Webサイト「少年ジャンプ+」で連載中の人気コミックを原作とし、いよいよ本日9月29日(金)24:30~最終回を迎えるTVアニメ『時間の支配者』。本作では、ストーリーの肝と言える時間の「加速」「減速」の表現に、モーショングラフィックスが多用されている。アニメ作品のオープニング映像等でよくみられるモーショングラフィックスだが、TVシリーズのアニメ本編でモーショングラフィックスが本格活用されるのは非常に珍しい。今回は、その制作に携わった中核スタッフに「アニモーショングラフィックス」と名付けられた本作の挑戦について話を聞いた。

TEXT_安藤幸央(エクサ)/Yukio Ando(EXA CORPORATION)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

  • info
    TVアニメ『時間の支配者』
    TOKYO MX、BS11ほかにて24:30より好評放送中!
    原作:彭傑/ポンジェー(翻翻/ファンファン「翻漫画/ファンマンガ」連載中、集英社「少年ジャンプ+」連載中、協力・友善文創/ユウゼンブンソウ)
    監督:松根マサト
    撮影監督:髙津純平
    モーショングラフィックス:ステロタイプ
    アニメーション制作:project No.9
    製作:「時間の支配者」製作委員会
    Twitter:@chronos_pr
    chronosruler.jp
    © Friendly Land/2017 YOUKU·FANFAN/「時間の支配者」製作委員会

ーー『時間の支配者』の簡単な紹介と、本作での皆さんの役割についてお聞かせください。

松根マサト監督(以下、松根):『時間の支配者』は中国出身の彭傑(ポンジェー)先生による漫画を原作とした作品です。時間を食らう悪魔がはこびる世界で、主人公のヴィクトと相棒の霧が悪魔と戦いながら旅をする、SFフィクションです。ヴィクトと霧は実は父子なのですが、ヴィクトは悪魔に時間を食われて15歳まで若返っているため、年齢が逆転しているんです。

『時間の支配者』プロモーションビデオ

松根:それから、自分の役割はというと「監督」です。説明するのは難しいところですが、みんなが作品に関わって良かったなと思えるようサポートをする立場、仕事の環境づくりが監督の大きな役目だと考えています。特に今回は原作がある作品なので、原作の雰囲気をどう映像にしたいかをスタッフに正しく「伝える」こと、それが監督として最も時間を割いたところですね。

左から 監督・松根マサト氏、撮影監督・髙津純平氏、ステロタイプ 映像デザイナー・伊東正志氏、ステロタイプ クリエイティブディレクター・山下敏幸氏

撮影監督・髙津純平氏(以下、髙津):各制作パートから素材を集め、キャラクター素材と背景を合成して映像にするのが「撮影」です。撮影監督としては、夕方だったら光の入り具合はこのくらいといったような画面全体の設計をしています。ここは背景をぼかしたい、ここにはグラデーションを入れようといった意見を監督に進言することもあります。

ステロタイプ クリエイティブディレクター・山下敏幸氏(以下、山下):今回、当社にモーショングラフィックスとオープニング&エンディング映像制作の依頼をいただきまして、僕はステロタイプ側のディレクターとして段取りやデザインの方向性の決定など、制作の最初の部分を担当しました。実制作は若手スタッフが担当してくれたので、たまにレタッチなど、足りない部分を補っていくところが主な役割でした。

ステロタイプ・伊東正志氏(以下、伊東):時間の「加速」と「減速」を発動させるときのモーショングラフィックス、魔法陣的なものといった要素の初期デザインと実制作を担当しました。

ステロタイプ・長井秀司氏(以下、長井):伊東と同じくモーショングラフィックスの実制作に携わりました。僕は主に動きの部分を担当しています。

ーー時間の減速・加速の表現にモーショングラフィックスを採り入れるまでにどのような経緯がありましたか。

松根:「時間」を表現する、というのは様々な作品でよく使われるテーマでもあり、演出として既に誰かが手を付けてしまっている表現ばかりです。今作は、原作もよくできており画として完成しているので、ここで差を付けられる表現は何だろう? と考えたときに思い浮かんだのが「モーショングラフィックス」だったんです。

最近は海外ドラマやハリウッド映画でもモーショングラフィックスが使われており、そういった拡張現実的な表現は今作のコンセプトと相性が良いのではと考えました。また、自分がもともとUIデザイナー出身でデザイン事務所(アリスフロムジャパン株式会社)を経営していまして、普段からモーショングラフィックスを使ったゲームやアニメのオープニング映像制作を手がけていることも理由としては大きかったですね。

