ドラゴンクエストの世界と化した現実の世界を、自らが主人公となって歩き、冒険を進めていく。そんなゲームコンセプトを、一般人が偶然撮影した目撃映像としてビジュアル化したのが本作。一連のCG・VFXワークをリードしたMARKの中核スタッフたちに、その画づくりを語ってもらった。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 254(2019年10月号)からの転載となります。
TEXT_最上真杜
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
『ドラゴンクエストウォーク』
ジャンル:位置情報RPG
対応OS:iOS/Android
価格:アイテム課金型(基本プレイ無料)
www.dragonquest.jp/walk
© 2019 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SQUARE ENIX All Rights Reserved.
『ドラゴンクエストウォーク』発表PV
監督:井口弘一(SOUR SOX)/撮影:TAKAKI_KUMADA(タカキクマダOFFICE)/オンライン編集:坂巻亜樹夫(jitto)/CGプロデューサー:貞原能文(MARK)/CGディレクター:齊藤壮平(MARK)VFXプロダクション:MARK/制作プロダクション:TYO MONSTER/エージェンシー:電通
最初から最後まで即興性にこだわりぬく
本作は、現実を歩くことで、ドラゴンクエスト(以下、ドラクエ)の世界を冒険できるという位置情報RPG『ドラゴンクエストウォーク』の世界観とゲーム性を演出するPVとして、一般の人が偶然撮影した方式を利用した映像となっている。そんな本作のCG・VFXワークを担当したのは、MARK。インパクトがあるハイエンドな表現に定評がある同社だが、本作では多くの世代が愛着をもっているドラクエのモンスターたちをより身近な瞬間に登場させている。「人々がSNS上で見る目撃動画と、実際の撮影時の動画では実は大きな差があります。今時のiPhone等で撮影したものは素人が撮ってもかなり綺麗なんですよね。一方、目撃映像は、一般的に荒れた映像という印象があります。今回の作品は最終的なルックにあえてそうしたイメージのギャップをなくす処理をしているところも作品的に興味深いと思います」と、CGプロデューサーの貞原能文氏は語る。
左から、篠崎 彩CGデザイナー、大野吉恵CGデザイナー、松本泰洋リードCGデザイナー、レズニコワ・アナスタシアCGデザイナー、福井貴也CGデザイナー、須々木 星音CGデザイナー、寒川釈品CGデザイナー、齊藤壮平CGディレクター、齊藤舜一CGデザイナー。以上、MARK
mark-inc.jp
そんな本作の監督を務めたのは、ペプシCM桃太郎シリーズを手がけたことでも知られる井口弘一氏(SOUR SOX)。目撃映像風の遊び心あふれる画づくりは井口氏ならではの仕上がりだが、MARKとも多くの案件でコラボしていることもあり、スムーズに制作を進めることができたという。「カット数も多く、スケジュール的には厳しい面もありましたが、最初から最後まで楽しい仕事でした。ショットワークについては、これまでも手伝っていただいた外部パートナーさんにも協力していただいたのですが、チーム全員が良い人ぞろいで高いモチベーションの下、一連の制作を進めることができました。ポスプロ工程に入ってから井口さんのアイデアから追加撮影を行なったりと、CG的な都合は考慮せずにインパクトと面白さにこだわりぬいたおかげで、画としても自然な仕上がりにできたと思います」と、CGディレクターを務めた齊藤壮平氏はふり返ってくれた。
<1>ルックデヴ&美術デザイン
各シチュエーションに応じてモンスターたちの実在感を追求
MARKに正式なオファーが届いたのは、2018年8月上旬のこと。まずは登場が決まっていたモンスターのアセット制作から着手、スクウェア・エニックスから提供されたゲーム用モデルをリファインするかたちで進められた。「当初は登場するモンスターの種類をしぼり、それぞれを丁寧に描く計画でした。そこで、ヨリにも対応できるハイディテールに仕上げていました」と、齊藤氏。しかし、先述のとおり目撃映像らしさを全面的に押し出す方針へと演出が変更されたことに伴い、日本中の様々なロケーションとシチュエーションでできるだけ多くのモンスターを描くかたちへと改められたため、その後に登場が決まったモンスターについてはつくり込みの度合いを適宜調整していったという。スライムの場合、当初は単体でしっかりと描く演出だったことから、透明で内部に気泡をパーティクルで散りばめたリッチなルックであったが、最終的に大群で描くことに決まったため、透明度を抑えた軽めのルックへと修正。また、ゴーレムについては「現実に存在したら」というコンセプトの下、構成するレンガと全体の大きさの比率が独自のスケール感で表現されている。歴史あるドラクエのモンスターたちということで、 相応に監修のハードルも高くなりそうだが、本作についてはPVとしての画づくりを尊重してもらえたそうだ。モンスターたちのスケールやアニメーションについても、ゲームの設定や動きを踏襲するだけではなく、「実際にいたらこう動く」というコンセプトの下、MARK側からの提案を積極的に採用してもらえたという。
