2016年10月29日(土)&30日(日)の2日間にわたり、代官山ヒルサイドプラザの会場にて行われた"新感覚脳内革命"アートフィルム『KAMUY』の上映会。全ての回がソールドアウトするという盛況ぶりであったという。現代アーティスト三嶋章義のアートワークで迎えられた会場の螺旋階段を降りていくに従って、胎内に戻っていくような感覚に襲われる。会場の底に到達するとそこには繭を思わせるベッドが並ぶ。それに横たわり天井に設えられた大スクリーンで鑑賞するしかけで『KAMUY』は披露された。「進化」をテーマとした斬新なCG映像世界が、リズム、躍動感、無限のスケールで展開し、自身の体は地球や宇宙と一体化していくような感覚に落ちる。そしてもしアナタが映像制作者であったら、オリジナル作品制作へのモチベーションを新たにしたのではないだろうか。
さて、今回の<2>メイキング編では、全員参加型で作られたプロセスをコアスタッフに取材したものをまとめた。取材時は絶賛制作中ということもあり、全てを網羅することは叶わないが、こだわりのシーンやチャレンジとなったケースを見てもらえるだろう。
なお、本作のコンセプトや新たに創設されたNION(ナイオン)については、<1>キックオフ編を参照していただきたい。
※本記事は、2016年10月10日(月・祝)に実施したインタビューに基づきます。
INTERVIEW_山本加奈 / Kana Yamamoto
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
『KAMUY』Official Trailer
<1>水面と水面下の世界と。CGシミュレーションからリアルをつくり出す
『KAMUY』中核スタッフ
写真・右から、守屋貴行プロデューサー(NION)、遠藤基次CGスーパーバイザー(AnimationCafe)、ショウダユキヒロ監督(NION)、高橋 聡プロデューサー(NION)、上野千蔵撮影監督、佐藤大洋CGプロデューサー(AnimationCafe)、守屋雄介シークエンス・スーパーバイザー(AnimationCafe)
『KAMUY』公式サイト
ーー本編前半では村上虹郎演じる主人公の兵士が身籠る物語が描かれます。舞台は無限に広がる漆黒の世界。実写で撮られた場面ですがどういう撮影が行われたのでしょうか?
上野千蔵撮影監督(以下、上野):この作品は抽象空間が多かった。漆黒の無限の空間が前半の主な舞台です。それを表現するために、黒の反射する板を使おうかと話していたら、「水を張ったら面白いね」って、ことになりました。反射のための水というアイデアだったんですが、「じゃあ、(カメラ)入っちゃう?」と企画が展開していった。抽象空間だけどリアルな空間を想定してライティングしていきました。
----重力のない世界と水の浮力が、映像の世界観にリアルな想像力を醸し出しますね。
ショウダユキヒロ監督(以下、ショウダ監督):全ての撮影は日活撮影所で1日かけて行いました。1日といっても30時間ぶっ通しでしたが(笑)。この30時間の撮影は3DCGで作成したプリビズを必死に再現するというアプローチで取り組んでいったのですが、ショットによっては有効な撮影手法を割り出すためだけに1時間費やしたりも。撮影クルーや特機スタッフをはじめ、みんなで「コレがひっくりかえるから、この位置になるよね?」という具合に。
NION・高橋 聡プロデューサー(以下、高橋):水に入ったら地下をぐるりと回って浮上してくるっていう、現実では不可能な撮影(カメラワーク)を実現させる必要があったんです。
地上から水中にカメラが入ってぐるりと主人公の周りを回って戻ってくるというカメラワークの撮影プランを図示したもの。なお、カメラはALEXA 3.8Kが採用された
上野:水面のギリギリを撮るためには、本当なら水槽を上げなくちゃいけないんですが、それは大掛かりになりすぎるから、数センチだけ水を張ってます。水面ギリギリになった瞬間、視界無限に水面の世界が必要なんです。カメラが水面ギリギリまで寄った瞬間、実写では奥行きに限界があるから、映り込みがどこかで消えてしまう。実写で行けるところまでいって、終わりの10度分は3DCGに助けてもらいました。
ショウダ監督:プリビズで映り込みも全部計算した上で5m x 8mのセットを日活のスタジオに作って撮影してるんです。
実写撮影の様子
AnimationCafe・守屋雄介シークエンス・スーパーバイザー(以下、守屋(雄)):現場でどんどん、世界が出来上がっていくのを目の当たりするのは、CG・VFX側の自分にとっては面白い経験でした。撮影現場ではトラッキング用のマーカー付けを必死にやっていたんですが、水面は動く、当然マーカーの位置関係も動いてしまう。最終的には力技でトラッキングすることに......。
