まだまだアナログが主流の不動産分野に積極的にITを採り入れていこうとしているのがスタイルポートだ。ここでは、物件のVR内覧システム「ROOV」を例に、不動産分野における3DCGの活用について紹介する。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 246(2019年2月号)からの転載となります。

TEXT_石井勇夫(ねぎぞうデザイン
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

  • 左から、小長井雅博氏(GUNCY'S・テクニカルプランナー)、中村幸弘氏(スタイルポート・グループマネージャー)、野澤徹也氏(GUNCY'S・テクニカルアドバイザー)、三浦成人氏(スタイルポート・マネージャー)
    styleport.co.jp
    www.guncys.com

  • ROOV
    "不動産ビジネスをアップデートし「やがて、常識になる未来」を創造する"をコーポレートビジョンとして掲げるスタイルポートが展開する、Webブラウザで閲覧できる3Dルームビュワーサービス。インターネットに接続できれば手持ちの端末から物件を見ることができる。物件は3DCGで作成されているため、未竣工や居住中の不動産でも作成でき、寸法や形状なども正確に再現されており、ユーザビリティが高い。モデルルームなどでの接客ツールとしても活用されており、今後の展開が期待されるサービスだ

RoovDemo 最新ver.はこちら

3DCGを駆使した物件の内覧システム

3DCGはゲームや映画などのエンターテインメントで使われるものだと、CGクリエイターも含めて思いがちだが、様々な事象をわかりやすくビジュアライズできる技術であり、世の多くの場面で使われている。例えばニュースや専門書の解説や製造メーカーでのデザインの検討、研究職でのシミュレーション結果の表示、医療の診断など枚挙に暇がなく、活用範囲は今後も増えていくだろう。そのようなながれの中で、従来ITと相性が悪いといわれてきた不動産業界で積極的に3DCGを使ってサービスを開発しているのがスタイルポートだ。「3DCGを含めたITと不動産を結びつけることでブレークスルーができるのではないかと考えています」と取締役の中條 宰氏は語る。

同社はスマートフォンやPCのブラウザで不動産物件を内覧できる「ROOV」を開発し、デベロッパーへ提供している。ROOVは①ネットがあれば特殊な端末やアプリも必要なく閲覧でき、独自開発の描画エンジン「Styler3D」を使いスマホでもサクサク動く。②3DCGでつくられているため、未竣工の物件や現在居住者がいる中古物件でも内覧が可能。加えて写真ベースでは難しかった色変えや採寸、家具の配置シミュレーション、ウォークスルーなどの便利な機能も搭載している。③クラウドを使用しているためユーザーの動向を把握できる、という3つの特長がある。「世の中には3DCGを使ったり、3DCGに置き換えたりすればもっと便利になることが多いのですが、それを提案してつくり上げることができる人が少ないと思います」とROOVのテクニカルアドバイザーを務めるGUNCY'S代表取締役の野澤徹也氏は、3DCGの将来について語る。今回はたまたま不動産だったが、3DCGの活躍の場はもっと増やせるという。「やがて、常識になる未来」という同社のビジョンの通り、3DCGを積極的に使った新しい試みをみていこう。

ROOVの様々な機能

ROOVの画面。「エンターテインメントの3DCGをつくる場合プロが見ないとわからないようなところに時間をかけますが、ROOVの目的は物件をスマホで閲覧することのため、映像のクオリティが高すぎても物件を選ぶポイントになりません。そこでディテールよりもスマホでサクサク動くことを目指しました」(マネージャー・三浦成人氏)。ユーザーが何を重要視するかが踏まえられている

3DCGでつくられているため、写真ベースではできない様々な機能がROOVの特長だ。カラーセレクトもそのひとつである。床などの色がボタンひとつで切り替わり、比較ができる。これは新築だけではなく、中古物件の販売でも魅力的な機能だ。UIはスマホ優先のものをつくった後、販売現場用などの別仕様のものも制作するという

自分が現在所持している家具が置けるかどうか、家具のシミュレーションもできる。また、物件を購入するタイミングで家具を揃える人が多いため、将来は家具の販売もROOVでサポートしてみたいとのこと。単に一度システムをつくれば終わりではなく、常に将来のビジネス展開が考えられている

見晴らしなど、窓から見える景観は物件選びでは重要で、決め手にもなる。ROOVでは実際に撮影された景観が使われているため、物件に行かなくても窓からの眺めを確認することができる

