押井 守と森本晃司。日本を代表する2人の巨匠アニメーション作家が並び立つ夢の映像企画が実現した。それがJVCケンウッドの音声アシスタント搭載スマートヘッドセット「WS-A1」「WS-A1G」のプロモーション短編アニメ『CONNECTED...』だ。制作に携わったスタッフを取材し、企画から完成にいたるまでの全容を聞いた。
※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 271(2021年3月号)掲載の「押井 守・森本晃司コラボ スマートヘッドセットPVで実現 短編アニメ『CONNECTED...』」を再編集したものです。
TEXT_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
▲短編アニメ『CONNECTED...』
JVCケンウッドの音声アシスタント搭載スマートヘッドセット「WS-A1」「WS-A1G」のPV
総監督/原案:押井 守、監督/キャラクターデザイン/演出:森本晃司
2020年12月7日 公開
© JVCKENWOOD Corporation
▲前列左から、CGIディレクター/VFXスーパーバイザー・笹川恵介氏、CGIアーティスト・畠中雄志氏(以上、TRICK BLOCK)、アニメーションプロデューサー・佐藤謙次氏(monofilmo)。後列左から、CGIアーティスト・渡辺廉司氏、CGIアーティスト・藤沼優子氏、CGIアーティスト・沖 拓也氏(以上、TRICK BLOCK)、プロデューサー・竹内宏彰氏
巨匠2人と制作スタジオ。信頼の輪が"コネクト"していく
海岸線に立つひとりの少女が、装着したスマートヘッドセットで交信を始めると、そのシグナルは世界中の人々や犬にまで届き、各々が音声アシスタントによる様々な操作を行なっていく。シグナルはやがて宇宙に届き、UFOを呼び寄せ、そこに吸い込まれた少女は、中から現れた宇宙人とのコンタクトを始める......。
2019年秋、JVCケンウッドからPVの監督を打診された押井 守監督は、即座に「森本(晃司氏)でやれないかな?」という"共作"の提案を竹内宏彰プロデューサーに行なった。両監督が同じ作品に携わったのは今から30年以上も前のことだが、プライベートでは親交が続いていたという。企画段階でJVCケンウッドが提示した要件は「傘を持った不思議系の女子高生が主人公」、「スマートヘッドセットで世界中の人々と交信し、音声アシスタントで操作する映像」の2点で、これをふまえた押井監督によるコンセプトを受け取った森本監督は、本プロジェクトへの参加を快諾した。こうして巨匠2人のコラボは驚くほどシンプルにスタートしたのだった。
制作が本格化した2020年初頭、竹内氏は別プロジェクトで交流があり、「本格的に組んでみたい」と考えていたmonofilmoの佐藤謙次氏(アニメーションプロデューサー)に作画パートを依頼した。3Dパートは、STUDIO4℃時代から信頼を寄せてきたTRICK BLOCKの笹川恵介氏(CGIディレクター)を、森本監督が自ら指名。こうして、互いの信頼関係が輪になり制作陣営が固まった。実作業は2月からスタートしたが、様々なかたちでコロナ禍の影響を受け、ほとんどの工程がリモートワークで進められたため、両監督が直接顔を合わせたのは半年後の最終納品確認の席だった。以降では、森本監督のビジョンを的確に再現するCG、押井監督絶賛のCGによる犬(バセット・ハウンド)など、こだわり抜かれた映像づくりを紹介する。
令和の最新ガジェットPVに、昭和オマージュを込める
押井監督をよく知る竹内氏は、同監督について「信頼したパートナーにまかせた以上、あれこれと口出しをするべきではない、というスタンスの方です。実際、本作でも監督に森本さんを指名した後は、総監督として見守る姿勢に徹していました」と語る。当初、押井監督は「複数のキャラクターが交信に巻き込まれ、レースをするかのように一箇所に集まってくる」というストーリーを考えていたが、森本監督が「主人公といろいろなキャラクターがつながり、コミュニケーションの輪が広がる」というかたちを提案すると、これを後押しし、コンセプトにブレがないかどうかを要所で確認するだけに留めていたという。
これまでに両監督が手がけてきた作品と、音声アシスタント搭載スマートヘッドセットというガジェットの特徴から、サイバーパンクなビジュアルを想像するファンも多いと思うが、両監督は一周回って「昭和チック」というキーワードを挙げた。「作中に登場するアダムスキー型UFOや、宇宙生命体とのコンタクトといった、かつてのセンス・オブ・ワンダーを感じさせる内容をオマージュ的に盛り込んであります」(竹内氏)。先のやり取りに加え、こうした感性が一致するところからも、2人の親密な関係が窺える。
