業界屈指のHoudinistとして名高いトランジスタ・スタジオ秋元純一氏の、動画チュートリアル「Houdini COOKBOOK +ACADEMY」開講を記念した本インタビュー。先週公開した前編では、ユニークな父親の下でものづくりの経験と知識欲を培った少年時代から、専門学校でのHoudiniとの出会いまでを紹介した。後編となる今回は、トランジスタ・スタジオ入社から現在までのあれこれと、アーティスト、講師、副社長というそれぞれの立場からみたHoudiniへの思いを語ってもらった。

INTERVIEW_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota


「Houdini COOKBOOK +ACADEMY」公式サイト

<1>専門学校からインターンを経て、トランジスタ・スタジオに入社

CGWORLD(以下、CGW):専門学校で坪川拓史先生(現・Digital Domain FXスーパーバイザー)の授業を受けてHoudiniにのめり込み、坪川先生が海外に戻られた後授業を担当されたのがトランジスタ・スタジオ(以下、トラスタ)社長の宮下(善成)さんでした。これがトラスタとの最初の接点になるわけですね。

秋元純一氏(以下、秋元):そうなんですが、これが全然面白くなかったんですよ、宮下の授業(笑)。結構、学生に投げちゃう人で。課題を提示して、もう寝てるんですよ、文庫本抱えながら。

CGW:なんと!(笑)

秋元:「先生、これ、どうやるんですか」って聞いても、ちょっとわからない、ということもあって。しょうがないから、自分で調べて課題を制作していました。ただ、そのうちに宮下から「うちにHoudiniがすごくできる子がいるから、遊びに来てみない?」って声をかけられたんですね。高橋正教さんといって、後々上司になる方なんですけど。それがきっかけでトラスタにインターンシップに行くようになって、そのまま働き始めたんです。

CGW:宮下さんもやっぱり気にかけていたんですね。

秋元:どうなんでしょうね。当時、Houdiniできる子自体、あまりいなかったと思うので。会社にもライセンスが2人分くらいしかなくて。ただ、当時宮下も次第に実務から管理側に移りつつある時期だったので、若い子を探していたんでしょうね。高橋もプロシージャルな考え方が身に付いていて、Houdiniとはこうあるべきだと、すごく教えてもらいました。なおかつ、すごい酒飲みだったんですよ。毎晩のように飲み歩いていました。

CGW:じゃあ、専門学校の後半あたりはもうそんな感じで、半分インターン、アルバイトをしつつも、こちらの会社にということですか。

秋元:そうです。後半はずっとトラスタにいましたね。インターンシップながら打ち合わせなどにも同行していましたし。結構、1人でがっつりやっていました。そのまま、2006年に学校を卒業して、社員になって。

CGW:当時のHoudiniは、どんな立ち位置だったんでしょうか?

秋元:ちょうど日本法人がなくなった頃で、打ち合わせに行っても「Houdini? 何それ?」みたいな反応が多かったですね。

CGW:そんな中でも、東京マルチメディア専門学校ではHoudiniのコースがあり、しかも御社ではHoudiniを仕事で使われていたわけですよね。今から考えれば、すごく先進的ですね。

秋元:デジタルハリウッドでも1998年頃にHoudiniのコースができて、宮下が教えていたんですよ。業界にHoudini人材がばっとばらまかれた時代です。でもそこから生き残って活躍されていたのは3~4人くらいだったんじゃないでしょうか。僕がトラスタでインターンをしていた頃、ちょうど映画『スチームボーイ』(2004)の制作でHoudiniが使われていて、うちのスタッフも出向していました。その現場には日本のHoudini使いが集結していましたが、それでも少なかったですね。僕が知る限りでもHoudiniをがっつり毎日使っているような人は、2005~2006年当時でも、10人いなかったんじゃないかなと思います。

CGW:まさに「ロックではてっぺん取れないかもしれないけども、ボサノバなら取れるかもしれない」(※前編参照)という状況だったんですね。

秋元:ボサノバよりもずっとマイナーでしたね。日本語の文献も皆無に等しかったし、調べようもない。「これどうしましょうか」「もう力業でいくか」といった話を、高橋と良くしていました。本当に難しかったですね、Houdiniを使っていくのは。

