ポストプロダクション向けの特殊効果プラグインメーカーとして確固たる地位を築くBoris FX。近年はマッチムーブツールとして知られるmochaの開発元Imagineer Systemsや同じく特殊効果ツールを提供するGenArtsと合併したことで、より多くの機能を連携して使える環境を整えつつある。今回、幕張メッセで開催されたInter BEE 2016に合わせて来日したCEOのボリス・ヤムニツキ氏に話を聞いた。

※本記事は 2016年11月上旬に実施された取材内容に基づきます。

TEXT_安藤幸央(エクサ) / Yukio Ando(EXA CORPORATION)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD) 、山田桃子 / Momoko Yamada

<1>Boris FXの設立から3ブランドの統合まで

ーー今回で何回目の来日になりますか? また、日本とInter BEEの印象はいかがでしたか?

BorisFX創業者/ボリス・ヤムニツキ氏(以下、ヤムニツキ):ここ20年ほど日本にはほぼ毎年来ていて、今回で15回目くらいになりますね。日本のクリエイティブ、アーティスト、ユーザーはとても素敵だと思います。Inter BEEは効率が良く、細かい部分まで気が配られていて居心地が良いイベントという印象です。

  • ボリス・ヤムニツキ/Boris Yamnitsky
    Boris FXの創業者兼CEO。1995年、エフェクトプラグインBoris FXの発表以来、Boris FXを率いる。2014年に英・Imagineer Systems、2016年に米・GenArtsを買収。2005年よりMedia 100のCEOも兼任している
    borisfx.com

ーーBoris FXの紹介をお願いします。

ヤムニツキ:Boris FXは1995年、プラグインツールとしてNAB Show(国際放送機器展覧会)で初披露されました。当時はArtel Softwareという社名で、製品名がBoris FXでしたが、Boris Yamnitskyの会社なのでBoris FXと呼ばれるようになり、結局Boris FXを社名として使うことにしました。当初はAdobe Premiere用とMedia 100用、Speed Razor(in-sync製のビデオ編集ソフト。現在は販売されていない)や、カノープス製品などにどんどん対応を広げていきました。そして2005年にMedia 100の販売権を得ました。Media 100は日本市場に強い製品だったので、その頃から日本の市場にBoris FXの製品が浸透していきました。アナログ編集からの進化形として、コンピューターベースのノンリニア編集、特殊効果の制作などで、主に放送局で使われています。

Continuum Complete - Intro Video

ーー最近合併したImagineer SystemsとGenArtsの紹介をお願いします。

ヤムニツキ:2014年に買収したImagineer Systemsは、mochaに代表される先進的なモーショントラッキングのツールを開発しています。安価に使えるツールとして、業界の定番になっています。同社は15年間モーショントラッキングを研究していて、もともとのトラッキング技術はイギリス大学教授によるものをベースとしています。とてもチャレンジングな会社で、新しいものに貪欲に挑戦していく社風です。Boris製品はニュースやスポーツ番組のような、短い期間で編集する放送局や特殊効果のエフェクトなどのポストプロダクションに向いており、そのためにImagineer Systemsのmochaというトラッキングソフトウェアを取り込むことにしたのです。

What is mocha and planar tracking?

ヤムニツキ:また昨年9月に買収したGenArtsは1996年にKarl Sims/カール・シムズというエンジニアが始めた会社で、お互いに昔から知っている仲間同士です。カールは、ロサンゼルスの映画制作会社で働いているときに、自分で独自のVFXプラグインSapphireを開発しました。Sapphireは当初ライトエフェクトに注力して開発されており、VFXの現場からは、とても役立つ機能だと歓迎されました。GenArtsはこれまでケンブリッジにあったオフィスを閉じて、今はBoris FXと同じボストンのオフィスで働いています。Boris FXのチームとSapphireのチーム、2つの開発チームが共存している状態です。2つの会社が開発を続けることにより、一緒になると便利な機能、例えばmochaのモーショントラッキングの機能を新しくSapphireの中に取り込んでいくといったような作業をしています。

What is Sapphire?

ーー3つの会社が1つになった今、ライバルと言える製品はありますか?