AnimationCafe・遠藤基次CGスーパーバイザー(以下、遠藤):面白い試みとして、合成用素材として村上虹郎さんの3Dスキャン収録を行いました。水に映り込んでいるのはデジタルダブルなんですよ。
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<上図>序盤に登場する通称「カミオカンデ・タウン」のコンセプトアート/<下図>完成した本編カット。フルCGでハイディテールに仕上げられた
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<2>網膜を抜け、大地へとコズミックズーム。そしてフラミンゴの群れへとトラベリング
<2>網膜を抜け、大地へとコズミックズーム。そしてフラミンゴの群れへとトラベリング
----『KAMUY』は見た目としてはほぼワンカット、そしてカメラは自由自在に動き回る。それが天地がわからなくなるような不思議な映像体験をもたらします。
上野:カメラワークはもちろん、トランジションにもこだわりました。例えば、後半のカメラが(主人公の)眼に入り込み、ミクロからマクロへとシームレスに進んでいくシーン。角膜から網膜に到達するまで距離感を出したくて、山々の間を抜け、ある陸地にどんどん寄っていくという、眼の中に厚みのある空間を表現に仕上げました。地面=網膜にある大地にたどり着くと、そこにはフラミンゴの群れがいて......というながれなのですが、一般的には黒ワイプ等でカットをつなぎそうなところをトランジションでつないでます。
守屋(雄):どうやって表現しようかと悩んだ末、実際に眼球を3Dで作成してその底面に大地のエンバイロンメントを貼り付けることで対応しました。
上野:最終的なイメージは頭の中にしかないわけですが、AnimationCafeさんに意図を汲んでもらい、まずはテスト映像を試作してもらい、それに対して議論するという方法しかなかったので大変だったと思います。でも、しっかりと期待に応えてくれた。
アートフィルム『KAMUY』カメラワークの検証
ーー遠藤さんがCGスーパーバイザーを、守屋(雄)さんがシークエンス・スーパーバイザーを務められたとのことですが、お二人の役割分担を具体的に教えてください。
AnimationCafe・佐藤大洋CGプロデューサー(以下、佐藤):守屋はシークエンスSVとして、"磁性流体"のアニメーションなどの特別な表現をCINEMA 4D(C4D)を使いディレクションと実制作を自己完結型で行うという、スペシャリスト的な役まわりです。一方の遠藤は、通常のCG SVとして、チームを牽引しました。本作はフルCGパートが約半分というCG・VFXヘビーなプロジェクトだったのでなにかと大変でしたね。
磁性流体アニメーションは中盤の大きな見せ場。「細かいパーツに分けてAlembicキャッシュを取り、それらを再配置したりタイミングを変化させたりして、物量を演出しています。また一度キャッシュを取ったオブジェクトをモーフィングターゲットにするなどして、アニーメーションやシルエットをなるべく操作しやすくすることを心がけました」(守屋(雄)氏)
遠藤:プリビズを作成している頃から、トランジションを併用しつつも見た目としてはワンカットの長回しというのは大事になると思っていました(苦笑)。カットを割ることができれば、見えるところが限定されるので2D処理が利用できるのですが、本作はロングからクローズアップ、360°回転といったダイナミックなカメラワークの連続、しかも長尺のためレンダリング負荷も相当なものでした。
守屋(雄):当初は、「まずは目指すビジュアルを決める」という、一般的な3DCG制作のセオリー通りに、未確定要素をひとつずつ決めていこうとしていたのですが、今回ショウダ監督は、つくりながら、どんどん変えていくという有機的なアプローチでした。それに慣れるまでにも時間がかかっちゃいましたね。
磁性流体のレンダリングにはOctane Renderが使用された。「反射の多いシーンだったので、ある程度のポリゴン数であればライティングや反射がほぼリアルタイムに確認できるOctaneを重宝しました」(守屋(雄)氏)。磁性流体は妊娠した兵士の心情描写の象徴と言えよう
ーー企画自体が有機的なプロセスが前提だったわけですが、CG・VFXのワークフローも特別な対応をとられたのですか?
佐藤:特別なことはしていません。とにかくがんばるだけでした(笑)。
ーー総勢何名のデジタルアーティストが関わったのでしょう?
