コロナ禍の影響を受け、オンラインに移行して開催されたGDC Summer。2020年8月4日(火)から6日(木)まで開催された本カンファレンスで行われた、CGWORLD読者にとって注目度の高いトピックスを厳選してお届けする。第1弾では日本でもファンの多いタイトル『Sky 星を紡ぐ子どもたち』を取り上げ、背景とキャラクターのデザインプロセスについて紹介する。

TEXT_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

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試行錯誤を経て抽出されたゲームのコンセプト

本記事のベースとなった講演は、thatgamecompanyでリードアーティストを務めるYuichiro Tanabe氏が行なった『Art of Sky: Children of the Light』だ。

本講演で解説された『Sky』(邦題は『Sky 星を紡ぐ子どもたち』)は、2019年7月にiOS版、同12月にAndroid版がリリースされた、モバイル向けソーシャルアドベンチャーゲームだ。プレイヤーは雲の中の王国で目覚めた「星の子ども」となり、他のプレイヤーと協力しながら、空から落ちた星々を天に還すことを目的にゲームを進めていく。

開発・配信を手がけたthatgamecompanyは、過去に『flOw』(2006)、『Flowery』(2009)、『風ノ旅ビト』(2012)を手がけた実力派インディ(独立系)ゲーム会社。本作もリリースされるや世界中で注目を集め、ゲーム・デベロッパーズ・チョイス・アワード2020(GDCアワード)オーディエンスアワードや、Appleの2019年度ベストiPhoneゲームを受賞するなど、全世界で高い評価を受けた。

本作の特徴のひとつに、中間色を多用した美しいアートワークがある。こうしたアートワークはしばしば、クリエイターのひらめきや天才的なセンスによるものと思われがちだ。しかしTanabe氏はゲームデザイン上の要請に従い、中核となる指針を設定した上で、各要素にブレイクダウンしていき、それにもとづいて適切なアートワークが行われていったことを示した。

『風ノ旅ビト』が2012年にリリースされ、それから7年ぶりの新作となった本作。Tanabe氏は「『風ノ旅ビト』で高い評価を受けて、次回作に対するプレッシャーが高かった。7年の間にいろいろ考えることがあったし、実際に開発で様々なことがおきた」と話し始めた。

Tanabe氏がチームに合流したのは、『Sky』のプリプロダクションの段階で、「空を飛びまわる」という中核のアイデアはあったものの、アートワークらしきものはなかった。「チームには『風ノ旅ビト』の成功で、同じような感情体験を、より多くの人に届けたいという思いがありました。そこで最初に行ったのがストーリーボードの作成でした。これによりチーム内でのイメージの共有ができました」。

『Sky』の初期プロトタイプ

Tanabe氏が描いたストーリーボード

ストーリーボードに基づき作成されたプロトタイプ

このストーリーボードを基にイメージがふくらみ、数十種類にもおよぶプロトタイプがつくられた。どれも面白かったが、決め手になるものがなかった。このゲームで何がしたいのか、核となる要素が言語化されていなかったからだ。2017年に公開された予告動画を経て、徐々に核となるキーワードが固まっていった。

はじめに共有されたイメージが「光を人から人に広げていく」、「空を飛びながら、雲の中に入ったり出たりする」、「マルチプレイを通して、一緒につながった人のことを考えながら遊ぶ」、「スマートフォンやタブレットを使って、家族や友達、親しい人など、より多くの人と遊ぶ」という4点だ。これらはゲームを通してプレイヤーに体験してもらいたい行為や感情が示されている。顧客の体験を定義したといえるだろう。

予告動画の制作を通してまとめられたコンセプト

3×3マトリクスで言語化されたコンセプト

このイメージを基に設定されたキーワードが「人間性」、「驚き」、「コミュニティ」だ。その上で各項目が3つずつ分解され、合計9個のコンセプトが設定された。これが言語化されたことで、具体的な取捨選択が可能になった。現在も新しいアイデアが出たら、このコンセプトと照らし合わせながら開発を行うか否かについて考えているという。

人間性
人間性:ゲームのあらゆる部分で、ソロプレイよりもマルチプレイの方が良質な体験になるようにする
人間味:ゲームのあらゆる部分で人間味が感じられるようにする。世界や他のプレイヤーに自分の足跡が残せる
親密さ:プレイヤー同士が互いに弱みをさらけ出せるような安全な場所を提供し、深い感情的なつながりへの扉を開く

