画家として活動する一方で、四半世紀にわたり多くの人たちにデッサンやクロッキーを教えてきた高見政良氏。同氏が2000年に開設したSTUDIO・t23は、芸術・美術大学の受験用デッサンではなく、アニメーター、漫画家、3DCGアーティストなどの仕事に役立つ、基礎画力向上のためのデッサンとクロッキーを教えている。そこでは、プロを目指す学生と、既に仕事をしているプロが、肩を並べて画力向上に励んでいる。なぜ、プロになってまでデッサンやクロッキーを続けるのか、続けることで何が得られるのか、高見氏に話を聞いた。

TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

受験用デッサンが上手くても、基礎画力が高いとは限らない

CGWORLD(以下、C):手はじめに、デッサンやクロッキーを教えるようになった経緯を話していただけますか?

高見政良氏(以下、高見):25年ほど前、東京デザイナー学院で、色々な学科の人を対象に基礎デッサンなどを教えるようになったのです。5年くらい経った後、主にアニメーション科の学生をみるようになりました。当時のアニメーションは手描きが中心でしたが、徐々に3DCGも使われるようになり、僕自身もSTRATA STUDIOを使ってみたりしましたね。当時からモデルさんを見ながらデッサンをする授業はあったのですが、「ちゃんと動きのあるポーズを描けるようになりましょう」と提案し、人体クロッキーの授業を立ち上げました。以来20年以上、東京デザイナー学院では人体クロッキーを教えています。

  • 高見政良
    画家/美術講師

    1948年生、青森県出身。画家として活動する一方、四半世紀にわたり基礎画力向上のためのデッサンとクロッキーの指導に携わる。2000年、絵画やクロッキーを教える「STUDIO・t23」を三鷹に開設。東京デザイナー学院、東京ネットウエイブ‎、日本アニメーター・演出協会(JAniCA)、 NPO法人 アニメーター支援機構、feel.、ダンデライオンアニメーションスタジオなどでも指導にあたる。日本美術会会員。日本美術解剖学会会員。
    studio-t23.com


C:デッサンとクロッキーのちがいを、改めて教えていただけますか?

高見:デッサンは短くても2∼3時間、長い場合は6時間、12時間がかりで、対象をじっくり観察しながら描写します。クロッキーの場合は、5∼10分、長くても20分くらいで描き上げます。クロッキーは描く時間が短いので、モデルさんは動きのあるポーズを取れますし、受講者は数多くのポーズを描写できます。東京デザイナー学院のクロッキーでは、ヌードのモデルさんを描くことが多いですね。人体クロッキーの授業を立ち上げてからは、アニメーションだけでなく、漫画やゲーム専攻の学生も受講するようになりました。今ではそちらの学生の方が多いです。人体クロッキーを教えるなら美術解剖学も必要だろうと思い、独学から始め、教えるようにもなりました。何年か後、東京藝術大学 美術解剖学研究室の布施英利先生を招いた講座を企画したりもして、少しずつ勉強を重ねています。

▲高見氏による人体デッサン


▲高見氏による人体クロッキー


C:ヌードモデルを相手にクロッキーできる場は貴重ですね。

高見:だと思います。そうこうするうちに、日本アニメーター・演出協会(以下、JAniCA)から、「クロッキー会をやりたいので、講師を請け負ってもらえませんか?」という依頼をいただきました。そこから色々な出会いがあり、NPO法人 アニメーター支援機構が支援している新人アニメーターや、feel.のアニメーターにも教えるようになりました。

C:feel.の場合は、社内クロッキー会の講師を務めているということでしょうか?

高見:そうです。だいたい月2回のペースで実施しています。2017年からは、専門学校の東京ネットウエイブダンデライオンアニメーションスタジオ(以下、ダンデライオン)でも教えています。

C:ダンデライオンは、3DCGとデジタル作画を手がけるアニメーションスタジオですね。3DCGのモデラーやアニメーターにも、人体クロッキーを教えているのでしょうか?

高見:はい。代表の西川和宏さんは、若いのにしっかりした考えをお持ちの方で、「アメリカのアニメーションスタジオでは、仕事をしながら勉強することが当たり前の習慣になっていると聞きます。当社でも、それを取り入れてみたいです」とおっしゃいました。アメリカのアーティストは、2D、3Dを問わず、学生の頃から日常的に人体クロッキーをやっているそうです。

C:その話は、私もアメリカやカナダで働く日本人アーティストから聞いたことがあります。日本でも、人体クロッキーをやる学校や会社が少しずつ増えているわけですね。

高見:「クロッキー会」と称してはいますが、しっかりと人体をデッサンする機会も織り交ぜるようにしています。全身の形や内部の構造を理解するためには、じっくり観察することも必要です。

C:芸術・美術大学の受験用デッサンと、高見先生が教えるデッサンは何がちがうのでしょうか?