物件モデルは図面から正確に作成されているため、壁や窓の高さなどを測ることができ、現在使っている家具が入るか調べることも可能だ。スマホやPCの画面上では実際の寸法よりも小さく見えるため、現実的なサイズ感をイメージをしにくいが、この機能により、実際の寸法がわかるので入居後を想像しやすい

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「不動産の知見×デジタル技術」による工夫された制作

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「不動産の知見×デジタル技術」による工夫された制作

営業・制作・開発まで、社内で完結する制作体制

ROOVの制作・開発体制は、制作、制作効率化、開発に大きく分けられる。制作チームの編成は設計チームとモデリングチームに分かれ、設計チームが本プロジェクトのために新たに開発したADT(add detail tool)でCAD図面から基本モデルを作成し、モデリングチームが基本モデルに細かいパーツを追加したり、マテリアルを割り当てたりする。制作進行のスタッフも含めて15~16人の体制だ。作業効率化チームは外部のGUNCY'Sが協力し、効率化のためのツールを開発している。開発チームはStyler3D、ユーザーに見えるフロントエンド、社内の制作スタッフが触る部分のバックエンドを開発し、そのほか、R&Dで写真から自動にモデリングしていくシステムなどを開発中だという。グループマネージャーの中村幸弘氏は「営業や設計、モデリングに開発と、受注から納品まで全て一括で社内に抱えているのが強みです。デベロッパーから依頼されて3営業日程度で納品できます」と強みを語る。

2018年春頃にGUNCY'Sが参加し、体制は大きく変わったという。「私たちが関わったときに、まずやらなくてはいけないと思ったのは、役割分担の交通整理です」と野澤氏はふり返る。例えばCGモデラーが複雑な設計図面を見てモデリングをしていたため多くの時間がかかっていたが、図面を読むことが得意なCADオペレーターがADTでモデリングに必要な情報を入力することで、CGモデラーの負担が減り、作業時間が短くなったという。スタッフが適材適所で得意な作業をするように交通整理をした結果の一例だ。交通整理のコツは、DCCツールのように何でもできるものを使うのではなく、ADTのような適切なツールで作業範囲を限定することだという。

制作・開発体制

モデリングの作業風景

  • 右の画面で設計図面を、左の画面でモデリングの簡易ビューアを開き、図面と3Dモデルを確認しながら作業している。キーボードの前にもメモ書きが入った図面が、さらに計算機が置かれているのは、不動産業界ならではだろう

効率化が進む制作フロー

従来と制作フローが大きく変わったのは、ADTを起点としたオートモデリングとマテリアルのオートアサインが加わった点で、これにより効率化が進んだ。これらは単純に自動化ツールを足しただけの効果ではなく、先述の通り、図面が読めるCADオペレーターとモデリングが早いCGモデラーの、それぞれ得意なところを活かす役割分担を見直した結果だという。従来はCADオペレーターが壁・床・天井・窓などの基本的な形状をつくり、CGモデラーへDCCソフトを通して渡していたが、CADで作図した三次元DXFデータはそのままDCCソフトでは使えないので、細かい修正が必要だった。その後、CGモデラーがシンクの位置や扉の枚数、ドアノブなどの細かいアセットを作成する。設計の図面はとても複雑で、専門のCADオペレーターではないと読みとるのが難しく、CGモデラーがアセットを仕上げるのに多くの時間がかかっていた。しかしADTを用いてCADオペレーターが簡易アセットのモデリングまでを担当することになり、複雑な設計図をCGモデラーが読みとることはなくなったという。また、1物件で100以上におよぶ複雑なマテリアルも、ADTでアセットのモデリング時に指定しておくことで、1,000種類以上の建築用マテリアルデータベースからマテリアルが自動的に割り当てられ、CGモデラーが慣れない仕上げ表を見てマテリアルの割り当てに悪戦苦闘することもなくなった。これらにより、従来は80㎡のマンションで60~80時間ほどかかっていた制作時間を、20~25時間まで短縮している。2019年中には10時間程度まで短縮し、さらにAIを使った自動モデリングも開発していく予定とのこと。

制作フロー

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Houdiniを用いた「ADT」を中心に作成される物件モデル

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Houdiniを用いた「ADT」を中心に作成される物件モデル

効率化の肝とも言えるADTは、Houdiniのプロシージャルモデリングをベースにつくられている。Houdiniを選んだ理由として野澤氏は、プログラムとしてのアップデートが期待できること、開発が複数の人で引き継げるスケーラブル性を挙げた。「今回のツールがゴールなら他のツールでも可能でした。しかし今後のことを踏まえると、Houdiniしか選択肢はなかったのです」(野澤氏)。

