中国・miHoYoが開発・運営するスマートフォンゲーム『崩壊3rd』。日本アニメ的なトゥーン表現とキレのあるアクションで人気を博す本作は、新しいシナリオの実装ごとに配信されるPVも魅力のひとつで、5月末に公開された最新PV『女王降臨』も大きな話題となった。miHoYoと、ワンダリウムを軸とする日本CG界のトップクリエイターたちが挑んだ制作の裏側について、本誌241号に掲載されたものに大幅加筆し、全3回に分けて紹介する。初回となる今回は、制作の全体像とキャラクターモデル工程に迫る。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 241(2018年9月号)掲載の記事にトピックを追加し、再編集したものです
TEXT_峯沢★琢也 / Takuya Minezawa
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
PV『女王降臨』(英語版)
ビリビリ動画公式配信(中国語)はこちら
※日本語版はアプリ『崩壊3rd』内で視聴可能
Information
スマートフォンゲーム『崩壊3rd』
ジャンル:3Dアクション
メーカー:miHoYo
価格:無料(アプリ内課金あり)
対応機種:iOS、Android
www.houkai3rd.com
© 上海米哈遊網絡科技股份有限公司(miHoYo Co.,Ltd.)All rights reserved.
日本アニメを踏襲しながらも最先端の映像を目指したPV
新しいシナリオが実装されるたび、そのシナリオのキーとなるキャラクターをフィーチャーしたPVを大々的に展開している『崩壊3rd』。miHoYoの開発陣はメイドインジャパンのハイクオリティアニメーションに対して並々ならぬ愛情をもっており、その熱意はPVの映像からも窺える。「中国のコアユーザーは日本アニメへの憧れが強いですが、ただ表現を模倣するだけでは古いと言われます。常に最先端の映像を提供していかないとライバルの多い中国市場では頭ひとつ抜け出せない。そんな中、昨年公開したPV『Reburn』が好評だったので、今回も前作にひき続きワンダリウムさんに制作をお願いしました」とmiHoYoのTierria氏は制作の経緯を語る。
「セル調でありながらも、ダイナミックで新しい映像を」というコンセプトの下、前作から尺や登場キャラクター、エフェクト等の情報量を大幅に増やし、その物量に対応できる日中合同の座組みを整えて挑むこととなった。miHoYoは絵コンテを含め、デザイン、アート関連、参考資料を提供、その後の制作はワンダリウムを中心に、メインキャラクターのモデリングに宮嶋克佳氏と帆足タケヒコ氏、メカアニメーションの一部シークエンスにunknownCASEほか、錚々たるメンバーが集結。コアメンバーは20名ほど、そこにスポットで参加した作画スタッフ等を含め常時30名強が5ヶ月間張り付きで作業をしたとのこと。
トゥーンでありながら時代に見合う質感をベースに、コマ送りでチェックするコアなファンも満足できる密度の情報量を映像に込めた。「このPVは"キャラクターの魅力をユーザーに伝える"ことが目的ですので、どの角度でも端正に見えるよう、顔はほとんどのカットでレタッチをしています。『今回はここまで』という妥協したつくり方はしたくなかったので、120%の力で臨みました」とワンダリウム代表の河田成人氏はその手応えを語ってくれた。
また、監督を務めたmiHoYoのGeister氏も、今回のCGWORLD.jpへの記事掲載にあたり「miHoYoはアニメ制作に新規参入したばかりで、知識やノウハウ等をこれからたくさん学ばなければならない状況です。そのような中で現在アニメ部はスタッフ1人1人が様々な業務を兼務しており、スキルアップに努めています。僕のようなアニメ制作の初心者でも監督として活躍できる会社ですので、やる気があれば成長の機会はいくらでもあります。そして、今回ワンダリウムのような経験と実力を兼ね備えているチームと一緒に仕事ができたことは素晴らしい経験でした。両社はアニメ制作における高い志とそれを実現する力をもっています。これからもコンテンツの品質向上を追求し、多くの素晴らしい作品を世界に生み出していけるよう、邁進していきます」とコメントを寄せてくれた。それでは次項からその詳細をみていこう。
■3列目右から CGディレクター・河田成人氏、リギング監修・高橋大介氏、リードモデラー・佐野 覚氏(以上、ワンダリウム)
■2列目右から 帆足タケヒコ氏(picapixels)、宮嶋克佳氏(フリーランス)、崎山敦嗣氏、
加島裕幸氏(以上、unknownCASE)
■1列目右から アシスタントプロデューサー・伊藤詩於美氏、CGデザイナー・三浦美歌子氏、CGデザイナー・新野真吾氏、チーフコンポジットディレクター・原野豪行氏(以上、ワンダリウム)
■ほか、ワンダリウム制作チームの皆さん
左から:Tierria氏、監督・Geister氏、Manabi氏、Jing氏、Sami氏(以上、miHoYo)
作画的表現を追求しつつ時代に見合った質感を目指す
本作に登場するキャラクターは「キアナ」と「芽衣」の2人。このモデリングについては、2人の顔と髪のガイドを宮嶋氏、芽衣のボディを帆足氏、キアナのボディとそれぞれの仕上げはワンダリウム社内と分担して行われた。「今回は衣装がとても複雑で、miHoYoから驚くようなクオリティの設定画が上がってきたので、こちらもオールジャパンで挑むしかないと、前職時代から18年一緒に仕事をしてきて、今も第一線で活躍するキャラクターモデラー宮嶋さんと、15年来のお付き合いでハードサーフェスのモデリングであればこの人しかいないという帆足さん、お2人にオファーしました。宮嶋さんは前作『Reburn』でのキアナのモデリングからひき続きお願いしています」と河田氏。
