込みと、
3Dプリントに対応したデータ修正

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イラストに合わせたつくり込みと、3Dプリントに対応したデータ修正

いったん全身をつくりましたが、商品化にあたり、キービジュアルの全身イラストに合わせたポーズの変更や、3Dプリントに適していない部分の修正をしていきます。

  • 全身のイラストを見たところ脚のポーズがちがったので、[Transpose]で脚を曲げてイラストに合うように修正しました。また手首や顔の角度もよりイラストに合うように変更しています。


【上図:上】は修正前、【上図:下】は修正後です。以下にて、修正内容を解説します。

【上図:1】より起伏の激しいスカートのしわに変更しました。ZBrushのビューポートでちょうどいいくらいの掘り込み具合だと、実物で見た場合に起伏が弱く見えます。また3Dプリント後には磨いて表面を仕上げていきますが、磨き込みをするうちにディティールが少し落ちる場合もあるので、余計にしわが弱くなってしまいます。そこで少し強めと思うくらいにしわを強調するよう変更しました。

【上図:2】スカートの重なり具合をイラストに合わせて変更しました。

【上図:3】前述の急造時には[Polypaint]しやすいように色分けする部分を別パーツでつくっていますが、イラストを見ると凸状にはなっていないのでスジ彫りに変更しました。このスジ彫りは3Dプリント後に消えないよう、0.4㎜幅になることを測って確認した上でつくっています。

【上図:4】黒いライン部分はイラストではより細いため変更しました。2本のスジ彫りの間は黒く塗るには細すぎるため、幅広いスジ彫りにして、凹部分に墨を流す想定の形状にしています。このように塗装の工程まで考慮しながら作成しました。


スカートなどの布の厚さは1.3mm以上とるように調整します。ZBrushで長さを図る場合は、まず大きさの基準となる箱を用意します。今回は長辺223mm、短辺10mmの柱を基準としました。この短辺の頂点に[Transpose]のアクションラインを引き、[Preference]>[Transpose Units]の[Calibration Distance]を10に設定します。こうすることでアクションラインの大きいメモリが1mm、小さいメモリが0.1mm相当になります。これをスカートの断面に当てることで厚さを測ります。【上図:左】の場合は2mmくらいの厚さがあることがわかります。


サブディビジョンレベルを下げたローポリのスカートを用意し、[NanoMesh]を使って直径1.3mmの球体を全てのポリゴン上に配置することで厚さを測る方法もあります。球体がオリジナルのスカートからはみ出していなければ、1.3mm以上の厚さがあります。


CGでフィギュアをつくる際にやりがちな失敗として、【上図:左】の矢印で示した部分のように、パーツ同士が貫通したまま配置してしまうことが挙げられます。ブーリアンで重なりを削ってしまえば、実物の組み立てに問題はありませんが、実物はCGよりも隙間が目立つため、ブーリアンによって削った後の段差がとても目立ちます。3Dプリント後に手作業で直す方法もありますが、パーツ同士の貫通はできる限りCG上で直しておきます【上図:右】。


以上のようなつくり込みや、3Dプリントのための最適化を経て形状が完成しました。


Form2で3Dプリントを行い、実物での監修を版元様に依頼しました。Form2で3Dプリントをする際は、本番の分割作業は行わず、上半身と下半身を分ける程度にして、3Dプリントの負担を下げています。Form2での3Dプリントは本番前の仮出力ですが、形状を確認する上で十分な細かさがあるため、監修はスムーズに進みました。データ修正と再出力も容易なため、本番前に実物でのしっかりとした確認と修正をすることができました。

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分割作業&等身大フィギュア制作

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分割作業

3Dプリント可能な状態になりましたが、組み立てるためのパーツ分けと勘合作成が済んでいないため、外見の形状が確定したら分割作業を行います。例えば後頭部パーツの場合、分割前は【上図:中】のようになっているので、顔をはめるための穴やツインテールを付けるための勘合をつくります【上図:右】。


勘合作成には[SK_IMMFit]というカスタムブラシを使っています。これは勘合作成に必要なプリミティブを備えたブラシで、左右の勘合をちがう形にしたい場合に使う、五角形状と台形状のプリミティブなどが用意されています。『輝夜 月』の場合は、向かって左は台形状の勘合、向かって右は五角形状の勘合で統一しました。


パーツの接合面の隙間を目立たせない工夫をしながら分割を進めます。例えばツインテールのようなパーツは、通常は後頭部に重なるように作成し、ブーリアンで重なっている部分を削ります【上図】。こうした場合、ツインテールの根元が後頭部の髪の毛の溝によってギザギザになってしまい、後頭部やツインテールのパーツが3Dプリントの際にゆがむと、隙間ができやすくなります。また、隙間があるとツインテールの根元のギザギザも目立ってしまいます。


このような場所はブーリアン後の凹凸を手作業で滑らかにし、ブーリアンの断面のエッジがツインテールの結び目に入り込む形に見えるよう、スムースブラシで丸め込みます。こうしておけば後頭部とツインテールの接触面の隙間が自然に見えるようになるので、多少位置がずれても目立ちません。


また、帯と上半身、肩と上半身などはパーツ同士が少し入り込むような接合面にしておくと隙間が目立ちません。


すべての分割作業が終わったら、3Dプリントの準備が完了です。

1/7スケールフィギュア制作の解説は以上です。以降では、等身大フィギュア制作について解説します。

等身大フィギュア制作

今回は前述のデータを使い、等身大フィギュアも制作しました。外見の形状はそのまま使っていますが、分割作業以降は1/7と大きく異なります。


1/7スケールでは腕や脚ごとに分割を行いますが【上図:左】、等身大では腕や脚を更に10∼15cmくらいのサイズに細分化して3Dプリントを行います【上図:右】。


1/7スケールではProjet HD 3500などを使って3Dプリントしていますが、等身大で同じ3Dプリンタを使用するとコストがかかりすぎるため、FDMプリンタを使います。


 

FDMプリント時の素材はABSを使用しています。ホットナイフなどでパーツ同士の素材を溶かしてくっつけ、さらにアセトンで全体を溶かしてパーツ同士とプリントの積層をより強固に溶着します。

FDMプリンタの出力物は時間が経つと積層に割れが発生してしまいますが、アセトンで溶着することで割れを防げます。FDMプリンタはPLAなど様々な素材でプリントできますが、ABSは溶剤で溶けやすく溶着しやすいため使用しています。また柔らかく磨きやすいのも利点のひとつです。


パーツを溶着したら、パテで溶着の跡や積層を埋めつつサンドペーパーで磨いていきます。


脚に鉄心を入れて補強しつつ全体を組み上げます。組み上がったら、3Dプリントした原型に直接塗装して完成です。塗装には2液性ウレタン塗料を使っています。FRPなどへ置き換えると強度は増しますが、時間がかかるため行なっていません。3Dプリントしたものをそのまま使うことで時間とコストを圧縮できています。


上図はワンダーフェスティバル2018[夏]のWonderful Worksブースでの展示風景です。『輝夜 月』等身大フィギュアは展示用ですが、1/7スケールフィギュアは予約受付中です。

© Kaguya Luna