桐島ローランド氏率いる国内最高峰のフォトグラメタリースタジオとして、広告・ミュージックビデオの制作に活用されているAVATTA(アバッタ)スタジオ。本稿ではそのスタジオを文化ファッション大学院大学ファッションマネジメント専攻の学生たちが訪問した際の様子をレポートする。さらに、衣装デザイン、布のシミュレーションに特化した3DCGソフトMarvelous Designerを、ゲームやVFX用途ではなくファッションデザインにとりいれているファッションデザイナーHATRA(ハトラ)の長見桂祐氏のお話も紹介。ファッションとデジタル技術が交差する最先端の現場ではいま何が行われているのか、少しだけのぞいてみよう。
※本記事は2018年7月30日の取材内容に基づきます。
TEXT_安藤幸央(エクサ)/Yukio Ando(EXA CORPORATION)
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
<1>ファッション分野におけるフォトグラメタリーの可能性
学生にこれまでAVATTAが手がけてきた作品を紹介する桐島ローランド氏
フォトグラメタリー(Photogrammetry)とは、もともとは「写真測量」のことを示す業界用語だった。現在では主に3次元の物体を複数の観測点から撮影して得た複数の2次元写真から、視差情報を解析して寸法・形状を求め、色情報をもった3Dメッシュデータ化する写真測量方法のことを指す。従来は3Dスキャナと併用することもあったが、カメラの台数、解像度の増加、ソフトウェアの進化によりフォトグラメタリーだけで十分な精度のデータを取得できるようになってきた。このフォトグラメタリーではカメラで撮影した写真から再構成するため、必用十分な高解像度のテクスチャデータが得られる一方、取得したテクスチャから照明が当たっている成分を除去する必用があり、運用にはさまざまなノウハウを必用となる。
関連記事:注目度高まる"フォトグラメトリー"。その可能性をAVATTA・桐島ローランド氏に聞く!
AVATTAスタジオは、フォトグラメタリー、3Dスキャンのスタジオで、2Dの写真を複数撮影することで立体的なデータを作成している。取り扱うデータは多々あれど、とくにファッションデザイン(服飾)をデータ化する用途にも役立つと考えられ、今回、文化ファッション大学院大学の学生を招待することになったそうだ。
AVATTA社、代表取締役社長兼CEOの桐島ローランド氏は、ファッションデザインとフォトグラメタリーの親和性について、下記のようにコメントしている。
「服を着る人のサイズにあうようパターン(型紙)を起こすのは大変な作業だったのですが、3D技術により、着る人それぞれの身体に合わせたパターンを自動的につくることができるようになりました。この技術はファッション業界でもブレイクスルーになり、今後、テーラード(仕立て服)を自動的につくる人も出てくるのではないかと思います。僕もZOZOSUIT(※)で計測してジーパンとシャツをつくってみましたが、これからはクチュール(特注の仕立て服)が全自動になってくるのではないかというのが、私の見解です」。
※ZOZOSUIT 全体に施されたドットマーカーをスマートフォンのカメラで360度撮影することで体型サイズを計測、自分のサイズにあった服をオーダーできるサービス
「フォトグラメタリーでファッションモデルを3DCG化してしまえば、以後、その3DCGモデルをアバターとして使うこともできます。ファッションの撮影では、モデルを雇ってカメラマンを雇ってヘアメイクも雇ってと大変なコストになりますが、3DCGモデルをつくってしまえば背景も限定されずにどんなシチュエーションの写真もつくることができます。たとえばエッフェル塔の前で撮影するにしても、3DCGモデルを使うことで簡単に実現できるわけです。そうすれば商品である服が完成するまえにカタログの準備ができたりと、スピード感がまったく変わってきます。僕はもともとファッション写真が専門なので、こうした技術を使って"ディストラクション"と呼ばれる業界の常識を壊すような手法を探っています。現在は正直なところ3DCGの方がコストがかかりますが、Marvelous Designerのようなデジタルツールで服をつくっていく時代になれば、スキャンデータから縫製工場まで、全てデジタルデータにより服をつくれてしまうようになるのではないかと考えています」。
