全米公開では2週連続首位を獲得(※2月25日時点、Box Office mojo調べ)、ゲーム原作映画史上No.1オープニング記録を樹立するという輝かしい成果を挙げた本作。冒頭のフルCGパートをはじめ、本作のCG・VFX制作に参加したマーザ・アニメーションプラネットに制作舞台裏を聞く。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 262(2020年6月号)からの転載となります。

TEXT_村上 浩(夢幻PICTURES) / Hiroshi Murakami(MUGEN PICTURES
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
© 2020 Paramount Pictures and SEGA of America, Inc. All rights reserved.

映画『ソニック・ザ・ムービー』6月26日(金)公開
Sonic-movie.jp
監督:ジェフ・ファウラー/脚本: パトリック・ケイシー &ジョシュ・ミラー/セガのビデオゲーム原作/製作:ニール・H・モリッツ(p.g.a)、トビー・アッシャー、中原徹、伊藤武志/製作総指揮:里見治、里見治紀、前田雅尚、ナン・モラレス、ティム・ミラー
配給:東和ピクチャーズ

総力を結集してハリウッド映画の要件をクリア

マーザ・アニメーションプラネット(以下、マーザ)が本作の制作に参加したのは2018年。日本のCGプロダクションがハリウッド映画の制作を受託するのは極めて異例なことで映像のクオリティだけでなくセキュリティ面や制作進行のちがいなど、いくつものハードルを越えなければならなった。マーザのチームは『Robodog』プロジェクトでアートディレクターを務めたデビッド・ネルソン氏がVFXスーパーバイザーを務め、繁忙期には外部スタッフも含め90名ものスタッフが参加することとなった。

〈前列〉左から、伊藤武志氏、大西美枝氏/〈後列〉左から、冨山竜徳氏、三井智博氏、宮﨑真琴氏、吉沢康晴氏、秋重有希氏、ギデ・ガエトン氏、梅田年哉氏、鴻巣 智氏、マリア・ドロレス・パクラン氏、赤木達也氏、秋山千聡氏。以上、マーザ・アニメーションプラネット
www.marza.com

「セガを代表するビデオゲーム『ソニック』シリーズを題材とするフルCGアニメーションの実現は、マーザの前身であるセガ VE研究開発部の発足時から構想に挙がっていました。まさに念願のプロジェクトになりますが、制作当初からフルCGパートがある場合は、ぜひマーザに担当させてほしいとお願いしていました」と、プロデューサーを務めた、伊藤武志氏。

マーザが担当したのはオープニングのフルCGパートを含む約70カットだが、実際にはその3倍近いショットを制作したという。「制作終盤でも良いアイデアが浮かべば躊躇なくシーンの変更を行うなど、その妥協なき姿勢を実践できるハリウッド映画のスケール(予算やスケジュール等)のちがいを実感しました。制作中は苦労が絶えませんでしたが、自分たちとしても最後までクオリティを追求することができました」(秋山千聡氏)。ハリウッド映画の制作を受託するにはハリウッド映画産業が推奨するセキュリティ監査・TPN準拠の環境を構築する必要があったが(後述)、当時国内プロダクションの事例が見つからなかったためイチから手探りで構築したという。「北米での成功を受け凱旋帰国となる本作が国内でも多くの方に観ていただけることを期待しています。マーザとしては今後も海外で通用するハイエンドなCGアニメーションをつくり続けたいと思います」(伊藤氏)。