手描きでもできないことはないのですが、どうしても限界があります。特にモーショングラフィックスがキャラクターに回り込むカットは手描きでは表現できません。3DCGでつくることもできなくはないですが、デザイン性をより強く押し出すには? と考え、つくられた結果が今の表現です。

時間がなぜ止まっているのか? どのくらい加速・減速しているのか? それがひと目でわかるように作画で表現する、概念で表現するのは難しい。明確に「時間」という情報を視覚化するにはデザインを用いるのが適していたんですね。

今作では原作で描かれていない時間が圧縮される様子なども表現しています。アニメは連続性がある媒体なので、そういった原作の行間をどう映像化するかと考えたときに、モーショングラフィックスが最も素早くできたということです。

本編中のモーショングラフィックス活用カット

ーー松根監督ご自身がモーショングラフィックス制作も手がける会社を経営されている中で、今作でステロタイプさんとタッグを組んだのはどういう理由からなのでしょうか?

松根:そうなんです。言ってしまえば同業他社なんですよね。

山下:普段ステロタイプではオープニング映像等をよく制作していますが、松根さんの会社とはお互いに裏番組のオープニングをつくっていたりします(笑)。

松根:今作で監督としてモーショングラフィックスを採り入れたいと考えたとき、13本つくらないといけない中で自分自身の時間にも自分の会社のリソースにも限界があって、どうしようかなと悩んでいたところ、身近にモーショングラフィックスをお願いできる人たちがいたので、断られる可能性も考えつつお願いしてみたんです。

実際、オープニング映像やモーショングラフィックスの制作をできる会社が本編の制作に携わることはほぼなく、今回が初めてのケースでした。モーショングラフィックスを本編で使うという試みはずっとやりたかったのですが、撮影にも負担がかかるので、なかなか難しかったのです。

例えばキャラクターの前に浮いている魔法陣を表現する場合、セルだったら描き込めば良いのですが、モーショングラフィックスの場合はキャラクターと魔法陣のどちらが前に回り込むのか理解した上で素材を統合しなければいけません。そういうデジタルの作業に対して理解がある、今回のこの座組だったらいけるという確信があり、組んでみたという次第です。この座組以外のメンバーだったら、盛大に事故を起こしていたかもしれません。

山下 :当社はグラフィックスを得意としつつアニメの仕事も数多くこなしていますし、髙津さんもそういったタイトルを多く手がけてこられています。1話かぎりなら他の会社でもできると思いますが、13話分となると各話数ごとにアップデートしていく作業が必要です。それらの作業も松根さんが理解してフォローしてくれたからこそスムーズに進められました。

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モーショングラフィックス制作の試行錯誤

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ーー本作のモーショングラフィックスをつくるにあたって、デザインの方向性はどのように決められましたか。

伊東:今回最初に、松根監督から「こういうのをつくろう」と拡張現実系の演出をしたスポーツジムのイメージビデオなどを観せていただきました。また、今作の原作者・彭傑先生は台湾在住なので、日本のマンガとはちがう先生の独特な色づかいも採り入れています。全体としてはそこまで中華テイストを意識はしていないのですが、中国の拡張現実っぽいCMや映画『AKIRA』のバイクの後ろを流れる光の表現等を参考にしています。

モーショングラフィックス制作の参考にしたリファレンス画像

伊東:また、「加速」と「減速」はアニメ版独特の表現で、普通のモーショングラフィックスではあまり使用しない漢字を使っていることも大きな特徴です。


加速・減速のモーショングラフィックス

松根:原作をアニメにするとき加速の表現を「スピードアップ」にするか「加速」にするか悩みました。「スピードアップ」で合っているんだけど、グラフィックにしたときに短い尺の中でどれだけ情報を入れられるか考え、1ワードでも短くしたかった。情報を差し引いたときに、圧縮言語である漢字の方がわかりやすいと考えて採用しました。

ーー今回ステロタイプさんが作品中のモーショングラフィックスを全てご担当されたとのことですが、制作の手順、注意したところなどをお聞かせ下さい。

長井:大まかにわけると、伊東がベースのデザイン、私がモーション付けを担当しました。まずたたき台となる動きを私がつくり、実際に動かしながらどんどん調整していきました。さらに話数が進むにつれて、変わっていった部分もあります。

山下:大元の動きを見ながら、減速はこういう表現になるけど、加速はどうする? 色はどうする? などとバリエーションを増やしていきました。こうしたい、ああしたい、いやちがうと言いながら一緒につくっていった感じです。