実写撮影は2019年2月からスタート。一連の撮影は、iPhone XとiPhone XSのカメラ機能による4Kで行われた。「井口監督と撮影監督のタカキクマダさんが即興的に撮っていくスタイルでした。その場でアングルハントを行なったら、すぐに本番撮影というカットも多かったです。トラッキング作業との兼ね合いでズームはNGでと、お願いしていたのですが、現場のノリでズームされてしまうこともありました(笑)。ロケ時に天気が悪かったカットなどは、追撮も行われましたが、ベビーパンサーのカットは井口監督が偶然遭遇した野良猫を撮ったものを使っています。そうした意味でも最後まで即興的なアイデアを積極的に採用する方針が徹底されました」(齊藤氏)。CG用の環境撮影には、RICOH THETA Sが用いられたが、正確な環境の再現が求められないカットについてはHDRI作成を省くといった具合に、即興的な演出を活かす上でもできるだけ効率良く作業を進めることを心がけたそうだ。
実在感を高めるためのしかけを施す~キャラクター~
ゴーレム完成モデル
レンダリングイメージ
ベビーパンサー完成モデル
レンダリングイメージ
スライム初期モデル。当初はクローズドショットも視野に入れていたため、透明度が高い。シャンパンのような気泡も表現されていた
最終的に採用されたスライム体内の気泡表現
気泡のバンプマップ
マテリアル設定
レンダリングイメージ
細部にまでこだわりぬいた背景セット
中盤に登場する東京スカイツリーに世界樹が絡みつく様を描いた井口監督のラフスケッチ
制作途中における、世界樹の絡み付き方やレイアウト(見え方)に対する修正指示の例。細かな調整がくり返されたという
スカイツリーアセットのデザイン変遷
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<2>群衆カットの表現
ツールも作業アプローチもカットの特性に応じて使い分ける
ここからは、各カットをみていこう。本作で、冒頭から目を引くのはスライムの群集カット。こちらのカットは、MayaのnParticleを用いたシンプルな方法で作成された。同じく、群衆で描かれたのは、朝の通勤ラッシュというシチュエーションで描かれるがいこつたち。こちらの表現には、Golaemを使用。「使い慣れているGolaemを利用しました。車内に配置しているものは、見えるところ以外はめり込みも許容して詰めています。手が見えるところにはCGでつり革を新たに足したりもしましたね」(齊藤氏)。実写撮影は、鉄道会社に協力してもらい実際の通勤時に撮影を実施。その甲斐あり、手前で驚く通勤客のエキストラをにらむがいこつの演技が加えられるなどリアルな表現に仕上がっている。群衆表現では細密なマスク処理も欠かせないが、ディテールのブラッシュアップについてはオンライン編集を手がけた坂巻亜樹夫氏(jitto)によって丁寧に仕上げられている。余談だが、横浜赤レンガ倉庫前を歩くゴーレムたちのカットでは、Golaemで作成したデジタルモブが画面奥に追加された。「ショットワークを進めていくなかで実写のエキストラだけでは後ろが寂しかったので追加しました。井口監督の作品ではGolaemを利用する機会が多いですね(笑)」(齊藤氏)。
本作を完成させるにあたっては外部パートナーの協力も不可欠であった。MARKからは、貞原氏と齊藤氏をはじめとする約10名が参加。そして外部パートナーには、一部のモンスターのアセット制作を担当したイチ・スタ、トランジスタ・スタジオ。特徴的なモンスターのアニメーションを担当した神央薬品。カット単位でアニメーションからレンダリングまで一括して担当したtsumiki、チドリグラフが参加している(そのほかにもエフェクト作業やアセット制作にはフリーランスのアーティストたちが参加)。また、MARKではメインツールはMaya、レンダラはV-Rayを使用したが、カット単位で外部パートナーに一括して担当してもらったものについては、使用ツールについても一任することによって、監督からのリクエストにも臨機応変に対応できるよう配慮したという。エフェクト作成についても同様だが、主にはHoudiniを使い、担当プロダクションやアーティストによってはMayaや3ds Maxも併用しているとのこと。この点については目撃映像風ということでカットごとに求められたルックが異なった点を上手く活かしたワークフローと言えるだろう。