<1>ソニックらしさを追求する~キャラクターアセット~

支給されたアセットはイチから再構築する必要があった

本作のエグゼクティブ・プロデューサーのひとり、ティム・ミラーがオーナーのブラー・スタジオの近くに、パラマウント映画が本作のヘッドスタジオを設けてプリプロを実施。マーザには、同スタジオから実制作に必要なアートやリファレンス、仕様書が提供されたという。ハリウッド映画のCG・VFX制作では、スタジオごとに独自のパイプラインを構築し、様々なインハウスツールを用いているため、提供された多くのアセットはそのまま使用することはできず、データを解析しイチから再構築する必要があったという。「提供されたソニックのアセットの場合、スキン(モデルデータ)、カーブ(Fur)、テクスチャで、中でもカーブデータはFurをジオメトリ化したデータのためメモリ負荷が高く、Mayaでは開くことができませんでした。そこでHoudiniでリダクションを行なった後、Mayaに持ち込みYetiでFurを再構築することにしました」と、モデリングSVを務めた鴻巣 智氏。マーザが本作で使用したレンダラはArnold。海外スタジオはRenderManを使用していたが、ほぼ相違なく再現できたという。約3ヶ月にわたるリビルド期間を経てベースとなるソニックモデルが完成したが、その後もカットごとにシェーディングなどに微調整を加える必要があったそうだ。リグについても同様に、ヘッドスタジオからの提供データを基にmGearを用いて再構築。フェイシャルはシェイプターゲットを参考に、より柔軟性の高いコントロールが行えるカスタムリグが開発された。眉やほうれい線などをカーブで指定することでリグが自動生成されるしくみで、要求された表情はリグで再現できるようになっている。「ハリウッド映画の制作は初めてで文化的なちがいなどで苦労もしましたが、データのつくり方やハリウッドで要求されるクオリティ基準を知れたことは貴重な経験になりました」と、赤木達也氏(リガー)。

ハリウッド作品の制作を受託するには、ハリウッド映画産業が推奨するセキュリティ監査団体CDSA(Content Delivery & Security Association)とアメリカ映画協会(MPAA)が2018年に合併事業として起ち上げたセキュリティ監査プログラム「TPN(Trusted Partner Network)」の要件に準拠した制作環境とシステムを構築し、事前に審査を受ける必要もあった。審査までの準備期間が短かったこともあり、今回は全スタッフのインターネット接続を遮断し、代わりにリファレンスの収集や外部とアクセスができる専用のPCを数台設置することで対応。「TPNのリサーチとパイプラインの設計など下調べに5ヶ月ほど費やしましたが、構築自体は1か月弱で終えることができました。TPN審査は全スタッフの携帯電話の持ち込み制限や、サーバルームにも監視カメラの設置を求められるなど非常に厳密なものでした」と、システム構築を担当した秋重有希氏。

ヘッドスタジオ提供データを基に再構築

ソニックのメッシュとYetiの実際のビューポート上でのルック

MPCから提供されたテクスチャ素材を実際のレンダリングでマッチするために組んだスキンのシェーディングネットワーク図

mGearによるリグ&セットアップ



  • ソニックのアニメーション用リグ



  • ボディリグ用ピッカー



  • ソニックのフェイシャルリグ



  • フェイシャル用ピッカー。フェイシャルアニメーションはFACS理論で構成されているが、リアルな表情を再現することが目的ではなくリアルな表情を基にキャラクターらしい表情を加えることでソニックらしさを表現

TPN(Trusted Partner Network)向けネットワーク構成図

本プロジェクトに用いられたTPN準拠のネットワーク構成図。マーザが入居するビルの別フロアに物理的にも独立したスタジオが設けられた

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<2>マーザの本領発揮~ベビーソニックが暮らす宇宙の果て~

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<2>マーザの本領発揮~ベビーソニックが暮らす宇宙の果て~

