映画、CM、ゲームなどのフォトリアルな背景を専門とする株式会社Barehand Modeling Studio。代表取締役を務める一瀬 隼氏は精細な背景モデリングを得意とするCGアーティストであり、特にフォトリアルな表現に定評がある。「CGWORLD Online Tutorials」にて同氏の講座「背景モデリングTips&Technique」が公開されたことを記念して、これまでの一風変わった仕事歴や制作の際に心がけていることについて話を聞いた。

INTERVIEW_神山大輝 / Daiki Kamiyama(NINE GATES STUDIO
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota


背景モデリングTips&Technique
(CGWORLD Online Tutorials)の
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<1>「思い立ったら即行動」のフットワークで独立~カナダへ~会社設立

CGW:昨年1月に会社を設立されるまでの経歴を紹介いただけますか?

一瀬:初めてCGと出会ったのは専門学校の3年次でした。入学当初はゲームプログラムを学んでいましたが、Mayaを使ったモデリングの授業を受けたことを皮切りにCG制作にのめり込みました。他にもリギングやアニメーションなどの授業もあり、卒業後は学生期間に制作したアニメーション作品がきっかけでデジタル・フロンティアに入社しました。

  • 一瀬 隼/Jun Kazuse
    兵庫県出身。HAL大阪を卒業後デジタル・フロンティアに入社、背景モデラーとしてのキャリアを始める。その後フリーランスとなり映画・CMなどの様々なジャンルのCGを手がける。2014年にカナダに渡り、Hydraulx VFXにて映画『カリフォルニア・ダウン』(2015)、『X-MEN: アポカリプス』(2016)、『ジオストーム』(2017)などのプロジェクトに参加。帰国後はフリーランスとしてNHK大河ドラマや映画などのCG制作に参加し、2017年株式会社Barehand Modeling Studioを設立。現在は国内の様々なプロジェクトの背景CG制作に携わる
    www.barehandms.com

CGW:デジタル・フロンティアではどのようなお仕事をされていたのでしょうか。

一瀬:入社後は背景チームに所属し、背景モデルやプロップをつくっていました。最初の仕事は『鉄拳タッグトーナメント2』のOPムービーで、その後は主に遊技機系のCG制作をしていました。デジタル・フロンティアには2年ほど勤め、退職後はフリーランスとして活動を始めました。

CGW:退職後、他のプロダクションに転職せずフリーランスを選んだ理由は?

一瀬:デジタル・フロンティアは本当に良い会社でした。仲も良かったですし、何より会社組織として非常にちゃんとしているところで。ただ、しっかりした会社で安定して長く働く、と考えたときに、「自分の人生の大きなイベントって、もう結婚くらいしか残されていないのでは?」ということを考えるようになったんです。

CGW:なるほど。安定志向ではなく、挑戦しがいを求めていたということでしょうか。

一瀬:そうとも言えます。ちょうど同時期にフリーとしての案件のお話をいただいたこともあって、独立することにしました。その後は口コミでお仕事をいただきながら、2年ほど仕事をしていました。

CGW:基本は出向というかたちで?

一瀬:しばらく在宅のときもありましたし、プロジェクトごとにまちまちでしたね。私はお酒が好きなのですが、業界飲み会から仕事に発展することも多かったです。


一瀬氏の作品「moon」。地形作成ソフトウェアWorld Machineの検証のために制作したもの

CGW:その後、正式に事業化にいたったわけですが、当初から会社設立を視野に入れていたのですか?

一瀬:それが実は、そこから2年間はカナダのバンクーバーへ行っていたんです。当時はシンガポールで外資導入や産業振興のための税制優遇措置が取られていたことで、多くの会社がシンガポールに制作スタジオを構えていました。そのながれの次に来たのがバンクーバーで。「行ってみようかな」と思ったその日に渡航チケットを購入して、準備を始めました。

CGW:それはフットワークが軽いですね。語学などは問題なかったのですか?

