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前回は、ワークステーションのベンダーとして定評あるヒューレット・パッカード製のモバイルワークステーション「HP EliteBook 8740w Mobile Workstation」を都内のカフェに持ち出し、使用感などのレビューを行なった。後編となる今回は、新幹線で東京ー大阪間を移動中(約2時間40分)にCG作業を試すなど、デジタル・アーティストが日頃行なっている作業をした際の有用性についてレポートしたい。

新幹線車内でモデリング

個人的な話になるのだが、今年の前半は諸々の事情により長距離移動の時間が多く、実に慌ただしい日々を送っていた。少しでも時間を確保するために移動時間を有効に使うことが要求されたため、ちょうど持ち歩き作業専用のノートPC導入を検討していたところであった。したがい今回のレビューは、そんな自分にとって実機に触れながら購入の検討ができる絶好のタイミングとなったのだが、この体験が少しでも同業の読者の皆様のお役に立つことがあれば幸いだ。

さて前置きが長くなったが、今回は日本ヒューレット・パッカード社(以下、日本HP)の「HP EliteBook 8740W Mobile Workstation」(以下、8740w)を新幹線車内に持ち込み、CGソフトの使用感を試してみた。筐体のサイズ(W398×D286×H36.5mm ※最厚部、突起含む)は新幹線の座席の幅より多少狭い程度で、備え付けのテーブルからは若干はみ出すものの、いったん乗せてしまえば別段支障はない。17インチワイドという贅沢なサイズゆえ、筐体の幅の広さについては承知しており、実際に置いてみるまでは隣の席にはみ出してしまうのではと危惧していたのだが杞憂だった。
試してみたのは、ペンタブレットを使い、Mayaでのモデリング&スカルプティングである。検証と割り切り、ボックスや球体をいじった程度ではあるが、一言でいえば、アプリケーションの動作自体は、自宅で試用した際と何ら違いはなかった。さすがは"モバイルワークステーション"といったところか。ペンタブレットは、ワコムIntuos 4のワイヤレス接続タイプである「PTK-540WL」を使ったのだが、迂闊にも接続用BluetoothのUSBアダプタを忘れてしまい、ケーブル接続をすることになってしまった。そもそも移動時間で行うであろう殆どの作業は、本格的に作り込むというよりはプレゼン等で使用するデータの確認作業や本格的な作業のためのデータ整理がメインになると思われる。こうした作業を行う上では十分なスペックであることは言うまでもない。試用した雑感として一番感じるのは基本的には前回のカフェ編と同じで、通り過ぎる人の目が確実にモニターに目を留めていくのが判ることだ(苦笑)。逆に言うと視認性が素晴らしいわけなので、撮影現場などでのプレビュー環境としても重宝すると思う。今回は、運良く隣席には知り合いが座っていたので、気兼ねなくレビューできたものの、見知らぬ他人に作業を見られるのは相応の勇気がいる。とは言え、屋外で、特に狭い空間で作業をする場合は本機に限らず同じ問題を抱えているわけだし、モニタサイズ17インチの宿命だろう。大阪駅に着いた時点での最終的なバッテリー残量は5分の2〜3程度。飛行機での長距離移動でもない限り、安心して使用できそうだ。

余談になるが、揺れる車内での作業効率はやはりよろしくない。考えるまでもなく当然のことなのだが、最新の新幹線では静音声や車内の揺れは極限まで押さえれているとは言え、やはり時速200キロ以上で高速移動しながらの作業はよほどの緊急でなければ行いたくないというのが本音のところだ。しかし、プレゼンや発表、講義などで使用するデータを確認したり軽く手を加えたい、あるいは先方から受け取った3DCGのデータをチェックをする上では重宝する。さらに、泊まりのロケや出張などの際に、ホテルで別件の作業を行いたい時には間違いなくこのモバイルワークステーションが大活躍するだろう。また、なぜ今回のレビューをペンタブレットで操作したかについてだが、筆者はモデリング作業だけでなく、日常のインターネットのブラウジングやファイル操作など、テキスト書き以外の操作は、全てペンタブレットで行なっている。新幹線の座席のような狭いスペースで作業する際、マウスの場合は置き場を確保するため、ひざにスーツケースなどを乗せて、さらにその上にマウスパッドを置く必要があると思うが、今回は膝上にタブレットの底辺を置き片手で画板のように持つ格好で操作を行なった。この方がマウスを使うよりは車内の作業に向いているのではないかと考える次第だ。

8740w評価機の構成

今回レビューした8740wの主なスペック。直販サイトで用意している4モデルの中で最も廉価なものだが、上位モデルでは、インテルCore i7や、WUXGA(1,920×1,200)などが採用されている。詳しくは、製品サイトを参照

