18年にわたって連載された漫画『ドロヘドロ』が、2020年1月よりTVアニメとなり放送を開始した。映像化不可能と言われた同作のアニメーションを手がけるのは、『いぬやしき』や『どろろ』などの幅広いジャンルで話題作を放つMAPPAだ。同社にとって初の3DCGキャラクターベースのアニメーションとなった本作の工程を紹介する。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 260(2020年4月号)からの転載となります。

TEXT_峯沢★琢也
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
©2020 林田球・小学館/ドロヘドロ製作委員会

『ドロヘドロ』
TOKYO MXほかにて放送中。
原作:林田球/ 監督:林祐一郎/ シリーズ構成:瀬古浩司/キャラクターデザイン:岸友洋/美術監督・世界観設計:木村真二/ 画面設計:淡輪雄介/色彩設計:鷲田知子/3DCGディレクター:野本郁紀/撮影監督:朴孝圭/編集:吉武将人/音響監督:藤田亜紀子/音楽プロデュース:(K)NoW_NAME/制作:MAPPA
dorohedoro.net

3DCG×作画によるクオリティアップ術

2000年から18年間にわたり長期連載された、林田 球氏の原作による漫画『ドロヘドロ』。魔法によってトカゲの顔にされてしまった記憶喪失かつ大の餃子好きな主人公「カイマン」が、相棒のニカイドウと共に自身の顔と記憶を取り戻す過程を描いたダークファンタジー作品である。「映像化は不可能」と言われ続けた混沌の世界を3DCGを交えてアニメーション化したのは、『いぬやしき』や『どろろ』などの話題作を生み出してきたMAPPAだ。

左から、池田 昴氏・野本郁紀氏・淡輪雄介氏・奥納 基氏(以上、MAPPA)
www.mappa.co.jp

アニメーション制作の打診があったのは2017年の春頃。監督に林 祐一郎氏、構成に瀬古浩司氏、そして世界観設定と背景美術に木村真二氏に声をかけ、正式に制作が決定するまでに半年を要した。当初クライアントは3DCGをベースとする想定はしていなかったと、クリエイティブプロデューサーを務める淡輪雄介氏は話す。「カオスな部分も含めて魅力的な原作を映像化するのは難しいだろうなとは思いました。しかし、画的に密度のある作品だからMAPPAにオファーがきたのだろうし、それを映像化するにはむしろ3DCGが向いていると思いました」(淡輪氏)。なにより、彼ら自身も原作が好きだったとのことで、可能な限りベストなスタッフを集めることに尽力。原作のファンはもちろん、原作を知らない視聴者でも楽しめる作品にするため、作品の尖った部分や造形、原作とのギャップも含めて、アニメーションにした際に和感なく楽しめる映像づくりを目指した。3DCGディレクターを務めた野本郁紀氏は「キャラクターは3DCGがベースになっていますが、いかに作画に寄せた画に仕上げるかを全スタッフ総出で挑みました。その点が当社が制作する他の作品とは異なる点でした」と、話す。分業が進む映像業界だが、3DCGから撮影にいたるまで協力会社とも力を合わせて「本来の分業上の制約」をあえて緩く横断的に関わっていった。その結果、制作スタッフ全員でクオリティを上げていこう、というポジティブな雰囲気での制作が可能となっているのは同社ならではの魅力的な手法だろう。

<1>アニメーション制作会社ならではのハイブリッドなワークフロー

作画に馴染んで主張しすぎない3DCGモデルの必要性

フル3DCGでもフル作画でもないハイブリッドな仕上がりとなっている本作。どこからどこまでの作業をどちらが担当するべきか、その線引きとワークフローの整理から着手した。まずは、キャラクターの多くを3DCGで動かすにあたり、映像化した際に作画と綺麗に馴染むよう、3DCGが主張しない表現を意識。また、作風自体に密度がある上に衣装のバリエーションも非常に多いため、3Dモデルに起こすべきか、それとも作画でかぶせるのかといった作業仕分けを脚本段階から策定した。具体的にはまず、コンテの前に3Dモデルの香盤を作成し、内容を選別した後に物量をコントロール。そして、コンテ作成後に追加されたモデルを最終的にリスト化して仕分けし、順次対応していった。