CGW:特にHoudiniは他のDCCツールとちがって、スクリプトも自分で組む必要がありますよね。

秋元:うーん、もっと書ければよかったなとは思いますが。そもそも、今でもスクリプトがあまり得意じゃないんですよね。

CGW:そうなんですか。

秋元:必要に迫られたら何とか頑張りますが、Houdiniを使っている人間の中では、わりと珍しいタイプだと思います。もともと、画龍の早野海兵さんにすごく憧れていたんです。CGを完全にツールとして使っているスタイルが良くて。こうあるべきだと、ずっと思っていて。Houdiniをやっていると、どうしても「Houdiniだから」という感覚に陥るんですよ。

CGW:ツールの特性にどうしても引っ張られちゃいますよね。

秋元:Houdiniは、積み上げていくような感じで使う人が多いんです。プロセスを説明したがるんですね。僕もそうなっていて。「これ、Houdiniだとこうなんだよな」という。よくよく考えると、ただの言い訳なんですけど。早野さんは、そんなこと関係ないんですよね。つくりたいものがあるから、じゃあ、これをこう使うといった感じで。そこで最近では考え方を変えて、つくりたいものをベースに考えるようになりました。スクリプトを書かないというのも、その1つです。必要だったら、誰かに頼めば良い。餅は餅屋というわけです。むしろ「自分がスクリプトを書かなくてもいいようにするには、どうしたらいいか」を考えています。

CGW:当時、Houdiniの案件にはほとんど関わられていたんでしょうか?

秋元:そんなことはないと思いますけど、どうだったかな。そもそもHoudiniの案件自体が、あまりなかったかもしれないですね。

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<2>転機となったミュージックビデオ制作

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<2>転機となったミュージックビデオ制作

CGW:また、かつての秋元少年はハリウッドに憧れていたわけですよね。その一方でこれまでの代表作を見ると、ミュージックビデオが中心となっていますが・・・

秋元:ハリウッドへの情熱は、働き始めてすぐに消えました。最初は「今の仕事を足がかりにアメリカに行かなきゃ」くらいに思っていたんですが、それも薄れちゃって。だんだん自分の仕事が認知されていくに従って、Houdiniでしかできない仕事も増えていきましたし。結構、特殊な案件が多かったんですね。

CGW:Houdinistとして活躍し始めた。

秋元:例えばamazarashiのMVも、別にHoudiniでなくても制作できたのですが、納期と物量を考えると、それ以外の選択肢がなかったんです。MVで1本5分くらい尺があるものに対して、たった1人で150カットのエフェクトを2週間でつくる、といったような。そんな風に他のソフトだと難しいことでも、Houdiniだとアセットを組めば対応できたりして。結構、何とかできたんですね。それらが良い感じに回りだしたんですよ。

CGW:まさに、はまったわけですね。

秋元:特に最初の『夏を待っていました』(2010)というMVは、会社に内緒でつくっていたんです。当時いた森江(康太、現・株式会社MORIE代表)と2人で、会社にばれないように。別に、そんなことで怒られるような会社じゃないんですが、あまり良くないだろうということで隠してやっていたら、賞を獲っちゃった(※)んですよね。腹をくくって「会社に隠れてつくっていたのが賞を獲っちゃいました」と話したら、宮下が「ええっ、すごいやん」と。次の案件からは、もう2人では無理な分量になったこともあり、会社として受け始めました。

※3DCG AWARDS 2010一般アニメーション部門最優秀賞、第14回文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門優秀賞、SIGGRAPH ASIA 2010 Animation Theater入選など

amazarashi 『夏を待っていました』

CGW:1作目で、わざわざ隠さなくてはいけなかった理由は何だったんでしょうか。

秋元:会社で受けられるような規模じゃなかったんです。にもかかわらず森江が先行してやっていて、「エフェクトパートで、こんなのがあるんだけど、純ちゃん、できる?」と言われて、僕も途中から参入していったんですね。

CGW:そうなんだ。興味があったんですか?