数多くの情報を内包した、森本監督によるVコンテ
本作の尺は2分ほどなので、ミニマムなワークフローで制作されている。竹内氏は森本監督に対し「Vコンテをつくってください」という依頼を最優先で伝えた。その一方で、キャラクターデザイン、色彩設計、設定制作、レイアウトなどの工程を独立して設けることはせず、臨機応変に補完していく体制がとられた。「本作では、森本監督が自ら多くの原画を描くことを予定していました。納期に間に合わせるためには、森本監督の原画を待ちながら、併行してほかの作業を進める必要があったので、佐藤さんや笹川さんが各々の判断で作業を進められるだけの情報を内包したVコンテが不可欠でした」(竹内氏)。VコンテはPhotoshopとAfter Effectsで作成されており、これを切り貼りして佐藤氏が絵コンテを作成した。各カットの尺もVコンテから割り出している。
-
◀▲【左上】少女が森の中で音楽を聴くカット。森は少女の心象風景を表している/【右上】音声アシスタントによる遠隔操作を受け、近未来のバイクが無人のまま起動するカット。森本監督のこだわりがつまった情報量の多い画に仕上がっている/【下】浮遊する少女をバセット・ハウンドが見守るカット
バセット・ハウンドは、寄りを作画、引きをCGで表現
本作には押井監督作品に頻出するバセット・ハウンドが登場しており、ニヤリとしたファンも多いことだろう。実は、押井監督がコンセプトを立てた時点ではその登場が指定されておらず、森本監督と竹内氏の意見によって盛り込まれた。「バセット・ハウンドの必要性は最初から確信しており、本作では寄りのカットでは作画、引きのカットではCGを使っています。犬は押井監督のこだわりが強く、熱の入った監修になるだろうと思ったので、最優先でチェックしていただきました」(竹内氏)。
▲畠中雄志氏(CGIアーティスト)によるバセット・ハウンドのCGモデルに対する押井監督の修正指示。鼻をさらに高く、耳はさらに垂れ下がり、尻尾はピンと立たせて先端を白色にして、後ろ脚の付け根はえぐらせる指示が出されている
▲先の指示を反映させたCGモデル
近未来のバイクと宇宙人
▲先のVコンテを基につくられた近未来のバイクのCGモデル。Vコンテに描かれていない細部は畠中氏が考え、腕あり・腕なしの2パターンが提案された。なお、キャラクターは後工程で作画に置き換えられた
▲森本監督による修正指示。キャラクターの搭乗姿勢に対する指示が多い
▲Vコンテ作成後、森本監督によって追加で描かれた宇宙人のデザイン画。スマートヘッドセットを装着すると、頭部が開くという設定が提案された。骨格(?)がむき出しになっており、UFOからぶら下がっていることがデザイン画の側面図から見てとれる。このデザイン画やリファレンスを基に、沖 拓也氏(CGIアーティスト)がCGモデルを制作した
© JVCKENWOOD Corporation
次ページ:
最初から90点の画を出し、森本監督をインスパイア
最初から90点の画を出し、森本監督をインスパイア
TRICK BLOCKは、前述のバセット・ハウンドの引きのカットに加え、近未来のバイク、宇宙人、UFO、鳥、蝶、モニターグラフィックスなどを担当した。主な制作ツールは3ds MaxとAfter Effectsで、社内の制作管理にはShotgun、社内外のデータの受け渡しにはGoogleドライブを使用した。なお、森本監督との打ち合わせにはZoomを使用している。
前述したように、本作のCG制作は、VコンテからCGモデルとカットの制作に必要な情報をくみ取り、段階的に細部を詰めていくというスタイルで進められた。これが実現できた背景には、森本監督作品を何度も手がけてきたTRICK BLOCKの豊富な経験がある。森本監督のビジョンを高い精度で共有できる"読解力"と、それを実現できる"技術力"を礎にして、最初から90点レベルの画をたたき出せるからこそ、森本監督はその画にインスパイアされ、さらに完成度を高める指示を出し、どんどん作品が磨きあげられていくという好循環が生まれた。
その代表例は、キャラクターを乗せた近未来のバイクが走行するカットだ。Vコンテを基にCG先行でレイアウトが組まれ、CGバイクの動きのタイミング、美術による流線背景に合わせた色味、作画によるキャラクターの服のなびき、バイザー上のモニターグラフィックスなどが順番に検討され、完成度が高められていった。UFOが移動するカットや、宇宙人がスマートヘッドセットを装着するカットの動きとタイミングも、Vコンテを基にTRICK BLOCKが提案し、試行錯誤がくり返された。