高見:受験用デッサンの場合は、形を観察することは二の次で、受ける大学に合わせたテクニックを学びます。

C:どこそこ大学の日本画に合格するテクニック、どこそこ大学の油絵の先生が好む描き方といった感じでしょうか?

高見:そうです。そうやってテクニックを学んでも、形を見る目や、パース、空気遠近法、人体に関する知識などが身に付いていなければ、仕事に役立つ絵は描けないのです。実際、「美術大学を卒業したけれど、デッサンの勉強をやり直したい」と言って、私のアトリエに通ってくる人もいるんですよ。「見る」とはどういうことか、「描く」とはどういうことかを、デッサンを通してしっかり身に付けないと、ものづくりに役立てることはできないと思います。

▲STUDIO・t23で、デッサンを指導中の高見氏。取材に伺ったのは平日の日中だったが、現役アニメーターが黙々とデッサンに励んでいた


▲STUDIO・t23の受講生(植永知子氏)による石膏デッサン。【左】は「男の足(石膏)」、【右】は「ブルータス大胸像」


C:受験用デッサンが上手いからといって、仕事に役立つ基礎画力が高いとは限らないわけですね。

高見:例えばアニメーターの場合、基礎画力がないと原画は務まりません。動画のうちは、原画の中割りをすればお金をもらえますから、基礎画力がなくても務まります。ところが原画にステップアップすると、自分でゼロから考えて、2次元の紙の中に3次元を表現しなければいけません。キャラクターと背景の関係、時間による変化まで考える必要があるので、原画になった途端に収入が下がり、辞めていく人がすごく多いのです。今も近所のアニメ会社の人が、休息を装って会社を抜け出し、毎日1時間くらいデッサンをやりに来ています。

C:必死ですね。

高見:描けないと食えませんからね。

C:仕事で毎日絵を描き続けても基礎画力は上がらないというのは、何とも皮肉ですね。

高見:feel.の場合も、ただ動画を描くだけでは原画や作画監督、演出が育たないということで、教えにいくようになったのです。

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仕事をしながら勉強することが、今後は当たり前になる

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仕事をしながら勉強することが、今後は当たり前になる

C:2Dのアニメーターと、3DCGのモデラーやアニメーターとでは、勉強する内容は変わるのでしょうか?

高見:僕が教えていることは基礎の基礎なので、特に分けて考えていません。ただ、僕自身も3DCGをやってみて、ものの形を捉える力が重要だと感じました。3DCGの場合、光の表現はソフトウェアがやってくれますが、現実の立体をモデリングし、2次元の画としてレンダリングする場合には工夫が必要です。その工夫の仕方は人によってちがっていて、それが個性だと思うのです。

C:その個性が際立ってくると、作家性と呼ばれるものになるのでしょうか?

高見:そうです。それが到達点だと思っていますが、まずは基礎をしっかり身に付けましょうという指導をやっています。

C:美術解剖学はどうやって教えているのでしょうか?

高見:骨や筋肉は、実際には見えないわけです。だから解剖図を使って説明して、まずは覚えてもらう必要があります。人体クロッキーの上にトレーシングペーパーを乗せて、骨を描き込み、さらにその上から筋肉を描き込んでもらうこともありますね。とはいえ、たくさん描かないと描けるようにはなりません。繰り返し解剖図やモデルさんを見て、繰り返し描いていくなかで、少しずつわかってくるのです。

C:トレーシングペーパーを使うというのは、いいアイデアですね。直感的で、理解が進みそうです。

高見:JAniCA主宰のクロッキー会で教える際には、美術解剖学の講座と、実際にモデルさんを見ながらの人体クロッキーを組み合わせています。「今日は頭部の骨」というようにテーマを決め、頭部の骨について勉強してから、モデルさんの頭部を描くわけです。やっぱり描かないと覚えられないですからね。

▲JAniCA主宰のクロッキー会での、美術解剖学の講座風景(写真提供:高見政良氏)


  • 高見氏によるデッサン。人体クロッキーの上から骨格を描き込んでいる


C:feel.やダンデライオンのように「社内でクロッキー会をやりたい」と思う会社はほかにもあると思うのですが、実際にやる場合、どんなことが課題となりますか?