作画素材と3DCG素材の混在が必須となるため、全てのデータを二値化してアンチエイリアスをかけない状態で扱うことに。仕上げ撮影以後の工程でも質感が揃えられるように、3DCG側でも線画データ、カラー、シャドウ、ハ イライト、テクスチャと各種マスク素材を出力するために3ds Maxのシェルマテリアルを使用しており、試行錯誤が続いたという。最終的に、レンダリングを4~5回重ねる仕様に落ち着いたのだが、レンダリング周りのワークフローに関しては、ツールの最適化など課題が残っているとのこと。

作画アニメのスタッフが多数在籍している同社にとって、3Dキャラクターを使った作品は初の試みでもあり、常に改善を試みつつ現場からのフィードバックと創意工夫を重ね、ひとつずつ感触を確かめるように進めていった。「3DCGのみ・作画のみ・ハイブリッドと、カット内容によってワークフローが異なりました。各部門と連携をとって補うことで、3DCGと作画が混在してもあまり違和感のない映像に仕上げることができました」と、淡輪氏はふり返る。さらに野本氏は作画のルックに近づけることを当初の目標としていたが、タッチ表現やディテールが多い作品なため、結果的に3DCGで良かった部分もあると話す。「例えば、主人公のカイマンは身体中に鱗が付いていて、これを全部作画で動かすとなると相当難しい表現になりますからね。3DCGならではのディテールを再現できたのではないかと思っています。ただ、衣装替えはとても多く、相当な数のバリエーションをつくりました」(野本氏)。

木村真二氏による背景美術

緻密で独特な世界を描き出す木村真二氏による背景美術。本作の混沌とした世界観を表現するために欠かせない要素である

キャラクター設定画

主人公・カイマンの設定画

多彩な衣装バリエーション

カイマンの衣装バリエーションの一部。組み合わせやダメージ度合いなど、合計するとカイマンだけでも26種類用意することとなった

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<2>バリエーションとクオリティの両立

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<2>バリエーションとクオリティの両立

Substance Painterを使った作画アニメライクなモデリング

モデリングでは3ds Maxをベースに、Substance Painterを使用して独特なディテールのあるタッチを描いている。撮影工程でも複雑なコンポジットワークは行わないことになっていたため、ハイライトや影、タッチ表現に関してはUV展開してベイクしたテクスチャとして描いている部分が多い。Substance Painterで描き込んでレンダリングしたテスト画像に対して、キャラクターデザインを手がけた岸 友洋氏に修正を入れてもらい、そのまま3DCG上にフィードバックする方法だ。「今回初めてSubstance Painterをテクスチャ作成のメインツールにしました。本作はキャラクターの衣装替えが多く、カイマンだけで26種程度。さらにダメージ変化のパターンも用意する必要がありました。3Dモデルに直接描き込むことで作業効率は向上し、作品の独特で魅力的な描写を再現する助けになりました。使い勝手も良かったです」。そう話すのは、モデリングを担当した池田 昴氏。数ショットしか登場しない衣装でも、その都度スキニングの調整やセットアップが必要だったという。基本構造としては、Bipedに補助ボーンとスキニング用のメッシュを間に噛ませてコントローラを追加したセットアップだが、モデルやマテリアルの差し替えに関しては独自にツールを開発し、アニメーションごとに移植できるようワークフローを組んでいる。同社にとって、3DCGを使ったキャラクターアニメーションの制作は初挑戦ということもあり、比較的安全に運用できる仕様が採用されている。また、3DCGキャラクターが使用するプロップは当然3DCGで作成することとなるわけだが、その際はレンダリングした素材に特殊効果を吹いてディテールアップを図り、そのデータを基にモデリングにフィードバックしてテクスチャとして再利用した。そのほか、マスクは3DCGだが顔の部分は作画に切り替えるなど、これまでアニメーションの現場で培ってきたノウハウを活かしつつ、バランスをみてフローに取り込むことでクオリティアップを図っている。さらに、アニメーション作業を他社と共同で行なっているため、とりわけ口パクに関してはその構造が変わると印象がバラけてしまうという問題があった。この問題に対処するために「口パクルール」を策定し、以後のショットでは話数ごとに良かったショットの参考となる「キャラクターの作画監督設定集」のようなお手本を作成。各チームに共有することで、さらなるクオリティの安定を図った。