限られた時間の中でハイクオリティなモデルをつくり上げるために、宮嶋氏が手がけた前作のキアナのモデルを用いて仮レイアウトを組みつつ、モデリング、リギング、アニメーションの作業がほぼ同時並行で進められた。プロポーションに関しては前作のモデルをベースにしたため問題はなかったが、細かい造形についてはmiHoYoの監督のこだわりが強く、フィードバックのやりとり等含め2ヶ月ほど調整に時間を費やしたという。
例えば衣装と肌の境界については、テクスチャ上でラインを描くとアップショットの場合に境界線が滲んでしまうため、境界線に沿ってポリゴンに割りを入れてUVを分けることで常にシャープなラインを表現できるようにしている。ディテールの細かさを求められた本作ではあるが、セル調の表現において不可欠な固定ハイライトや影については、テクスチャに焼き込むことによりあえて簡略化している。影やハイライトの描き込みは、3Dペイントを用いてアタリをつけてからPhotoshop上で清書することで意図した形状を効率的に表現できたという。テクスチャの解像度は基本的に4Kまたは2K、一部アップショット用に8Kサイズまで用意したが、宮嶋・帆足両氏に基となるテクスチャデータをパスで描いてもらっているため、拡大・縮小にも柔軟に対応できるようになっている。最終的にはキャラクター1体に対してテクスチャは64枚、ラインはMayaのペイントエフェクトで描画、コンポジット用の素材は14レイヤーとのこと。
Topic 1. デザイン画の再現を徹底したキャラクターモデル
通常のアニメーション制作では、ある程度線の整理をした上でデザインを起こすものだが、本作ではディテールは間引かずに非常に細かい部分までモデリングで再現すべく、かなり精密に描かれている。
キアナの設定画
芽衣の設定画
芽衣の3DCGモデル。髪のテクスチャに関しては、描き入れられた汚れの箇所とタッチをそのまま再現するなど非常にレベルの高いオーダーが出されたが、海外に日本のモデリングの凄さを見せつけるべく、チームが一丸となり応えた
Topic 2. 作画的表現のための細やかな仕込み
キアナと芽衣の顔モデルは、数々のモデル監修やフィギュア原型を手がけてきた宮嶋氏の細やかな技が光る仕上がりとなっている。目に関しては、テクスチャに描いて処理するのではなく、瞳、白目、ハイライトを全てオブジェクトで制作。瞳をすり鉢状にして立体感を出している。これにより、アニメーション時に各パーツの位置を自由に動かすことが可能となり、またMayaのビューポート上で目の表情を確認しながら作業ができるというメリットがあったという。
ほかにも眉間の皺や小鼻、二重のラインなどは別パーツになっており、リグを通すことでON/OFFが切り替えられるようモデルに仕込んである。「設定画を一度こちらで咀嚼してハイライトの位置を調整するなど、アニメ愛にあふれる監督のオーダーに対しても真摯に応え、安心して任せてもらえるようにがんばりました」と宮嶋氏はふり返る
Topic 3. テクスチャ
キアナのテクスチャ画像の一部。右はUVのワイヤーフレームを表示した状態。基本は、カラー(明)、カラー(暗)、強制影、強制ハイライト、マスクといったレンダリング用の素材ごとに分かれている。四面になっている左上がカラー(明)、右上がカラー(暗)、左下が強制影・強制ハイライト、右下がマスクという構成だ
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Topic 4.シャープなトゥーン表現と萌えへのこだわり
Topic 4. シャープなトゥーン表現と萌えへのこだわり
帆足氏が担当した芽衣のボディは、アーマーを纏っている上、ダメージ表現により左右非対称のデザインとなっており、メカモデルとしての整合性を保ちつつ破損のあるパーツをモデリングする必要があった。また先述の通り衣装と肌の境界線(左上)については、右上のように割りを入れてUVを分けることで、テクスチャを使用した場合に比べ境界線がぼやけないように工夫されている(左下)。さらにタイツの太ももへの食い込みや、タイツの破れからの肉の盛り上がりなどもモデルの形状で再現することで、女性らしい柔らかいシルエットの美しさを追求(右下)。「セクシーな凹凸だけでなく、靴の裏にまでディテールの指示がありました。身体のバランスは一発OKでしたが細かい調整に時間を割きました」(帆足氏)。
Topic 5. 線画のタッチを忠実に再現
芽衣の設定画とモデルの比較。設定画の段階でかなり傷や汚れが描かれており、この部分の線だけは髪のハイライト等と同様にモデルではなくテクスチャマップとして表現されている。見比べると、線の抜け具合やかすれた感覚も極力再現されていることがわかる。特に筆のストローク感には監督もこだわりがあったとのこと。
Topic 6. ペイントエフェクトによるライン描画
主線の描画にはMayaのペイントエフェクトを使用。オブジェクトの色や部分ごとにペイントエフェクトの色を変えており、主な部分としては髪、肌、ボディスーツと、パーツによって色トレス状態になっている。できる限りノイズっぽくならないようペイントエフェクトの設定には気を付けたとのこと。
Topic 7. 3Dペイントの活用
今回は、強制影や強制ハイライトをテクスチャに描き込む際に、Substance Painterであらかじめモデルに対してざっくりと位置を3Dペイントし、それをアタリとしてPhotoshopで清書して仕上げるという手法が採られた。クローズアップに堪えられる高解像度テクスチャが必要になったときにも対応できるよう、パスで描画して出力している。
キアナの強制影のアタリをSubstance Painterで描画している様子