スライムの群衆シミュレーション
渋谷センター街のスライム集団
ブレイクダウン
オンライン編集後の最終形
満員電車から降りてくるがいこつ集団
ブレイクダウン
オンライン編集後の最終形
横浜赤レンガ倉庫前を歩くゴーレムたち団
ブレイクダウン
オンライン編集後の最終形
[[SplitPage]]<3>その他のキャラクター表現
最終的な見た目こそが全てシンプルにゴールを見定める
最後に、本誌が注目したカットをいくつか紹介したい。まずはCGのキャラと人間がインタラクションしているのが印象的なのが相撲の稽古を行うトロールのカット。協力してもらった高校の相撲部員たちが稽古する様を撮影し、トロール側の人物にCGキャラクターを重ねている。なおトロールは本来、棍棒を手にしたモンスターのため、このカットでは後ろで見守る部員にCGで作成した棍棒を持たせる合成が施された。フラッシュアイデアだったそうだが、クライアントにも好評だったとか(つくり手たちが楽しみながら制作していたことが伝わってくるエピソードだ)。続いては、中盤に登場する砂場から階段が出現するカット。こちらは一見シミュレーションを用いてそうだが、実はメッシュアニメーションである。砂の質感をつくり、メッシュで地面が開いていく様子をアニメーションにして表現。面が接地している部分はメッシュを重ねて別の砂の流れをつくることでリアリティを高める工夫が施された。砂場のおもちゃは、パーティクルインスタンサーでメッシュ状に配置しつつ、階段とコリジョンするところだけ手付けで動きが付けられた。制作後期に追加されたカットだったため、1週間で完成させる必要があったそうだが、「限られた作業期間で確実に画づくりを行うには、シミュレーションではなく、この方式が結果的に良かったと思います」(齊藤氏)。
またモーモンと、ベビーパンサーの2カットは、キャラクターアニメーションへの強いこだわりが求められた。モーモンはモルモット、ベビーパンサーは野良猫という、ガイドとなった動物の動きにベースにアニメーションが付けられたが、特にベビーパンサーについては、実際の猫とのプロポーションのちがいによる動きの差異も相まってなかなかリアルな動きに仕上がらず、最後までブラッシュアップを重ねたそうだ。そして、ギガンテスたちの青森ねぶたカット。こちらは、許諾を得た上で一般の方が撮影した動画に対してVFXワークが施された。ねぶたの山車に合成するモデルの作成では、テクスチャやデザインのつくり込みに約1ヶ月も費やされた。さらにねぶたを表現する上では内部に発光処理が求められたため、レンダリング負荷も特に大きいカットになったという。「全カットに共通して、頭でっかちにならずに目指す表現を実現できる手法を経験から模索していきました。トラッキングもルック調整も最終的には見た目合わせで詰めていきましたが、カット数はもちろん、各カット用のアセットがワンオフのものが多かったので、シンプルに対応していくことでスムーズに制作を進めることができたと思います」(齊藤氏)。これぞ短尺コンテンツならではの作業スタイルである。
公園の砂場に突如出現する階段
本文でも述べたとおり、砂場に出現する階段はシミュレーションではなくメッシュアニメーションによって表現された
うごくせきぞう in さっぽろ雪まつり
さっぽろ雪まつり会場に展示された、うごくせきぞうが立ち上がるカットより
身体から流れ落ちる雪エフェクトはHoudiniでシミュレーションされた
青森ねぶたのギガンテス山車
ギガンテス山車の完成モデル
内部の発光表現用に配置されたCGライト。そのほかにも骨組みを強調するワイヤー表現や墨絵テイストのテクスチャリングなど、青森ねぶたの見た目に仕上げる上では細かな工夫が施された
ブレイクダウン
富士山火口から立ち上がるエスターク
エスタークの完成モデル
レンダリングイメージ。当初から登場することが決まっており、なおかつ正面を見せる案を前提としていたため、図のとおりハイディテールに仕上げられた。しかし、最終的に映るのは使用されたのは手元のアップと後ろ姿になってしまったため、貴重な正面から見た様をここに掲載する
キャッチコピーが載る、富士山の火口から登場したエスタークを背面から捉えたカットのブレイクダウン
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