トンコハウスが現在制作中のNetflixオリジナルアニメ『ONI』のCG制作担当として注目を集めているプロダクション、Megalis VFX。2017年の設立以来、日本に拠点を置きながら海外のVFX案件を積極的に手がけ、圧倒的なクオリティを生み出し続けている。本誌280号のMegalis VFX特集から、『ONI』制作の経緯と技術的な取り組みを聞いた。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 280(2021年12月号)掲載記事を再構成して転載したものです。
TEXT_々莉貞久
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
●Information
『ONI』
監督・原案:堤 大介(トンコハウス)
脚本:岡田麿里
CG制作:Megalis VFX/マーザ・アニメーションプラネット/アニマ
2022年秋 Netflixにて配信予定
パイロット映像2本の制作を経てCG制作に正式参加
『ONI』は、日本の民話の世界観をモチーフに変わり者の神や妖怪たちが登場するオリジナル作品で、アカデミー賞にノミネートされた短編映画『ダム・キーパー』で知られるトンコハウスの堤 大介氏が原案・監督、SaraK. Sampson/サラ・サンプソン氏がプロデューサーを務める。脚本には『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の岡田麿里氏が参加している。計約150分を4話に分けて構成され、CG制作をMegalisが、アニメーション制作をアニマとマーザ・アニメーションプラネットが担当する。
2018年、トンコハウスのプロデューサーのひとりMegan Bartel/メーガン・バーテル氏から、『ONI』のパイロット映像の制作についてMegalisに相談が来たことが始まりだった。同じ世界を舞台に活躍するインディー・スタジオとしてお互いに存在は知っていたが、話をするのは初めてだったという。CGとパペットをミックスした2分間の映像で、パペット部分の制作をコマ撮りアニメーション制作スタジオのドワーフが、CG制作をMegalisが担当した。
世界に誇るトンコハウスのクリエイティブとドワーフの手作り感をMegalisの映像技術で再現する。パイロット制作を通じて、今までのフルCGアニメーションにはない、温もりある手作り感満点の独自のルックが固まった。映像のクオリティだけではなく、時間をかけて本気でぶつかり合ってみて、トンコハウスもMegalisもお互いに目指している未来の大きさに共感し、意味のあるコラボレーションになると感じたという。完成したパイロット映像と堤氏が準備した『ONI』のストーリーの構想には多くのハリウッド配給会社が興味を示した。そして2019年に世界最大の配信会社Netflixをパートナーに決め、『ONI』プロジェクトが正式に始動することとなった。
世界でも類を見ないSolarisとUSDのワークフロー
『ONI』のストーリーは劇場映画のようにスケールが大きく、その世界観は非常に高いクオリティを求められる、とても挑戦的なプロジェクトだという。本制作ではパイロット版の魅力に到達するために、チームに様々な課題が課せられた。特に、初期パイロット版で活用されたパペット特有のチャーミングな雰囲気をCGで再現することを重視し、CGの質感や動きなどを多くのR&Dを通して模索したそうだ。結果、単にストップモーションを模倣するだけでなく、まったく新しいスタイルのCGシリーズを生み出すことができたとMegalisのCEO/VFXスーパーバイザー、Daniel P. Ferreira/ダニエル・フェレイラ氏は自負する。
制作においては、まずはプリプロダクションとパイプラインの構築に注力した。パイプラインに関しては、限られた予算内でいかに効率良くプロジェクトを進めていくかを検討した結果、Houdiniに追加されたばかりのSolarisに賭けてみることにしたという。SolarisとはUSDデータをHoudiniで扱うための機能で、USDは3Dアセットとシーンの効率的な管理構築を目的としてピクサーが開発した近年注目の次世代ファイルフォーマットだ。またレンダラはArnoldが採用された。