「AVATTAではモノから人、建物、街までスキャンすることがあるのですが、普段入れないところを3DCG化して探索するバーチャルツーリズムなど、さまざまな可能性を感じています。先日、北九州の重要文化財をスキャンしてデータ化したのですが、これが素晴らしい出来で、見ていると本当にそこにいるような感覚になる。もともと3DCGでつくられた建築物のモデルはあったのですが、ディテールや質感など、3DCGでゼロからつくったものとは全く異なるリアルさがありました」。
桐島ローランド氏らによる北九州市旧門司税関を舞台にしたVRコンテンツの制作風景
<2>文化ファッション大学院大学の学生による3Dスキャン体験
見学当日、AVATTA社内のフォトグラメタリー用スタジオでは、139台のNIKON D5300とD5500が使用された。360度をぐるっと囲むドーム状にカメラが設置された撮影ブースへの出入り口には、スタンド式のリグでカメラを配置。被撮影者の身長に最適な位置にカメラの位置をあわせるため、電車のパンタグラフに似た伸縮装置によってカメラが取り付けられている。
カメラ設置の様子。リモートシャッターでコントロールされている
※筆者撮影
足元も正確に撮影するため台座に乗り、一般的に「Aポーズ」と呼ばれる状態で撮影開始。両手を下に向けて開き、手の指も開いた状態で撮影が行われる。目は見開いたままで139台の外部コントロールされた一眼レフのシャッターが一斉に切られ、表情などをチェックして、OKであれば完了となる。
撮影直後のデータ確認の様子
写真変換を確認する様子
※筆者撮影
データ化した自身を見る本人。データ量として1300万のポイントクラウドを50万ポリゴン程度に変換する
次ページ:
<3>Marvelous Designerの使い手、ファッションデザイナー・長見桂祐
<3>Marvelous Designerの使い手、ファッションデザイナー長見桂祐氏
ここからは、Marvelous Designerを使うファッションデザイナー長見桂祐氏(HATRA)のお話を紹介していこう。
HATRA / ハトラ
「部屋」を主題としたウィメンズ・メンズウェアブランド。衣服をポータブルな最小の部屋として捉え直し、衣と身体のあたらしい関係を模索する
hatroid.com
長見佳祐
デザイナー。2010年HATRA設立。「居心地のよい服」としてスウェットパーカを中心としたコレクションを発表。2018SSよりウィメンズラインを本格化
おもな出展:「Future Beauty -日本ファッションの未来性-」(2012 東京都現代美術館)、「JAPANORAMA」(2017-18 ポンピドゥ・センター・メッス)など
学生達に自身の作品を紹介するHATRAの長見氏
3DCGソフトであるMarvelous Designerをファッション分野で使ってみた感想は?
長見桂祐氏(以下、長見):Marvelous Designerは去年から触っていましたが、ここ最近で実用レベルになったと感じています。最初、使ってみてビックリしたのは、よくある3DCGソフトのように彫刻的ではなく、布の二次元データを扱うため設計図が実際の服と同じ......つまり実際に使った型紙を流用してPC上で同じ服がつくれる点が革新的でした。
さらにPCの画面の中で触って、布に癖づけができるのには驚きました。布を折ることもできますし、摩擦係数も素材によって設定できます。素材の項目もたくさんあって、プリセットを選びつつ、調整も可能です。あらかじめ50種類ほどのプリセットが用意されており、曲げ強度、せん断強度など、繊維の検査機関が使うような専門領域、パタンナーがあまり触れ合わない単語まで網羅されています。
一番役に立っているのは、生地をパターンの上にもち込むと配色のちがいなどを試すことができ、いままでデザイン画でいちいち確認していたことが、立体的に触れる状態でシミューレーションできる点です。Marvelous Designerの使いこなしとしては、ここ1ヶ月でかなり習熟度が上がり、もうこのツールを使っていなかった1年前には戻れないなと感じています。
Marvelous Designerを使いながらデザインのながれを解説
Marvelous Designeを活用し始め、制作フローに変化はあったのか?
