大ヒット作『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』(2013)より、5人の魔法少女たちの和装姿をフィギュア化した本シリーズ。今回はそのうち、「巴マミ」「美樹さやか」を紹介。原型を手がけたのはモデリングディレクターとして知られる宮嶋克佳氏だ。

※本記事は、月刊「CGWORLD + digital video」vol. 209(2016年1月号)からの転載記事になります。

■造型のプロたちの 強力タッグによる作品制作

ここでは『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』のキャラクター、巴マミと美樹さやかの和装バージョンのフィギュアにおけるデジタル造形のテクニックを紹介する。この和装バージョンのデザインは、2013年に開催された「京都国際マンガ・アニメフェア(京まふ)」で発表された『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』のキャラクターに和装を施したイラストを基に、アニプレックスの通販サイトでの販売を目的にストロンガーの小田ツヨシ氏とフリーランスモデラーの宮嶋克佳氏のタッグによって制作されたフィギュアだ。

小田氏はグッドスマイルカンパニーで原型制作や企画などを手がけた後、2014年2月にストロンガーを起業。主にフィギュアの企画から製品化までを含めたプロデュースを行なっている。一方の宮嶋氏はスクウェア・エニックス ヴィジュアルワークスを経た後、アニメ作品やゲームなどのアニメルックCGを中心とした映像制作を手がけながら、フィギュアのデジタル原型制作を行なっている。小田氏と宮嶋氏は小田氏が独立する前からの付き合いで、これまでに8体のフィギュア作品の原型制作を共に手がけているという。制作については、まず小田氏が制作するフィギュアの基本となるデザインを宮嶋氏に提示し、宮嶋氏が3Dプリントできる原型までモデリング、その後そのデータを小田氏の方で出力し、磨き処理を施して原型を完成させるというながれになっている。

■Tech01:京まふのイラストからフィギュアへ

フィギュアの制作は京まふで発表されたイラストと、フィギュアの参考用として描かれた後ろ姿のデザイン画を基に、宮嶋氏がLightWave 3D(以下、LW)でベースモデルを作成し、ポーズの監修の後にZBrushを使って着物のシワなどのディテールが加えられている。映像制作と併行して作業しているため、1体の完成までには2ヶ月ほどかかっているが、共通メッシュなどを活用することで、実質的な作業は3週間程度に抑えられているという。なお、宮嶋氏はこの2体の制作前に同シリーズの他キャラクターの監修も行なっているが、先行して発売した鹿目まどかや暁美ほむらを制作しているときには背面のデザイン画が用意されておらず、宮嶋氏はモデリングにあたり、和装の着付けの教科書やイラスト用の舞妓の資料などを購入し、参考にしながら造形や監修を進めていったという。

宮嶋氏はデジタル原型のモデリングにLWを使用する理由を「学生の頃から使っているため慣れているということもありますし、LWは直感的なポリゴンモデリングに向いているのでずっと愛用しています」と話す。モデリングはまずAスタンスを基本に作業を始め、LWでボーンを設定してポージングを行なっている。この段階で一度小田氏がポーズのチェックを行い、修正をくり返して、OKになったポーズでZBrushに読み込んで細かいディテールをつくり込んでいくのだという。

本作に登場するキャラクターは、特徴的な顔の輪郭をもった立体化の難しいキャラクターデザインであるため、かわいらしいイラストの雰囲気を壊さずにそのままモデリングするのはとても難しいと思われるが、モデリングする際のコツはどのようなものなのだろうか。「今回作成した巴マミなどは、以前にまどかを作っていることもあり、悩む部分は少なかったのですが、油断するとイラストに引っ張られてしまいます。そうすると頬が角張った感じになってしまうため、立体物として見たときには頭が大きく見えすぎてしまうので、イメージを壊さない程度に頬を削るなど、違和感を抑えられるギリギリの輪郭となるように心がけました」と宮嶋氏は話す。

■イラストと背面デザイン画

  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア
  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

巴マミ<A>、美樹さやか<B>のイラストと背面のデザイン画。正面のイラストは京まふで公開されたイラストだが、背面のデザイン画はフィギュア化のための資料として特別に描かれたものだ。宮嶋氏はこれらの和装バージョンのフィギュア化のため、実際の着物の着付けがどのようになっているのかなどを検証するために、多くの着付けの書籍や、和装小物の現物を購入してデザインワークに活かしている。

■共通メッシュの活用

キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

頭部と脚のパーツは、各キャラクターで共通のメッシュを使ってモデリングされている。ベースとなったメッシュは、シリーズのうち最初に制作・発売された鹿目まどかのメッシュが活用されている。図は左から鹿目まどか、巴マミ、美樹さやかの頭部メッシュ

