本連載では、バンダイナムコスタジオ(以降、BNS)のゲーム開発において、アニメーション制作を支えてきたスタッフたちの「流儀」をお伝えしていく。第2回目では、『鉄拳』『ゴッドイーター』シリーズなどでインゲームアニメーションを中心に制作してきた元梅幸司氏に話を伺う。

※本記事は、月刊「CGWORLD + digital video」vol. 217(2016年9月号)掲載の、短期連載 第2回『バンダイナムコスタジオ アニメーションの流儀』を再編集したものです。

感性を他人と共有し理解してもらうには言葉が必要

元梅氏は1999年からゲーム業界で働き始め、2004年にナムコ(後のBNS)へ入社し、現在にいたる。その間のほとんどの時間を、格闘ゲームやアクションゲームのインゲームアニメーション制作に費やしてきたという。「アニメーションの仕事は人に言葉で伝えることが難しく、ゲーム業界に入った直後の私はとても苦労していました」(元梅氏)。

例えば、『もっと自然な感じに』『もっとやわらかい感じで』『○○っぽく』といった言葉でリテイクを出されても、相手が何を望んでいるのか明確には伝わらない。曖昧な言葉ではなく、明快な言葉でアニメーションの仕事を伝えられるようになりたかったと元梅氏はふり返る。「アニメーションの仕事は、アニメーターの感性に頼る部分が多くあります。その感性を他人と共有し、理解してもらうには言葉が必要です。それに、感性で付けていた動きを言葉で定義できるようになると、定義する前よりも観察力がアップし、見えなかった動きの原理が見えてくるのです」(元梅氏)。

このような経緯があり、元梅氏は様々な分野の知識を吸収していった。その中で出会ったのが、スポーツ運動学という学問だった。『この概念は、あのアニメーションに応用できる』というように、仕事に活かせる知識がどんどん増えていったと元梅氏は語る。そんな折、集めた知識を整理し、CEDECで講演してはどうかと上司から提案されたという。「CEDEC 2013CEDEC 2015を通して、私の伝える力は向上しました。講演用資料や受講者との交流の経験は、社内で知識を共有するときの財産になっています。今後はアニメーター志望者や若手に伝える活動も検討したいです」(元梅氏)。

元梅氏がまとめた『身体の動きと原理』は、あくまで観察する目を鍛えるためのものであり、アニメーションの腕を鍛えるためには実制作が欠かせないという。「吸収した知識を意識しながらアニメーションを付けることで、観察力も、アニメーションの技術も向上していきます」(元梅氏)。以降では、その知識の内容を具体的に紹介する。

3つの蹴りを通して、身体の動きと原理を知る

今回は、前蹴り、回し蹴り、横蹴りからなる3つの蹴りを通して、身体の動きと原理を解説する。なお、解説写真、および解説動画のモデルとして、1994年 63.5kg級スウェーデン ムエタイ王者のマティアス・ロレンツィ氏に協力いただいた。その見事なモーションも、本文と合わせて楽しんでほしい。まずは、ロレンツィ氏の3つの蹴りを、2方向から撮影した動画を紹介しよう。

▲【上】正面から撮影した前蹴り/【下】横から撮影した前蹴り

▲【上】正面から撮影した回し蹴り/【下】横から撮影した回し蹴り

▲【上】正面から撮影した横蹴り/【下】横から撮影した横蹴り

アニメーターに知ってほしい、3つの原理

以降では、先に紹介した3つの蹴りを題材に、身体の動きと原理を解説していく。まずは、元梅氏がまとめた項目の中から、代表的な3項目をピックアップして紹介しよう。

<Topic01>作用・反作用の法則

作用とは、ほかのものに影響を与える働き。つまり、アクションだ。反作用とは、作用に対して同じ強さで反対方向に与える働き。つまり、リアクションだ。2つの力は必ず対になっており、例えば立っているときは、足で地面を押す作用に対し、地面から押し返される反作用が働いている。作用の力を大きくすると、ジャンプできるようになる。身体をひねる作用を起こす場合は、反対方向に作用を起こし、互いの反作用を相殺することで、身体が安定し、重心の位置をコントロールできるようになる。

なお、作用に対する反作用のタイミングや方向がずれていると、不自然に見える。動きに力強さがない、動きのバランスが悪いという場合は、作用・反作用の関係を見直すと良い。

▲【A】両足で強く地面を押して作用を起こせば、【B】地面から押し返される反作用でジャンプできる

<Topic02>反動動作の意味

反動動作は、予備動作と呼ばれる場合もある。目的の動作をする直前に、その動作とは逆の方向へ準備動作をすることを指す。例えばジャンプする直前に素早くしゃがみ込むと、より高くジャンプできる。これは、しゃがみ込むことで大腿背面の筋肉が縮み、大腿前面の筋肉が引き伸ばされて弾性エネルギーがため込まれるからだ。立ち上がる際には弾性エネルギーの強さの分だけ大腿前面が縮むため、高くジャンプできるようになる。

筋肉は急激に引き伸ばされると、その人の意志と関係なく反射的に縮もうとする。そのため、反動動作は目的の動作の直前でないと効果を発揮しない。反作用と同様、反動動作のタイミングがずれていても不自然な動きに見えてしまうのだ。