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ZBrushのパフォーマンス検証

筆者には4年前に購入したThinkPad T60(CPU:Core Duo 1.66GHz、RAM:1GB)にMayaをインストールしたことがあるのだが、やはり仕事では使い物にならなかったという苦い経験がある。その時はハイパーシェードのプレビューが致命的なまでに遅く、少し大きめのテクスチャのモデルを表示しただけで頻繁に落ちた。主たる原因グラフィックスボードのスペックだとは判ってはいたものの、当時はハイエンドのCGソフトに対応したグラフィックスボードを搭載したノートPCは、とても個人の手に届く価格ではなく、ノートPCでのCG作業は時期早々と諦めていた。そうした苦い経験があるため、今回も実際に手にするまでは半信半疑だったが、一連のCG作業をまったく問題なく行えることが判った。
ただし、やはり今回テストしたスペックでは、デスクトップで行うのと同様の本格的なCG作業を行うには役不足と言わざるを得ない。もしも本格的にデスクトップPC(ワークステーションであるならなおさら)同等のパフォーマンスを求めるのであれば、最上位グレードの「820QM/17ZD/4/500/M3/Professionalモデル」をお勧めしたい。

筆者は現在、月刊CGWORLDにて連載「Theory of Digital Sculpting〜デジタル・スカルプティング道」を執筆しているのだが、実は本誌147号で解説した球体から老人の頭部へのスカルプティングは、8740w評価機で行なったものだ。Pixologic「ZBrush(以下、ZB)」で SDiv(サブディビジョン)を何段階まで分割できるかを試してみところSDiv 5(393,216ポリゴン)段階までの分割は問題なく行えた。スカルプティングにおいてはかなり軽快であり、ここまでは普段筆者が使用しているデスクトップPCとなんら遜色なく作業することができた。ただし、次のSDiv 6(1,572,864ポリゴン)まで分割すると分割計算では多少時間はかかり、仮想メモリへのアクセスが頻繁に起こるようになった。SDiv 7(6,291,456ポリゴンになる計算)の分割ではフリーズしたのでここで作業を断念し、続きはデスクトップPCで行なった次第である。

今回作業したZBrushのスカルプティング過程

CGWORLD147号で解説した、球体オブジェクトを老人の頭部に仕上げるという一連のスカルプティングは8740w評価機で行なった

ZBrush:SDiv 5とSDiv 6の数値

ZBrushにて、SDiv分割を実行した際の数値。左が、SDiv 5(393,216ポリゴン)、SDiv 6(1,572,864ポリゴン)

ZBは画像表示をGPUの性能に依存していないため、表示に関してはグラフィックスボードによる差はないはず。サブディビジョン分割に関してもほぼメモリに依存すると言えるため、8740wの上限である8GBまで積めばまだまだ作業を継続できたはずだと思う。

自宅でのレビュー時にはDisplayPortから出力し、ナナオ「EIZO FlexScan SX2462W」と接続してみた。DisplayPort(最大1,920×1,080)ではなく外部ディスプレイポートから出力すれば最大2,048×1,536まで表示できるので、USB接続したキーボードなどを使い、本体を外部ディスプレイの傍らに置いておけば、ノートPCだという事さえ忘れてしまいそうだった。
後述するテクスチャ付ポリゴンモデルの表示限界テストや、ZBでのサブディビジョン分割の上限(ZBでの分割上限値はメモリに依存する)の検証においても、評価機のスペックでは本格的なモデリング作業を行うのは厳しく思ったが、パーティクルの発生数やリギングされたモデルを動作させる快適性など、ポリゴン数やテクスチャの表示以外の要素も考慮すべきだろう。今回のレビューではそれらのテストまで行うことができなかったため、あくまでもひとつの目安に止めて頂きたい。

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Mayaのパフォーマンス検証とFCheckによる静止画プレビュー

次に、「Autodesk Maya」のパフォーマンスを検証した。まず、一体 29,062 ポリゴンのキャラクターを用意(プロジェクトのタイプにもよるが、ごく一般的なデータ容量だろう)。このキャラクターに対して、2,048×2,048のカラーテクスチャを貼ったものを表示できるかを試してみた。結果として、50体のコピーには成功したものの、カメラを振って全体を表示しようとした時点でエラーが出て落ちてしまった。

Mayaに読み込んだ検証用キャラクターモデル

検証に使用したキャラクターのモデル(29,062 ポリゴン)。このモデルに2,048×2,048のカラーテクスチャを貼ったものを何体まで表示できるのか試してみた

次に40体テクスチャを表示してみたところ、全体の表示は行えたが、致命的なエラーが頻発し、不安定な状態が続く。レンダリングを実行してみると、そのまま戻ってこないという結末だった。何度か複製を試みて安定して作業できる上限を探ってみたところ、最高でも35体程度に留まり、不安定であることは否めない状態だった。アンチエイリアスやシャドーをオフにして最も軽い負荷でレンダリングを実行してみた結果、30体ぐらいた上限と考えた方がよさそうだ。単純計算で871,860ポリゴン+2Kのテクスチャを30枚表示程度が限界という結果になったわけだが、ちなみに筆者が普段使っているデスクトップPC(Windows XP(64bit)、CPU:Intel Core2 Quad(2.83GHz)、RAM:8GB、GPU:NVIDIA Quadro FX 380)では250体表示させてもまだ余裕があった。単純な比較はできないが、やはり評価機のメモリ(3GB)が少なかったことがボトルネックになったのだろう。機会あれば上位グレードで再検証してみたいところだ。

