2020年12月12日(土)、モーショングラフィックスファンが毎年心待ちにしているイベント「Motion Plus Design World | Japanese edition」が開催された。日本選りすぐりの7人のモーションデザインアーティストが登壇した同イベントから、佐藤隆之氏安藤北斗氏の講演を紹介した前編に続き、本稿では冠木佐和子氏田島太雄氏稲葉秀樹氏の講演の見どころを、ファウンダーであり主催者のクック・イウォ氏のコメントを交えながら紹介する。

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TEXT&PHOTO_山本加奈 / Kana Yamamoto
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

アニメーションから離れられない冠木氏の人生。美大入学から現在までの人生の記録を語る/冠木佐和子氏

冠木佐和子/Sawako Kabuki
www.sawako-kabuki.com

レポート中編は、アニメーション作家・冠木佐和子氏の講演から紹介をはじめよう。冠木氏は卒業制作のアニメーション作品『Ici, là et partout』と『肛門的重苦 Ketsujiru Juke』が、権威ある国際映画祭で受賞を果たしている。その独創性も手伝って冠木氏のことを「あぁ、物心ついた頃からアニメーション作家を目指していたんだろうな」と想像をしていたのは、筆者だけではないはずだ。そのため、冠木氏が語り始めた、アニメーション作家になるまでの道のりは驚きだった。

確かに冠木氏は幼少の頃から絵を描くことが好きで、美大を目指していた。ところが「東京藝術大学を受験したけど落ちて、でも多摩美のグラフィックデザイン学科に受かりました。浪人しようかどうか迷って2ちゃんねるの掲示板に相談したら、"絶対多摩美のグラフィックに行った方が良いよ"って多くの知らない人に言われ多摩美に進学しました」と、まさかの2ちゃんねるに進路の相談をして決めていたそうだ。

そして入学後も「アニメーションをつくらないと進級できなかったので、仕方なくつくりました」、「アニメーションってつくるのがすごく大変だなと思って、もう二度とつくりたくないなって、このとき思いました」とふり返っている。しかし巡り合わせなのか在学中はアニメーションをつくり続けることになる。卒業制作も「イラストレーション」の予定だったが、クラスメイトに誘われてアニメーションをつくることになったという。

▲『Ici, là et partout』(2013)

冠木氏の初期の自主制作作品は、彼女の人生と強くリンクし内面から噴出したものが、のびのびと描かれていて面白い。2本つくった卒業制作の1作目は、当時付き合っていた人との、恋愛に浮かれ愛にあふれた作品を目指したそうだ。その後につくった2作目は、その彼に振られて見た悪夢と失恋した心、そして東日本大震災による不穏な空気の中から生まれたと解説してくれた。そのポップな絵、中毒性のある動き、そしてエロといった強烈なテーマと作家性はある種の感動を呼ぶ。ライブチャットでも「言葉が見つからない」といったコメントが寄せられており、多くの視聴者が人生で初めてみる"何か"に心が震えたに違いない。

卒業後の就職先はアダルトビデオ制作会社。ADとして働いていた矢先に、卒制作品がたくさんの国際映画祭でノミネートした結果がもたらされる。「辞めてアニメーションの世界に戻ったほうがいいんじゃないって、周りの人に言われたので会社を辞めました」。再びアニメーションをつくる道へと戻った冠木氏は受賞作品『MASTER BLASTER』など快進撃を見せる。「ここまで来るとアニメーションしかやることがなくなってしまったので、ズルズルとアニメーション作家になっていきました」と語った。アニメーションだけでなくイラストでも活躍する冠木氏の作品の多くはホームページで見ることができる。

▲菅原信介『MASTER BLASTER』MV(2014)

クック氏のひと言:「冠木佐和子というクレイジーかつ皮肉を描く天才に魅了されました。笑いと哀愁が同時に押し寄せます」。

進化し続ける表現。コラボレーションで拓くクリエイティブの地平線/田島太雄氏

▲『Night Stroll』(2015)

CMなどの商業的な映像を生業にするディレクターにとって、定期的にオリジナル映像をつくるためには努力が必要だ。それは資金面においても時間のやりくりにおいても。しかし、田島太雄氏のプレゼンで、それでもオリジナル作品をつくることがどれだけ仕事を含めた創作活動に影響を及ぼすかを目の当たりにした。

田島太雄/Tao Tajima
taotajima.jp

2013年から2020年にかけて制作した映像作品から代表作を紹介しながら、作品における着想と、制作のプロセスを紐解いてくれた。田島氏へ発注するクライアントに共通しているのは、田島氏の過去の映像作品が好きで依頼をしてくることだ。そしてその根源となっているのが2013年に作ったオリジナル映像作品『Night Stroll』。それを見たパソコン音楽クラブが、そしてTVアニメ『さらざんまい』の制作チームが......というように、良い連鎖が面白いほど続いている。

この『Night Stroll』には、その後、田島氏のトレードマークとなるいくつかの要素が見て取れる。ひとつは実写とモーショングラフィックスCGの合成。直線で構成される画面構成に、街の実風景と重ね合わせた妄想の世界観。「それまで5年ほど勤めたCG会社を辞めて、30代を迎える自分がどういう映像が好きで、それを実際につくれるか、自分の技術力に対する腕試しでもありました」。