秋元:面白そうだなと思いましたし、やっているときも、すごく面白かったですね。ヒリヒリ感がすごくありました。尖った内容だったし、時間もないという状況で。

CGW:そういうときってアドレナリンが出ますよね。

秋元:そうなんですよね。本当に冗談抜きで、1週間で数時間しか寝られないほどでした。みんながゴールデンウィークで休んでいるときに、こっそり作業をしたりだとか。会社にばれないようにやらなきゃいけないので。

CGW:通常業務もこなしながらですよね。

秋元:結構トリッキーなやり方をしていましたね。その一方で、良い感じの表現も生まれて。あの頃は僕もめちゃくちゃ回転速度が速い時期で、ギラギラしていたんですよね。年中アドレナリンが分泌しているような状態でした。その頃からCGWORLDでもHoudiniで表紙グラフィックをつくったり、連載を始めたりしたんですよね。

CGW:本誌の連載開始は2010年8月からで、『夏を待っていました』も同年でした。しかも、後で伺うんですけども、2011年より学校の先生も始められて。

秋元:ちょうど当時、CGWORLDの編集長だった渡辺英樹さんが「活きのいい、若いHoudini使いはいないか?」と、ポリゴン・ピクチュアズで今FXスーパーバイザーをされている秋山知広さんに質問されたらしいんですね。そのときに自分や小松 泰()さんの名前を挙げてくれたらしくて。その後、渡辺さんと飲みに行くことになって、意気投合して。「ちょっと特集やってみる?」と......。

CGW:当時、まだ24~25歳ですよね。大抜擢じゃないですか。

秋元:そうですね。渡辺さんは渡辺さんで、若いときに早野さんにすごくかわいがってもらっていて。いろいろ良くしてもらったから、自分も若いやつを引き上げたい、といった思いがあったそうです。だからベテランを連載で使いたくなかったらしいんですよ。

CGW:新しい酒袋には新しい酒を入れろと。

秋元:自分も自分で熱い時期だったので。「じゃあやりますよ、連載。やらせてくださいよ」といった感じで。ただ、Houdiniって、どうやって誌面を組んでいったら良いかわからないから、とりあえずテストで特集を組もうかと。

CGW:いや、テストで特集組みませんけど、普通はね。

秋元:渡辺さんはそんな風に、すごく先進的なところがありましたね。それが多分、誌面に僕の顔が載った最初だったと思います。そこから少しして、連載の方も始まって。


  • 秋元氏が初めて本誌に登場したインタビュー記事(CGWORLD 2010年6月号 vol.142 第2特集「Houdiniチュートリアル」より)


本誌連載「Houdini Cook Book」の第1回(CGWORLD 2010年10月号 vol.146

CGW:もう連載も8年になりますが、長く続けていくコツはあるんですか。

秋元:締切を守らなくても許してもらえる担当に出会うことですね(笑)。締切を守ったことは1回もないんです。ただ、落とさずには続けています。僕は本当のデッドラインを知っちゃうと、そこに照準を合わせちゃうタイプなんです。今はWebに連載が移行したので、だいぶ状況が変わりましたけどね。

CGW:連載のテーマなり、連載を通して表現しようと思っていることはありますか?

秋元:最初はガッチリと打ち合わせをしていましたが。途中で「これは終わらないぞ」とに気付いて、やり方を変えていきました。今ではその1ヶ月で記憶に残ったものをつくることが多いですね。本当は早野さんみたいに好きなテーマでパパッとつくりたいんですけど。その一方で新しい制作フローを紹介することも大切。そのバランスを考えると、テーマがかなり限定されてきちゃうんですよね。そこが毎回、悩ましいところです。

CGW:なるほど、確かに。

秋元:だから、書きはじめたら早いんです。1~2日しかかかっていないんですよ。ただ、何をつくるか決めるまでが長くて、1ヶ月くらいかかります。実際、締切間際になると、いつもすごく貧乏揺すりをしているんですよ。ウロウロしたり、そわそわしたり。何かが降りてくるのを待つというか。

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<3>秋元流の専門学校講師術とは?

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<3>秋元流の専門学校講師術とは?

CGW:連載開始の翌年から専門学校の先生も始められましたね。

秋元:東京デザイナー学院から始まって、デジタルハリウッドが加わり、今ではデジタルハリウッドだけになりました。だんだんマンネリになってきたんです。

CGW:いやいや、まだ25~26歳ですよ?