▲反動動作を表現する場合は、【A】準備動作の段階で縮む筋肉と、【B】目的の動作の段階で縮む筋肉の関係性を意識すると良い

<Topic03>回転スピードのコントロール

人の身体や武器などの回転スピードは、慣性モーメントの変化によってコントロールできる。回転軸に対して回転半径が長いことを「慣性モーメントが大きい」と言い、回転半径が短いことを「慣性モーメントが小さい」と言う。人体が回転する場合、腕や足を身体から離すほど慣性モーメントが大きくなり、密着させるほと小さくなる。

慣性モーメントが大きいと、回転がしづらくなり、回転スピードは遅くなる。逆に、慣性モーメントが小さいと、回転がしやすくなり、回転スピードは速くなる。例えばフィギュアスケートのスピンの場合、腕や足を身体に密着させることで慣性モーメントを小さくして、回転しやすい状態をつくり出している。

▲【A】回転軸(身体)に対して回転半径が長いとき、慣性モーメントは大きくなり回転がしづらくなる/【B】回転軸に対して回転半径が短いとき、慣性モーメントは小さくなり回転がしやすくなる

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3つの蹴りを通して、動きの原理を知る

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3つの蹴りを通して、動きの原理を知る

先に紹介した3つの原理を私たちは日常生活の様々な場面で目にしているが、意識しなければ見過ごしてしまう。ここでは、ロレンツィ氏の前蹴り、回し蹴り、横蹴りを通して、動きの原理がどこに使われており、アニメーターの仕事にどう応用できるのかを解説していこう。

<Topic01>前蹴り




▲【A】で正面を向いていた上半身が、【B】で左側にねじられ、右上腕が前方に振られている。これが前蹴りのための反動動作だ/【C】左足で強く地面を踏んだ作用に対する反作用が、【D】腰を経て右足先へと連鎖していく様子がわかる/【E】力が伝わりきった時点で左足と腰が固定される一方、加速を続ける右足先では残像が見えている



▲【E】【G】慣性モーメントを小さくしてスピードを速めるため、蹴りのインパクトの前後では足をたたんでいる/【C】~【F】右腕を直線的に振り下ろすことで作用を起こし、その反作用で右足の蹴りを強めている/【F】右足の蹴りが止まるタイミングで右腕の動きも止め、身体を安定させている/【A】で両足の中間上にあった重心が、【F】では左足の真上に移動している。この重心移動に合わせて上半身を後方に傾けることでバランスをとっている/【I】で再び重心が両足の中間上に戻ると左足を動かせるようになる

<Topic02>回し蹴り




▲回し蹴りの場合は足の回転と反対方向に上半身を回転させ、目的の動作と相反する力を生み出すことで身体を安定させる必要がある。そのため、【B】のように両腕を含む上半身を左側にねじることが回し蹴りの反動動作となる



▲【B】~【E】左足で強く地面を踏んだ作用に対する反作用が、腰を経て右足先へと連鎖していく様子がわかる。力が連鎖している最中の【D】では右足全体が鞭のようにしなり、足先を加速させている/【C】~【F】右足と上半身を逆方向に回転させ、相反する作用を起こすことで重心のぶれを防いでいる/【F】~【H】右足が着地するタイミングで上半身を持ち上げることで、身体のバランスを維持しつつ、重心の位置をコントロールしている

<Topic03>横蹴り




▲横蹴りは、回し蹴りの回転運動と、前蹴りの直線運動を組み合わせた動きになっている/まず【A】~【D】で右腕を振り下ろして作用を起こし、その反作用で右足を上げる/【D】では大腿背面と腹部の筋肉が縮む一方、大腿前面の筋肉は引き伸ばされている。これが横蹴りの反動動作となる/【D】【E】上半身を後傾させて作用を起こし、その反作用で右足の蹴りを強めている。地面からの反作用が右足へと連鎖していく様子にも注目してほしい



▲【D】【F】前蹴り同様、慣性モーメントを小さくするため、蹴りのインパクトの前後では足をたたんでいる/【E】のインパクトの瞬間を長めに見せると、蹴りの重さを強調できる。一方で、蹴りの鋭さを強調したい場合には、足を引いた後の【H】の動きを長めに見せた方が良い。タイミングを変えることで、キャラクターの戦闘スタイルや個性を表現できる/【G】蹴り足をたたむのに合わせて上半身を重心に引き付け、身体を安定させている

CONCLUSION

今回紹介したように、元梅氏が手がけるアニメーションは、現実の人間の動きと原理に対する飽くなき探求の上に成り立っている。ただし、最も大切にしたいのは『プレイヤーが気持ち良いと感じる動き』だという。「ボタンを押した際、キャラクターの反応が悪かったり、期待に反する動きをされたりすると気持ち良くありません」(元梅氏)。まず反動動作を行い、次に目的とする動作を行う、この『メリ』と『ハリ』が大切だという。「ハリだけでは唐突すぎて、経過を楽しむ余裕がない。一方で現実に即した動きであっても、反動動作のための準備運動まで入れるとメリメリハリに見えてしまう。『型なし』ではなく、動きの『型』を修得した上で『型破り』な表現ができる。それがわれわれの目指すアニメーターの在り方です」(元梅氏)。

次回予告

次回は、テクニカルアニメーションの流儀を紹介する。

TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充