キャラクターモデリング

キャラクター「心」の全身3Dモデル

マスク装着時のバストアップレンダリング画像

モデリングのビューポート

Substance Painterを活用したタッチ表現

キャラクター「煙」の破壊マスク完成画

数カット単位で突発的に発生するものについてはモデリング後にカットバイで画づくりが行われた。ディテールを3Dペイントでモデルに直接描き込んで仕上げている

特殊効果を吹いてディテールアップを図る

3DCGキャラクターが使用するプロップは全て3DCGで作成。レンダリングした素材に特殊効果を吹いてディテールアップを図る。特殊効果で吹いたデータはモデリングにフィードバックし、テクスチャとして再利用する



  • ワイヤーフレーム



  • 特効テクスチャを合成した完成形

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<3>プレスコで行うハイブリッドアニメの作成術

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<3>プレスコで行うハイブリッドアニメの作成術

作画の作法に従ったアニメーションメソッド

本作は3DCGベースで制作しているため、アフレコではなくプレスコが採用されている。また、一部のキャラクターの口パクには事前にルールを決めておき、キャラクターの「寄り」と「引き」で動きを変えているという。特に、主人公カイマンは早口でセリフも多く、上顎と下顎とで別々の動きをする上に、シリアスからコミカルなショットまで声の演技にも振れ幅があるため「カイマンの口パクアニメーションプラン」を策定。他のキャラクターに関しても、マスクをかぶっていたりいなかったりと、作画に寄せた映像づくりをする上で情報量を省略しつつ表現しなければならず、非常に労力を要する作業となることもあった。3DCGアニメーションの工程では、静止画でレイアウトを確認して演出チェックを経てシルエットや表情を固め、セカンダリの作業で影の見え方やめり込み修正を行なっている。そのほか、演出面では3DCGならではのカメラワークである「回り込み」を各話につき数カット程度に抑えた。あまりに3Dらしいシーンを唐突に挟んでしまうと、画的にはリッチに見映えがするという利点がある反面、作画との馴染みが悪く違和感を与えてしまい、さらにレイアウトをとる際も時間を要してしまうからだ。よって、適材適所で背景素材を貼り込み、全体の作業量を調整しつつ3Dワークを抑えていった。また、監督から「日常芝居とアクションではコマ打ちの差をつけたい」とのオーダーがあり、スタッフの得手不得手を考慮して割りふりを変えて作品全体の雰囲気を統一した。アニメーションの付け方に関してはあまり制約はなく、基本的には全フレームを書き出してエクスプレッションやタイムリマップで使用するフレームを調整。3DCG特有の違和感を抑えつつ前後の作画素材に合うように「止めるべき部分はしっかり止める」と、あくまでも作画の作法に則ってアニメーションを付けている。また、シートの打ち方や表現の仕方など、社内に豊富にある作画素材をリファレンスとして細かい指示を出した。「演出と監督陣から作画寄りの指示も多くありましたが、制作が始まる前に社内で行われた作画アニメーターさんの講義にCGアニメーターの多くが参加していたため、スムーズに対応することができました」とアニメーションを担当した奥納 基氏。アニメーション以後の撮影工程では、After Effectsの収集データと同時にCG素材の連番データも用意し、ショットごとに適した手法で撮影が行えるよう仕様を統一。データ提出の前に撮影前の素材のチェックとして「撮出し」工程を入れることで選り分けを行なっている。

カイマンの口パクを「寄り」と「引き」でルール化

カイマンは、通常の人間の顔とは構造が異なるため、普通の人間のように「下顎のみを動かすパターン」と、見映えを重視して「上顎も少し合わせて動かすパターン」を作成。結果的に、「上顎も少し動かすパターン」を基本形として、ロングショットや呟きのような小声のセリフの際は「下顎のみを動かすパターン」を採用。あくまでも叩き台となるルールであり、監督や演出の方針でその都度ベストなかたちを追求した

初期段階で、ある程度口パクの方向性を定めるためのテスト動画を作成

背景美術とカメラマップ化

カメラマップの原図

キャラクターを配置して、ワイヤフレームを表示

完成画

セットアップ

全てのヒト型キャラクター(カイマン以外)に使用したリグのベース。このリグに対してスキニングしBipedにリンク。Bipedの子として制御させることで、アニメーションが付けづらい動きにも対応できるように調整した

ニカイドウのデフォルトのフェイシャル(表情なし)。各パーツに制御用のポイントが付いている



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.260(2020年4月号)
    第1特集:ハイエンド・ゲームグラフィックス 2020春
    第2特集:CG×ファッション
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2020年3月10日