ADTはモデリングスキルのないCADオペレーターが、図面から数値を読みとって入力することでモデリングできるツールだ。マテリアルもシェーダで細かく設定することなく、マテリアル名を入力すれば自動的にデータベースから割り当てられる。ほかにもウォークスルー用にコリジョンも自動設定されるという。

入力が終わったらボタンひとつでデータをHoudiniに送り、そこからFBXで3Dモデルが書き出され、簡易ビューワで確認することができる。書き出しにかかる時間はわずか1物件1分程度という速さ。これらの作業はインターネットを介して行われるため、CADオペレーターのマシンにHoudiniがインストールされていなくても可能だ。「全ての建具がパラメータをもっていて、ADTではそのパラメータを変えると3Dモデルも自動的に変わっていきます。Houdiniの中でアセットの自動生成をするときにパラメトリックに変えられるように、ノードを組みました」と、開発と現場を橋渡しするGUNCY'Sのテクニカルプランナー小長井 雅博氏は語る。裏でHoudiniが動いており、CGモデラーはパラメータを調整することで、微調整やカスタマイズが可能だ。これも、DCCツールのプラグインではなくHoudiniを選んだ理由のひとつとのこと。また、これまで3ds Maxで業務を行なっていたときは、相性の良いAutoCADを使うなどの縛りもあったが、ADTはDXFを書き出せるソフトなら何を使っても問題ないそうだ。

ADT(add detail tool)

DXFをADTに読み込んだ状態。中間ファイルのDXFを使っているため、どのCADとも連携が可能だ。図面ではカラー情報が重要なので、見やすいように、ADTのインターフェイスはダークグレイでシンプルにまとめている

CADオペレーターによる数値の誤入力や入力漏れがあった場合、チェックする機能も搭載している。CADオペレーターはADTのみでモデリングを行うため、Houdiniや3ds MaxなどのDCCツールを起ち上げる必要はない

ADTの活用

ADT全てのレイヤー選択をした画面。レイヤー数は多く、サンプルのもので100を超えている。これらはCADでレイヤー分けをされたもので、ADTでそれを引き継いだ。例えば緑の小さい四角は天井の照明を表しているというように、建築独特の表示が見られる

ドアの開放方向やドアの種類を定義する画面。ドアのレイヤーには必要なパラメータが設置され、感覚的に選べるようになっている。内覧ではドアの開放方向や種類がとても重要だが、ROOVは公正取引委員会でも認定されるくらいに正確な表示をしている

部屋全体を通して共通した調整事項をまとめたアトリビュート。建具個々の設定だけではなく、共通したアトリビュートで効率的に入力できる

パラメータによる調整



  • パラメータ設定前



  • パラメータ設定後

厚みや数など、パラメータで簡単に調整することができる。例えばキッチンの使い勝手は、物件購入者にとって重要な点だ。扉の割り、シンクやコンロの位置なども正確に表現されているため、物件選びの参考となる。こういった細かい調整もポリゴン編集ではなくパラメータで管理できるのが、プロシージャルモデリングの利点だ

簡易モデルビューワ(1)

ADTでモデリングされたものを確認する簡易モデルビューワ。入力はパラメータで行われるため、自動でモデリングされたものの確認が必要となる。マテリアルごとに色が割り当てられており、立体表示することで、様々な角度から俯瞰してチェックしやすい。「入力した担当者が何回も確認して修正をくり返します」(中村氏)

ファーストビュー。このサイズだと詳細はわからない

俯瞰図。図面と比較しやすい

様々な角度から見ることで、間違いがないか確認し、精度を高める

簡易モデルビューワ(2)

ビューワではマテリアルこそ識別用の単色が割り当てられているだけだが、形状は正確につくられている



  • 洗面所。例えば蛇口やシンクの形状、シャワーの高さなども正確につくられている。これらはDCCツールを使わずADTだけで、しかも短時間でモデリングされているというのは驚きだ



  • ビューワは俯瞰だけでなく、アイレベルを設定したウォークスルーモードの表示も可能だ。必要があればこのビューワ上で測定することもできる

3ds Maxによるモデリング

簡易モデリングからの細かい修正などは3ds Maxで対応するが、ほぼ必要ないほど、ADTによるモデリングは正確だという。「パフォーマンスとデータ容量の制約があるため、インスタンスなどを用いてモデルデータをStyler3D向けに最適化しています」と三浦氏は話す