未知の部分も多く、また導入事例もほとんどないUSDを使うことに不安もあったそうだが、USDの強みを活かした堅牢なパイプラインを構築することができれば、そのメリットは大きいと判断して採用に踏みきった。SolarisとUSDはVFX業界ではまだまだ歴史が浅く、プロジェクト開始時にはSolarisとArnoldで確認しなければならないことが山のようにあったそうだが、SideFXとAutodesk両方の開発チームに加え、フェレイラ氏の20年来の知己であるArnoldの開発者Marcos Fajardo/マルコス・ファヤルド氏の協力も得て、パイプラインを構築。皆非常に親切にサポートしてくれ、必要な機能を追加してくれたため、目標としていた品質を生み出すことができたそうだ。ギャンブルではあったが、結果的にSolarisとUSDがなければこのプロジェクトを進めることは不可能であったという。
緻密に構築されたプロダクションワークフロー
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- ◀『ONI』のプロダクションワークフローの一例。アセット、ショットなど要素ごとに細かくフローチャートが設定されている。FXスーパーバイザー・山下隼平氏によると、Megalisではプロジェクトに入る際にはまずこうしたワークフローやパイプラインをしっかりセットアップしてから始める慣習になっているため、他のアーティストに作業を引き継いでもそのフローに従って進めれば50%のクオリティのものはすぐにつくることができ、その後のブラッシュアップに時間を割けるとのこと
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- ◀アセットワークフローの概略。キャラクター、プロップ、セットなどの各アセットの作業工程が細分化されている。このプロジェクトでは膨大な数のアセットをつくる必要があり、それらを効率良く管理するためのアセットマネージャも開発された。このアセットの管理方法やデータの分け方に関してもUSDが非常に役立ったそうだ。USD自体がアセット管理を目的としたファイルフォーマットでもあるため、管理ルールなどの答えがそこにあったという。このUSDベースのアセットマネージャは、『ONI』プロジェクトだけではなく、今後の他プロジェクトでも使うことを想定して開発された。また『ONI』で使用したアセットを他のプロジェクトで使いたい場合も簡単に再利用できるようになっている。さらにUSDでの管理であるため、HoudiniだけでなくMayaなどでも利用可能だという
制作チームに広く共有されたパイプライン
作業の効率化はプリプロダクションの段階から行われていたという。トンコハウス側で行われたプリプロダクション作業にもMegalisのパイプラインが使用され、そこで作られたデータをそのままアップデートしていくかたちで制作が進められる体制が採られた。コンセプトイメージの制作においては、はじめにトンコハウスがセットのコンセプトを作成し、それを基にMegalisがセットを作成、再度トンコハウスに渡す。それに対してトンコハウス側でカメラが付けられ、さらにコンセプトのアップデートが行われるというながれで進められた。このような進め方をしたおかげで、ゴールとなるイメージがはっきりした上に、ベースとなるデータもあるため、作業がスムーズに進められた。
▲Solarisのフルノードグラフ
トンコハウスとMegalisの稀有なパートナーシップ
プリビズはMayaで作成された。この工程でも効率化のための工夫が行われている。プリビズは最初はラフなモデル、リグ、背景から始め、アニメーションを付けながら徐々にアップデートしていけるような仕様でつくられたという。通常であればモデルやリグはレイアウト用、本番用と切り分けて作成されることが多いが、より効率的に進めるために今回のような手法が採られたそうだ。
レイアウトに関しては、もともとはHoudiniでの作成を検討していたが、キャラクターのリギングがMayaという関係で、レイアウトからアニメーションまでMayaで行うことにしたという。「Mayaのカメラシーケンサ機能は優秀で、1つのシーンファイルでシークエンス内のカメラ全てを作成・管理できるというのもMayaでのアニメーション作業を選択した理由です」(フェレイラ氏)。また、レイアウト作業はMegalisのレイアウトスーパーバイザーがトンコハウスに常駐し、一括して担当したそうで、これもスムーズに進んだ要因だという。