遠藤:一時的なヘルプを含めるとすごい数になります。のべ100名以上になりましたね。自分たちだけではとても対応しきれなかったので、外部パートナーさんにも助けていただきました。
ショウダ監督:シミュレーションやレンダリングに相応の時間を要するCG・VFXにとって、このアプローチは確かに大変だったと思います。だけど、デジタルアーティストも演出家や撮影監督的な視点からコンテンツ制作に取り組んでいかないと、日本のCGにはその先がないと思うんです。そうした視点をこのプロジェクトで体感、吸収してほしい、という思いもあったわけです。
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ーー専門ツールのオペレータではなく、本当の意味での"アーティスト"へ、ということですね。
ショウダ監督:それを実践できているCGプロダクションは非常に限られると思うので、すごく強みになると思います。AnimationCafeは「日本のトップを目指す」と言っている。それならば、絶対にそうしたスタイルに取り組んでいくべき。僕自身の経験(※)からも、その方がおもしろいことができるのは確実です。海外で撮影をするとスタッフ誰もが当事者意識があって、自分の意見やアイデアを主張してきますが、それは撮影スタッフだけに限らず海外のCG・VFXチームにも同じことが言えると思います。そもそもディレクターになろうと思っている人ばっかりやから、みんな演出に対して持論があるし、絵心もある。会社員ではなく、プロフェッショナルになろうというところからスタートしている。撮りたい画があったから、カメラマンになった的な。僕も元ポスプロなのでわかるのですが、日本だと「まず会社員になって下積みをして」ってなりがちやけど、そういう時代はもう終わらないと(笑)。いや、もう終わった。
※:ショウダ監督は、京都工芸繊維大学 造形工学科を卒業後、ポストプロダクションの技術スタッフを経て、映像ディレクターへと転身したというキャリアをもつ。
ーーショウダさんご自身は、まさにそうしたスタンスで監督業をやってきたと思いますが。
ショウダ監督:"社会的遺伝子"(※)を残そうとしてね(笑)。
※<1>キックオフ編を参照のこと
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<3>3,000羽のフラミンゴが......飛ばない! 完成までに3ヶ月を要した渾身のVFX
<3>フラミンゴ3千羽が......飛ばない! 飛び立たせるまでに要した日数は3ヶ月
ーー上野キャメラマンとCGチームの具体的なコラボレーション例を聞かせていただけますか?
上野:可能な限りAnimationCafeに足を運びました。ストーリーと、それに応じたカメラワークのイメージは既に確立されていたので、主には光について話をしました。フラミンゴの大群が飛び立つシーンは特に苦労したと思いますよ。どうしたわけか、なかなかルックが良い塩梅にならなかった。僕はCGのエキスパートでないから、具体的な技法に関する指摘はできませんが、空間的な光の話ならできる。それで気づいたのは、天空に、自然界なら青空があるところに、空がないんだってことでした。そこで「青空を加えましょう」と提案をしました。あとは、観た人に感動してもらう映像にするためには、このシーンの場合は、太陽の位置を低くした方が生理的に気持ち良く響くと思ったのでそれも伝えました。リアルな環境の構築、つまり光(ライティング)を中心にアドバイスしてみたところ、最終的にすごく良くなったと思います。
守屋(雄):上野さんと1日一緒に作業しただけで、ぐっとクオリティ上がるんです。だから、できるだけお越しいただきたかったのですが、現在の3DCG制作にはレンダリング時間が切っても切り離せなかったりと、スピード感で対応しきれません。この問題がクリアされたらもっと面白いスタイルが確立できると思います。
上野:僕もCG・VFXの作業場に呼ばれることなんかほとんどなかったので、3DCGシーン上でライティングに手を加えるというのは初めてのことで面白かった。実写で得た知見を反映させると、CG上でもそのセオリーが通用するんです。当たり前のことなんですけどね。例えば、「光をやわらかく」と、監督からオーダーがあったら、「光の面積を広げるということ、もしくは距離を近づけるということだよね」と、そんなやり取りをしていました。実写もCGも同じ方法論でやれるんだなって。
遠藤:フライミンゴのシーンは、また別の挑戦もありました。最終的に3,000羽を配置したのですが、これだけ大規模の鳥の群れのシミュレーションをやるのは初めてのことだったこともあり、納得のいく動きになるまでに3ヶ月を費やしました。今回は群衆シミュレーションにMiarmyを初めて使用したのですが、次から次へと問題が発生して、なかなか飛ばなかった。当初はテクニカル・ディレクター(TD)が関わっていなかったため、技術面の課題を解決するのに時間がかかってしまったのです。デザイナーは見た目(アウトプット)だけで良し悪しを判断しがちですが、複雑な表現ほど、TDがツールの特性を正しく把握し、理論的に手法を考えることの大切さを痛感しました。