高見:アニメーターにしろ、3DCGのアーティストにしろ、すごく忙しい人たちなんですよ。クロッキー会に参加したいけど、仕事が忙しくて参加できないということが頻繁に起こるのです。女性でお子さんがいる方だと、子供のお迎えがあるから参加できないという場合もあります。そういう人でも参加しやすいように、始業前に開催するとか、1回あたりの時間を短くして回数を増やすとか、工夫が必要だと思っています。

C:勉強できる場を設けても、目の前の仕事に追われて参加できないというのは悩ましいですね。

高見:特にアニメーターの給料は出来高制なので、仕事の絵を描かないと収入が下がってしまいますからね。それでも、仕事をしながら勉強することが、今後は日本でも当たり前になると思います。それを保証できる会社の方が、良い人を集めやすくもなるでしょう。

C:一方で、現役の学生の場合は、デッサンやクロッキーのような地味な反復練習を嫌がる人が多いように思うのですが、如何でしょうか?

高見:嫌がる人はいっぱいいますね(笑)。仕事に就いてから重要だったと気付くのですが、学生の間はなかなか伝わらないです。どこでも、全体の1/5くらいは一生懸命に勉強していて、1/5くらいは「まあ、勉強しようかな」、2/5は「ちょっと勉強しようかな......」という感じで、残りの1/5は「............」といった調子です。

C:半分以上の学生が、あまり勉強する気がないというのはもったいないですね。

高見:学校では人体クロッキーのサークルの面倒も見ており、学生からモデル代として1人1,000円くらいずつ集めるのですが、希望者が少なく、モデル代を捻出できないという場合もあります。それでも熱心な学生には勉強させてあげたいですから、僕が補填することもありますね(苦笑)。

C:たいへんなお仕事ですね。

勉強も仕事も楽しめることが一番大事

C:基礎画力のない人が、ある程度仕事で評価されるレベルの画力を身に付けるまでに、どのくらいの時間がかかるものでしょうか?

高見:早稲田大学のアニメーション研究会の学生で、2年生から4年生までの3年間、毎週土曜日に1回あたり6時間くらい描き続けた人がいましたね。その人は、今はアニメーターとしてばりばり仕事をしています。そういう人はちゃんと勉強するし、コミュニケーション能力が高い場合が多いので、原画や演出になるのも早いですね。このスタジオの受講生の中には、今ではアニメの監督になっている人も何人かいて、その中の1人は「ある程度描ければ、アニメーターにはなれます。アニメーターになって、何がしたいのかが大事なんです。キャラクターデザインをやりたいとか、監督になりたいとか、そいう意志をもっていないと続けられないですよ」と言っていました。

C:最後に、今後の抱負を聞かせていただけますか?

高見:デッサンやクロッキーの勉強ができる場を維持していきたいというのが、一番の思いですね。若い人の数が減っていることもあって、一時期ほどには人が集まらなくなっているのです。それでも、仕事の合間を縫って1時間だけ描きに来てくれる人もいるわけです。そういう人たちが勉強できる場は必要だと思うし、継続させたいと思います。

C:そういう人たちは、このアトリエでの勉強を経て、さらに良い仕事をするようになるでしょうね。今後もアトリエが継続することを願っています。

▲STUDIO・t23や、JAniCA主宰のクロッキー会に通う加藤朱佳氏による人体クロッキー。【左】は約1年半前、【右】は最近のもの。以前は週末のたびに他県の実家から通っていたが、今はSTUDIO・t23の近くに部屋を借り、毎日デッサンやクロッキーを描きながらアニメーターを目指しているという


高見:以前、ゲーム会社で3年間デザイナーをやってきた人が、会社を辞め、1年半くらいこのアトリエに通ってくれたことがありました。仕事をやるなかで「デッサン力が足りない」と思ったそうで、毎日デッサンとクロッキーをやり、仕事に復帰していきました。今では人気ゲームのキャラクターデザイナーをしているのですが、このアトリエで学んだことが自信になっているんじゃないかと思います。その人は、今でも時々クロッキーをやりに来てくれるのですが、「勉強した方が良いと周りの人に言っても、仕事をしながら勉強する人はほとんどいないです。でも欧米では、仕事をしながら勉強することが当たり前のライフスタイルになっています。だから日本は欧米に逆転されつつあるのだと思います」と言っていました。

C:そのキャラクターデザイナーにしろ、先ほどのアニメの監督にしろ、勉強や仕事に対する意気込みがすごいですね。

高見:昔も今も、彼らは勉強と仕事を楽しんでいますね。楽しくないと、勉強も仕事も続かないのだろうと思います。そういう意味では、勉強も仕事も楽しめることが一番大事なのだろうと思います。誰もが、そうなってほしいと願っています。