2016年から隔月ペースで開催されているVR・AR・MR関連の開発者向け勉強会「xR Tech Tokyo」。発表+体験会の二部構成で行われ、毎回100人以上の参加者を数える、日本でもっとも勢いのあるxRコミュニティの1つだ。2019年4月20日にメルカリで開催された第15回勉強会でも、VTuberの東雲めぐが前座をつとめたのをはじめ、個人開発者から一部上場企業まで豪華なメンバーが集結し、様々な発表が行われた。
TEXT&PHOTO_小野憲史/Kenji Ono
EDIT_小村仁美/Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子/Momoko Yamada
『東京クロノス』はこうしてつくられた
はじめに登壇したのはVRミステリーアドベンチャー『東京クロノス』を2019年3月にリリースし、一躍注目を集めたMyDearest代表取締役CEOの岸上健人氏と、オークマネコ(下嶋健司)氏だ。両者はそれぞれ「東京クロノス~企画から開発、そして売り方まで~ 」、「東京クロノスサウンドの話 Part2」と題して、プロデュースとテクニカルの両方から開発を振り返った。
岸上健人氏(MyDearest代表取締役CEO)
本作は現実から隔離され、無人となった渋谷から、主人公を含む8人組の男女が元いた世界に脱出しようと奮闘するアドベンチャーゲームだ。その過程で様々な疑惑や、人間関係のもつれなどが発生し、これがVRならではの臨場感で体験できる点が、本作ならではの魅力に繋がっている。プレイ時間が約15時間という、史上最大級のボリュームをもつVRゲームだ。
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本作で総合プロデューサーをつとめた岸上氏は、「多くの会社がハイエンドな体験型VRゲームを開発することをみこして、ミドルエンドな物語性VRゲームをつくることで差別化をねらった」と説明。また海外展開を前提(※1)に、アメリカで受け入れられやすい日本のマンガやアニメの傾向を分析した結果、イラストレーターのLAM氏とめぐりあい、キャラクターデザインに起用したと振り返った。
他にVRコンテンツは市場が未成熟であるとして、最大限の市場をとるために、スタンドアローンからハイエンドまで数多くのVRデバイスに対応したこと(※2)。その上でクラウドファウンディングを皮切りに、ユーザーコミュニティを温めてから発売につなげたこと、などの戦略をあかした。本作では発売前イベントを7回実施しており、これが好調なセールスにつながったという。
※1 日本語・英語・中国語対応
※2 Oculus Rift、Oculus Go、Oculus Quest、HTC Vive、PlayStation VR対応
オークマネコ(下嶋健司)氏(MyDearest)
続いて下嶋氏は本作の特徴の1つである、立体音響を用いたボイス実装について解説した。本作は最大8人による会話劇で物語が展開していく点が特徴で、画面外のキャラクターでもプレイヤーとの位置関係によって声の聞こえ方が変化する。これを実現するために、Unity向けのプラグイン「dearVR」が使用されている。また主人公ボイスについてはDAW上で音声を加工し、骨伝導と気導音を混在させている。
※BGMに関する技術講演も他のイベントで行われている。各々のスライド資料は下記を参照
「東京クロノスサウンドの話 Part1 - Bgm編」
「東京クロノスサウンドの話 Part2」
他にボイスの調整に関する苦労話も共有された。第一にハードウェア起因の問題として、マルチデバイス対応を進めた結果、デバイスごとに音の聞こえ方が異なってしまったことだ。そのため本作ではOculus Goが基準となった。続いてソフトウェア起因では、ゲーム内のスケールが現実の3.5倍で計算されている点をあげた。そのため、デフォルトでは遠くから話しているように聞こえるため、調整が必要だった。
最後に会話劇ならではの問題もあった。声優の声質は人によって異なるうえ、キャラクター設定によって「高い声でハキハキ喋る」、「低い声でボソボソ喋る」など、しゃべり方も異なる。これらがプレイヤーである主人公を取り囲む形で口々に会話すると、違和感が生じてしまったのだ。このように立体音響は企画内容によって思わぬ調整が必用になるため、注意してほしいと語った。
2回に渡るバーチャルマーケットで見えてきたこと
続いて登壇したのは、VR空間上で行われた3Dモデルや3Dアバターなどの展示即売会「バーチャルマーケット」主催者で、リモートで参加した動く城のフィオ氏と、副主催の水菜氏だ。両名は「バーチャルマーケット2 VRの新常識」と題して、過去2回開催されたバーチャルマーケットの振り返りを行うとともに、現在予定されている第3回の開催について抱負を語った。
バーチャルマーケット主催者、動く城のフィオ氏
バーチャルマーケットは「VR空間を発展させ、豊かにする」ことを目的に、2018年8月に初開催。2019年3月に開催された第2回では、開催期間が3日間に増加し、出展ブース数も87サークルから402サークルに増加するなど、急成長をとげた。会場もSF風・ファンタジー風・和風など個性豊かな6種類となり、多くの来場者でにぎわった。なお、プラットフォームはともにVRChatが用いられている。
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バーチャルマーケット2で実装された6種類のワールド