一瀬:いや、それが全然ダメで。現地に行ってから語学学校を探したんです。普通は日本国内でエージェントを付けて学校と宿泊先を探して、というながれで進めるらしいのですが、私は全然準備が足らず......初日は空港から出るのも怖かったくらいです。その後、知り合いづてに住むところと学校を探して、半年間語学を勉強していました。ちなみにカナダは観光ビザで半年間滞在できるんです。その後ワーキングホリデービザを使えば、なんだかんだと1年以上は滞在可能で。その間に働き口が見つかれば良し、ダメでも良い経験になるかな、と思っていました。

CGW:普通の人が日本国内で済ませる準備を、現地に行ってから全てやっていたと。これだけでもなかなか大変だったと思いますが、その当時お仕事はどうされていたんですか?

一瀬:学校に通いながら、日本からもってきた仕事を現地でこなしていました。ただ、2 3ヶ月勉強してもまったく英語が話せるようにならず、漠然とした不安から、4ヶ月目に就活を始めました。海外の就職活動は、ポートフォリオを送ってから返事が来るまでに半年から1年かかるのがザラなんです。ただ、私の場合はタイミングが良かったのか、翌日に返事をもらえて、さらにその翌日面接に行って内定をいただきました。それがHydraulxです。

CGW:通常は半年以上かかるところが翌日、というのはずいぶん急ですね。語学学校にもまだ通っていたんですよね?

一瀬:私も驚きました。これは本当にタイミングですね。しかも「次の日から出社してほしい」とまで言われてしまって。さすがに2 3週間ほど猶予をいただいてから入社し、いくつか映画のプロジェクトに参加しました。ただ、個人的な事情もあり、結果的には2年ほどで日本に戻ることになりました。これが2016年ごろでしたね。そこから会社をつくろうと思い税理士を見つけて、すぐに起業しました。


CGW:Barehand Modeling Studioを起ち上げてからは、どのようなお仕事をされているのでしょうか。

一瀬:基本はフリーのときと同じで、主にCMや映画、ゲームなどプリレンダームービーの背景制作が中心です。背景制作というのは、映画などの場合"コンセプトアートを立体に起こす作業"です。セットがある場合はその写真も送られてきますが、それ以上の細かい指定はあまりないので、想像力が必要ですね。

CGW:背景専門のCG会社という位置づけでしょうか? 最近は特化型のスタジオも増えているような印象があります。

一瀬:今のところはそうですが、キャラクター周りなど、もっと人が増えたらチャレンジしたいことはあります。

CGW:ちなみに、社員数は現在何名でしょうか。皆さん背景専門アーティストですか?

一瀬:今は私を含めて3名です。2017年1月に会社を設立して、その年の4月に新卒の子が1人来てくれて。これも経緯が複雑なんですが、会社設立前に少しModelingCafeにお世話になっていたことがあったんです。社員としてではなく、たまたまModelingCafeが代官山オフィスに引っ越すときに、空いた場所を代表の岸本(浩一)さんの好意で間借りさせてもらったかたちでした。そのときModelingCafeに採用予定だった新卒の子に仕事を教えたのが縁で、弊社に来てもらえることになって。ちなみにもう1人のスタッフも元ModelingCafeで、背景チームのコアメンバーだった方です。

CGW:ModelingCafeさんとずいぶん親交がおありなんですね。今も新人募集などはしているのでしょうか。

一瀬:もともとModelingCafeに背景チームをつくるときに声をかけていただいたりと、以前からお世話になっていますね。弊社も欲を言えばスタッフ増強を、とも思うのですが、今の東北沢オフィスは我々3人と外注さんでもういっぱいいっぱいで......もう少し安定したら、引っ越しなどのタイミングで会社規模を大きくしていきたいですね。

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<2>背景づくりのコツは、カメラと画角を意識すること

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<2>背景づくりのコツは、カメラと画角を意識すること

CGW:チュートリアル動画を公開されるとのことで、実際の作業について少しお伺いしたいと思います。長年背景モデリングをやっていらっしゃいますが、最も大切にしている要素は何でしょうか。

一瀬:やはりシルエットでしょうか。ブラッシュアップは誰でもある程度はできるようになりますが、画的に格好良くオブジェクトを配置するという最初のレイアウト作業は、かなり経験が問われます。私もすごく慎重に作業する部分です。あとはカメラですね。コンセプトアートの絵から画角を割り出すとき、大体こういう風景でこれくらいのパースだったらこれくらいの画角かな、というのをパッと判断できると良いと思います。