"夜の散歩(Night Stroll)"と題したこの映像のテーマとなったのは、「スマートフォンなどで好きな音楽をかけて夜道を散歩しながら、目の前の景色に妄想を重ね合わせた経験」。多くの人が体験したことがあると思う、あの気持ちの良い時間帯をビジュアル化している。CGでつくったグラフィカルなモーショングラフィックスが音楽にシンクロして、夜空や街の隙間から光のように現れては消える。デザインのミュージカルのような映像からは、少しひんやりとした夜の空気感や半覚醒状態の恍惚感まで伝わってくる。田島氏の「好き」がたくさん詰まったこの映像は、その後、多くの人を魅了していった。

▲『Cuushe - Magic』(2020)。田島氏が監督を務め、アニメーション作家の久野遥子氏をコラボレーターとして迎えた一篇。これまでの都会からチベットの雄大な自然へと舞台が移っている

プレゼンの中で印象的だったもう1点は、技術から得られるインスピレーションや新しい表現を積極的に採り入れているところだ。『Night Stroll』の制作時に発売されたキヤノンのEOS 5D Mark IIに留まらず、パソコン音楽クラブ『reiji no machi』MVの制作ではジンバルスタビライザーRonin-SCの導入に加えてテクニカルディレクターの右左見拓人氏と10台のスマホでバレットタイムを可能にするオリジナルのポータブルバレットタイム・カメラリグの開発まで行なっている。「初期の頃は割と全部1人でやることが多かったんですが、自分にはない才能をもった作家さんと一緒にものをつくるというのは非常に良いですね。1人でつくっていると、自分から見える世界しか照らし出せないんですけども、ちがうアプローチ、ちがう技術、ちがうモノの見方をもち出してくれる。一緒にやるということでより表現の幅が広がったと思います」と話してくれた。

クック氏のひと言:「彼は自分で気づかないうちに世界のトレンドを生み出しているアーティスト。しかも技術的にもこだわり完成度も高い」。

ミクロな視点でディテールにこだわりぬく。彩りと複製のアニメーションワールド/稲葉秀樹氏

子供の頃に通っていた絵画教室での経験を原体験にもちながらも、アニメーション制作へたどり着くまで飲食業界やアパレル業界で働いてきた異色の経歴のもち主、稲葉秀樹氏。様々な仕事を通して「没頭することが好き」だと、当時をふり返る。そして、このモチベーションは現在のアニメーション制作でも変わらないという。

稲葉秀樹/Hideki Inaba
hide.tokyo

様々な職業を経験した後、絵を描く仕事に関連した仕事に就こうと決心し、テレビ関連の映像制作会社にイラストレーターとして職を得る。何とそのときに初めてコンピュータやPhotoshopといったソフトに触れたそうだ。様々な表現に挑戦しながら、徐々にAfter Effectsで番組のオープニング映像を手がけるようになり、アニメーションに「没頭」し夢中になっていった。

「自分が描いたイラストが動いていく過程がとても興味深くてハマっていきました」と、テレビ制作会社時代の学びを語る。「苦手なことやできないことを分解し紐解いていくと、逆に得意なことが見えてきた」。3Dソフトが苦手だった稲葉氏は、代わりにAfter Effectsの3Dレイヤーを駆使した手法にたどり着く。それは稲葉作品のトレードマークとなった。

フリーランスになってから、培った技術の集積で挑んだオランダのミュージシャンBeatsofreenのMV『Slowly Rising』がブレイクポイントとなる。自然界の植物やクラゲといった生物をモチーフにし、作画のケレン味をじっくり探求したアニメーション。稲葉氏が得意とするミクロな視点が炸裂する。「葉っぱには陰影があり、模様や虫食い、葉脈などの情報が含まれています。その細かな情報がアニメーションで表現されていたら面白い」と挑んだ作品だ。

▲『Slowly Rising』MV

複製し増殖する稲葉作品の特徴もこの作品制作の過程で誕生している。「自然界のものは全て複製に見ることができると思っています。ひとつのものを大量に複製すると、より有機的で自然界に近づくと考えました」。伊藤若冲琳派をテーマにした資生堂の2019年ホリデーキャンペーンの映像にもそれは色濃く現れている。丁寧に制作過程を解説してくれた箇所では、素材レベルにもこだわり抜く「没頭」を目撃することができた。

稲葉氏が仕事をする上で、大切にしている秋元 康氏の言葉を紹介して終わりにしたい。「壁を乗り越えろと人は言うけれど乗り越えられないから壁なんだ。右か左に行きなさい。どんな壁だって、どこかに切れ目はある。一番ダメなのはそこに立ち止まること」。

クック氏のひと言:「稲葉秀樹の作品群は伝統的なアニメーションに無限の才能をかけ合わせて生まれています」。

7時間にわたって開催された「Motion Plus Design World | Japanese edition」のレポートも、いよいよ最終章となる後編へ。登場するのはポール・ラクロワ氏と辻川幸一郎氏!

後編は1月25日(月)公開予定!