秋元:僕のすごく悪い癖なんですけど、何か新しい仕事があって、話を聞きながら頭の中で算段を付けていって、「できるな」と思ったら、もう興味がなくなっちゃうんです。でも、これは良くないとは思っていたんですね。それで、何か新しいことをしたいなと考えていたときに、専門学校の話が来て。学校で教えたら、若い子から刺激を受けられるだろうし、自分でもノウハウを整理し直せるだろうからと、やることにしました。最初は面白半分でしたけどね。


CGW:そうしたら、どうでした?

秋元:あんまり面白くなかったですね(笑)。でも、まれに熱い学生がいたりすると、良いなと思います。その一方で、熱さを勘違いしている学生も、もちろんいたりして。でも、それなりに毎年何とかやっているなという感じです。

CGW:ずっと続いているのがすごいですよね。学校の先生って、時間がかかるわりにはお金が儲からないですし。

秋元:お金では考えていないですね。1~2年やって、もうやりたくないと思ったんですが、そこから目的を人材発掘に切り替えました。僕も実際、学校の先生に引き抜かれて今の会社に入ったわけで。面接をやるより確実じゃないですか。

CGW:そりゃ、そうですね。だって、ずっと見ているわけですからね。良い人は採れましたか?

秋元:何人か引っ張りました。もちろん、辞めていく人もいるんですけどね。

CGW:授業は、どんな感じで進めているんですか?

秋元:学校には申し訳ないですが、本当にふざけていると思いますよ。というのも、Houdiniの講義は、どうしても座学っぽくなるんです。それだと、面白くないと思うんですよね。だけど、やっぱり面白くないと授業に出てくれないので。

CGW:ご自身の経験からしてもね。

秋元:僕は、自分が学校にあまりちゃんと行かなかったから、ファニーな先生でいようと思っているんですよ。この先生、なんか砕けてるな、という。授業が例えば3時間あったとしたら、Houdiniの授業は実質1時間くらいしかやっていないです。残りの2時間は僕の漫談ですね。季節の話題を振ってみたり。

CGW:1クラス何人くらいなんですか?

秋元:25人くらいから始まって、だんだん来なくなって、最後は10人を切るくらいですね。

CGW:10人前後だと良さそうですが、25人とかだと、きつくないですか?

秋元:楽しいですよ。人前で話すのは嫌いじゃないので。あとは、例えば最初の授業だと、どんな学生がいるのか知りたいんですよね。専門学校の学生は年齢にも幅がありますから、経歴や出身を聞いたり。北海道だったら、北海道のどの辺? とか細かく聞いていく。学生も、まさかそこまで突っ込まれるとは思っていないので、そこで一気に距離感が縮まったりするんです。

CGW:はいはい。

秋元:わりと全国津々浦々行っているので、地理には詳しい方なんですよ。それこそ学生時代はヒッチハイクで日本全国を回ったりとかもしていましたしね。そんな風に聞いていくと、その子がどのくらいシャイな人間なのかとか、どのくらいこっち側に来られるのかがわかるんですよ。

CGW:最初に見極めちゃうんですね。

秋元:自分と目が合うかどうかとか。それを最初に見たいですよね。やっぱり前に出られない子の方が多いんですよ、この業界は。ギークな子が多いし。だから、クラス全体の温度感みたいなものを最初につかんで、そこから進めていきます。

CGW:相手のことをよくわからないと、教え方もわからないですもんね。

秋元:そうなんですよね。授業が始まる前に必ず雑談を挟んで、場をほぐして。じゃあ、そろそろやる? という感じで、Houdiniの授業を始める。

CGW:なるほど、面白いですね。

秋元:そんな感じなので、ある程度のながれは頭の中でできていますが、基本はアドリブです。毎回、何をやるとかも決めてないですし。そのときの状況に応じて、じゃあ、こういうのをやってみようか、というのが基本的なスタイルです。

CGW:なるほどね。その中でも良さそうな学生さんはいますか?