ヤムニツキ:3つの会社が一緒になることで、とても強いブランドを構築できました。VFX業界で影響力のある存在になったと思います。Avid製品に関しては、プラグインのほとんどをBoris製品が占めていると思います。Adobe製品は様々な種類が出ていますが、ある領域に関してはBorisが独占しているものがありますし、他社と競合している部分もあると思います。Boris FXとImagineer Systemsは、昔からAvidやAppleなどへバンドル製品を提供してきたという強みがあります。Adobe After Effectsへはmocha AEという軽量版、AvidのツールへはBCC(Boris Continuum Complete)のライト版を提供しています。

次ページ:
<2>世界中のユーザーの要望を吸い上げ、新機能に反映する

[[SplitPage]]

<2>世界中のユーザーの要望を吸い上げ、新機能に反映する

ーー合併によってより多くのユーザーを抱えるようになりましたが、それらの新しいユーザー、既存のユーザーへのメッセージはありますか?

ヤムニツキ:3つの会社が一緒になり、内部スタッフの数が潤沢になったので、問い合わせや技術サポートに関して、前よりも手厚くなったと思います。ボストン本社、ニューヨーク、ロンドン、オーストラリア、ロサンゼルスと5拠点でサポートを行うようになり、それぞれの時差に応じて距離的に近いところでサービスを提供することで、全世界をカバーできています。日本の場合は、代理店を通じてのサービスを行なっています。

ーー世界中のアーティストから、どのように要望を採り入れていますか?

ヤムニツキ:GenArtsの中にそういった調査を専門とするチームがあります。私自身はカスタマーに近い位置でサポートをしているのでそこからの要望や、直接意見を聞けるような制作現場との繋がりを活かして何が必要な機能なのかを吸い上げています。

ーー肌を綺麗にしたりする定番のエフェクトの他に、最近の流行のエフェクトを積極的に採り入れていると思いますが、それらの採用基準、開発基準はどのようなものですか?

ヤムニツキ:まず、VFXの分野における新しい事柄、これから生まれてくるテクノロジー、新しいカメラ、ポストプロダクションが必要とすること、様々な映像装置に対して必要なものを調査して採り入れます。BCC Beauty Studioは顔や肌の調整とmochaのトラッキング機能を活用したツールで、特定の部分をトラッキングして修正したいという要望をかなえています。既存のツールにmochaの機能を採り入れ、技術を組み合わせることで実現しています。

BCC10 Quick Look: Beauty Studio

ーーグリッチ(映像のズレ)を自動的に修正するエフェクトは、他のエフェクトツールにはない少し変わった機能ですが、こういった新しい観点の便利なツールは、どういった過程で生まれるのですか?

ヤムニツキ:ツールのβテストに参加してもらった方に「ビデオテープの映像を綺麗にするにはどうしたら良いのか?」と聞かれ、またビデオテープがオフィスにたくさん並んでいる私たちの顧客にも同じことを言われたので、必要な機能だと考え採り入れました。βテスターたちが様々な提案をしてくれるので、それらの機能を検討した上でプロダクトに入れるようにしています。

BCC 10 Quick Look: New Effects - Light Leaks & Glitch

ーーBoris FXの製品は、便利な機能が手軽に、安価に使えるのが最大の特徴だと思います。使えるエフェクトの数、手軽さ、価格など、どういった事柄を大切にしていますか?

ヤムニツキ:そうですね。私たちの製品が最初に目指しているのは、1つのツールの中で全ての作業ができるのかどうかということです。動画のポスト処理に対して、必要なもの全部が1セットにまとまったスイートとして提供し、1クリック、1つの機能で全部のことをやってくれるようなものを目指しています。1つ1つの機能は小さくても、それらがたくさん入っているので、金額面では低価格と言えると思います。また使いやすさも重要なことと考えています。

ーーAvid Media Composer、Adobe Premiere、After Effects、DaVinci ResolveFinal Cut Proなど数多くのツールに対応しています。対応の優先順位などありますか?

ヤムニツキ:どの製品に対応するかどうかは、使う人が多い製品、つまりマーケケットのサイズで決めています。まず、ベンダーが提供しているインターフェイスがどれぐらい優れているのかを確かめます。安定しているかどうか、信頼度があって、一貫性があることを重要視しています。

ーー近年、映像コンテンツはフルHDは当然として4K、8Kと高解像度化してきました。Boris FXとしては今後どう対応していきますか?