驚き
ダークファンタジー:中心部分は安全だが、世界全体は闇に覆われているといった具合に、一見すると美しいが、病によって沈んでいく世界を表現する
鼓舞:一人では孤独で小さな存在だが、他人と一緒にいることで闇に立ち向かえる感覚を提供する
ミステリー:プレイヤーの好奇心を刺激する。共に謎を解き明かし、その先にあるものを発見するために協力心を煽る

コミュニティ
生きている世界:ノンリニアで進化し続けるテーマパークの中で、毎日新しいことができる
自己表現:魔法のようなオンラインの世界で自分自身の個性を表現できる、ユニークなキャラクターを提供する
帰属意識:プレイヤーに利他主義と無欲の精神に満ちた、世界的なコミュニティに属していることを感じさせる

感情曲線と紐付いた3×6の環境アートワーク

もっとも、これだけでは世界やキャラクターをビジュアライズすることは難しい。そこでTanabe氏はこのコンセプトをアーティスト向けにブレイクダウンしていく上で、どのような方策が採られたかについて解説した。

『Sky』の感情曲線と6種類の世界

はじめに紹介されたのが感情曲線の設定だ。Tanabe氏は本作でプレイヤーに体験してもらいたい感情を1本のライン(感情曲線)で設定し、これに基づいて全ての要素がデザインされたことを示した。この感情曲線のベースとなっているが、神話学者のジョゼフ・キャンベルが著書『千の顔をもつ英雄』で示した「英雄の旅」で、ゲームに適するように改良して用いられたという。

なお、「英雄の旅」は映画『スター・ウォーズ』などの脚本に影響を与えたことで知られている。また、感情曲線の設定は前作『風ノ旅ビト』でも採用されており、同社のゲームデザインの特徴的な要素となっている。

続いて背景デザインのために、「天気」、「人生」、「都市の変遷」という3つのテーマが設定された。Tanabe氏は「いずれもユニバーサルなもので、現代でも10年後でも、人種や年齢がちがっても理解できるものが選ばれた」と説明した。

天気の移り変わり
夜明け→日中→雨→夕暮れ→日没→夜
人間の一生
誕生→子ども→思春期→成熟→壮年→老年
都市の変遷
原始的→自然との調和→産業化→文明の頂点→文明崩壊→崩壊後の世界

夜明け
夢や希望を薄紫色のビジュアルや強い太陽の光などで表現。赤ちゃんが初めて世界を見たときの壮大さや新鮮さをイメージ。都市化の片鱗を石柱や巨大な岩などで表現する

日中
明るさや幸福感を明るい日差しや晴天で描く。 子どもが見た、楽しくて遊び道具にあふれている世界をイメージ。自然と人工物の調和がとれた中世的な世界


思春期の複雑な感情を雨で表現する。ティーンエイジャーが見た内省的でメランコリックな世界をイメージ。産業化が進み、工場が点在する

夕暮れ
赤く燃えさかる太陽や夕暮れの風景で成熟した人間の力強さを表現。肉体的にも精神的にも社会的にも充実し、バランスの取れたイメージ。文明が頂点に達し、豪華な装飾がほどこされた巨大建造物が登場する

日没
日没から夜までの短い時間を緑色に彩られた世界で表現。人生が下り坂に入ってきた50~60代の内向きな精神世界を現す。文明が破壊され、廃墟が広がる荒涼とした世界


静かで落ち着いた、そして新しい夜明けを予感させる世界。死が近づいてきた70~80代の諦観した、宗教的な内面を現す。SF的でハイテクと魔法の見分けがつかない世界

ポイントはそれぞれが6つのパートに分かれ、互いにビジュアル面やゲームの仕様面で連携することだ。例えば「夜明け」は世界が薄紫色で、空が広大に描かれ、太陽の日差しで夢や希望を表現する。「夜明け」が「誕生」に連動するのは、赤ちゃんにとって世界は全てが広大かつ新鮮で、ミステリアスな存在だからだ。そのため都市化も片鱗が見え始めたばかりで、ストーンヘンジに代表される岩や石を用いた建造物が中心となるといった具合だ。