伊東:今回はけっこう不思議なつくり方をしました。平面でデザインを起こしても、映像の中に登場するモーショングラフィックスは立体的なので、2Dデザインの時点で3D空間に配置して、まずは動かないものを空間に置いてみてから、動きも含めてつくっていきました。

  • 3話に登場するブレイズのモーショングラフィックス

  • 仮の腕モデルに対してベースとなるモーショングラフィックスを作成


  • 作画の腕に差し替え、調整

  • 調整の際にはガイドを表示させている


  • 「加速」の文字パーツを差し替え、発光感を加える

  • 完成

長井:また、テンプレートをつくっても、尺を短くしないと本編に合わない場合、タイミングを合わせていく作業も必要でした。単に短くすれば合うというわけではないので、そのときの気持ち良さやシーンで表現したいことを意識して調整しました。

伊東:例えば拘束されるカットでは、パーツが出現する順序や組み上がっていくスピードなど、気持ちよさを重視しつつも状況が明確にイメージできるようにつくっています。ある部分が拘束されるとまずここが動かなくなるから、このパーツが先に出てくるのはおかしい、といったような考え方です。

拘束されるカットでのモーショングラフィックスの例

伊東:また、キャラクターごとにも特徴があって、ブレイズなら火のアレンジ、霧なら水のアレンジ、さらにそのときの感情や、環境などによっても動きが異なります。キャラクターの感情が荒ぶっているときは倍速で表現してちょっとガチャガチャしたり、パーツによって、組み方や出現のタイミングを毎回毎回、場面や感情に合うものにしていきました。


左から、それぞれヴィクト、霧、ミーナ、ブレイズのモーショングラフィックスのベースデザイン


【左】ヴィクトのモーショングラフィックスパターン、【右】ミーナのモーショングラフィックス


感情が高ぶっているときのモーショングラフィックスの例


山下:こういったことは1クールやる作品だからできることで、当社のいつもの案件だと1点ものの作品なので、理解がそこまで追いつかないうちに終わってしまうんです。今回は話数が進んでいくにつれて理解も進み、アレンジを加えていけたので良かったです。

伊東:確かに後半にいくにしたがって、つくりやすくなってきた感じはありますね。1話目、2話目はまだ1点ものをわざわざつくっているという感覚でした。いつもは1本の作品だけのためにまるっとつくることが多いので、話数の多い作品のためにパーツを用意してつくっていく作業は慣れていなくて、キャラクターの画を邪魔しないように、どうグローを乗せるのか等最初は苦労しました。

山下:社内で全部つくるのなら良いのですが、素材を渡すだけでは最終の画がわからないので、どこまでやっていいのかわからないということがあります。

伊東:不安はありましたが、1話の先行上映を見て、髙津さんに任せておけば全て安心だなと。

山下:制作を積み重ねていくことで、バリエーションを調整し、いつもの色で表現しておけば、撮影監督が調整してくれる。自分たちはここをがんばれば良い、という勘どころがわかってきました。

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もし無限の予算、無限のリソースがあるなら?

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ーー撮影パートはどのように進められたのでしょうか。

髙津:今作は、総カット数が1話あたり300カット前後ありました。現在のTVアニメでは多いもので1話あたり400カットくらい。その中で、モーショングラフィックスの部分は多いときで約30カット、平均すると20〜30カットくらいです。作業場所として旭プロダクションさんをお借りしているので、内製の作業効率化ツールもあり、素材が揃えば一気に取りかかって何とかなる環境でした。

監督のオーダーで「発光物なら光の干渉を受けるはず」、とキャラクターにこのグラフィックスが照り返したらどうなるのかを考えながら、強弱を調整しつつ最終的に決めていきました。ただ、1話は手間をかけて多少強めに光を入れています。1話は実験の意味もあり、つかみの部分でもあるので2倍くらいの時間をかけ、1話きりの表現もありました。映像として厚めの処理もあり、廊下のシーンなどはかなりゴリゴリに処理を入れています。

松根:廊下のシーンはホコリも舞っているし、色が既にあるにもかかわらず、さらにもう一段階色を重ねているので、1話は相当見応えのある映像になっていると思います。

髙津:最初はどういう素材が来るのかわからず、最悪の場合受け取った素材に対してこちらでパスを切らないといけなかったり、キャラクターの上に載せてもいいですか? と毎回確認しなければいけないケースもあるので心配していましたが、ステロタイプさんは初めからきちんとパスを切った状態で納品して下さったんです。なので、撮影としては上から順番に素材を載せて光らせ方の調整をしていくだけでよかったので楽でした。

伊東:そこは、当社がこれまで手がけてきたアニメ案件でも大変だった部分なんです。普段からモーショングラフィックスで拡張現実っぽい映像表現をやっていると、2Dのキャラクターの後ろはパスを切るという作業が当たり前なんですよね。

松根:お互いがお互いの苦労を知っているからできたことですね。

髙津:お互いが気遣ってくれるので、それが上手く連携できた要因なのかなと思います。大変ありがたい現場でしたね。

第1話のモーショングラフィックス

ーー余談になりますが、もし無限の予算、無限のリソースがあれば、どのようなことを手がけたいですか?