■モデリングのながれ

  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア
  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

『美樹さやか 舞妓Ver.』のモデリング作業のながれ。まずはLWによるモデリングだ。Aスタンスで基本形状をモデリングし<A>、ボーンを入れてイラストに合わせたポージングを行う<B>。

キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

モデルに仕込まれたボーンを表示したものが<C>だ。

キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

ポージングができたところで一度小田氏がチェックをして、そのフィードバックに応じた修正を施していく<D>。造形の方向性は、この段階で宮嶋氏も小田氏も共に完全に固まっているとのことだ。

  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア
  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

LWでのモデリングの後はZBrushを使って着物のシワなどを作成するが<E>、シワをスカルプトしやすいようにLWでのモデリング時にポリゴンのトポロジーを碁盤の目状に調整を施している。<F>は頭部を中心にワイヤーフレームを表示したもの。ボディ部分はイラストに沿ってパーツの色を合わせている程度だが、顔に関しては雰囲気をつかむためにイラストに合わせたテクスチャがマッピングされている

▶次ページ:
「Tech02:着物のシワや指の表現のつくり込み」

[[SplitPage]]

■Tech02:着物のシワや指の表現のつくり込み

ZBrushを活用して ディテールを付ける
LWでベースモデルが完成したら、モデルをZBrushに読み込み、シワなどのディテールを区分けながらフィギュアとしての完成度を高めていくことになる。「おおまかな形状を作成する分にはLWなどのポリゴンベースのモデラーでも十分にモデリングすることができるのですが、例えば足袋の細かいシワなど細部のニュアンスが必要な形状を作成するにはZBrushのようなスカルプトモデラーでないと難しい」と宮嶋氏。また、宮嶋氏がZBrushを使う理由には、このような細かい彫り込み形状を作成する目的のほかに、少しずつ形状に歪みを施してCGくささを消すという理由もあるという。「どうしてもポリゴンモデラーを使ったモデリングでは形状が硬くなりがちです。リアルな世界では人物などの形状として直線的なものは存在しないので、なるべく歪みを入れて柔らかい形状になるように心がけています」。

本作はポーズにしても、着物にしてもとても柔らかいイラストのニュアンスを大事にした造形が施されている。特に指の表情は一番気を遣って造形しているという。「マミであれば舞っているポーズなので、軽やかさと女の子らしさといった、キャラクターの設定として説得力のあるデザインになるように最後まで調整しました」と宮嶋氏。

ZBrushによるデジタル原型制作が完成すると、金型制作に向けて3Dプリントするための分割作業に入る。分割作業では、3D-Coatを使って宮嶋氏がパーツを分割。その分割したデータを小田氏が引き取って3Dプリントし、小田氏自身が磨きやクリアランスなどの微調整を施して、量産工場へ納品になる。

小田氏はもともとアナログの造形師でもあるのだが、デジタルによって造形することについてどのように思っているのだろうか。「以前は肌の表現や骨格の表現は3DCGには難しいというイメージが業界全体であったのですが、現在はフィギュア造形において3DCGは一種のツール、マテリアルと感じるほどまでモデラーのスキルが上がっています。造形にデジタルを使うことには何の抵抗も壁もない」と語る小田氏。「例えば、衣装が宙に舞っているような、重力がモデリングに影響してきそうな造形は手原型では大変で、私ならやりたくないかな(笑)」とも話してくれた。宮嶋氏も自身の造形について「データと商品として完成した造形にはどうしても印象の差が出てしまうのですが、今回はその差がかなり小さく抑えられて、造形時にイメージしていた印象そのままの商品に仕上げられたのがとても嬉しい」と語る。

■指の表現

  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア
  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

宮嶋氏が今回の造形作業の中で一番注力したという指の表現の例だ。扇子を持ったり袖をたぐる動作のポージングをしたときに、自然に見える指の形状はどのようなものなのか実際に女性の手の仕草を撮影したり、自分で試してみたものをリファレンスとしながら時間をかけて調整していったという。小道具として使用されている扇子も「写真を参照するだけではなく、実物を触らないとポーズの感じが出ない」(宮嶋氏)ということで実際に舞用の扇子を購入して参考にしているという

■カールした髪の作成

  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア
  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

造形として難しそうなのが巴マミのカールした髪型だが、モデリング的にはそれほどポリゴン数を使っているわけではなく、難しいことはなかったという。ただ、このような渦状の形状は、前から見た状態と横から見た状態でかなりデザイン的な印象が変わってくるのと、髪の毛と頭の角度をイラスト通りにすると上手くはまらないため、位置や長さの調整に手間がかかったという。「もともとがイラストとして二次元で描かれているものなので、そのまま立体化できない部分もあります。立体造形では形状的な嘘はつけないので、なるべく基のイラストのバランスを崩さないように微調整するのに とても時間がかかります」(宮嶋氏)。

