2019年7月よりNetflixで全世界に向けて配信されているオリジナルアニメシリーズ『聖闘士星矢: Knights of the Zodiac』。すでに第6話までが公開されていた本作だが、1月23日(木)に新たに6話が公開された。北米を中心に全世界の視聴者に向けて制作された本作は、80年代に放送されたTVアニメ『聖闘士星矢』の雰囲気を残しつつ、欧米文化を取り込み現代にアレンジされたハイブリッドな仕上がりとなっている。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 259(2020年03月号)からの転載となります。
TEXT_大河原 浩一(ビットプランクス)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
EDIT_三村ゆにこ(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©Masami Kurumada / Toei Animation
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Netflixオリジナルアニメシリーズ『聖闘士星矢:Knights of the Zodiac』
シーズン1 パート2(全6話)、2020年1月23日(木)より全世界一挙独占配信!
原作: 車田正美、監督: 芦野芳晴、Story Editor:Eugene Son、キャラクターデザイン:西位輝実、聖衣デザイン:岡崎能士、音楽: 池 頼広、CGディレクター:鄭 載薫/森田信廣
www.saintseiya-kotz.com
全世界の子どもたちのために。英語収録によるプレスコに挑戦
2019年7月からNetflixで全世界公開されている、オリジナルアニメシリーズ『聖闘士星矢:Knights of the Zodiac』。当初は6話まで公開されていたが、今年1月23日(木)にさらに6話(7~12話)が公開された。本作は車田正美氏原作の漫画『聖闘士星矢』をベースとしたフル3DCGアニメーションによるリメイク作品だ。
(左から)直宮秀樹氏、小園悠二氏、鄭 載薫氏、大江嵐丸氏、渡邊亮太氏、林 文子氏、小泉正行氏、芦野健太郎氏、黒田誠一氏、松浦義孝氏、中谷純也氏、野島淳志氏、森田信廣氏
注目すべき特徴は、プレスコ(アニメーションの制作より前に音声の収録をする方法)を採用している点。オリジナル音声は英語で収録されており、日本での公開には日本語吹き替えが行われているという「逆輸入」的な仕様となっている。「本作のメインターゲットは全世界の子どもたちです。そのため、オリジナルの言語は英語とし、全世界同時配信が可能なNetflixを配信プラットフォームとして選択しました」とアニメーションプロデューサーの野島淳志氏は話す。「英語圏の視聴者は吹き替えに慣れていないため、英語のリップシンクに日本語をあてるという手法を採用しました。作品のルックについても、英語のセリフに日本のセル調のルックというのは違和感があるため、北米では一般的な3D調のルックを採用することに。とはいえ、リアルすぎるのも原作のイメージから乖離してしまい線引きが難しく、落としどころをかなり追求しました」と野島氏。過去に制作した映画『聖闘士星矢 Legend of Sanctuary』(2014)ではセミリアルな仕上がりだったが、本作では作画の荒木伸吾氏や車田氏による原作の雰囲気がにじみ出るルックに落とし込んだ。当初は、全編フル3Dアニメーションによるシリーズ編成の作品ということや、英語によるリップシンクといった「東映アニメーションにとって初めての試み」が多く、制作が困難になることが予想されたという。しかし結果的に、同社スタッフの制作意欲をかきたてる挑戦的な作品となったと野島氏は話す。
<1>制作カロリーを抑えるためのプリプロ&プロダクション
欧米との「文化的ギャップ」に折り合いをつけるための試行錯誤
本作では、鄭 載薫氏と森田信廣氏がCGスーパーバイザー(以下、CGSV)として参加し、森田氏がプリプロを担当し、鄭氏がプロダクションパートを主に担当している。森田氏はシナリオ制作の段階から会議に参加し、スケジュールやコスト的に難しい演出を抑えつつ準備を進めた。「シナリオの制作も北米のスタッフが担当していたので、アクションが大作映画のような派手な演出になりがちでした。CGSVがシナリオ会議に参加することで、制作カロリー(コスト)をある程度コントロールできました」と森田氏。プリプロで最も時間をかけたのはキャラクター造形だ。「本作は劇場版とちがい、様々な制約がある中でキャラクターの造形をしなければならず少し大変でした。シリーズもので3Dルックのキャラクターを使ったフル3DCG作品を作成するには、作業のカロリー調整が非常に難しい。特に、髪の毛の造形は制作カロリーを上げてしまうため、髪の毛のボリュームを抑え、硬い質感の短髪にしました」と鄭氏。