制作はCG制作全体の監修とシーン作成をMegalis、リグ制作はアニマ、アニメーション制作はマーザとアニマという分業で進められている。アニメーションのディレクションはトンコハウスが各プロダクションと直接行うことで、スムーズな演出指示が行える体制が採られているという。それらに対してMegalisは必要に応じて技術的なサポートをしているとのこと。堤監督とロド氏は密接にやり取りをし、演出内容や技術面の相互理解によって問題を解決しており、そういうコミュニケーションが非常に上手くいっている稀有なプロジェクトだという。「トンコハウスとは、クライアントというよりはパートナーと呼ぶのがふさわしいほど近い関係で仕事ができています」と、フェレイラ氏は言う。
mGearによるリギング
▲キャラクターのリギングはアニマが担当。アニマのリギングスーパーバイザー、Miquel Campos/ミケル・カンポス氏が開発したオープンソースのMaya用リギングツール「mGear」を活用している
Maya・Houdini間でマルチショットの作業を可能に
MayaとHoudini間でデータを受け渡すためのツールも開発された。Maya側では1つのシーンファイル内で複数のカットが作成されており、それらのカメラやアセット等の情報が全てHoudiniでも同じように再現できるという。
▲Houdini上でショットの切り替えを行なっている様子
▲複数ショットのアニメーションキャッシュを1クリックで切り替え可能
▲ショットの管理画面
屋久島にインスピレーションを得たエンバイロンメント
本作の技術的な課題のひとつとして、世界観を支える豊かな環境の制作があった。屋久島からインスピレーションを得た『ONI』の背景制作は、ほとんどのプロダクションがCGでのアプローチをためらうような規模だったという。しかし、Megalisチームのこれまでの経験と、Houdiniならではのプロシージャルなワークフローを用いながらR&Dをくり返し、非常にリッチで複雑な環境をつくり出すことができたとのこと。「様々な種類の木々や苔、根など多くの自然物をつくる必要がありましたが、Houdiniのプロシージャルな機能が、これらの作成に適していました」(Megalis VFX CTO クリストフ・ロド氏)。ちなみにプロジェクトに入る前には、屋久島を実際に訪れHDRIの撮影なども行なったという。
加えて、トンコハウスのコンセプトイメージにマッチするようなライティングを行うことも課題のひとつだった。ライティングに関しては、「ピクサーのライティング・アート・ディレクターを務めていたDice(堤監督)を満足させるのは簡単なことではなかった」とフェレイラ氏はふり返る。しかも何度も試行錯誤をくり返す時間的・予算的余裕もなかったため、はじめから最終に近い画を出す必要があったという。そこで、シーン内の太陽光を調整できるシステムをデフォルトのセットアップとして作成。シンプルだが監督の要望に応えることのできる効率的なライトシステムをつくり上げた。
本作は12fpsで制作されている。さらにカメラワークは必要なカットだけに抑え、多くは静止したカメラを意図的に使っている。それらのカットに関しては背景は1フレームのみレンダリングすれば良いため、レンダリング時間の大幅短縮と同時に品質も大幅に向上させることが可能になった。レンダリング画像は素材ごとレイヤーに分けてDeep Imageとして出力、それらに対しコンポジット時に手を加えることで画がつくられている。また2DのPANやズームインなどでも奥行きが感じられるよう調整が加えられている。とはいえ背景のレンダリングが1フレームだけのみというのはやはり驚きである。来秋の配信を楽しみに待ちたい。
屋久島でHDRIを撮影
制作陣が屋久島を訪れ、実際の景観を撮影。リファレンスと共に、HDRIも撮影して環境表現に活用した。
プロシージャルな樹木生成
屋久島をイメージした樹木が生い茂る環境の表現には、Houdiniが大きな役割を果たした。木や根、地面の落ち葉などのバリエーションや苔の生え方にいたるまで、プロシージャルに生成するシステムが構築された。
効率化されたライティングシステム
▲ライトリグのテンプレート
▲上記のテンプレートを用いて複数ショットのライティングを設定している例。各テンプレートは経験あるシニアアーティストによって作成され、シーンに応じてそのテンプレートを適用することで、カットによってはまったく手を加える必要のない完成に近いレベルにまでもっていくことが可能で、必要な部分のみ光の角度を調整するかたちで効率化を図っている