クアッドビュー

ワイヤーフレーム。よく見慣れた3ds Maxの作業画面だ

制作された物件モデル

物件を俯瞰して見た状態



  • キッチン



  • 洗面室

マテリアルが単色シェーダではなく、きちんと割り当てられている。特に未竣工の物件は型番の資料しかないのだが、データベースを使えばマテリアルのパラメータを選択するだけでここまで再現可能だ

自社開発ツール

HouseKeeper。3ds MaxからROOV用のデータをパブリッシュするためのもので、細かい設定ができる

Create Room Place Materials。マテリアルを自動生成するツールで、ADTとSHOTGUNから受け取ったマテリアル割り当て情報を基に、マテリアルを自動で生成してオブジェクトに割り当てる。ADTをはじめ、様々な自社開発ツールが現場での制作を手助けしている

再現率高く作成された物件モデル



  • 実際のキッチンの写真



  • 同じキッチンが用いられた物件のROOVの画面

比較するとシンクやコンロの形状、その下の収納の扉の割り、マテリアルの色合いや木目方向などが正確に再現されていることがわかる。データベースを利用して精度の高い3Dモデル・マテリアルを適切に作成できるため、公正取引委員会で認められるほど、物件の再現率は高い

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デジタルツールによる管理と働き方改革

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デジタルツールによる管理と働き方改革

スタイルポートでは、ADTなどで作業の効率化を進めると同時に、積極的にデジタルツールを使うことで、制作物件全体のスケジュール管理やコミュニケーションを円滑にしている。SHOTGUNでスケジュールやデータベースを管理し、Slackで業務連絡を、Trelloでタスクのやりとりを行う。SHOTGUNのマテリアルデータベースの入力はGoogleスプレッドシートを利用し、このデータベースはSVNとも連携しているため、インターネットを通じて3ds Maxにマテリアルを読み込み、自動判定でオブジェクトにアサインするなど、活用の幅は広い。

これにより、開発スタッフは札幌など離れた地でリモートワークするなど、場所を選ばずに働くことが可能となった。「普通のCGプロダクションはハイスペックなマシンが必要で、オフィスに通うことが前提です。当社はネット環境があればどこででも働けます」と実際に札幌でリモートワークしている三浦氏は語る。中條氏も「SHOTGUNやSlackを見ていれば直行直帰の営業マンより勤怠管理はしやすいです」と笑顔を見せる。続けて「日本の不動産市場は40兆円と言われています。ハードと言われるゲームやアニメの仕事だけではなく、当社のようなエンターテインメント以外の業種にも興味をもっていただけたら嬉しいですね。これからも働きやすく、やりがいのもてる職場にしていきたいと考えています」(中條氏)と働き方の将来を語ってくれた。また野澤氏は「3DCGはエンターテインメントから始まったため、CGクリエイターはエンターテインメントの範囲でしか3DCGを使えなくなってしまっているのではないでしょうか」と話す。今回のように異業種での3DCGの活用を提案していきたいという意向だ。もともとエンターテインメントの3DCGを生業としていた三浦氏も「人が手に取って実際に使うもののために3DCGをつくるのは新鮮です」とやりがいを感じている様子。今後、今までの範囲を超える分野での3DCGの活躍に期待したい。

SHOTGUNによる様々な管理

タスク管理

仕上げ表

図面管理

仕上げライブラリ

上の画像群のように、データベース化できるものはSHOTGUNで管理されている。進捗状況がリアルタイムで更新されていくため、リモートワークでも勤怠を管理しやすいのも特長だ。データベースの入力はGoogle スプレッドシートを利用している

Slackを用いたコミュニケーション

コミュニケーションツールはSlackを使用している

モデリングやベイクなど、自動作業が終わった時点で通知が自動で飛ぶ

新しい案件が始まったときも同様に通知される。コミュニケーションツールでも自動化を進めることで、効率化とヒューマンエラーを防止しているとのこと

リモートワークが身近な職場環境

会議の様子。写真は東京のオフィスだが、画面には地方在住のスタッフが映っており、離れた場所に居ても会議などを行うことができる。開発ツール、スケジュール管理ツール、コミュニケーションツールなど、全てクラウドを利用しているため、作業の場所を選ばないことはITの恩恵だ。また、ノートPCで行える作業が多いので、リモートワークが進んでいるとのこと



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.246(2019年2月号)
    第1特集:デジタルヒューマン最前線
    第2特集:インダストリー×XR
    定価:1,512 円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2019年1月10日