秋元:いるんですが、優秀だなと思う子は、最初から志望が決まっていたりするんですよね。だからこそ優秀ということなんですが。逆に、どこにも行くところがないという学生は、やっぱり落ちこぼれで。ただ、人間の成長はわからないじゃないですか。僕も落ちこぼれでしたから。だから僕の方針としては、人柄が明るければ採るという感じです。

CGW:やっぱり、そこは重要ですか。

秋元:そもそも明るくないと、僕の下でやっていくのはきついだろうと思うので。うちの会社は、根が明るいんですよ。派手なんですよね、基本的に。飲むぞ、という文化も結構あるし。そういうのが苦手な子は、やっぱり辞めていっちゃう。

CGW:クリエイティブ業界にしては珍しいですね。宮下さんの性格でもあるんですか。

秋元:そうですね。あんまりオタクな感じではないかもしれません。僕も今となっては、マンガとかめちゃくちゃ読みますし、わりとオタクな感じだなと思いつつも、性格はそんなに暗くない方だし。その一方で、最近の子は明るいけどおとなしいという印象ですね。

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<4>「1人の天才」から「組織」で回す時代にCG業界を変えていきたい

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<4>「1人の天才」から「組織」で回す時代にCG業界を変えていきたい

CGW:そろそろ、秋元さんのこれからについてお伺いしたいんですが。今の目標は何でしょうか?

秋元:実務的なところは、ひととおり満足しちゃっていて。そもそも、CGクリエイターとしては中堅ですけど、会社の立場的にはちがうじゃないですか。

CGW:副社長ですもんね。

秋元:もちろん今でも現役で手を動かしているんですが、どちらかというと、中堅が若手と一緒にプロジェクトを回してくれているのが、すごく良いなと思っていて。昔の自分の立場になっている中堅たちがいて、イズムを継いでくれていたりもするので。そんなふうに組織固めをしながら、会社を成長させていきたいんですよ。その上で、今の中堅たちの手が空くようになったら、彼らと自分とで何かをつくりたいな、という感じですね。

CGW:クリエイターではなくて、すでに会社のトップの視点になっていますね。

秋元:つくるのは好きなので、止めたくはないんですが。どうしても会社を維持する方向に頭が転換しちゃっているところはありますね。なので昔みたいにバカな投資はできない。昔は社長に「これ買いましょう」と無茶な提案をしたりもしていましたが、今にして思えば、ちょっと高いな、というのもありましたね。

CGW:大人になってる(笑)

秋元:そんな感じになっちゃっているので。でも、そうやって何とか会社を維持していたら、その中堅たちも徐々に自由な時間がどんどん増えてくるようになる。下を育てていけば、おのずと浮いてくる上の世代が多分いると思うんですよ。

CGW:いますね。

秋元:実際、自分と社長は今わりとそういうポジションにいます。そんな風に現場から浮いてきた、時代遅れのおっさんたちが、また何か新しい作品をつくれる時代が来たらいいなと思って、今はやっていますね。

CGW:現場がちゃんと回してるって、すごくいい話じゃないですか。

秋元:多分それが一番いいかたちだとは思いますね。50歳になって、まだバリバリ徹夜しなきゃ終わらないような仕事をしていると、辛いですよね。それにCG業界は、定年を迎えた人がまだ皆無に近い。この先どうなっていくかもわからないですし。黎明期からやっている人が、ようやく50歳くらいになった頃で、しかもみんな社長かプロデューサーになっている。実務でバリバリやっている50代は、日本だと少ないですよね。

CGW:なかなか続けられないというところがあるのかもしれないですね。

秋元:その一方で普通の業界だと、会社でふんぞり返っている50代がいるじゃないですか。もちろん、それが良いとは思いませんが、手を後ろに組みながら部下のデスク回って、大丈夫? というのがCG業界でも普通になっていくといいなと思っているんです。その上で、ちゃんと上の世代は引退していかないといけない。

CGW:世代交代ですね。

秋元:そんな風に、良い感じの循環ができるようにしていかないと、CG業界は難しくなっちゃうと思います。

CGW:トランジスタ・スタジオさんから独立したいとか、そういう思いはなかったのですか。

秋元:実際、独立したいと思ったことはありました。22~23歳の頃かな。独立というより、この会社辞めようかな、という。宮下と自分の温度感があまりにもちがっていて。まあ、言ってみれば反抗期だったんですけどね。ただ、今にして思えば、自分も同じくらいの温度になってきていますね。