デザインや演出面でも積極的にアイデアを提案

冒頭に描かれるベビーソニックが暮らす宇宙の果てシーンはフルCGアニメーションであり、マーザ独自のクリエイティビティが遺憾なく発揮された。ヘッドスタジオから提供された世界観等のアートはゲームのイメージを踏襲したデザインとなっており、そのまま作成してしまうとリアリティが損なわれしまうため、まずは提供されたアートをベースに改めてコンセプトアートを描いたという。「監督はリアリティを求めていましたが、提供されたベビーソニックのアートはチャンキー(chunky ※原作ゲーム的なルックという意味)だったため、丸みを帯びたかわいらしいフォルムを維持しながらリアリティを追求するのに苦心しました」と、鴻巣氏。また、ベビーソニックと暮らすロングクローの支給モデルは、全てのフェザーがジオメトリ化されており非常に重いデータだったため、こちらもイチからつくり直す必要に迫られた。「フェザーは体のアニメーションに合わせ動きつつ、めり込まないようにするため全てのフェザーにリグやコントローラを組み込みました。特に苦労したのは膝の関節で、ロングクローのデザインはアニメーションを想定してデザインされていなかったため、クロスシミュレーションを併用することでめり込みを回避しました」と、マリア・ドロレス・パクラン氏。ベビーソニックを捕まえようとするエキドナの集団は、海外スタジオとデータを共有しながら4体のモデルを作成し、ペインティングやカラーリングにバリエーションをもたせることで数を補った。衣装をリッチに見せるため大量のファーで毛羽だった繊維を表現し、さらに4Kのディスプレイスメントマップをリピートさせ布地の質感も込められた。

背景セットのドレッシングはレイアウト班が担当した。提供されたストーリーリールを基にリアリティのあるサイズ感や距離感を割り出しレイアウトモデルを作成。「リールを観て原作ゲームの世界観を採り入れたいのだと感じたので、ゲームムービーを見直して疾走感やジャンプした際の浮遊感などソニックらしい要素を盛り込んだプリビズを作成し、監督に逆提案したところ快諾してもらいました。ただ疾走感を出すためには長い距離を走らせなければならず、背景モデルも増えてしまうなど自ら首を絞めることにもなりました(苦笑)」と、レイアウターの冨山竜徳氏。エキドナが大量に登場するシーンでは前後関係も複雑で、通常の素材分けではエレメントが膨大になってしまうためディープ・コンポジットを導入。「今回は、あらゆる工程が同時並行で進行したため、完成に近い状態になってもカメラワークが変更になることもありました。最後まで妥協しない姿勢によって、ハリウッドクオリティが創り出されているのだと実感しました。クライアント側のVFXスーパーバイザーは、わずかな色のちがいや動画では気づかないような些細な点も鋭く指摘し、その鑑識眼にも驚かされました」(吉沢康晴コンポジター)。

完成したアセットを海外スタジオにも提供 

冒頭シーンに登場する幼い頃のソニック

制作途中のやり取りにおける、ディレクターからの手袋に対するフィードバック例

完成モデルのターンテーブル

頭部のYetiネットワークグラフ。海外スタジオから提供されたベビーソニックのモデルはレンダリングにメモリを約30GB消費する状態だったため、ファーFurをオプティマイズしアトリビュートやノード、レイヤー数などを見直すことから作業を開始。最終的には約10GBまで最適化することに成功した


ベビーソニックと宇宙の果てで暮らす友人、ロングクロー

ヘッドスタジオから提供されたコンセプト三面図

表情のコンセプトアート。キーとなる感情表現が図示されている

完成モデルのターンテーブル




  • ロングクローのアニメーション用リグ



  • ボディリグ用ピッカー

マーザのクリエイティビティを込める

滝ゾーンの初期コンセプトアート

亀井清明氏が描いた、より具体的にデザインしたプロダクションアート

完成した本編カット


ストーリーボードから起こしたプリビズより

冨山氏の発案で原作ゲームらしい主観カメラのショットが追加されたレイアウト

ディープ・コンポジットの活用

ディープ・コンポジットを用いたショット例

キャラクターと背景それぞれの状態のビュー



  • Deep Comp該当分。DeepRecolorで画像とDeepを合わせ、DeepMergeでそれぞれを合成。DeepHoldoutノードでHoldoutを出力している



  • 「一般論的にDeepファイルは大容量と言われていますが、今回はDeepレンダリング時にTolerance Valuesのalpha、depthのパラメータを調整することで常識外れな容量にならないことを確認した上で利用しました」(吉沢氏)

完成した本編カット



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.262(2020年6月号)
    第1特集:コスパ最高のHDRI制作術
    第2特集:オートモーティブ×ゲームエンジン
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2020年5月9日