そのほか、原作のイメージをなるべく崩さず、かつ北米のマーケットでも通用するデザインが求められたため、かなりの時間をかけて調整。紆余曲折の末に最終的な造形に落ち着いた。森田氏は「原作では主人公・星矢は13歳という設定ですが、北米では年齢に対する感覚がちがうこともあり、年齢を少し上げた雰囲気にしています。また、目が大きいためバランスがとりづらく、少しリアル系でもあるので、鼻の穴を付けたり鼻筋の表現だったりと、3D調でありながら原作の雰囲気をどこまで再現するか、非常に時間がかかりました」と話す。本作の特徴でもあるプレスコされた英語のセリフに合わせてリップシンクを作成するという手法も、同社にとって初の試みであった。「英語圏ではリップシンクに非常にシビアで、日本語のリップシンクにアフレコで英語をあててしまうと違和感が出てしまうんです」(鄭氏)。そこで、プレスコした音声に合わせて自動的にキャラクターのリップがアニメーションされるツール「Xシート」を開発。しかし、英語は日本語に比べてリップの動きのパターンが多く、そのままでは早口になってしまったり表情が大きくなってしまったため、アニメーターが随時手を入れて修正することで対応した。「フェイシャルキャプチャの使用も考えましたが、プレスコが行われたのは北米にあるスタジオだったこともあり、スケジュール的に不採用となりました」と鄭氏はふり返る。このほかにも、キャラクターアセットの基本構造を揃えて効率化するなど、シリーズ作品をつくるための工夫が随所になされているという。
CGSV:プリプロダクション
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キャラクターデザインの西位輝実氏によるデザイン画。80年代に放送されたTVアニメ『聖闘士星矢』のキャラデザインを目指した
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【左画像】を基に制作したモック。目の部分はまだテクスチャの状態だが、立体的な整合性はとれている
西位氏が作成した星矢の表情集
【表情集】を基にした、表情のモデリングテスト。アニメ的な表現ができるかのテストも兼ねている
CGSV:プロダクション
発音記号に対する口の形状パターン表「mouthChart」
プレスコのセリフから作成した口パク指示シート「Xシート」の一部
「mouthChart」と「Xシート」、そして編集時のEDLから口パクを設定するツールのUI
[[SplitPage]]<2>『聖闘士星矢らしさ』を追求したアセット
原作の雰囲気を崩さずにどこまで3DCGで起こせるか
次に、アセット制作からルックデヴまでの工程について紹介していこう。キャラクターアセットのモデリングはキャラクター設定画からスタート。設定画には質感の設定がないため、モデルを作成しつつ質感を決め込んでいった。まずは主人公である星矢のプロポーションから詰めたのだが、なかなか落ち着きどころが見つからず試行錯誤が続き、質感についても最終的なルックにたどり着くまで何度も試作がくり返された。また、本作に登場するモデル数は合計で78体と非常に多いため、セットアップやリグの効率化が制作のポイントとなった。例えばセットアップではプライマリレベルのスキニングにおいて、各キャラクター共通のスキニング用ケージをこれまで使用していたケージからさらに汎用性を高めたリグに改良。そうすることで、肉感が似ているキャラクターであれば2日ほどでスキニングできるようになった。そのほか、筋肉が強調される造形が多いため「首の筋肉周りの表現」や指を曲げた際の「指の腹の膨らみ」などがきちんと表現できるリグになるよう、これまでとは一段上のレベルでリグの設計が実現されていると、リギングを担当した中谷純也氏は話す。
キャラクターと合わせて背景アセットも非常に物量が多かった。「Substance Painterで作成した汎用シェーダをなるべく流用しつつ量産していきました。また、AJamと呼ばれる背景のローモデルとハイモデルを簡単に切り替えられるツールを開発し、アニメーション作業の負荷を軽減しています」と背景を担当した黒田誠一氏。シリーズものであるため、アセットのパブリッシュを他のセクションのスケジュールと合わせやすくなるよう、Shotgunを有効活用しながら密な連携をとった。また、監督とディレクターにあらかじめ説明し、先に簡単なガイドモデルでレイアウトを作成してもらうことができたため、レイアウト上の問題も先行して洗い出しておくことが可能だったという。背景のアセットが完成すると、完成した背景とキャラクターを使用してルックデヴが行われた。ルックデヴを担当したのは芦野健太郎氏だ。芦野氏によれば、同社ではルックデヴは基本的に「セットライティング」を指し、背景アセットに対してアートチームから上がってきたライティングボードに基づいてライティングを施していくのだそう。また、単にライティングを施すだけではなく、レンダリング時の安定性の確認やシェーダのデバッグなども行われる。さらに芦野氏はマスターショット制作も担当しており、ショット制作の効率化につながるShotgunの改良やその他のツール開発を行うなど、技術的な提案から実装までこなしている。
キャラクターモデリング
主人公・星矢の聖衣のダメージ質感の参考画
星矢のポーズ付き3Dモデル
セットアップとリグ
「ケージ」と呼ばれるスキニングを効率的に行うためのメッシュ(各画像の左側が星矢で右側が一輝)。ケージのエッジループの位置にジョイントが配置されるように調整されている。エッジループとジョイントが重なっている部分の頂点がメインの骨と重なっていれば水色に、補助骨と重なっていればオレンジ色に塗り分けるようになっている。他キャラクターにケージを流用する際、塗り分けを参考にケージの調整をすることができたため、これまで以上に作業がしやすく精度の向上と工数削減につながった