CGW:なるほど、当時の宮下さんと。

秋元:逆にCGクリエイターを続けていくことは、すごく大変なんじゃないかと思ったんですよ。寿司職人だったら包丁は変わらないし、魚も一緒じゃないですか。でもCG業界は技術の進化がすごく早くて、あっという間にバージョンが1個上がっていたりとか、普通ですよね。この前までSyflexを使っていたのに、nClothって何? え、今はもうnClothとか、あんまり使わないよ。今はMarvelousでやってるよ、とか。

CGW:アップデートしていきますよね。

秋元:どんどん追いかけないといけない。ジジイになっても追い付けるのか、わからないですよね。現役でいるためには、脳みそを若々しいままに保っていないといけないわけで、やっぱり大変な業種だなと。だから、全員がそれをできるかというと、難しいと思うんですよ。僕は自分がやれる範囲ではやっていきたいなと思うんですけど。

CGW:どちらかというと、組織をつくって、組織で回していける体制を整えていく方が......。

秋元:その方が、自分的には楽なのかなって。

CGW:どの分野でもそうですが、天才が1人で回す時代から始まって、次第に組織戦に移行していくんですよね。トランジスタ・スタジオさんの歴史も、それを追いかけてきている感じでしょうか。

秋元:そうですね。だから、僕はよく後輩に「うちは町工場であろうよ」と言っています。だから新しい技術をどんどん採り入れて、世界最先端というよりは、人様から受注したものにしっかりと「のし付けて納品できるような会社であるべきだ」と言っていますね。CG業界は、結構それをないがしろにしている傾向があるんですよね。

CGW:横文字商売ですもんね。

秋元:もちろん、今となっては日本の駄目な部分も凝縮されていると思うんですよ、町工場って。でも、日本人なんてしょせん日本人なので。それが良かったりする部分も、もちろんあると。

CGW:大田区には世界最先端の町工場が、山ほどあるわけですもんね。

秋元:ちゃんとした町工場にして、足元を固めれば、技術力は上がっていく。それこそ『下町ロケット』じゃないですけど、ロケットを飛ばせる時代が来るだろうということで。わりと真剣に、ちゃんと循環する町工場を目指しているという感じですね。

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<5>これからもHoudiniの伝道師を続けていく

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<5>これからもHoudiniの伝道師を続けていく

CGW:学校の先生というのも、そこにつながりそうですね。若手を育てて、優秀な学生をリクルートして、会社自体もステップアップして、規模をだんだん大きくしていって、世代交代が起きるようにするということですから。

秋元:そうですね。どうしても、この業界は若手の転職率が高いじゃないですか。そうなると、教えるだけ損だって話も出てきちゃうんですよね。でも、それって先行者の義務だと思うんです。いくら辞められても、下の世代に教えていくということはきちんとやっていかないといけない。実際、ずっと同じところにとどまるというのは難しいと思うんですよね。僕のようなケースは本当にまれだと思うんですよ、この業界では。

CGW:トランジスタ・スタジオ一筋ですからね。

秋元:正直、変わる理由がなかった。ただ、若いうちは移っていきたがるのもわかる。その中でも、1つのところに残っていくやつが現れて、サイクルが生まれてきて......というのが理想だと思うんですよ。ある程度の大きさを保ったまま、部分的に入れ替わっていきつつ、継承されていく技術もありつつ......。そんな風に、もうちょっと裾野は広げていきたいですね。そうすれば中堅がプロットをつくって、下にもちょっと手伝ってもらって、何か面白いものがつくれるようになるというのが、一番理想的だと思います。


CGW:トランジスタ・スタジオさんは、今何人くらいいらっしゃるんですか。

秋元:今はデザイナーが15名くらいですね。単純に人数だけ考えれば、尖った人が10人くらいというのが理想なんですよ。ただ、若手と中堅のバランスを考えると、とりあえず20人くらいにしたいなとは思っています。

CGW:人材育成に戦略的に取り組まないと、今は良くても将来的に行き詰まりますよね。

秋元:そうなんです。今の中堅を見ていて、50代でも中堅って呼ばれ続けるのかと思うと、ちょっとかわいそうなので。なるべく循環していくような感じが良いなと思っているんですよ。