CGW:コンセプトアートからの画角の割り出し、というのはどのようにやっていらっしゃるのでしょうか。

一瀬:割り出すという言葉は少し正確ではなくて、数値として感覚的に掴むような印象でしょうか。基本的に50mmを基準に作業をするのですが、それが35mmなのか20mmなのか、70mmなのか。とにかく画角を最初にキッチリと決めるのが大切なんです。なぜかと言うと、背景の場合はつくる範囲が広いじゃないですか。最初にコンセプトアートからカメラの意図を汲み取って空間の広さをきっちり決めておかないと、これを後から修正するのは困難なので、工数が大幅に変わってくるんです。

CGW:確かに、背景のように広い空間をつくる場合、最初から全体像を把握して作業範囲を規定しておくことは重要だと思います。カメラの画角は経験則で決められるのでしょうか。

一瀬:そうですね。例えば下から戦艦を見上げるカットならば望遠を使いたいんじゃないかとか、室内なら広角とか、レイアウト作業をしない人だと意識していない部分も多いかも知れませんが、状況に応じて必要な画角が存在するんです。


「mech star」。仕事で作成したモデルをアレンジした作品

CGW:他に制作時に心がけていることはありますか?

一瀬:マインド的なところで言うと、「自分が楽しくないと意味がない」というのが信条です。CGについては、専門学校に通っていたころは自分が一番できると思っていたんです。でも、仕事を始めるとまったくそんなことはなくて。同期にもすごい人はいるし、SNSでもすごい人の存在が見えてしまう。正直、会社に入ってから1年ほどはCGをやめたいと思っていました。

CGW:着実にキャリアを積んでいるように見えても、実際は悩みながらだったと。

一瀬:はい。でも、ある日「気にしても仕方ないな」と思い直して。まずは自分でできることを着実にやろうと思って、少しずつ努力を始めました。そうすると次第にフリーでも依頼してくれる方が見つかったりして。あとは私がバンクーバーに行ったのも、「行ったら楽しそうだと思った」というシンプルな理由だったんですね。

CGW:渡航しようと決めた日にチケットを購入された、というお話もありましたね。

一瀬:はい、基本的に海外に行く人は意識が高いというか、別にCG関係者だけではなく皆さんそうですが、そういうイメージがあるじゃないですか。「絶対に海外で仕事を見つけるんだ」とか、「ハリウッド映画に携わるまでは帰らない」といったような自分の定めた目標に苦しめられている人が多くいました。私の場合は海外で一番意識が低かったというか、今回の渡航で仕事が見つからなくても楽しければ良いだろうくらいに考えていて。これからの世代のアーティストに一言申し上げるのであれば、「誰かと比べたり、自分の枷で自分を苦しめるのではなく、楽な気持ちでやった方が良い」という感じでしょうか。もちろん、そこにはきちんと責任をもって。


CGW:ありがとうございました。最後に、これから公開される動画チュートリアルの内容について教えてください。

一瀬「背景モデリングTips&Technique」というタイトルで、1回15分程度、全9回のチュートリアルです。ひとつの要素を深掘りするというよりは、私の実作業の全体的なながれを紹介するかたちです。2012年に私が3DTotalに投稿した作品のデータを基に作業をしていきます。テーマとしては「Mayaだけでできる3DCG制作」といった感じで、例えば当時のレンダラはmental rayでしたが今回はArnoldを使っていたり、他にもペイントエフェクトなどMayaの標準機能だけを使って解説しています。学生さんでも、Mayaを触れる環境にあれば、すぐに実践できると思います。

今回のチュートリアルの題材となる一瀬氏の作品

CGW:最後に、読者に向けてメッセージがあればお願いします。

一瀬:動画チュートリアルで使用している素材は、発表当時にも「メイキングが見たい」という声があったものでした。当時はそれができませんでしたが、今回の企画でようやく形になりました。当時はなかったArnoldなどの設定にも触れています。基礎的な解説をシンプルにつくっているので、すぐに仕事に活かせる情報もきっとあると思います。ぜひ参考にしていただければ幸いです。

CGW:ありがとうございました。



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