キャラクターを乗せた近未来のバイクが走行するカット
▲CGバイクの動きのタイミングを検討している。流線背景は仮のものを使用
▲背景を美術による流線背景に差し替え、その色味に合わせてCGバイクとキャラクターの色味を変更している
▲完成画像。CGキャラクターをガイドにして、作画によるキャラクターアニメーションを作成。さらにバイザー上のモニターグラフィックスも追加されている
宇宙人がスマートヘッドセットを装着するカット
▲手始めに、宇宙人がスマートヘッドセットにそっと触れる動きがつくられた
▲続いて、浮遊するスマートヘッドセットに宇宙人が勢いよく手を伸ばす、迫力のある動きがつくられた
▲完成画像。様々な試行錯誤の結果、スマートヘッドセットが光の玉の状態で出現し、実体化してから宇宙人の耳(?)に装着された後、そっと触れる動きがつくられた
移動するアダムスキー型UFOを飛行体が追尾するカット
▲森本監督によるVコンテ。衛星のようにUFOの周囲を回る複数の飛行体が描かれている
▲先のVコンテのUFOと飛行体を再現したCGアニメーション。Vコンテと同様、複数の飛行体が常にUFOの周囲を回っている表現が試されたが、「UFO以上に、飛行体の動きが目立ってしまい、主客転倒している」という理由により、別の表現を模索することになった
▲飛行体の動きが、UFOを追尾するようなものに変更されている
▲完成画像。UFOの急停止・急発進に連動するエフェクトも追加された。なお、UFOや宇宙人のCGアニメーションは渡辺廉司氏(CGIアーティスト)が担当しており、各カットの撮影(コンポジット)は畠中氏、渡辺氏、藤沼優子氏(CGIアーティスト)らが分担している
© JVCKENWOOD Corporation
[[SplitPage]]
犬や鳥を出すことで作品の世界観を補強
バセット・ハウンドの登場カットは、前述のモデリングと同様、アニメーションに対しても押井監督に最優先でチェックを依頼した。「ウォークサイクルとランサイクルを作成し、ランダムに組み合わせることで、リアリティのある犬の動きを効率的に表現しています。バセット・ハウンドではないですが、私も犬を飼っているので、その経験が役に立ちました」(畠中氏)。同氏のアニメーションは押井監督に高く評価され、「今後の引きのカットは、CGの犬でやっていけるね」という最上の賛辞を受けたという。
ちなみに、寄りのカットを担当した作画のアニメーターは押井監督の大ファンで、バセット・ハウンドの描写を『イノセンス』(2004)風のリアルなものにするか、『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(2008)風のややデフォルメしたものにするかまで確認したという。検討の結果、本作ではその中間の描写が選択されたとのことだ。「本作はシンプルなストーリーなので、その世界観を補強する上で、犬や鳥を出すことはとても効果があると押井監督は語っており、実際その通りだなと感じました」(竹内氏)。
少女の心象風景と、CGによるバセット・ハウンドのカット
▲イメージボード(静止画)に、蝶を追うバセット・ハウンドのCGアニメーションを重ねたもの
▲先の背景を、制作途中の美術に差し替えたもの
▲完成画像。少女の原画は森本監督が手がけており、制作終盤までねばった入魂の作画となっている。少女の重心移動が非常にリアルだ
去っていくアダムスキー型UFOを、キャラクターとCGによるバセット・ハウンドが見送るカット
▲Vコンテに、去っていくUFOと駆け回るバセット・ハウンドのCGアニメーションを重ねたもの
▲先の背景を美術に差し替え、エフェクトを追加したもの。海の波は背景動画で表現されており、森本監督が描いた。少ない枚数のループアニメーションにも関わらず、リアリティを感じさせる動きになっている
▲完成画像。試行錯誤の結果、バセット・ハウンドの動きが抑えられ、UFOの動きもシンプルなものに変更された
© JVCKENWOOD Corporation
info.
-
月刊CGWORLD + digital video vol.271(2021年3月号)
第1特集:インサイド・ビデオグラファー
第2特集:深化する、xR
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2021年2月10日
cgworld.jp/magazine/cgw271.html