フラミンゴの大群シーンのコンセプトアート。はるか上空からコズミックズームでフラミンゴの足下のクローズショットへとシームレスにつながるため、かなりのハイディテールが求められた。3,000羽ものフラミンゴの群れが織り成すピンクと青空のコントラストが美しいシーンだ
フラミンゴの完成モデル(頭部のみ)。(左図)レンダリングイメージ。毛並みはMaya Furで生成。「全体の毛、ところどころに生えている長さの異なる毛、そしてレイヤー感を出すための色ちがいの毛という3種類で構成されてます」(遠藤氏)/(右図)メッシュ表示
守屋(雄):自分の作業では、C4DプラグインのDEM EARTHがおもしろかったですね。景観写真から地形モデルを生成できるのですが、写真データはGoogle Earthなどの複数のサービスから手早く選べるので重宝しました。
守屋(雄)氏が手がけたシーンのうち、自然景観が介在する表現にはC4Dプラグイン「DEM EARTH 3」を活用。「写真から地形形状を抽出できるツールです。Google Earthで良さそうな場所を探して、このツールで抽出してベースモデルに利用しました」
遠藤:あとは、レンダリングの効率化をねらってOctane Renderを導入したりも。この作品では、通常の案件ではまず求められない表現が多くあったので新しいツールを検証する上でも有意義でした。より高度な表現にチャレンジしていくための環境整備を考える良い機会にもなりましたね。
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<4>キーワードは、"グッド・バイブス"?
ーー改めて制作をふり返っていかがでしたか?
ショウダ監督:実写かCGかを問わず、半年もかけてコンセプトからイチからつくる機会なんてまずないと思うんです。チーム全体がオープンに交流して、みんなでアイデアを出し合いながらつくってみたらどんなのものができるんだろうって。オジリナル作品だから納期の融通もきくし、みんなが成長できる機会にもしたい。そうした面での試みでもありました。実際、観たことのない表現に仕上がったと自負しています。それは僕ひとりから出てきたものではない。それぞれにしんどいこともあったけど、やって良かったと思えることが大事。全てのスタッフが"やりがい"を認識することが最大の目的だったし、映像業界の凝り固まった常識をかき乱してやろうと(笑)。
NION・守屋貴行プロデューサー:そもそもどこがゴールなのかわからなかったので、みんなのイマジネーションがなければ完成しなかったと思います。能動的にものをつくる姿勢をこのプロジェクトに関わったみんながもてていることがすごく重要だった。CGチームだけでなく、上野さんや僕たちプロデューサーにとってもそうです。そういう仕事の仕方をしていけば、必然的にクオリティも効率も上がるだろうし、ワークフローやツールの使い方まで変わってくる。つまりは日本の映像業界全体の成長にもつながるはず。中心にあるコンセプトと頭の中のやりたいことが明確であればブレない。今回のショウダ監督のディレクションは、クオリティの基準をつくることであって、実際どういう画にするかという目標値は各スタッフの成果でつくっていくしかないから、結果的に作業が止まらないんですよね。ショウダ監督が「ここを超えたらちがう世界が見えてくる」と、言い続けていたことが印象的でした。
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ショウダ監督:従来のやり方を超えて、先に行かないと意味がない。少なくても僕は先へ進もうとしている。そんなバイブス(vibes=感情をゆさぶる衝撃)が大事。コラボレーションして化学反応を楽しみたい。そこで「無理」って、引いたら全部バッド・バイブスになるからやりきる。精神論やけど、ONの気持ちで向き合ったときのねばりとか、気持ちの強さは必ず"閃き"を生み出す。そういうグッド・バイブス。それだけで、現場の雰囲気も変わってくる。ひとつでも不協和音があると役者さんにも伝染しちゃうんです。現場ってすごく有機的で流動的でなものなんです。全てはグッド・バイブスです!
今回の会場となった代官山ヒルサイドプラザにおける記念写真。ショウダ監督が大切にする"グッド・バイブス"が伝わってくる。NIONでは現在、海外での『KAMUY』上映イベントを実現すべく準備中とのこと。続報を待ちたい
作品情報
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体感型の脳内革命アートフィルム
『KAMUY』公式サイト
出演:村上虹郎・ゆう姫(Young Juvenille Youth)
監督:ショウダユキヒロ
撮影監督:上野千蔵
衣装:伏見京子
特殊メイク:JIRO
3DCG:AnimationCafe / ModelingCafe
制作プロダクション:NION
© 2016 NION inc. nion.tokyo/kamuy