また、それぞれの世界にはプレイヤーを導くエルダーと呼ばれる精霊が存在する。このエルダーのキャラクターデザインも、それぞれの世界の特性がベースとなっている。「夜明け」の世界では赤ちゃんが抱く大人のイメージを反映して、背の高い巨人として描かれる、といった具合だ。

また本作ではゲームプレイを通して、個々の感情を動作で表す「ゼスチャー」というモーションが入手できる。「夜明け」の世界はゲームのチュートリアルを兼ねているため、ここで得られるゼスチャーも何かを指し示したり、ガイドしたりといった動作が中心になっている。

「これら全ての要素が1本の感情曲線と紐付いている点がポイントです」(Yuichiro Tanabe氏)。

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全ての人に最適なキャラクターをつくるために取捨選択された要素

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全ての人に最適なキャラクターをつくるために取捨選択された要素

続いてTanabe氏はキャラクターデザインについて解説を始めた。キャラクターデザインでも背景と同じようにさまざまなデザイン画が描かれた。そして同じように選択基準がないことが問題になった。

そこで参考にされたのが前作『風ノ旅ビト』のキャラクターデザインだ。Tanabe氏はこのデザインが、ゲームデザインの要請に従ってつくられたものだと述べた。足があるのは世界を走り回ったり、ジャンプしたりするため。マントを羽織っているのは落下中にふわりと広がることで、ジャンプという行為に視覚的な意味をもたせるため。そして表情に乏しかったり、腕が省略されていたりするのは、ゲームプレイや、ゲームプレイを通して発したいメッセージと、直接関係がないからだ。

それでは『Sky』はどうだろうか。Tanabe氏は「開発チームが最も重視したのは、プレイヤーに童心に返ってもらうこと」だと述べた。そのためパジャマ姿の子どもの絵柄が有力候補に挙がっていたのだ。ところが開発中に不都合が生じた。マルチプレイ時におけるキャラクターの差別化が難しかったのだ。

『Sky』開発初期段階で描かれたデザイン画の数々



  • 有力視されていた子どものデザイン画



  • マルチプレイ時に差別化が難しいことが問題になった

また、空が飛べることが視覚的に表現しづらいことも課題だった。試行錯誤の結果、最終的に採用されたのがケープ的な服を着せることになった。ちがったケープのデザインにすることで差別化が図れ、マント的なシルエットにすることで、空を飛ぶことを連想させることも可能になった。

続いて髪や肌の色をどうするか、という問題がおきた。「特定の人種をイメージさせないこと」、「それぞれのプレイヤーが本当に好む色にすること(現実の髪の色と同じであること)」が理想だが、技術的な面から不可能だった。そこで採用されたのが「白色」だ。肌の色も同様の理由から、「灰色」が採用された。表情についても、プレイヤーの感情とキャラクターの表情を同じにすることが模索された結果、仮面を着けて表情を隠す、というアイデアが採用された。

それでは腕はどうするべきだろうか。『風ノ旅ビト』と同じように省略するべきだろうか。もっとも、これについては早い段階から決まっていた。プロトタイプ版で「握手」というモーションが実装されたとき、「腕はないとダメだ」と決まったのだ。「シンプルだが力強く、ゲームのコンセプトにあっていた」という理由で採用され、キャラクターデザインにも反映されたのだ。

『風ノ旅ビト』のキャラクターデザイン

『Sky』では握手ができることがゲーム体験上で重要だった

最後にTanabe氏は「終わりのない感動的なゲーム体験を全ての世代に届ける」ことが同社のビジョンであり、そのために「感情曲線を設定して、それに則したテーマとビジュアルをデザインした」とまとめた。そのうえで67才の女性から届いたという手紙を紹介し、開発チームが得た究極のリワードだと締めくくった。

「67歳のおばあちゃんです。 マリオとか、ゲームはやったことがありません。ジャンプしたり、空を飛んだりするやり方もわかりません。でも、『Sky』で元気に遊んでいます。今日は「友達」がエデンに連れて行ってくれました。 そして、目的を達成できませんでした。私は連れ戻されるまでの30分間で泣いてしまいました。このゲームは自分自身について多くのことを教えてくれました。私は愛情の人で、1人でいるのが好きではありませんが、あなたのゲームによって勇気が引き出されました。私の人生に素晴らしい貢献をしてくれたことに感謝します。

心から。

孫たちが『Sky』をプレイするために、アップグレード版が出たら購入するおばあちゃん」。

開発チームに届いたファンレター