長見:プリント生地をつくり、ボディ(実寸大の人体模型)に着せてみてからやり直す作業がゼロにはならないものの、限りなく少なくなる。デザイン工程の時間短縮よりも、あとあとの工程の修正や変更が減らしていけるというのが、すぐにでも始められる有効なMarvelous Designeの使い方だなと思います。
今回、紹介した生地のデータもスキャナで取り込んだだけなのですが、質感もよく出ていて、便利に使っています。
ツールとしての使い勝手について、不満などは?
長見:専門家ではない初心者がどれぐらいのスピードで習熟できるかわかりませんが、Marvelous Designeは5年前よりも確実に洗練されてきて、使いやすくなっています。服飾CADがつかえる人は、ベジェで線をひくことが難しくないので、すぐ使えるようになると思います。
Marvelous Designeを導入してみて良かったと感じるのは?
長見:例えば、丈を伸ばしたり、長さを調整したいとします。今までは実際に布でやっていたので、もし布を切りすぎると1からやり直さなければいけない。しかしMarvelous Designeなら、何度でもやり直すことができる。それだけでも大きな成果です。
私は服飾デザインと服飾のパターンづくりと両方やっているわけではなく別にパタンナーがいるのですが、その方とのコミュニケーションのすれちがいもなくなりました。Marvelous Designerの画面を見ながらブラッシュアップしていってもらえ、デザインの仕事とパターンの仕事の距離が随分縮められたと感じています。
それに、襟ぐりに線をいれた方が可愛いかもしれないと思ったときに、Marvelous Designerがあれば1分で確認できてしまう。Marvelous Designerは今までは面倒だと思って試してみない、めんどくさいことを理由に失われていったこと、床にちらばってしまって拾い上げられなかったアイデアなど、それらを全部ひろい直すようなソフトだなと思います。
新しいソフトは難しいとか、ずっと紙と鉛筆でデザインしてきた人は「CGに頼ると自分のやり方がかわってしまう」とアレルギーをもつ人もいますが、このツールを使うことで、あきらめていたことをより効率よく何度も試してみることができます。自分の考えているアイデアをツールの上に反映し、お互いに良い影響を与えながら使えています。
これからMarvelous Designeを使ってみたいと考えている学生へのメッセージ
長見:Marvelous Designerは僕に特に向いているツールだと思っていて、だからこそ「あんなこともできるかも、こんなことも!」と前向きに取り組めています。けれどもそうでない人にも誤解しないでほしいのは、今までのやり方がツールに置き換わるという大げさな話ではなく、今までのデザインのバリエーションのひとつとして役立つというだけです。僕達の仕事が脅かされるんじゃないか......と深刻に考える必要はありません。ただただ便利で、日常が楽になるツールだと考えると良いのです。ツールがあれば布を触らなくなってしまうとか、そういうことは全くありません。そこのはきちがいはなくしていきたいと考えています。
本来、ゲームなどに使われていたツールにファッションデザイナーの知見がまざっていくことでより面白いことできるようになる。皆がもっている知見や経験を、存分に発揮していける時代になってきたのです。ファッション系の学校には、ぜひMarvelous Designerのチュートリアルをカリキュラムに入れて学んで欲しいと思います。ツールの勉強だけではなく、立体裁断など型紙とは何かを学ぶにも役立ちます。単純に、とても便利な情報源なのです。
オートクチュールが現代のテクノロジーによって置き換わるのでは? という考えもありますが、そもそもオートクチュールも、その当時の最新のテクノロジーだったというのが最大のポイントです。なんでも新しいものを使うというファッションの挑戦にとって、テクノロジーも1つのツールに過ぎないのです。