CGW:最後に、新しく始められた「Houdini COOKBOOK+ACADEMY」についても教えてください。

秋元:Houdiniの動画チュートリアルです。ふり返ってみれば、もう10年くらいHoudiniの布教活動をしていることになるんです。連載もやっているし、学校でも教えているし、セミナーにも登壇するし。もう、僕が布教しなくても良いくらい、Houdiniは認知されたと思うんですが。

CGW:確かに、数年前から耳にすることが多くなりました。

秋元:最初は、やっぱりHoudiniの連載をするというのは、かなり強硬な試みだったと思うんですよ。だってHoudiniを使っているCGアーティストがそもそもそんなにいなかったので。渡辺さんも、よくやらせてくれたなと思います。そういった意味で、教え方についても、わりと手慣れたものなんですよね。これはこういう風に教えた方が絶対に良い、という方法論が、自分の中で確立しているので。

CGW:そこまで確立されている方は、そうそういないと思います。

秋元:なので「動画チュートリアルをやってください」といわれたときも、ふたつ返事でした。フォーマットを決めて、自分でPCを操作しながら録画していくスタイルで始めましたね。ただ、締切がなかなか守れないわけです。やっぱり通常業務の方が優先度が高いので。そこで、授業のようなスタイルでやることになりました。Houdiniを触ったことがないCGWORLDのスタッフが生徒役となり、彼が最終的にHoudiniを使えるようになれば、みんなもできるようになると。

CGW:なるほど。

Houdini COOKBOOK +ACADEMY イントロダクション

秋元:だから、動画でも途中で止まったりするんですよ。あれ? できない? ちょっと待ってください、と。相手のPCを見ながら、これがこうなってるからだね、と話したり。本当にバーチャル教室に通って実際に授業を受けているかのような感覚で進めています。ただし、普通の教室とちがって動画だから、一時停止もできるし、巻き戻しもできるんです。それに、普通のチュートリアルに比べて、めちゃくちゃ丁寧に説明していると思います。

CGW:結構ボリュームもありそうですね。

秋元:イントロダクションだけで数時間やっていますね。さらにUIの説明だけでも数時間かけています。これでできなかったら、才能ないんじゃないかなというくらい、みっちりと説明しています。

CGW:最終的に、どれくらいの連載になる予定ですか?

秋元:いや全然、考えも及ばないというか。イントロダクションだけで、10時間近くかかっていますから。ここから実際に、丁寧に説明していくことを思えば、100時間以上はかかるんじゃないかと思います。だからこそ、本当にHoudiniがわからない人でも、できるようになると考えています。

CGW:Houdiniを勉強したい人が増えていると思いますので、良い話ですね。

秋元:最近よく聞くのが「Houdiniを勉強しようと思って、本を買ってみたけど、良くわからなかった」という話です。実際、Houdiniの本はどうしても難しくなっちゃうんですよ。がっつりスクリプトを触る部分も、絶対に必要になりますし。ただ、僕はHoudiniって、考え方によっては非常に簡単だと思うんです。というのも、Houdiniは1足す1をちゃんと描くソフトなんですよ、簡単に言えば。

CGW:哲学的ですね。

秋元:表現が難しいですが、全てがゼロベースで用意されていて、部品は全部揃っているから、どうにでも組み立ててくださいという感じなんです。例えばMayaだったら、ボタンをポチっと押せば、それがぱんっと反映されます。でもHoudiniの場合は、ぱんっと反映されるためには何をすれば良いのかというプロセスを知らないと、そこにたどり着けないんですよね。だけど、そうしたプロセスさえ理解できていれば、個々の機能は知らなくても良い。

CGW:なるほど。

秋元:だから、今にして思えば、すごく簡単なソフトだなと思うんです。逆に初学者にとっては、やることがすごく多くて難しく感じちゃうんですが、やっていることは単純作業の積み重ねだったりする。だからこそ、すごく初歩的なところからやっていけば良いんじゃないかなと。

CGW:なるほど。Houdiniは実は簡単なんだということが、動画チュートリアルのテーマになっているわけですね。

秋元:そうですね。だから、挫折しないためにどうしたら良いか、に重きを置いています。

CGW:少しでも多くのHoudiniユーザーが増えると良いですね。長々とありがとうございました。


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    公開日程:毎週金曜日公開(予定)
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    cgworld.jp/special/houdinicookbookacademy