ヤムニツキ:もちろん対応していきます。4K、8Kは高速なグラフィックカードが必要になってきます。現在もすでに4K、8K解像度にも対応していて、それぞれの解像度に対して個別に必要な機能をもたせています。

次ページ:
<3>ヤムニツキ氏が考える映像制作のコツ

[[SplitPage]]

<3>ヤムニツキ氏が考える映像制作のコツ

ーーBoris FXに限らず、映像制作に際してコツや助言があれば教えてください。

ヤムニツキ:大抵のツールにはプリセットがたくさん用意されているので、まったく何もないところから新しい効果を設定するのではなく、まずはプリセットから選んで使うのが良いでしょう。mochaの場合は、エフェクトブラウザの機能を活用し、様々な効果を組み合わせていくのがポイントです。Sapphireの場合は、ビルダーを使うと便利です。ビルダーはノードベースのツールで、複雑なものを1つにまとめることができ、それらの設定を映像編集ツールにそのまま渡すことができます。

Sapphire 10 | First Look - Improved Builder

ーーツールを使いこなすコツは? たくさんあるエフェクトからどう選びますか?

ヤムニツキ:多くのエフェクトからどう選んで、どう組み合わせるのかはとても重要なことです。何をマスクして、何をどう加工するかです。コツは、まず1つ1つのフィルタがどういう機能かをちゃんと理解することです。例えばBCC Beauty Studioを使えば、普通なら個別に設定しなければならない人の顔の処理とブラー、トラッキングといった処理をまとめて設定・実行することができますが、それぞれの効果を詳しく理解した上で使うのが重要なのです。

ーーツールとして大切にしている要素は何ですか? 機能、価格、アップデート、サポートなど様々な要素がありますが。

ヤムニツキ:全てが大切だと思っていますが、強いて言えば、価格よりも、品質やパフォーマンスが重要だと考えています。また、常に新しい機能を提供し、ベースとなる映像編集ツールのアップデートに追随して対応していくことも大切にしています。カスタマーサポートももちろん重要で、ユーザーの皆さんがつくりたいものをつくることができるようにと考えています。

次ページ:
<4>Boris FXの今後の展望

[[SplitPage]]

<4>Boris FXの今後の展望

ーーBoris FXの様々なツールのおかげで、わざわざ3DCGでつくらなければいけなかった表現にも、後処理で様々な試行錯誤・挑戦ができるようになりました。今後の挑戦は?

ヤムニツキ:これから3Dの機能を色々と取り込んでいく予定です。3Dに関する対応は、昔から様々な挑戦をしていて、最近の挑戦はCINEMA 4Dの3DモデルをBoris FXの中にもってこられるようにしたことです。今後の予定としてはFBXやAlembicなどのファイルフォーマットへの対応も考えています。

ーーウェビナーやチュートリアルでぜひ皆さんに観てほしいものがあれば、ご紹介ください。

ヤムニツキ:英語限定ですが、毎月何本もウェビナーやチュートリアルを公開しています。今後、ドイツ語やフランス語、日本語でも公開していきたいと考えています。

Boris FX Videos
https://borisfx.com/blogs/videos

ーー今後、日本で開催されるイベントの予定はありますか?

ヤムニツキ:日本の代理店しだいですね(笑)。日本のユーザーグループが実現できたら嬉しいと思っています。

ーー今後のロードマップ、製品計画などありましたら、教えてください。

ヤムニツキ:mocha VR、Sapphire 10、BCC 10、mocha 5がリリースされました。次のバージョンは2017年4月のNAB Showにて発表する予定です。

新しいmocha VRで360度パノラマ撮影映像から、余計なオブジェクトをトラッキングしつつ消去するデモを披露する、プロダクトマネージャーのMartin Brennard/マーティン・ブレンナード氏

ーー日本のVFXアーティスト、コンポジットアーティストの皆さんにコメントがあればお願いします。

ヤムニツキ:アーティストの皆さんに、Boris FXの製品を一番のお気に入りツールとして使ってほしいと考えています。それぞれ自分がどの機能を使うと最も良い結果が出せるのかを考えて、ツールを選択してほしい。そうすれば時間を節約できますし、クオリティも上がると思います。もし、皆さんが困っていることがあれば、ぜひ我々に教えてください。機能追加のご要望があれば、お応えしていきたいと思います。