Maya上で検証用モデルを31体表示させた状態

8740w評価機上で、検証用モデルを31体表示させた状態

また、Maya 付属のビューア FCheckを使い、3,072×2,048/250フレームの連番TIFF画像をプレビューしてみた。テストに用いたのは、以前、筆者が自主制作したパペットアニメーションのデータである(撮影にはデジタル一眼レフカメラを使用)。元データを iff に変換して使用したところ、1枚16.2MBのサイズとなった次第だ。驚いたことに、この iff プレビューでは、上述した筆者が個人で所有するデスクトップPCよりもかなり高いパフォーマンスを発揮した。ハードディスクの高性能化などの要因が考えられるが、読み込みも、プレビューも遙かに高速で、フレーム落ちもまったくなかったばかりか、高速再生やマウスを使ったスクラブ(可変)再生も滑らかに行えたことを評価したい。

今回作業したZBrushのスカルプティング過程

Mayaに付属するイメージおよびシーケンスのビューア「FCheck」でデジタル一眼で撮影した写真の連番データ(TIFF)をiffに変換した上で色々な形で再生してみたところ、驚くほど高速かつ滑らかに再生できた。動画編集やコンポジット作業の場合は、CG作業以上に高いパフォーマンスを発揮しそうだ

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高まるモバイルワークステーションへの期待

今回は、モバイルワークステーションのポータビリティの検証に加え、デジタル・アーティストが日頃デスクトップPCで行なっているハイエンドはCG作業に対するパフォーマンスについて、MayaやZBを使い検証してみた。結論としては、「まず問題はない」ということになる。CPUやGPUといった内部機構のスペックも大切だが、HP DuraCaseと呼ばれる、フルマグネシウムのベース、マグネシウム合金とアルミニウムを貼り合わせたディスプレイカバー、そして特殊形状のラッチと強靱なヒンジによって構成された8740wの筐体は、高負荷のCG作業を任せてみたいと思わせるものだ。サイズと重量の面では持ち運びに相応の覚悟はいるものの、本機は移動中に使うというよりも外出先で使うべきものなので、むしろ重要なデータを預けるに足る質実剛健なつくりと言えよう。最初は正直、そっけないデザインだと感じていたが、使うほどにシーンを選ばず、飽きの来ない業務用途に適したデザインであることに気づかされた。

2回に分けてお届けした今回のレビューで残念だったのが、やはり評価機のOSが32bitだったことだ(メモリも4GBは欲しかった)。そうしたこともあり、当初期待していたような、デスクトップマシンに匹敵する高いパフォーマンスをあらゆる面で実感することはできなかった。しかし、今回レビューした「Directplus専用モデル(540M/17Y/2/250/ダウングレードモデル)」ベースがしっかりとしていることを十分実感できたので、必要に応じて上位グレードのモデルを選択すれば直ぐに解決できるはずだ。ディスプレイの表示最大解像度についても同様だ。評価機は最大「WSXGA+(1,680×1,080)」だったが、インテルCore i7を搭載した上位モデルなら、「WUXGA(1,920×1,200)」の表示ができるため、17インチという大画面をよりいっそう活用できることだろう。

実際の導入にあたっては、「外出先や移動時に高負荷な作業が求められる機会がどれくらいあるのか」が大きな判断基準となる。また、実際に教鞭を執っている身としては、もう少し手頃な価格になってくれば、(CG・映像系)教育機関での導入は大いにあると感じている。プロの現場で使われているCGソフトのアカデミック版の価格が大幅に下がり、学生でも個人購入が十分可能になった現在、1人1台の環境構築をモバイルワークステーションで行うことも夢ではない。大学などの場合は教室の移動も多いし、自宅での課題制作などにも対応できる(制作環境に対する理解が深まることも期待できる)。何よりもソフトウェアの習得には多くの時間を要するため、片時も手放さずにモチベーションが高まった瞬間にどこでも作業できるのは大きなメリットだと思う。もちろん、学生だけでなくプロフェッショナル、特に筆者のようなフリーランスにとっては、自宅と仕事場を1台のモバイルワークステーションで統合できるとすれば実に魅力的だ。今回のレビューを通じて、そうした"理想の環境"が夢ではないことが分かったので、一度本格的に導入を検討してみたい。

TEXT_吉蔵
studio@inkline@gmail.com
 
PHOTO_弘田 充

HP EliteBook 8740w製品カット

HP EliteBook 8740w Mobile Workstation

186,900円〜(HP Directplus価格)
問:カスタマーインフォメーションセンター
TEL:03-6416-6660
日本ヒューレット・パッカード公式サイト