>   >  「Houdiniは実は簡単なんだ、と伝えていきたい」現役Houdinist、講師、副社長の3つの面から語る秋元純一のアーティスト人生(後編)
「Houdiniは実は簡単なんだ、と伝えていきたい」現役Houdinist、講師、副社長の3つの面から語る秋元純一のアーティスト人生(後編)

「Houdiniは実は簡単なんだ、と伝えていきたい」現役Houdinist、講師、副社長の3つの面から語る秋元純一のアーティスト人生(後編)

業界屈指のHoudinistとして名高いトランジスタ・スタジオ秋元純一氏の、動画チュートリアル「Houdini COOKBOOK +ACADEMY」開講を記念した本インタビュー。先週公開した前編では、ユニークな父親の下でものづくりの経験と知識欲を培った少年時代から、専門学校でのHoudiniとの出会いまでを紹介した。後編となる今回は、トランジスタ・スタジオ入社から現在までのあれこれと、アーティスト、講師、副社長というそれぞれの立場からみたHoudiniへの思いを語ってもらった。

INTERVIEW_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota


「Houdini COOKBOOK +ACADEMY」公式サイト

<1>専門学校からインターンを経て、トランジスタ・スタジオに入社

CGWORLD(以下、CGW):専門学校で坪川拓史先生(現・Digital Domain FXスーパーバイザー)の授業を受けてHoudiniにのめり込み、坪川先生が海外に戻られた後授業を担当されたのがトランジスタ・スタジオ(以下、トラスタ)社長の宮下(善成)さんでした。これがトラスタとの最初の接点になるわけですね。

秋元純一氏(以下、秋元):そうなんですが、これが全然面白くなかったんですよ、宮下の授業(笑)。結構、学生に投げちゃう人で。課題を提示して、もう寝てるんですよ、文庫本抱えながら。

CGW:なんと!(笑)

秋元:「先生、これ、どうやるんですか」って聞いても、ちょっとわからない、ということもあって。しょうがないから、自分で調べて課題を制作していました。ただ、そのうちに宮下から「うちにHoudiniがすごくできる子がいるから、遊びに来てみない?」って声をかけられたんですね。高橋正教さんといって、後々上司になる方なんですけど。それがきっかけでトラスタにインターンシップに行くようになって、そのまま働き始めたんです。

CGW:宮下さんもやっぱり気にかけていたんですね。

秋元:どうなんでしょうね。当時、Houdiniできる子自体、あまりいなかったと思うので。会社にもライセンスが2人分くらいしかなくて。ただ、当時宮下も次第に実務から管理側に移りつつある時期だったので、若い子を探していたんでしょうね。高橋もプロシージャルな考え方が身に付いていて、Houdiniとはこうあるべきだと、すごく教えてもらいました。なおかつ、すごい酒飲みだったんですよ。毎晩のように飲み歩いていました。

CGW:じゃあ、専門学校の後半あたりはもうそんな感じで、半分インターン、アルバイトをしつつも、こちらの会社にということですか。

秋元:そうです。後半はずっとトラスタにいましたね。インターンシップながら打ち合わせなどにも同行していましたし。結構、1人でがっつりやっていました。そのまま、2006年に学校を卒業して、社員になって。

CGW:当時のHoudiniは、どんな立ち位置だったんでしょうか?

秋元:ちょうど日本法人がなくなった頃で、打ち合わせに行っても「Houdini? 何それ?」みたいな反応が多かったですね。

CGW:そんな中でも、東京マルチメディア専門学校ではHoudiniのコースがあり、しかも御社ではHoudiniを仕事で使われていたわけですよね。今から考えれば、すごく先進的ですね。

秋元:デジタルハリウッドでも1998年頃にHoudiniのコースができて、宮下が教えていたんですよ。業界にHoudini人材がばっとばらまかれた時代です。でもそこから生き残って活躍されていたのは3~4人くらいだったんじゃないでしょうか。僕がトラスタでインターンをしていた頃、ちょうど映画『スチームボーイ』(2004)の制作でHoudiniが使われていて、うちのスタッフも出向していました。その現場には日本のHoudini使いが集結していましたが、それでも少なかったですね。僕が知る限りでもHoudiniをがっつり毎日使っているような人は、2005~2006年当時でも、10人いなかったんじゃないかなと思います。

CGW:まさに「ロックではてっぺん取れないかもしれないけども、ボサノバなら取れるかもしれない」(※前編参照)という状況だったんですね。

秋元:ボサノバよりもずっとマイナーでしたね。日本語の文献も皆無に等しかったし、調べようもない。「これどうしましょうか」「もう力業でいくか」といった話を、高橋と良くしていました。本当に難しかったですね、Houdiniを使っていくのは。

CGW:特にHoudiniは他のDCCツールとちがって、スクリプトも自分で組む必要がありますよね。

秋元:うーん、もっと書ければよかったなとは思いますが。そもそも、今でもスクリプトがあまり得意じゃないんですよね。

CGW:そうなんですか。

秋元:必要に迫られたら何とか頑張りますが、Houdiniを使っている人間の中では、わりと珍しいタイプだと思います。もともと、画龍の早野海兵さんにすごく憧れていたんです。CGを完全にツールとして使っているスタイルが良くて。こうあるべきだと、ずっと思っていて。Houdiniをやっていると、どうしても「Houdiniだから」という感覚に陥るんですよ。

CGW:ツールの特性にどうしても引っ張られちゃいますよね。

秋元:Houdiniは、積み上げていくような感じで使う人が多いんです。プロセスを説明したがるんですね。僕もそうなっていて。「これ、Houdiniだとこうなんだよな」という。よくよく考えると、ただの言い訳なんですけど。早野さんは、そんなこと関係ないんですよね。つくりたいものがあるから、じゃあ、これをこう使うといった感じで。そこで最近では考え方を変えて、つくりたいものをベースに考えるようになりました。スクリプトを書かないというのも、その1つです。必要だったら、誰かに頼めば良い。餅は餅屋というわけです。むしろ「自分がスクリプトを書かなくてもいいようにするには、どうしたらいいか」を考えています。

CGW:当時、Houdiniの案件にはほとんど関わられていたんでしょうか?

秋元:そんなことはないと思いますけど、どうだったかな。そもそもHoudiniの案件自体が、あまりなかったかもしれないですね。

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<2>転機となったミュージックビデオ制作

Profileプロフィール

秋元純一/Junichi Akimoto

秋元純一/Junichi Akimoto

株式会社トランジスタ・スタジオ 取締役副社長
2006年に株式会社トランジスタ・スタジオに入社。専門学校時代よりHoudiniを使用し続け、現在CGWORLD.jpにて「Houdini Cook Book」を連載中

スペシャルインタビュー