指の補助骨のイメージ。 従来通りの補助骨の仕込みでは【左画像】のようなポーズを取った際、指の付け根あたりが不自然に尖ってしまう。本作ではよく使用する手のポーズなので、きちんと表現するために専用のリグを追加することで改善した【右画像】
背景
AjamのUI
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スタンドインの機能を使用してMayaのビューポート上は軽量化されたモデルを表示
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レンダリングするとレンダリング用モデルに切り替わる。Mayaのデータ容量もB のモデルとほぼ変わらなくなるため、起動や挙動が速くレンダリングも多少軽くなる
ルックデベロップメント
シチュエーションルックデヴでアートチームが描いたライティングボード
シェーダ確認用のAOVごとの画像
【シチュエーションルックデヴのレンダリング画像】のライティングを反映させた実際のカットでのマスターショットのレンダリング画像
次ページ:
<3>80年代のテイストを感じさせる絶妙なさじ加減
<3>80年代のテイストを感じさせる絶妙なさじ加減
原作の雰囲気を重視しつつ欧米の視聴者を意識する
最後に、アニメーションからコンポジットまでの工程を紹介する。アニメーションについては、北米の視聴者をメインターゲットとした作品であるため、日本国内向けの作品とは少々趣がちがう。「海外をターゲットとしているとはいえ、北米的なフルモーションの中に日本アニメのテイストが感じられる動きを付けています」とアニメーターの林 文子氏。車田氏の「原作の雰囲気を重視したい」という希望もあり、80年代に放送されていたアニメ『聖闘士星矢』の映像を確認しつつ、「聖闘士星矢的な動きとはどのようなものか」を研究し現代風にアレンジした。「特に、コミックに描かれているポージングに注目し、中割りよりもポーズのシルエットを重視しています」と、アニメーターの小泉正行氏は実際にポーズをとりつつ語ってくれた。原作同様に、アクションカットでは各キャラクターの必殺技など、エフェクトを伴ったアニメーションも多く見られる。そのため、エフェクトチームとアニメーションチームの間でも密な連携をとった。エフェクトチームがエフェクトアセットを作成し、アニメーターに配布してアニメーションチームでエフェクトを設定。また、エフェクトチームの半分が新人だったということもあり、スケジュール的にシミュレーションを使用することができず、リグを仕込んだエフェクトアセットを作成してアニメーターにエフェクトを付けてもらった。「修正があればエフェクトチームで修正するのですが、修正がなければそのままコンポジットチームへ引き継ぎました。カットバイのエフェクト以外は全てアセットを使っています。この方法はとても上手くいきました」とエフェクト担当の渡邊亮太氏。
コンポジットには基本的にNUKEを使用。担当した松浦義孝氏は「特に変わったことはしていない」と控え目に話すが、コンポジット側でライトを追加したり、背景の空はNUKE内に天球オブジェクトを配置し、空の背景素材をマッピングしてコンポジットするなど、少人数でなおかつ制作スケジュールが厳しい状況で効率良くカットを仕上げるなど、その工夫は盤石である。「手描きのテイストを目指したわけではありませんが、セル調アニメに寄った表現になっていると思います。80年代のアニメ作品へのオマージュ的な表現も多く、あまりデジタルっぽくならないように意識しました。アニメ出身の監督なので、単純な単色ではなく色が少し混ざっていたり、画が硬くならないよう意識して処理しています」(松浦氏)。本作の「どこかレトロな雰囲気」はコンポジットのなせる技とも言えるだろう。
アニメーション
欧米の視聴者に違和感を与えないために、ボディランゲージのちがいには特に注意した。自分を指さす際、日本では人差し指で自分の鼻を指さすことが多いのだが、北米では【画像右】のように親指で胸に向けることが多い
アニメーションを付ける際に追求した『聖闘士星矢』らしいポージングについては、構えるときは足を大きく開いて腰を低く、ダメージを受けた時は少し内股気味に
吹っ飛ばされたときは、顔は見せずに体を大きく開く
アクションカットでは、パースを利かせたレイアウト(突き出した拳が大きく映るなど)を意識した
エフェクト
エフェクトを付ける工程では、GPUキャッシュおよびArnoldスタンドインを活用してレンダリング効率が高められた
アニメーション作業時
レンダリング作業時
コンポジット後
コンポジット
背景はコンポジット上で3D配置して調整した。遠景はマット画を使用しているためよく馴染み、空気感の調整やカラー調整がしやすいようにレイヤーを分けてコンポジット上で配置している
80年代に放送されたアニメ作品のオマージュとして撮影風の透過光に近づけた。フィルム合成などは当時では最新鋭の技術だ。光源感としてセルの裏に点光源を感じられるよう、ややグラデーションを強調。にじみとセルの奥のライトを意識した仕上がりになっている