■カスタムブラシの活用

キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

宮嶋氏がZBrushで作業する場合、ほとんどが標準のブラシを使用しているというが、用途に応じてネットで公開されているカスタムブラシなども利用している。例えばフィギュアの着物にシワを入れる作業によく使用しているのが、デジタル原型師の榊 馨氏が作成、配布している「SK_Cloth」だという。山なりにシワを盛り上げたいような場合に非常に使いやすく、髪の毛のディテールを作成する際にも重宝しているという。

▶次ページ:
「嵌合の作成」

[[SplitPage]]

■ 嵌合の作成

  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア
  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

分割されたパーツを再び組み立てるときに使用するダボとダボ穴も、3D-Coatでパーツを分割する際に作成されている。嵌合を作成する箇所には、ポーズを付ける際にあらかじめ嵌合形状専用のオブジェクトを作成したり、簡単な嵌合処理まで行なったかたちで作成し、後はそれをブーリアン処理することで、簡単に嵌合用の構造を作成できるようにしてい るという。

■帯のパーツの作成

キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

図は帯のパーツの分割例だ。本作では着物や帯など薄い形状のパーツは、基本的に1mm以上の厚みを作ってモデリングされている。着物の袖部分や帯のようにどうしても薄くないといけない形状の場合は、見えない部分の厚みを太くして形状を安定させているという。図の帯のパーツも内側にいくにしたがって厚みが増していく構造になっている。パーツの分割は帯締めを境にして上下で分割されている。

■パーツの分割

  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア
  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

図は全体のパーツ分割の例だ。巴マミのパーツは44パーツ(付属のベベのフィギュア含む)、美樹さやかは49のパーツで構成されている。商品としての仕上がりはPVC素材を使ったフィギュアとなるため、素材の柔らかさからある程度パーツの分割には無理がきくが、パーツの分割は小田氏と宮嶋氏で事前に打ち合わせをして、分割位置や分割数を決めて作業を行なっているという。基本的に帯や身体は上下で分割されているが、マミの着物の下部分などパーツの形状によっては上下と左右4パーツに分けられるものもあるという。どこでパーツ分けをするかという判断基準は、色が分かれている部分で分割するなど一般的なPVCフィギュアのセオリーにしたがって分けている。

■完成した原型とデカールの作成

キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア
  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

分割作業の終わったデータは小田氏の手に渡り、3DプリンタのDIGITAL WAXでプリントされて磨き塗装が加工され、完成となる。<A>が出力されたパーツにサーフェイサーを塗装し磨き処理を行なったもので<B>がそれらのパーツを組み立てたものだ。小田氏によればDIGITAL WAXで出力したパーツはパテの食いつきがよく、加工するのも他の3Dプリント出力に比べると楽なのだという。

また、着物などの模様はデカール処理となるが、このデカールを作成するには、出力された原型に小田氏が手描きでラフの模様を描き、その上にマスキングテープを貼ってその模様を写し取った後、そのシールを剥がしてスキャンしてデザイナーがそのデカールの元画像をトレースして仕上げられている<C>。この方法でデカールを作成することで、印刷されたデカールを造形に貼っても歪みが少なく、クオリティの高い装飾を行うことができるのだという。

TEXT_大河原浩一(ビットプランクス) / Hirokazu Okawara(Bit Pranks)
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)



  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア
  • キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

キャラクター造型のベテランが生み出す繊細でかわいらしい和装フィギュア

【Information】
作品:『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』
価格:各12,960円+税 /リリース:発 売中(受注生産)/原型制作:宮嶋克佳/製作協力:株式会社ストロンガー/ 発売・販売元:株式会社アニプレックス

【Release】
原型制作・宮嶋克佳氏、製作協力・ストロンガーによる「セイバー/アルトリア」(『Fate/Grand Order』)が2016年発売予定。詳細はWebサイト「アニプレックスプラス」にて。
www.aniplexplus.com
※画像は制作中のものです

【Staff】
写真左、プロデューサー・小田ツヨシ氏(ストロンガー)ホビーメーカーにてフィギュア商品企画や原型制作などを手がけた後、2014年に株式会社ストロンガーを設立。
写真右、原型師・宮嶋克佳氏(フリーランス)アニメ作品やゲーム映像など、CGモデルのキャラクターモデラー・モデリングディレクターとして活動する傍ら、2011年からはフィギュア原型師としても活動中。