山下:僕たちに関して言うと、かえって困ってしまいます。例えば余裕をもって10時間かけたらすごく良いものができるかというとそうでもなくて、3時間しかない中でつくっているものの方が案外良い場合もあります。そうかと思えば、1つのシーンにまる一日かけることもあります。ただ、より濃い、深いものがつくれれば嬉しいので、予算があれば次のステップにいきたいとは思いますね。

伊東: 自分のパートというよりも、もっとバトルシーンでCGを増やしてほしいとか、観客視点の要望が出てきますね。それに付随してモーショングラフィックがあれば、言うことなしです。予算とお金があれば、作家さんやCGさんに使ってほしい。バトルシーンが増えれば増えるほど予算も必要です。原作ありきなので、原作にもバトルシーンを増やしてほしい。やるなら劇場版かもしれませんね。

髙津:撮影からすると、時間が一番ほしかった。確かに予算も必要ですが、現場としては時間がほしかった。1話は時間があったので処理を厚めにしたのですが、徐々に時間が取れなくなってきてしまいました。ある程度時間がないことが前提の制作で、どうしても無理という処理もあったのが残念です。時間があれば1話と同等レベルの処理を最終話までずっとできたかもしれません。撮影は1人の作業ではなく5人くらいの分業なので、もし時間が無限にあるならば、私1人で全部やるというのも考えられますね。

複数人で撮影作業をするのは、いい意味でブレることもあり良い結果になる場合もありますが、1人でやれば、自分が目指しているところを100%実現します。5分や10分の短い作品でないかぎりそういうことは無理ですが。実際300カットを1人でさばくのは無理で、1日20カット前後がいいところ。ただ会話しているだけのカットなら30カットぐらいさばけますが、バトルが入ってくると15カットとか、リテイクなしと考えても最低10日はかかります。

松根:今作に限らず、もし予算が潤沢にあったら、自分はアニメの制作システムそのものから変えていきたいです。現場において、旧来のシステムに限界がきているところがいくつかあって、それを変革するには無限に近い予算が必要だと思っています。ですから制作環境整備のための無限の予算と権力がほしいというのが本音でもあります。

特に新しいことをやればやるほど、旧来の制作システムに課題と限界が見えてきます。ハリウッド映画の監督が自分たちが求める表現に合わせてカメラを開発してしまうような感覚でデジタルツールや編集システムの開発に着手してみたいですし、実際に自分の中でも現在考えている構想がいくつかあります。

アニメ制作においては、最初から最後まで全ての工程において「編集&撮影を中心に据えたシステム」を採用すれば、確実に効率化が図れます。そういった、デジタルの強みを最大限活かしたシステムづくりに予算が回せると、逆にプラスワンの表現が可能になるのではないかと思うのです。

ーー最後に、視聴者の皆さんに一言をお願いします。

山下:画面からにじみ出てくる執念みたいなのを感じてもらえれば嬉しいです!

長井:本編だけでなく、オープニングも制作しているのでぜひみてください!

伊東:そうですね、最終話はラストバトルなので、総集編かのごとくモーショングラフィックスもいっぱい出てきます。また新たにチャレンジしている部分もあるので、最後までぜひ楽しんでいただければなと。

髙津:撮影もあと2本、全力を出し切って、あとは倒れるだけです。1話にかけた手間と同じくらい盛りに盛っています。映像として、光の表現などもリッチなものにしていきます。

松根:もちろん、撮影やCG等様々なパートのスタッフに最後までねばってもらって良い映像になっているのですが、「秘密こそが家族の証」というキャッチフレーズの通り、メインキャラクター4人の家族になる過程が最終話で収束していくので、そこに注目していただきたいです。家族って何だろうというのを思い出すきっかけが、12話、13話には詰まっています。家族をふり返るきっかけは難しく、自分もなかなか家族のことはふり返れません。リアルな現実で、もどかしいことでもあります。そこに『時間の支配者』で、彭傑先生が本当に言いたかったことが隠されているんじゃないかと思います。