同人誌即売会の主催経験もある水菜氏は「バーチャルマーケットにはVR空間にしか存在しない新常識がある」と語る。最大の特徴は空間的・物理的な制約から逃れられることだ。空間上に何かを浮かせられるなどは好例だが、主催者側としては「防犯や災害対応が不要で、そのぶんコスト削減ができる」点が大きいとした。スタッフも全てリモートで参加しており、反省会などもVR上で行なったという。
一方でVRならではの課題も見えてきた。第一にテレポート等のVRならではの移動法の効果的な伝授だ。現実世界の常識に照らし合わせたマークや、ピクトグラムなどによる誘導が必要で、「3」では導入を検討しているという。また、来場者が操作ミスでアバターの着替えを行なったりしないように、フールプルーフなどを導入することも重要だとした。
最後にVR酔いの問題だ。普段のVRChatでは、チャットが中心となるため、それほど酔いやすいコンテンツではない。しかし、バーチャルマーケットでは移動が多くなるためにVR酔いが発生する。普段のVRChatで酔うことがない水菜氏も、ブースチェックなどで頻繁に移動する必要があったため、VR酔いを体験してしまったという。他に高所恐怖症対策も必要で、「高い足場でのチェックは、安全だとわかっていても怖い」とコメント。「3」にむけて課題を整理し、検討しているとのことだ。
最後に主催であるフィオ氏がビジョンを語った。「病気がちだった自分が自由な外見になれたり、VR空間で様々な活動ができたりと、VR空間に救われた」と、フィオ氏自身の経験に基づいて「人生を豊かにする手段としてVR空間を発展させていきたい」と言う。このビジョンを基にスタッフ一同は高いモチベーションで準備を進めているようだった。気になる「バーチャルマーケット3」は、9月21日(土)〜25日(水)に開催予定だ。
[[SplitPage]]180度動画でグルメサイトをリプレイス
一戸健宏氏(ミヂカナ)
VR180動画を活用したグルメサイト「eata(イータ)」を運営するミヂカナの一戸健宏氏は「グルメサービス『eata』にVRを取り入れた理由と課題」と題してショートプレゼンを行なった。通常のグルメサイトでは写真を使って料理の紹介が行われているが、本サイトではYouTubeに専用チャンネルを設けてVR180規格の180度動画を配信し、お店の紹介に使用している。視聴者はスマホで料理や店内の様子を確認できる。
"食べたい"を見つけよう、グルメなVRをスマホで簡単に楽しむ方法
一戸氏はVRを導入した理由として、口コミや星の数などではなく、自らの直感と食欲でレストラン選びができるように、より密度の濃い情報を一般向けに提供したかったと語った。これによりユーザーは「初めてのお店でも既視感があり、落ち着ける」。店側も「料理ごとに適した食べ方などを、動画を通して押しつけがましくなく伝えられる」と好評だという。
ただしコンテンツ制作で様々な課題も生じたと述べた。第一に店内が狭く、光量が不足する中で撮影する必要が出たことだ。そのため、できるだけ高感度耐性に優れたビデオカメラを使用する必要があるという。第二に熱に弱い機材が多く、レストランによっては注意が必要だという。「焼肉店で撮影したときは、5~10分で録画がストップしてしまいました」(一戸氏)。
第3にスマホで動画を見るときの姿勢と、実際に食事をするときの姿勢が異なることだ。スマホを操作するときは水平から斜め上を見る姿勢が多いのに対して、食事をするときは前傾姿勢になる。そのため360度動画とは別に、料理が映える動画を別途撮影する必要もあった。このように実際に行なってみると、VRヘッドセット上ではサービスが完結しないことが改めてわかったという。
他に機材によって動画ファイル形式が異なったり(同社では撮影機材にMirage CameraとInsta360 EVOを使用)、動画編集からアップロードまで待機時間が長く、作業が非効率になりがちだったりと、「やってみて初めてわかったことが多い」のが現状だ。一戸氏は「全てに対応するには手と胃袋が足りない」とコメントし、スタッフを絶賛募集中と補足。会場を沸かせて講演を締めくくった。
VR界の大物から学生まで、様々な登壇者が自由に発表
他に「VR ZONE」の展開などで知られるバンダイナムコアミューズメントの小山順一郎氏と田宮幸春氏や、精密測定器機メーカーでxR関連の研究開発を行なっており、趣味でHoloLens対応サーモグラフィを開発したCrispy!氏、歩きスマホならぬ「歩きVR」について研究中の大学院生・小澤健悟氏など、様々な立場の様々な開発事例を共有。終了後も11本のデモが行われた。
個人でつくれるxRデバイス木材でフレームをつくり、タブレットをはめ込んで制作されたVR HMD。傾きや加速度の検知には市販のセンサが使用されている。左側のデバイスにはガスや放射線測定用のセンサも内蔵されている
AR2Dゲームプラットフォーム絵画に向けてスマートフォンをかざすと、額縁を検知して、スマホ上で2Dアクションゲームが遊べるというデモ。斜めからかざしてもリアルタイムに適切な台形補正が行われる。絵画の中でゲームを遊んでいるような体験が楽しめる
iOS/Android向けARカメラアプリ「Vismuth」現実空間にアバターを配置して写真を撮ることができるカメラアプリ。ライティングにこだわるなどして、モデルの実在感を高めている。デフォルトのアバターだけでなく、自作のVRMモデルやVRoid Hubのモデルにも対応している。App Store、Google Play Storeにて配信中